空の編
「え?」
俺は、コンビニ弁当を食べようとしていたはずだ。
「........え?」
何故か、割り箸を割った瞬間、白いフワフワした地面に突っ立っていた。
「...死んだ?」
天国、というイメージが頭をよぎる。
しかし覚えているのは、割り箸を割った瞬間まで。
「.....」
あまりに現実味のない景色に、混乱する。
なんかサン○オのキキララみたいな世界観だ。
プラスチックみたいな素材のカラフルな星飾り、薄ピンクに近い紫色のどこまでも続く空間、ふわふわの白い地面。
本当に何が起きたのかわからない。
俺ももう30代、配信で笑ったり驚いたりなどの感情表現はするものの、実際ある程度は物事には動じないところまできたつもりだった。
人生、本当に何が起きるか分からない。
もし本当にここが天国なら、パソコンやiPhoneその他もろもろのデータを消す猶予が欲しい。
「...ふわふわだ」
俺はとりあえず、何も理解できないまま足を踏み出す。
裸足で踏むフワフワが、心地いい。
謎に暖かい地面だ。温泉系統の施設で使われそうないい匂いがする。
裸足で外(?)を歩くなんて、何年ぶりだろうか。
手に持ったままの割り箸は、なんとなく捨てずに持っていくことにした。
本当に現実味の無い空間だ。帰りたいような帰りたくないような....元からずっとここに居たのかとさえ思えてくる。
「むらさん」
しばらく無心で歩いていると、不意に声を掛けられた。
「...?」
声の方を振り返るが、そこには誰もいない。
「むらさん、下です」
言われるままに下を向く...と、そこには謎の生き物がいた。
「どぅもーぅ」
「ど、どうも...?」
謎の生き物はテンション高めに挨拶する。
俺は戸惑いながら挨拶を返した。
聞き覚えのある声、バケツ頭の.....なんだろうな....二足歩行の......ちょっと不気味な見た目のなにか。
「ば....ばけっちゃん...?」
半信半疑で尋ねる。
いつか見た事のあるような...配信の友達の......キャラクターだったから。
いやしかし、流石に本人は人間のはずだ。
そうであって欲しいような、そうであって欲しくないような、複雑な心境で答えを待つ。
「ご名答です、めでてぇ、めでてぇ」
ばけっちゃんはその場で頷きながら、しみじみと言った。
「多分むらさん混乱してると思うので、ご説明しますね」
ばけっちゃんは続けて、どこからともなくカリンバを取り出して鳴らす。
「ここはバケツの精神世界と宇宙の狭間、イタバサミです」
「え?バケ...え?宇宙とバケツえ??板挟み?」
「はい、イタバサミという空間です」
「は..はぁ...」
イタバサミ.....率直というか、なんというか。話が進まなそうだし、何も言うまい。
「イタバサミにいるワイは、ワイであって、ワイじゃないので、まぁリアルのワイとは別物だと思ってください。リアルのワイはこの空間のことも、ワイのことも知りません」
「本物のばけっちゃんとは別人ってこと...?」
「完全な別人ではないんですけど、まぁ、あまりお気になさらず....ささ、こっちへ」
ばけっちゃんはそう言うと、俺の服の腹あたりを引っぱって何処かへと歩き出す。
不思議な手だ。身体とは切り離されて空中に浮かんでいる自在な仕様らしい。
「ど、どこへ行くんだい?」
俺は戸惑いながら、尋ねる。
ど根性ガエルに引っ張られて歩く人間みたいな構図になっていて少し恥ずかしい。
「お食事処へ案内します、むらさん今日もコンビニ弁当でしょ??」
「う...いやでも...」
「大丈夫ですよ、キャトルミューティレーションされた気分で楽しんでください」
「...はい」
俺は流されるままに、引っ張られてついて行く。
『俺は...流されてばっかりだな』
近頃、某たろうに言われてアマプラの解約をしたことや、自発的な活動をあまりしてこなかった学生時代をやんわりと思い出しながら、ふかふかの地面を歩いた。
「もうすぐですよ、びば、おしょくじどころ」
どれくらいふかふかしただろうか、思いのほか歩いた気がする。
ばけっちゃんが指さした先には、ひらがなでおしょくじどころと書かれた看板と、テーブル席があった。
「どぞ、すわってください」
テーブルまで来ると、ばけっちゃんが席へ座るよう促す。
「はぁ、ども」
俺は軽く会釈をして、椅子に座る。
「ではでは、目を瞑ってください」
「え?」
「目を瞑ってください」
「待っ...」
「あ、目をつぶるって言うのは、目をこう、まぶたをさげることです....うーん困ったな、ワイバケツ被ってるから見せられない」
説明はそこじゃないよ、ばけっちゃん....という言葉を飲んで、俺はとりあえず目をつぶる。
「あ!良かった!できましたね!!」
真っ暗な視界の中、喜ぶばけっちゃんの声がする。
俺は....何をしているんだろうか。
「ちんぷんかんプン...いや、え?ちちんぷいぷいだったっけ?まぁいっか、ちんぷんかかぷいぷーい!」
「どうしてそうなった?」
思わず突っ込んでしまった。
「wwwむwwむらさん目をwwwあけていいですよwwwちんぷんかかぷwwwww」
ばけっちゃんは自分自身で爆笑しながら、俺に目をあけるよう促す。
「じゃあ、あけるよ」
俺はそっと目をあける。いつもの俺だったら、面白いと思っていなくても一緒に笑うところだが、今回はなんだか素のままでもいい気がした。
「...ばなな」
大きな白い皿に、バナナが3本。
「1本はおにぎり味、もう1本はソーセージ味、もう1本は卵焼き味です」
「なんかこう....思ってたのと違うなぁ」
「あ、そうそう、昨日友人に進められたお味噌で作った味噌汁もあります」
ばけっちゃんは自在な手で、テーブルに味噌汁を置く。
どこから出したのかとか、もうなんか...うーん....いいか。
「いただきます......む、脳が混乱する」
「wwwwwwww」
「バナナなのにおにぎりの味がする...ソーセージとか卵焼きの味もする....俺バナナ食べながらバナナ食べてる」
「ひぃwwwwひwwwwww」
ばけっちゃんは床でのたうち回っている。
ありのままを実況しているのに、俺の知能が下がったように感じる。不思議な感覚だ。
真顔でバナナを複数本三角食べする成人男性と、床で膝から崩れ落ちて笑っている謎の生き物。
傍から見てシュールすぎる光景に、俺は笑うまではしなかったが、少し面白いなと思った。
「むらさん、ここ文句言って良かったんですよ」
笑い崩れていたばけっちゃんが、落ち着いたらしい。俺がバナナの味がしないバナナを食べ終えた頃に、ふとそう言われた。
「.....そういえば、そう、なのかな...?」
「働いて疲れて帰ってきたのに、謎空間でバナナ食べてるんですよ。怒ってもいいです」
そう言われてみると、なんとなく苛立ってくるような、そうでも無いような。
「...そうかぁ...いやぁでも、俺昔やらかしたことがあってさ」
俺は言い訳をするかのような罪悪感になんとなく苛まれながら、口にする。
「自分の感情って思いのほかわかりずらいですよね、常時そこにあるのに短命で交代制ですもんね。ゾンビから追われてる最中に自分がどれだけの歩数分逃げたかとか、数えてられないです」
ばけっちゃんは俺の方を見らずに、雲をつんつんとつつきながら言った。
「もしかしたら、歩数を完璧に数えられる人もいるかもしれない、歩数数えながらショットガン打って自己防衛できちゃう人もいるかもしれない......でも生き残りたいだけの人なら、ゾンビから逃げて生きてさえいればおっけーですよね」
わかるような...わからないような。
俺は首を傾げながら返答を考える。
「でも生き残りたいのかどうかを見つける試練が、クリアしずらいんですよ〜...だってゾンビにもなってみたかったのかもしれないじゃないですか」
ばけっちゃんは首を傾げた後、雲を蹴ったくってすっ転ぶ。
残念、決まらなかったね。
「むらさんは今、どうしたいんですか..?」
「え」
ばけっちゃんはふと俺に話を振る。
「今...えっと、将来何かになる為の勉強がしたいけど...でも疲れてて、はやく寝たい..?」
俺は首を傾げながら、点々と話す。
「今できる方はどっちですか?」
「寝る....ことかもしれない」
罪悪感。謎の罪悪感が胸にある。
「そかぁ....よく選べましたね!!ワイは悩むことを選んじゃうかも!多分悩んだまま寝ます」
ばけっちゃんはのんびり言いながら、頷く。
その選択肢があったら、選んでいたかも...しれない。
「おっと...そろそろお時間ですよむらさん」
「え?」
ふと言われて、自分の身体がジワジワと透明になっていっていることに気がつく。
ばけっちゃんはカラフルなバナナをバケツから取り出して、俺に数本渡す。
「黄色いバナナと赤いバナナは3日以内に食べきってください、青いバナナは明日までに、きっと起きたら冷蔵庫に入ってるんで、腐らせないでくださいね」
ばけっちゃんの言葉を聞きながら、意識が薄れていくのを感じる。
異世界へのキャトルミューティレーション....ぶっちゃけもう少し何かしても良かったのではないだろうか。
何もすることなく帰っている自分に、なんとなく残念さを覚える。
「おやすみなそい、むらさん」
最後の言葉がバナナの保存方法じゃなくてよかった、少し粘ってよかったと思いながら、俺は意識を失った。
「...!」
気付くと、部屋に戻っていた。
時間は....イタバサミに紛れ込んだ時間から変わっていない。
現実味のない感覚と、現実味を突きつける目の前のコンビニ弁当。
割り箸は異世界のテーブルに置いてきてしまった。
「...そういえば、冷蔵庫にバナナって」
ばけっちゃんの言葉を思い出しながら冷蔵庫まで歩き、開く。
「....タッパー」
そこには、赤、青、黄色の作り置きおかずのタッパーが入っていた。
現実味はないが、俺が作り置きのタッパーを作っておくわけもない。
『キャストで話したいけど、頭おかしいと思われそう』
でもとてつもない特ダネじゃないか...?
俺は迷っているうちにとこにつき、眠りについた。