-Chapter7-
松岡千秋です。
よろしくお願い致します。
-Chapter7-
さて、目の前の三人は復讐代行屋の一味だ。私は善良な一般市民。
滅多に顔を出さない不愛想なマスターが"秘密の茶会"を開くとか言い出した。
茶会、アリス、白ウサギ。なるほど。そういえば喫茶店の名前は「Carroll」だ。
それぞれが"アレ"にちなんだ名前を持っているとみた。
「人の心を弄ぶ質の悪いフォークロア」というのはあながち間違っていなかったわけだ。
推測と整理を重ねていると"カランカラン"と静かに、伺いをたてるようにドアベルが鳴る。
……?また妙な男だ。
「妙な男」の人口密度は全世界でここが一番高いだろう。
「あー、と。一通りは終わった感じかな?」
気怠さと艶を織り交ぜた声で男は尋ねる。
どうやらコイツも仲間らしい。
前をカッキリと閉めたベージュのトレンチコートに同色のハット帽。
……嘘でしょ。この恰好で刑事じゃなければ変態かコスプレイヤーだ。
「時間には遅れてるが、確かに良い頃合いだ。
手短に。コイツは警察官、そっちは常連さん。」
だろうな。
マスターはご丁寧に私に話を振ってくれる。
名前は……帽子屋とかか?
「初めまして。まあアレだ。キャップとでも呼んでくれ。」
ほらな、当たった。私だって伊達にミステリードラマをみてないぞ。
「君には聞きたい事も、聞かれてマズい事もあるが……」
そういって他の変人男性に伺いを立てる。
「OK、なるほど。そういう方向ね。
……端折っていくけどついてきてくれよ?」
そう言って彼は話し出す。やはり優木孝也の件だ。
「申し訳ないけど、僕は一課の人間じゃない。
つまりは管轄外だ。だけど、一応の当たりはついた。」
「誰だ?」
どうやら、話の流れはマスターが仕切っている。
ということは彼がこのチームのリーダーなのだろう。
「……安い半グレ集団だよ。信念の無い、何でも屋。
僕らとは、同じ穴のムジナかもね。」
「顔見知りの犯行ではないと。
……ふむ、それでキャップ。ドッグタグはみつかったのかい?」
序列としてはマスター≧白ウサギ=キャップってところか。
リズちゃんは……わからない。
「いや、それはまだ……。
資産管理のご時世に強盗とは考えづらい。
きっとそれが鍵になってくるだろう。」
「優木孝也の勤め先は?」
「それがさ、彼はどうやらエンジニアらしくて。
会社は解ったけど、部署がどことか何をしてたかとか、その辺はまだね。」
「強盗でも怨恨でもない。ただの親父狩りにしては異常な上に不可解だ。」
「リズちゃ……あー。
アリスちゃんの方から、タグのGPSとか辿れないの?」
……?リズちゃん、GPS…?
キャップの言葉を加味して思考する。
「え、と……それは、モデルにもよるし、
解析に、掛かる時間を、考えると、得られる成果は、割に合わないかも……
それに多分、もう……破壊されてると、思うし、無理そう、かな。」
強く目を瞑る。なるほど。
リズちゃんことアリスちゃんが、「チームの中のインターネットに精通した奴」。
私を"トラップ"に掛けた張本人だったのか……
しかし。それにしたって彼女の表情には不可解な所が多い。
白ウサギに連れてこられたときの反応も腑に落ちない。
「……それくらいか。ありがとうキャップ。
しかし、管轄外なのに、よく尻尾が掴めたな?」
「ん?ほら、僕って優秀だから。」
復讐屋、ホームレス、ウェイトレス、警察官。そして私は一般人。
その異様な光景は、私を取り残して世界が吹っ飛んでいったようだ。
「それじゃ、茶会はここまでだ。」
「あの!!」
思わず待ったを掛ける。
「私は……」
彼らはお互いに顔を見合わせる。
まさかこいつら、私を忘れていたとでもいうのか。
「あー……ううん……」
「ふむ……」
スーツとトレンチは悩んだ振りをしながらそっぽを向く。
リズちゃんに決定権はないだろう。だとすると……
「……瞳さんは、もう依頼をしたんですね?」
「ああ。」
素っ気なくマスターは答え、そのまま言葉を続ける。
「だからお前は、そのまま帰れ。
いままでと変わりない日常に。
そして、ここには二度と、来るな。」
なに?ふざけるな。
アレだけ白ウサギと問答をしたのに今更なんだというんだ。
「ね、千紗ちゃん……」
不安を浮かべた看板娘は私の袖を取る。
……そうか。
いままでのこの娘の表情は――ー
「お願い、"こっち側"には、来ないで。」
私の身を案じてくれていたのか。
「千紗ちゃんには、笑っていて、欲しいの。
変わらないままに、私の"日常"でいて欲しい……」
この娘は自分の平穏の象徴として、私を好いてくれていたんだ。
それでも、私は。
「ごめんね、リズちゃん。
私は自分の納得の行くように生きていたい。
貴女の平穏は絶対に壊れない。私は貴女の側にいるよ。」
これじゃまるでプロポーズだ。
きっと彼女は異常な世界から、私を守ってくれようとした。
落ち込んでいる時も、自分の苦しみのように寄り添ってくれた。
私に、不器用な優しさを向けてくれた。
この優しさは、私が誰かに向ける番だ。
決意の眼差しはマスターを折れさせることに成功したようだ。
きっと、彼も。私とリズちゃんのためを思って冷たく言ったのだろう。
「……わかった。なら手伝ってくれ。
もちろん、殺しはさせない。それは約束する。
君の納得するところまで、俺たちを助けてくれ。
……きっと君は、彼女が生きていく為の、最後の希望となるべき人間だ。」
ああ、この人も優しい人間なんだろう。
リズちゃんも、白ウサギも。おそらくキャップも。
"人を想う気持ち"の使い方が絶望的に下手な人間たち。
歪な形でしか人を守れない狂人。
私も、同じなんだ。
「ちょちょちょ、え?待って待って。
……いやーさすがにまだ仲間じゃなかったなら、僕の話色々マズかったんだけど……」
馬鹿警察官め、水を差すな。
「そういえば、なんで警察官なのに復讐屋に?」
「んー……僕にもいろいろ、事情があるのさ。」
シャシャリ出てきて濁すな。
「あ!マスターにも名前があるんですよね?その……コードネーム的な……」
「ん?ああ……」
私はまだ、迷いを捨てきれていないかもしれない。
きっとマスターも揺れていた。
白ウサギに言った、私の言葉を信じたかったから、キャップの捜査状況を聞かせた。
私が、迷いながらも前に進めるか。
自分の目で、耳で、私の事を確かめた。
きっと名前を聞いてしまったら、もう戻れない。
自分の為、誰かの為。希望という無形を観測するために、前へと進む――
「俺は、カイコだ。」
何卒、よろしくお願い申し上げます。