-Chapter13-
松岡千秋です。
よろしくお願い致します。
-Chapter13-
私たちは例の"ハッカー"と対面していた。
秋星にて、不正アクセスの足跡を辿ったアリスちゃん。
「あまりにも"簡単"な事だった。」と彼女は言う。
どうやら"ハッカー"は自分と"同等以上"の人間を待っていたらしい。
「……アンタらが例の?」
彼女は自尊心の高い人間なのだろう。
あからさまな上から目線は、私の神経を逆撫でする。
「はい……あの、どうして、あんなに簡単な……」
「簡単?アレを?ふーん……」
私たちには珍しく、アリスちゃんがメイントーカーだ。
……というよりも、恐らく他のメンバーでは話にならないのだから仕方がない。
「ま、そうね。それくらいの余裕があってもらわないと困るから。」
「困る……?」
"足跡"を辿った結果。それは座標だった。
辿りついたのは、彼女が身を隠していた部屋。
……いかにも、という感じだ。
閉め切ったブラインドに打ちっぱなしのコンクリ壁。
モニターなんて五台もある。目がいくつあるつもりだ?
……しかし彼女のメインウェポンはノートパソコンなのだろう。
何枚もステッカーの張られた「それ」と私たちを交互にみる。
「ちょ、ヤバくない?アンタらなにモンな訳?
……あー、アンタはわかる、"町林さん"。」
コイツは「お前らの情報を割るのだって簡単だぞ!」
……という自己顕示と牽制をしたかったのだろう。
何とも癪だが、解ったのは私だけのようだ。ザマをみろ。
「……ふーん、ま、イイわ。
とりあえずは信用したげる。」
情報社会において、存在を隠匿出来ている我々(私を除く)を買ってくれたようだ。
「多分、アンタら、復讐屋よね?都市伝説の。
だってこれだけ情報がない上にアレを解析したんでしょ?
馬鹿だってわかるって。」
ペラペラとうるさいが正解だ。
こんな部屋に居ては人と話す機会もないのだろう。
彼女は饒舌に続ける。
「ま、アンタらが来てくれて良かったわ。
あたしひとりじゃ手に負えないもの。」
「えーと……」
「ああ、あたしのことはローゼスでいいよ?
えっとね、綴りはR、o、s、……」
ああ、馬鹿だった。うるさい上に馬鹿だった。
黒髪でチンチクリンなくせにローゼス。マジかコイツ。
見た目は悪くないのがまたなんかこう、うーん、クるものがある……キツい……
「うん、わかった、ローゼス。それでね……」
「あたしがハッキングした理由?
それは順を追って話すからさ、ちょっと待ってね?」
話の早い馬鹿は気持ちが良い。
少しだけ評価を改めよう。
「ま、陰キャちゃんは分かると思うけどさ。
あたしらってイイモンではないじゃん?
それにこんなこと出来たって、誰も評価してくれないし?」
まあもっともだ。生き辛く感じるところもあるのだろう。
「それでさ、野良だって食ってく手段が必要なわけよ?
でね、あたしはアンタらと一緒でフリーで仕事を受け持ってんのよ。」
日蔭者はいつだって大変だ。
彼女は"力"を持っている。しかし"それ"は公に振るえるものではない。
自分の長所を活かした上で生きて行くには、インターネットの中が一番効率的なのだろう。
「……結構イイ条件でさ。超簡単なお仕事。
たださあ、リサーチ掛けても依頼人の身元がわかんないのよ。
怪しいなあ、って思ったけどあたしだってギリギリでさ。
チョードその時追ってる、えとほらブランドが……」
追ってる"ブランド"。どう考えたって彼女も陰キャだ。
さしずめ所狭しと飾ってあるフィギュアの"メーカー"の話だろう。
妙な所で見栄を張るな。
「まあさ、案の定サクッと終わったわけよ。」
「その……話を、遮って申し訳ないんだけど、
アクセスと、送受信をした、だけだったの……?」
「いーや?」
カイコの眉が上がった。
彼女の勢いにキャップも辟易していたが、一瞬にして表情が変わる。
「一体、なにを……?」
「アレよね?ユーキさん?とかいう人のID。
アレ使ってあたしはサーバーにハッキングしたの。
そこまではOK?」
ここからは真面目に話を聞かなければいけない。
理解が出来る自信はないが、キチンと耳を傾ける。
「ホントはそのユーキさんの開発データが欲しかったらしいんだけどさ。
多分厳しいだろうから、それは別にイイってクライアントは言ってたのね?
んで、あたしがやったのは……
タグシステムへのDDos攻撃の"下地"を作ること。」
ん?下地?ということは何らかのウイルスを仕掛けたということか?
しかしメンテナンスやスキャンには何も引っ掛からなかったと……
「だが何も仕込まれてなかったはずだが?」
私の疑問をカイコが代弁する。
「そりゃそうよ。だってあたしがやったのは実験だけ。
……クライアントはね?
どの程度、負荷を与えればタグシステムがダウンするか。
今回はテストだったし、途中でやめたけど、
それを知りたかったのよ。多分ね。」
彼女がやったのは、人の家に入って水道の蛇口を開けっぱなしにしただけ……?
この例えがあってるかはわからないが、そういうことだろう。多分。
「ユーキさんのIDは死んでたけど、入るのは簡単だったわ。
一時的にアクセス権を復旧すればいいだけ。
それが出来なかったら連番で試すつもりだったけど、
思ったよかザルでさ、楽だったわー。」
自分の手口を自慢げに語る。いつか返り討ちに合うタイプだ。
しかし秋星は世界でも有数のソフトウェア会社だ。
そのセキュリティを"ザル"呼ばわりする彼女の腕は確かなものなのだろう。
「ま、それはそうとして。実験だけってのは語弊があったわね。
あたしはもう一つ、クライアントに情報を渡したわ。
タグの情報通信量、その上限がどのくらいか。
クライアントはそれを一番知りたがってたみたい。」
「情報通信量の、上限……?
タグやサーバーに、DDosを仕掛けて、
システムをダウンさせる、ことが目的、だと……?」
「そそ。複数のIPを乗っ取って、同時にデータを送り付ける。
ま、途中でやめたって言ったけど、
あたしひとりじゃ秋星の一サーバーを落とすのにも程遠かったんだけどね。
それに、そのくらいの情報を抜くのには苦労しなかったわ。
足跡も完璧に消したはず。……その様子じゃアンタも気付かなかったのね?」
彼女はアリスちゃんよりも優っていると感じたのだろう。
当初のツンケンした態度は鳴りを潜め、教えてやると言わんばかりに話を続ける。
「あたしもアンタの結論と同じ。
"謎のクライアント"は乗っ取りが目的じゃない。
システムそのものを止めることにある、かもしれない。」
「それは……」
「マズいね。」
カイコとキャップはようやっとわかる話になったのだろう。
各々、考え得る脅威を語り出す。
「システムがダウンすれば日本は大混乱だ。」
「恐らく、海外諸国はそれを機に侵略を始めるだろうね。」
「お!ご名答、オッサンたちアナログ顔だもんね?
あたしはその辺、面倒だからさー。アンタらのが詳しいっしょ?」
まったく、この空間で謙虚なのは私とアリスちゃんだけじゃないか。
「システムの停止は経済崩壊と同義だ。」
「それに、乗っ取りじゃ得られないオマケもあるね。」
「そうそう、そうなのよ。
知っての通り、タグシステムは個人識別も兼ねてる。
渡航履歴、犯罪歴、大まかな位置情報。……最後はモデルにもよるけど。
ま、テロや暴動が起きない訳がないよねー?」
タグシステムは文字通り、各国の大黒柱だ。
折れてしまったら梁ごと屋根は崩れ、その"家"はなくなってしまう。
崩れた"家"を土地ごと占拠されることとなるだろう。
「で、よ。問題はそれだけじゃないのよね。
……コレ、みてみなよ。」
彼女はノートパソコンを私たちに向け、見える近さまで押し出してくれる。
おそらくは自分の命と同レベルのそれを、
自分の安全圏外に出したのは彼女なりの信頼の証だろう。
「これ、これは……」
対面にいたアリスちゃんが一番に声を上げる。
なになに……これは、アメリカ人の渡航リスト?
しかし日付が未来のものもある。
つまり、これからやってくる、ということか?
「わかった?奴らは"来る"気マンマンなのよ。
いや、もう、ひょっとしたら……」
『もう遅いのかも。』きっと続く言葉はこうだったのだろう。
余裕さがウリであろう彼女の表情は陰りをみせた。
「……あたしだってね、国を壊したいわけじゃないのよ。
ムカつくけど、なくなっちゃ困るわけ。
イタズラにハッキングしたけど、さすがのあたしも今回は疑ったわ。
だから、イチから洗い直した。」
「それでこのリストを見つけたのか。」
「ええ、そうよ。クライアントは、アメリカ人だった。」
私たちの持つ鍵と、彼女の持つ鍵穴は一致した。
アメリカが日本という国を取り込もうとしている。
「……アンタらのこと、情報はないけどわかってるつもり。
半グレの行方不明、ヨコハマでのアメリカ人の不審死。
ユーキという糸を手繰って、あたしまで辿り着いた。
……アンタらは"それ"と戦ってるんでしょ?」
なるほど、アリスちゃんと"同等以上"な訳だ。
彼女は私たちのことを理解した上で共闘を持ちかけている。
「てかさ、そこのガイコクジンさんは……」
「このひとは、大丈夫。私の、仲間、だから……」
「ふーん、ま、陰キャちゃんが言うなら、あたしも信用するわ。
ナニジンか。なんてわざわざ聞かないでおいてあげる。
……秘密って、嫌いじゃないしね。」
「あ、この人って……」
リストには倉庫にいたアメリカ人も載っていた。
……鮮烈な光景が脳内に甦る。
だがその映像は途切れることとなる。
――カイコだ。
彼はリストを食い入るように見ていた。
彼はアメリカ人だ。この中の誰よりもリストに興味があるだろう。
もしかしたら見知った顔もあるのかもしれない。
その予想は正しく機能した。
「ああ、クソ、ふざけるなよ……」
渡航(予定)リスト。アメリカ人の日本遠征の出席名簿。
彼らにとって侵略を手引きするための旅のしおり。
「カイコ、一体どういうことだい?
まさか知り合いでもいたか?」
「ああ、それも最悪だ。」
カイコは過去に同胞を殺したらしい。
その時の因縁の相手でもいたのだろうか?
「アルフレッド・ネイピア……」
彼の言った名前をリストから探し出す。
……あった。『渡航済』となっている。
「カイコ、そいつは?」
「元同僚だ。」
何となく察しはついていた。
彼は思慮深い人間だが冷酷さを持ち合わせている。
……おそらくは、元軍人とかなのだろう。
「同窓会、とはいかない感じかな?」
「ああ、存在してはいけない、アメリカの悪魔。」
カイコは、一息置く。
ああ、こんな時には白ウサギがいて欲しかった。
「唯一殺し損ねた、俺の過去だ。」
何卒、よろしくお願い申し上げます。




