俺の夏休み
本作品は、Pixivで投稿した小説をサブタイトルを加筆し再掲載したものです。
トンネルを抜けても、この真夏日に雪が積もってるわけがない。
車窓の向こうに現れた青い海を眺めながら、俺はそう考えていた。
日の光に照らされた水面はキラキラと輝き、その遠くには二、三隻の小さな船が浮かんでいる。
電車内にはほぼ誰もいない。
この車両だって、乗客と言えば俺と手すりに止まった小さな“ガ”一匹だけだった。
一時間ぐらい揺られていたせいか徐々にお腹が空いてきた。
母さんが持たせてくれたおにぎりの包みをほどく。
その時、風呂敷の中から小さな便箋が一枚、ひらりと足下に落ちてきた。
便箋のサイズと比べてたら明らかにオーバーだと思うくらいにびっしりと以下の文が書き尽くされていた。
『平助へ。
お腹が空いたら食べなさい。
平助の好物のシンプルな塩握りにしたけど、梅干しが余ってたから入れてみました。
おじいちゃんの家についたら、すぐに電話しなさい。
受話器借りても良いし、公衆電話からでもいいから。
おじいちゃんにはちゃんと挨拶しなさいね。
お土産に持たせた水ようかんも自分だけで食べないでちゃんと渡すこと。
それと…』
ここからは…
まぁ、君達も子ども時代に“一人旅”と称して親戚の家に遊びにいく時に、出発直前まで家の人に色々言われたはずだ。
あれがそっくりそのまま書き記されていた。
そういえば、自己紹介がまだだった。
俺は潮沢 平助。小学六年生。
今年の夏休みはじいちゃんの家で過ごすことになり、今電車で向かっているというわけだ。
勿論ただ単に遊びに行く訳じゃない。ちゃんと『夏休みのとも』は持ってきてるし、習字道具もある。
しっかりと勉強もするつもりだ。
ただ、じいちゃんの家には遊ぶものがない。SwitchやPS5なんてものはない。
俺はその娯楽の無さを自由研究で補うつもりだった。
じいちゃんの家の近くには海があれば山もあり、川や池があれば林もある、本当に自然豊かな場所だ。
自由研究という宿題も兼ねて自然の中で思い切り遊べる、最高の計画さ。
携帯用虫取り網に水着とゴーグルなど、遊ぶものも持ってきた。花火とかはあっちでゆっくり探そうかな。
揺れる電車の中、眩しい太陽に青い海。
窓ガラスを流れていく景色を見つめる中、俺の意識は潜水するマッコウクジラのように深い夢の中へと沈んでいった。