-Chapter22-
-Chapter22-
ドッグタグの爆破は、首都圏内にとどめることができたらしい。
……しかしそれでも被害は甚大だ。
日本政府において重要な政治家、官僚、その他有力者に多数の死傷者が出た。
ネイピア、以下アメリカ人たちの目論見は、半ば達成されたこととなる。
……目的が果たされれば、自分の命などどうでも良かったのだろう。
彼らが命を放棄してまで得た戦果は、十二分なものだ。
この混乱に乗じ、アメリカを始めとした海外諸国は日本への進出を狙うだろう。
今回の一件で、日本の個人識別、及び資産管理システムは一時停止を余儀なくされる。
責任の所在は秋星にあるとされた。世界有数のソフトウェア会社は近いうちに店仕舞いだろう。
システムの復旧と見直しは、複数の民間企業によって行われる。
……リスクヘッジの遅さに世間はお祭り騒ぎだ。
なお、資産管理停止により、限定的ではあるが「流通貨幣」の再使用を検討される。
かつての大手メガバンクに眠っていた貨幣は、しばらくシャバの空気を楽しむことだろう。
――大事件だった。日本では考えられなかった大規模テロ。
アメリカ人による、侵略行為。教科書に載ってもおかしくない大事件。
……にも関わらず、数日もすればいつもと変わらないテレビショーだ。
メディアはその時に興味のある事しか玩具にしない。
"適者生存"。
日本の良い所であり、悪い所だと思う。
かくいう私も、いつものように「Carroll」に足を運んでいた。
カランカラン、といつもより元気にドアベルを鳴らす。
「リズ!体調はもう平気?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとうね、千紗。」
彼女との関係は大きく変わった。
ただの常連と看板娘。
それがいまでは、リーダーの優秀な助手と凄腕ハッカーだ。
日本を裏から支える必要悪の共犯者。
……悪いことばかりではない。
サラっと敬称を付けずに呼び合う仲になった。
これはとても喜ばしい。すごく喜ばしい。
――ひとごろし。
皮肉なものだ。
そんな人間が、相も変わらず保険を売っている。
ただ重要性は痛いほど学んだから、訴求力は高くなったことだろう。
ああ、私はきっと、醜く死ぬべき人間だ。
「……大丈夫そうだな。」
めずらしい。
マスターが店先に顔を出すなんて!これは雨が降る!
……ここは好き者しか寄り付かない、紅茶の美味しい喫茶店。
ただただ、普通の日常。だがそれが幸せな日常。
つまらない日常を引き立てる、無意味な時間。
ああそういえば……
あの時、リズが私を止めたのは、なぜだったんだろう?
いつか聞けると良いのだが――
マスターが電話を取った。
息を大きく吐き、静かに呟く。
「すまない千紗、今日は……」
ほらきた。
「クローズ掛けてくるね?」
『チェシャ。私はチェシャ。
復讐代行屋「Grim」の一員であり、
誰かの希望のために生きる、しがない保険外交員。』
私は"痛み"を忘れない。
そして誰かの"痛み"を肩代わりする。
救われないひとのために、傷付けた人間を罰する。
私は悪魔だ。
一人を殺して誰かが救われるなら、迷わずそうする悪魔。
ひとりは、形の無い自由の為に。
ひとりは、形の無い愛の為に。
ひとりは、形の無い安心の為に。
……もうひとりは、形の無い未来の為に。
私は、チェシャは……
形の無い、誰かの希望の為に。
ひとはみな、誰かに飼われるだけの生き物だ。
だが私たちは、私たちのリーダーは、金糸を吐く蚕だ。
その糸は自分たちの手で編む。
首に巻かれた糸の感触が、身体に馴染む――
その時まで。




