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-Chapter1-

松岡千秋です。

よろしくお願い致します。

-Chapter1-


町林千紗は日宮生命保険相互会社の外交員である。

物心のつく頃から「マイクロチップ」が普及しており、「流通貨幣」を知らない世代だ。


現代では「マイクロチップ」=「ドッグタグ」の名称で認識されている。

保険証、社員証、免許証、政府管理下の個人資産にアクセスするためのID証。

その人間たらしめる「あかし」は、法的に定められた年齢になると個々人で装着箇所を指定する。

彼女は十六歳の誕生日に左の薬指先に施術した。


さて、本日であるが。

極めて普通、かつ勤勉な日本人である彼女は、ある夫婦にアポイントメントを取っていた。

それぞれが結婚前から千紗の担当であり、

結ばれたと知った時には、大いに喜ぶと同時に世の中は狭いと笑ったものだ。


長い間、夫婦は医療保険のみ加入していたが、妊娠を期に生命保険への加入を決めた。

世界的な恐慌であり、キャッシュレスの時代。

「人生百年時代」よりもはるかに自助努力を求められるのだ。


千紗には行きつけの喫茶店があった。

大通りからは外れているが、初めての契約を取った以来、思い入れのある場所だ。

お気に入りの場所で、幸せな夫婦と、新たな門出の験を担ぐには最高のロケーションだと思った。


加入の意思がある人間は楽でいい。

そう思いながらトントン拍子に約款の説明と書類への記入を進めていく。


優木孝也、瞳夫妻の筆は羽のように軽かった。


「千紗ちゃん、ありがとうね。」


「実は僕らが結ばれたのは千紗ちゃんのお陰だったりして?」


嬉しいものだ。人に頼られ、人を助け、人に安心を与える。

我ながら天職だと思う。


「えーと……ありがとうございます!書類はこれで全部です!

 あとは保険料の払い込みと告知、それが終われば契約は成立です!」


「これでいつ僕が居なくなっても安心だね?」


「……千紗ちゃん、もう少し高いのに入ろうかしら。」


ああ、なんて幸せそうなんだ。

信頼し合う二人は輝いて見えた。

きっと生まれてくる子供だって幸せだ。


「あ、ここの支払いは私が!……お祝い金、ってことで。」


幸福なオーラにあてられれば、私も冗談の一つでも飛ばしたくなるものだ。


「じゃあまたね!千紗ちゃんも早く結婚しなよ~?」


「ありがとうね!子供の保険も千紗ちゃんに任せちゃおうかなあ。」


笑顔で夫婦を見送る。

……ふっと息が抜け、背中が丸くなる。

いくら仲の良い人たちとはいえ契約者だ。

仕事には真摯に向き合わなければいけない。


「あのー、お代わり頂けますか?」


看板娘に紅茶を入れてもらう。

一番のお気に入りだ。

味の良し悪しなんてわかりもしないが、優しい香りがする。


「……今日も、お疲れ様です。」


「リズちゃん、ありがと!」


リズちゃん。

ここ、喫茶「Carroll」の看板娘だ。

話によるとアメリカ人のハーフらしい。

言葉数は多くないが、ふっと見せる笑顔は彼女が優しい人間なんだと思わせる。


「……こちらこそ、いつも、ありがとうございます。

 千紗ちゃんは、まだ……ゆっくり、していかれますか?」


「そうだなあ……

 今日はもうアポないし、退勤押すだけだからもう少し居ようかな!」


「じゃあ、お菓子も、どうですか?」


「リズちゃん上手だね~!じゃあ貰おうかな!」


良い時間だ。

誰かの為に時間を尽くし、自分の為に時間を作る。

自分の塩梅に思わず得意げになる。

浮足立って帰社し、その日は少し良いビールを買った。


――その日から少しのち、優木孝也の訃報を聞いた。

何卒、よろしくお願い申し上げます。

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