-Chapter8-
-Chapter8-
ああ。きっと私は大変な選択をしたのだろう。
"神輿"の片棒を担ぐなど、よほどの酔狂だ。
自分の「愚かさ」に頭が痛くなるが、その「愚かさ」に逆らえないのも事実だった。
キャップ曰く、優木孝也を殺したのは安っぽいチンピラの群れだという。
しかしながらそれには疑問も付き纏う。
……物盗り、親父狩り、つまり強盗殺人。
優木は身なりに気を遣っていたが、高価なものは身に着けない質だ。
それに、この資産管理社会において、強盗の可能性はまず低い。
……チンピラと揉めた、何かしらの報復。
極めて真面目な優木の人間性から、チンピラとの接点はないと思われる。
……優木に恨みのある人間がチンピラを買ったという可能性。
主観だが、彼は人当たりが良かった。
人間だし多少は恨まれることもあるだろうが、殺されるほどに人と拗れることは無いだろう。
「何故、殺されたか」。もちろんそれは疑問だ。
しかしそれよりも不可解な謎は「何故バラバラにされたか」、「何故タグを奪ったのか」。
優木の遺体を切り刻んだ理由は恐らく二つ。
身元の特定を遅らせること。
彼のドッグタグを"何か"に使うこと。
……彼は間違いなく、強大な悪意に取り殺されたのだろう。
私の想像力では及ばないであろう"何か"。
「……ふむ、千紗ちゃんはやはりパンには紅茶派かな?」
脳内で「お茶会」の後片付けをしていると、意味不明な決めつけをされてしまった。
「えっ、あ。珈琲も飲めますよ!」
多分、ズレた回答をしたかもしれない。
「お茶会」から数日が経ち、私は白ウサギ、キャップと共に車中で張り込みをしていた。
実行犯である半グレのリーダーの居場所が割れたのだ。
助手席にいる私は、隣の白ウサギからクリームパンと紙パックを受け取る。
軽薄馬鹿警官は後ろで寝ている。ハイエースだ。さぞ寝心地もよかろう。
「……ウサギさんは何故チームに?」
「ふむ……呼ばれるならシロさんの方が好みかな。」
私とシロさんは夜食に手を付けながら話す。
「そうだね……昔はこれでも役人だったんだよ。
優秀とは言えなかったが、仕事にはやりがいを感じたし、
華の無い裏方の私を慕ってくれる部下もいた。」
彼の事を慕う理由は何となくわかった。
敵に回したくない人間……というのはもちろんだが、よく気の回る理想の上司だ。
私はパンを頬張り、愛飲している紅茶を啜りながら納得する。
「恥ずかしい話だがね?仕事が恋人だったんだ。」
「え?それじゃあ……」
「独り身さ。……だがいまはチームが看取ってくれるだろう?」
なるほど。確かに、こんな組織にいれば家族を持たないのは当然だと思う。
私よりも「ゴール」の早い人間がそう言うのは、寂しいような気がした。
「……部下たちは良い家族に思えた。
キャリアから外れたとはいえ、それなりの立場も得られた。
これ以上、望むものはないと思えるほどに、満ち足りていた。」
彼の幸せの形はそういうものなのだろう。
ありきたりな言葉、ありきたりな人生。
しかし彼からは、本当にそう思っていたのだと感じ取れた。
「いままでと変わらず、あとはゴールテープを切るだけだった。
……だが、大きな変化があった。」
「世界、大戦……?」
「……そうだ。私の人生は日本に捧げた。
本当の家庭は持たなかったが、全ての日本人は私にとって家族だった。」
さぞかし無念だっただろう。
いままで積み上げてきた自分の"人生"が、他人に崩されていくのは。
「私たちはほとんど戦争には介入しなかったが、
アメリカの過ちは日本の発言力にも影響を及ぼした。
……まあ、私たちはもともと寡黙だったがね。」
ユーモアのつもりだろう。
口元は笑っていたが、彼の目は凪いでいた。
「過去の大戦による敗戦国という烙印。
今回の大戦による経済成長の停滞。
マイクロチップによる個人、資産の管理。海外諸国の流入。
条件は充分すぎるほどだ。……隣人は私の"家族"を徐々に蝕んだ。」
白ウサギは、まるで社会の先生のように歴史をなぞっていく。
「……私は気が付いてしまった。
じきに終点を迎えるというのに。
自分が何も成し得ず、何も守れず、何も残せなかったことに……
――気が付いてしまった。」
彼の行動原理は「家族を守る」ことにある。彼のいまの家族は「チーム」だ。
私は少しの狂気を感じながらも、彼がいれば「チーム」は絶対に沈まないのだと直感した。
「私の愛情はきっと危険なものだ。
"家族"の為ならば私の命も隣人も、安い。
だが私はしがない役人だった。侵略者に対抗する銃を持たなかった。」
やはり、私は彼らと同じだ。
この思想は、公に語る事の出来ない、歪んだ……
「……そんな折にクイーンと――」
ん?クイーン?誰だ?知らない人間の話をいまするのか?
「おい!出てきたぞ!!」
ちょ、ちょ、ちょ、待て待て待て。そんな尻切れトンボがあるか?!
せめて――
白ウサギの声にキャップが飛び起きる。
「追い込め!路地だ!!」
「もちろん解っている!!」
紳士たる運転などそこにはなかった。
白ウサギはハイエースを、肉食動物のそれのように操る。
「出ろ!」
「千紗ちゃん、運転席!」
「えっ、えっ?……え??」
白ウサギとキャップは車から飛び出す。
何故か私もその勢いに乗せられ、一メートルもない運転席への距離を尻で飛ぶ。
半グレは必死に抵抗するが、スーツとトレンチの男は容赦なくぶん殴る。
ホシは体力が尽きたのか完全に落ちたのか、コンクリにぐったりと這いつくばる。
……どうやらまだ意識はある。ブツブツと恨み言を吐いているようだ。
しかし無情にも、彼の言葉は遮られることとなった。
結束バンドと未裁断のベルトでギチギチに固められ、顔面をゴリラテープでグルグルに巻かれる。
……いくらなんでも手慣れ過ぎでは……?
奴は繭のような惨めな姿にされ、ハイエースに蹴り入れられる。
「出せ!出せ早く!!」
私は肝の据わった方だと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
ガッタガタに震えた足は、ヘヴィメタルのバスドラを演奏するようにアクセルを踏んだ。