-Chapter3-
-Chapter3-
今朝のニュースで、不審死体が発見された、と報道されていた。
優木孝也の件かと思ったがどうやら違うらしい。
被害者は連続通り魔事件の容疑者。
なんと身体の一部が千切れ飛んでいたらしい。
……昔みた映画のように、大型ライフルで狙撃でもされたのだろうか?
嫌な気持ちに追い打ちを掛けられるようで気が滅入る。
あまり好きではないコメンテーターがカメラに抜かれる。
彼は少し語気を強めながら、殺されても仕方がないと私意を述べていた。
あの日以来、どうにも身体が重い。
体調の問題ではなく、気の重さに比例しているのだ。
仕事にも身が入らず、アポイントメントを取る気にもなれない。
「……ちばやし、おい町林!!」
まだ十時だというのに営業所長の喉は開ききっているようだ。
「……大丈夫か?気持ちはわかるが、今月契約取れてないだろ。
組織長にもフォロー頼んどいたから。……自分を責めるなよ。」
自分で思う分にはすぐに思考を切り替えられるが、改めて人から言われると考え込んでしまう。
誰かのために、なんて勘違いも甚だしい。
私は誰も助けられていなかったのかもしれない。
そもそも"なにかあったとき"にしか保険なんて機能しないのだ。
怪我、病気、……大切なひとの死。
必要とされない方が、「幸福」なのだ。
不実の種を売り歩く自分は、まるで悪魔のよう。
人間、気を病むとやたら詩的な言い回しを好む。
私も悲しい自分に酔っているだけなのか。
……ああ、くだらない。余計な事で頭を埋めていないと落ち着かない。
少し、冷静になろう。
いつもの場所に行けば、きっと少しは気が休まる。
アポもないのに外に出る私を、組織長は心配そうに見送った。
喫茶「Carroll」。
大通りからは外れた、古めかしい店だ。
不人気……というわけではないが、あまり客が入っていない。
マスターがアメリカ人だからだ。
戦争があってから、外国人に対しての風当たりは強くなった。
「ジプシー」、なんて差別的な捉え方をする人もいる。
そのせいで寄り付かない人間も多いのだ。
……不思議だ。同じ人間なのに、いったいどうして、何が違うのか。
「……千紗ちゃん、元気ないね。」
私はこのお店が好きだ。
マスターはあまり顔を出さないが良い人だし、看板娘のリズちゃんはとびっきりに可愛い。
紅茶だって美味しいし、……失礼だが、ひと気のなさは安らぎを与えてくれる。
「ううん、大丈夫だよ。ごめんね?
……私、そんなに落ち込んでるようにみえるかなあ。」
「あっ、えっ、違ったら、ごめんなさい。ただ……」
「謝らないで!落ち込んでるのはホントのことだから!
……リズちゃんは人のことをよく見てるし、優しいね。」
「……私には、何もできないけど、千紗ちゃんには、笑顔でいて欲しいなって。」
ここに来て正解だった。少し心が軽くなった気がする。
……そう思えたのも束の間だった。
隣りの席で私の平穏に水を差す話題が繰り広げられた。
「そういえば見た?今朝の。」
「あー、なんか通り魔が殺された?」
「そうそう。めっちゃ怖いよね。」
「いやでも仕方ないでしょ。インガオーホー。」
「タマヤマさんも言ってたしねー。」
今朝のニュース。嫌いなコメンテーター。
こんなところで話すな、と思ったが私に彼女らを咎める権利はない。
「あれさー、なんか復讐屋がやったらしいよ。」
は?と思わず顔を向けそうになった。
いきなりなんだ。突拍子もない。
「マジ?あー、でも"いる"らしいね?」
「そうそう、掲示板とかでも書いてんの。ヤバくない?」
あまりの馬鹿馬鹿しさに妙に気が抜けた。
面白い話じゃないか。
人が死んでなお都市伝説に現を抜かすなんて、悪い冗談だが嫌いじゃない。
「ここに色々まとめられてんの!」
「え、どれ……うっわマジじゃん怖っ。」
「アタシもいざという時は頼るかなー。」
「あはは、馬鹿じゃん!」
興味の沸いた話は終わってしまったようだ。
オカルトも都市伝説も嫌いじゃない。
……ただできれば、喪失感や虚無感の無い時に聞きたい話だった。
「あの、千紗ちゃん……」
「……リズちゃん、紅茶お代わりもらえる?」
「うん……。」
「ありがとう、大丈夫だよ。」
彼女は私の傷口を洗い流すように、ゆっくりと紅茶を注いだ。
静かに、音を立てないように、彼女の優しさを飲み干した。
……その日の夢にあの夫婦が出てきた。
幸せそうに笑っている。
ああ、ずっとこうなら良かったのに。
子供を抱きかかえ、私と向い合せ。
子供はメロンソーダ、瞳さんは私と同じ紅茶、孝也さんは珈琲。
子供さんの医療保険について相談を受ける。
まだ早いんじゃないですか?なんて笑って答える。
ああ、やめて。
真っ暗闇になった。
私の正面にぼんやりと棺が浮かび上がる。蓋の空いた空っぽの棺。
その隣で瞳さんが泣いている。
「どうして……」
言わないで。
「あなたを信じたのに。」
それ以上は――
「あなたのせいで、私たちの子は不幸になった!!」
やめて!!!!
……頬。冷たい。ああ……
「私には、何が出来るのだろう」
気付けば一心不乱に復讐屋について調べていた。
まっくらな部屋で煌々と、ブルーライトが私を照らす。
どこ、どこにあるの。
……あった。
自分勝手な安らぎを求め、それらしいサイトに足を踏み入れた。
随分とオールディーな作りだ。
立ち上げたばかりの通販か、市や区役所のサイトみたいなオブジェクトの配置。
見づらいったらありゃしない。
「あ……」
見つけたかもしれない。
いや、まだ目的地にたどり着いたわけではないが、気になる事が書いてあった。
「は……?白ウサギ……?」
白ウサギと呼ばれるホームレスが復讐代行屋に案内をしてくれる。
おおよそはそんな文言だった。
思わず、自分史上最低音の溜息が出た。
よそう。やっぱり馬鹿な噂話だった。
人の心を弄ぶ質の悪いフォークロア。
一気に冷め切った感情は、目蓋を下ろすには充分な理由だった。