-Chapter14-
松岡千秋です。
よろしくお願い致します。
-Chapter14-
『アルフレッド・ネイピア』
突如として浮上したアメリカ人の名前だ。
優木孝也の殺害を教唆し、日本の転覆を狙っているであろう人物。
そして……復讐代行屋「Grim」のリーダーである、我らがカイコの旧知。
カイコは"彼"を"唯一殺し損ねた"と言った。
……その言葉の真実が語られる時は、いまではないのだろう。
"ハッカー"ローゼスの協力により、私たちの標的は定められた。
情報入手後、キャップは警察組織の包囲網を、
白ウサギはホームレスのネットワーク、そして昔取った"杵柄"を頼りに、捜索に当たるとのこと。
アリス、ローゼス、両名はインターネットが主戦場。カイコは……しばらく行方を晦ませた。
そして私は――
チームの人間はそれぞれに技能を備えたスペシャリストであり、能力に応じた"付加価値"を持っている。
私はしがない保険屋だ。例え覚悟を決めたとしても、彼らの力になれるわけじゃない。
私の役割は、いったいなんだろうか?
――ネイピアの居所が掴めぬまま、一週間が経った。
一週間。決して長くはない時間。
しかし、いまの私にはその何倍にも感じられた。
この間に、ローゼスは謝罪とさよならを残し、姿を消した。
カイコは戻らぬまま、白ウサギも音信不通。……キャップは"本業"が忙しいのだろう。
私とリズちゃんは、手を拱いていた。
孝也さんの死後、私と私を取り巻く環境は大きく変化した。
悪人への拷問、殺害の黙認。アメリカ人の拳銃自殺。
私が何をしたわけではない。しかしそれらは確かに、私の心に大きく作用した。
――私が扉を開けると、カランカラン、と静かにドアベルが鳴った。
"いつも"と変わらぬ、喫茶店の風景。
私"を"置いていったのか、私"が"置いていったのか。
最高の居場所だったはずなのに、なぜか居心地の悪さを感じてしまう。
リズちゃんは"いつも"通り、私の注文を受けてくれた。
そして"いつも"通り紅茶を入れ、私の前へ運ぶ。
彼女との関係も随分と変わってしまった。
私は彼女を、ただの癒しだと思っていた。
しかし彼女にとっての"私"は、自分と日常とを繋ぐ"最後の糸"だったのだ。
……私と彼女は、お互いの認識が最初から違っていた。
「ありがと、リズちゃん。」
「うん、千紗ちゃん……」
二人きりだ。コードネームは必要ない。
「リズちゃんも紅茶派だったんだ?
いつもは店員さんだもんね。
こうして一緒に飲むのは初めて、だね。」
「うん……
千紗ちゃんが、いつも美味しそうに、してくれるから、私も"好き"になったの。」
「そうなんだ?ずっと頼んでてよかった。」
前の私なら、こういう時に彼女にどんな話をしただろうか?
趣味?恋の話?それとも……なんだろう、なにも思い浮かばない。
沈黙。
気まずさはないが、不思議な感覚だ。
しかし彼女が側にいてくれるだけで、先ほどまでの居心地の悪さは薄れた。
「……リズちゃんは、どうしてチームに?」
「え、と……昔ね、カイコに助けてもらって……それで……」
苦肉だったが、やはり悪手だった。
気にならない、といえば嘘になるが。
その好奇心は殺しておく方がよさげだ。
「私、私はね、カイコの側に、いたいの。」
「それは、あの人のために?」
「ううん、それはね、私のため。
私はね、自分のために、自分の理由のために、カイコといたいの。」
恐らく、それは恋ではない。
……親を想うような気持ち?
それとも、自分を救ってくれたことへの恩返し?
「私、ね。お母さんも、お父さんも、いなくなっちゃって……
でも、カイコはね、ひとりぼっちの私を助けてくれたの。
それで、千紗、ちゃんも……」
ん?私?どうしてその並びで私が出てくる?
「千紗ちゃんはね。私の入れた紅茶を、美味しいって。
そう、言ってくれた、最初のひとなの。」
「えっ、そうだったの?」
「うん!私、すごくうれしかった!
だからね、次も来てもらえるように、いっぱいサービスしたの!」
ううん……サービス……?
なんだ、何のことだ……まったく思い出せない……
「そんな事しなくたって来るよ!
……私にとってもね、ここは思い出の場所なんだ。
実はね、初めて契約取れたのここなんだよ?」
「ええ!そうだったの?!」
ああ、楽しい。
異常に塗れた世界や、優木夫妻への罪の意識、自覚した狂気。
彼女の笑顔と、この紅茶は、すべてを忘れさせてくれる。
……ああ、でもこれは。そうか、これは。
彼女がずっと、私に感じていたことなのだろう。
「……リズちゃんはさ。自分のために、生きられてる?」
「えーと……どうだろう……
そうかもしれないし、違うかも。でもね……」
一回りは違うであろう少女に、私は何を聞いているのか。
でも、聞かずにはいられなかった。どうしても聞いてみたかった。
「私が死んで、沢山のひとが、幸せになるなら、死んだっていいと思う、かも。」
「な、え……そんな、リズちゃんは……」
聞かなければよかったかもしれない。
『そんなのおかしい!』『他人に依存した人生なんて!』『自分をもっと大事にして!』
ありきたりな言葉だが、言いたいことは山ほどある。
しかしそれは自分の首を絞めることになってしまう。
……私も同じだからだ。
昔は、自分さえよければそれでよかった。
人が堕ちていく様に愉悦を感じた。
だけど、ひとはかわっていく。
映画を観て涙を流すようになったし、ニュースで痛ましい事件をみるとチャンネルを変えてしまう。
幸せな人間をみると心が温まるし、悲しそうな人がいるとこっちまで悲しくなる。
共感性というのは勝手に育っていく。
困ったものだ。勝手に成長したそれは、毒にも薬にもなってしまうのだから。
……私は『優木孝也』という人間と近づきすぎた。
それ故に、彼のパーソナルアイデンティティーを歪な形で根付かせてしまった。
歪なそれは……たくさんある。だから困る。
共感性を育てる、その過程に、なにをみるのか?
優木孝也の、パーソナルを、かわっていく。
アリス、それはどうだろう?
ああ、そうだ……
そろそろ起きなくては、だって。
光の終点は地球の裏側にあるのだろう?
だから優木瞳は、アメリカの拳銃で!
私をみて?秋星の自殺は相互会社に取り繕って、リズちゃんは……
赤のわたしをネイピアに!随分と警察組織にそうだ!付加価値を企んで夢の饅頭を企み
IDをキャッシュレスに「パソコンは」スピーカーと同義のタバコが半グレと同期されてるような
殺しは体罰を組み替えた、蚕のそれだと言わんばかりに!潰れた"ひとみ"を浮かべて並び立てる
その『あからさまな』ポニーテールに……明晰なブレスレットは――
速さを求めて散財的、テニスを薪に笑う硝子はこのままその通りだと聞けクソ首タコス
消えてなくなり、リズちゃんのあれは机に転ぶモニターは一億光年走って攻撃!!
やめろ出ていけ。なんだお前はカーテンを?眺めて……感傷にひたる、それはいったいなんだ許さない
物語は、どこまでも――線路の上にかけ橋を繋いで止まらない列車は飛び立つように誰かの記憶に。
――生き続ける?そんな馬鹿な話誰が聞くのか果たしてこれはいったい誰の誰の誰の想いだわからない
大吉のコロッケは、置物優しい!あなたにトップガン『お芝居』をギャンブルに右と謳おうお願いします
止まれ、メモを開いて三ページ、馬鹿野郎、やめろ、テンキーをはずして
ん?あれ……?つまみを最大にして胡椒を横隔膜の左右なんだこれは。
ああ、そうだ。
醒めろ醒めろ醒めろ。
『ああ、私は…私はいったい……だれだ?』
――千紗ちゃん……?
≪……彼女が壊れた人間だというのは、何となくわかっていた。
異常な共感性とそれを切り離せる合理性。
相反する二つの属性は反発することなく、彼女の人格を形成していた。
初めてお店に来た時、あまりにも私に優しくしてくれた。
きっかけは些細だったけど、私は千紗ちゃんを観察するようになった。
彼女を見ているとすぐにわかった。彼女の「共感性」は異常だ。
どんな人間にも人当たりがいい。何度も、彼女は私の目の前で契約をものにしてきた。
訴求力の高さだけじゃない。人の心の隙に入り込むのが上手なのだ。
無意識に、それが出来てしまう。
彼女は、きっと心の優しい人間だ。
……でも、その優しさが自分に向かうことはない、そう感じた。
優木孝也さんが亡くなってから、彼女は増々ひとの"痛み"に敏感になっていった。
いくら「共感性」を切り離せるとはいえ限度がある。
千紗ちゃんは、あの日から、自分の中の「他人」と同化している。
優木夫妻、半グレ、アメリカ人。秋星の人、ハッカー。
……もちろん、私たち「Grim」の人間も。
色々な「他人」が彼女の中で渦巻いている。
時々、冷たい目をする人だった。「思考」と「理性」が離れ離れになっているんだと思う。
でもすぐに取り繕うから、カイコもシロさんもキャップも、みんな気が付かない。
私だけが、気付いてあげられた。私だけが、助けてあげられる。
彼女の"正しい人格"を私が持っている限り、彼女は「他人」に飲まれない。
千紗ちゃんは、私だけが……だから……≫
「千紗ちゃん!!」
「え?」
なんだ、なにがどうした?
どうしてリズちゃんは私の名前を叫んだ?
「私は、ね?千紗ちゃんのためにも、死ねるよ?」
「……そんなこと、言わないで。
……私だって、そうだよ。」
――だから、私を、ちゃんとみててね?――
ああ、頭が痛い……思考が纏まらない。
リズちゃんはジッと私を見つめている。
……心配そうな、愛おしそうな……いや、それは少し違うのかも。
ともかく、彼女は自分の為に、このチームにいる。
自分の、意志。
私も……そうだといいなあ。
「ごめんね。」
意味不明な謝罪に、リズちゃんは微笑みながら首を左右に振る。
「紅茶、もう一杯もら……」
カランカラン!と大きくドアベルが鳴り響く。
誰だ?こんな鳴り方は初めてだ。
いったい――
……カイコだ。随分と取り乱している。
一瞬だけカイコをみて、紅茶のお代わりを貰おうとしたが、それはかなわなかった。
その言葉を聞いて、私とリズちゃんの頭は真っ白になった。
ああ、そんな、ききたくない。
おねがい、嘘であってほしい。
「おい!店じまいだ!」
時よ、いまだけは、止まってくれ。
「白ウサギが、死んだ。」
針は進み、時刻を知らせる鐘が鳴る。
それは現実なのだと、無情にも思い知る。
何卒、よろしくお願い申し上げます。




