ハイドランジア
お久しぶりです。今回の作品はしっとりとしたダウナーな話です。
お楽しみいただければ幸いです。
もう飽きたんだ。俺がどんなに彼女に尽くそうが、彼女は甘えてきてばかり。
最初はそれも可愛い可愛いと思えたが、もういい加減に五月蝿く感じられた。
空に浮かぶ鉛のように、何故落ちないのか不思議なものだ。
「ねぇ、別れない?」
何度頭をよぎっただろうか?
けれど言わないのは、1 人になるよりかはマシだと思うから。
今彼女がいるのが奇跡で、手放したら二度と出会いなんてなくて孤独になりそうで怖い。
今日もそんなことを考えながら、曇天の中を 1 人歩く。
梅雨の空気は湿っぽくて、どうしようもない。元から腐った性根をさらに腐らせていく。
「まぁ彼女も大人になってくれたら良いな」
声に出して呟くことで、自分にそう思い込ませる。半分どころか9割諦めているが、諦め
ながらも希望的観測をしなければやっていけないのだ。
アパートへ続く線路沿い、向かい側の公園一面に咲く紫陽花を遠く眺めながら歩を進め
ている。
育った土壌の性質によって色を変える彼ら。
「やっぱ環境が人を染めてくんよな」
そんな世界に溜息をつく俺の顔は、間違いなく青ざめているだろう。
今日は珍しく定時で仕事を上がれたが、その分帰ったら包容力のある優しい彼氏になら
なければいけない。
ドアの前で、一度深呼吸をする。外を見て、ふと赤紫の紫陽花が目に入った。
「ただいま、今帰ったよ」
疲れを見せず、帰ってこれたことが嬉しいよと声で伝える。
「お帰りなさい、仕事お疲れ様―」
明るい元気な声が出迎えてくれる。俺も明るく返す。
「私も疲れたけど今日頑張ったのー、褒めてー」
尻尾を振ってじゃれてくる犬のように、彼女は無邪気に甘えてくる。
「あぁ、偉いじゃん。お疲れ様」
革靴を脱ぎ、ネクタイを緩めながら出来るだけ優しく返す。
「今日はね、〇〇の業務で書類を大量に作んなきゃいけなくてね」
俺だって愚痴りたいのに、甘やかしてほしいのに。そう思いながらもにこやかに頷く。
「だから、ん」
それだけ言って腕の中で抱擁を求めてくる可愛い彼女を抱きしめてあげる。
灰になってもいいくらい幸せそうな顔で笑う顔を、最近は快く思えなかった。
感性が酸化してしまったのだろうか?
満足した彼女は、ようやく俺に問うてくる。
「君は仕事どうだった?上手くいった?」
疲れた、しんどい、なんて甘えてくる可愛い彼女に言えるわけなくて。
「うん、割とね。さくさく進んだよ。毎日笑顔で癒してもらってるからね」
プライドと、彼女にはそのままでいて欲しいという願いが、甘えたがる俺をいつも頑なに
押さえつける。
彼女と和やかに食卓を囲み、悪くないそこそこ幸せな日常を送る。
夜、彼女が寝てくれたのを隣で眺めてチューハイの缶を片手に空想にふけっていた。
「もし彼女じゃなくて、同期のアイツと付き合えてたら抱え込まんくていいのかな」
酔いに任せて、今宵も蒼く蒼く孤独に沈んでいく。
「ねぇ、別れよっか」
寝言を言いながら呑気に寝ている彼女を横目に呟く。
今度アイツのこと、呑みに誘ってみるか。
鉛色の空は、汚れを落とすように碧く涙を流す。
落ちたのは恋、浮かんだのは移り気な愛慕。
いかがだったでしょうか?少しでも同じような感情を持っている人に寄り添えたらと、思いながら書き散らしました。
やっぱ人間の闇を書くの好きだわ。新作待たせたな!
次回作もよろしくです。