-Chapter5-
松岡千秋です。
よろしくお願い致します。
-Chapter5-
……着いた。
駅前第二マザーハートビル。
駅ビルの中でも服飾の店が多い印象だ。
人の往来が多く、私だって来たことがある。
しかし、私は白ウサギに会ってどうしようというのだ。
……優木孝也を殺した人間に復讐をする?
そんな馬鹿な。それは瞳さんがやるからこそ、辛うじて納得の出来ることだ。
……いや、どうだろう。私は彼女らの悪夢に憑りつかれている。
私は、自分が楽になるために、そうしてしかるべきなのだろうか?
ともかく、それも会ってみればわかることだ。
義憤に駆られた、いっときの感情の暴走か。
瞳さんを憐れんでの情けか。
……利己的な逃避手段としてなのか。
無論、どれだって間違っているのは承知の上だ。
ん?
いやしかし、ちょっと待て。よくよく考えてみれば。
リズちゃんからは駅ビルの名前しか聞いていない。
正確には、神妙な面持ちの彼女からは、あれ以上聞けなかったのだが。
うーむ……頭をひねる。
白ウサギ、白……ということは白い服?
といっても服飾がメインの商業ビルだ。そんな人間は山ほどいる。
現に行き交う人間の三分の一は白い。
ううむ……
映画や小説だと……
「あの、すみません。」
ホームレスだ。彼らは情報通……というフィクションにおけるパブリックイメージ。
あのシャーロック・ホームズだって彼らを情報の要として扱っている。
白、というには些か苦しいが、ともかく白いダウンを着たホームレスに声を掛ける。
何かしら差し入れでも持っていくべきだったか?
ホームレスと会話などしたこともない。
いや、そもそも彼らも同じ人間だろう。
その言い方は失礼だ。などと余計な思考をしながらも、勢いを殺さずに言葉を続ける。
「ちょーとお聞きしたいんですけど、白ウサギの噂なんて……知りませんかね……?」
ギョッとする。
私がじゃない。相手方のホームレスが、だ。
……は?私はまたおかしなことを言っているのか?
それほどまでに、この街では「白ウサギ」というワードがアンタッチャブルなのか?
「あ、ちょ――」
走った。これは私もだ。
ホームレスは明らかに、「白ウサギ」に中てられて走り出した。
……ん?やはり彼が「白ウサギ」なのでは……?
このシチュエーションは……
――ふざけるな。一体どこまで走るんだ。駅ビルが遠くに見える。
いい歳したスーツ姿の女がホームレスを全速力で追いかけている。
これじゃ私がとんでもない奴に映っていることだろう。こんな馬鹿な光景があってたまるか。
んん……?どこだここは……?
「白ウサギ(仮)」は私を見知らぬ土地へと誘った。
奴は逃げ帰るように「家」に飛び込む。
「家」。
うーむ。きっと彼らにはそうなのだ。
見知らぬ土地の見知らぬ河川敷。
名前も知らない橋の下には「街」があった。
薄暗くも横幅のあるその空間には、所狭しとブルーテントの屋根が見える。
「はあ……はあ……ああーもう!!話を!聞きたいだけなんです!!!」
アホほどの距離を走らされ、内心ぶち切れていたが、なるべく波の立たない言葉を選ぶ。
私の声が谺する。
尾を引く残響はやがて、キーンという一繋ぎの音になった。
……誰も出てこない。
高まった心拍数は確実に頭へと血を巡らせる。
ちくしょう、どういう了見だ。
こんなカヨワイ女が白昼堂々、街中でホームレス狩りなんてするわけないだろうが。
「あ!!の!!すみません!!!」
あの馬鹿野郎の住処の薄っぺらい引き戸を開けようとしたときだった。
「君が、町林千紗ちゃんだね?」
ギョッとした。今回は私の番らしい。
後ろから聞こえたその声は、確かに私の名前を呼んだ。
マズい!と思って右へ……白ダウンのホームレスが四~五人いる。
いやマジかヤバい!と思って左へ……さっきの数字と同じだけ。
後ろを勢いよく振り返り、私はカボソイ声で甘ったるく鳴く。
「申し訳、ありませんでしたぁ……」
さて、世の中に突拍子のないことは多いと思う。
その中でも上位に位置するであろうことが、今まさに起こる。
河川敷の、橋の下の、ブルーテントで太陽の色も狂いそうなこの状況で。
なんとも身なりの整った白いスーツを着た壮年後期であろうその男は。
「お茶会でも開こうじゃないか。」
私にそう、言い放った。
何卒、よろしくお願い申し上げます。