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第8話・体験版『おひめさま』

 当日城の衣装室で、俺は思った。確かにお姫様の体験版をするとはちょっと期待した。だが、だがな?


「何が悲しくて、俺は振袖を着なきゃなんねぇんだ!?」

「えっ。フリソデはヒスイ谷に伝わる、未婚の若者の民族衣装だと聞いた。祭事でもよく身に着けるものだと……まあ、ここには着付けやすいレプリカしか無いのだが……何か問題が?」

「馬鹿野郎、女の民族衣装だよ」

「ほ、本当か!? 悪かった……確かになんだか赤いし、花の模様が付いているし、女性的といえばそうかもしれないが……」


 いや、正しいんだがな。俺は女性だし、アイクにそれを隠すつもりも、当初はなかった。だからこれでいい筈だ。まあそのへんの縁日なら浴衣で充分なんだが、アイクはそのあたりには詳しくなさそうだし、目を瞑ろう。女装していることで、俺であることもばれにくい。だから当初の目的は達成しているといえるだろう。


 アイクはクローゼットが所狭しと並ぶ、雑然とした衣装室から、城の門番が身に着けている安っぽい装束を引っ張り出した。騎士装束を簡易的にしたようなデザインで、マントはない。なるほど、一般人の服を着ると、アイクのただでさえないオーラが、いっそう消え失せるな……。


「……ふん。まあ、これで一般人に見えなくもねぇか」

「ヒスイ谷の民族衣装は独特だ。実物は縫製もさらに複雑なのだろう、いつか見てみたいものだ」


 手を取り合って、俺たちは城の門をくぐった。門番は俺たちを素通りさせた、気付いていないらしい。日が落ちかけたダイヤモンドヒルズの商店街は、ジャンクな食べ物の露店やランタン売りの店、射的屋、アートバルーンを売る屋台などで賑わっている。いつも俺が泊まってる民宿の近くで、見慣れた場所の筈なのに……、祭りの夜は、こうもきらびやかに変わるものか。街路樹に巻きつけられた電飾が、虹色の光を放っている。幻想的だ。そうか、こんな祭りを、民衆が、力を合わせて成り立たせている……。

 気のせいか、子供だけじゃなくカップルも多いな。身を寄せて、愛を語らいながら、キャラメルポップコーンを片手にキスしあう。……俺たちも、傍から見りゃそんな感じって訳か?


「おーい、猫の可愛い姉ちゃん。リボンの飴細工はどうだい?」

「……えっ? 俺のことか?」

「猫の美人の姉ちゃん。リボンの似合うあんたのことだよ」


 露店の店主が笑う。ああ、これが噂に聞くリップサービス。言葉巧みに女をいい気にさせて、物を買わせようって魂胆だな。ふん、心に響くじゃねえか。十個くらい買ってやる――……


「では、ひとつ頂こう」


 俺が財布を出すより早くそう言って、アイクが小銭入れを取り出して店主に金を渡した。……おごってくれんのか。男らしいところあるな。友人とはいえ……俺はいま姉ちゃんなんだ、少しくらいおごってもらったって、バチは当たらねぇか。


「……はは。彼女に渡すようで、緊張するね」


 アイクの照れた笑みと、赤くてきれいなリボンの飴。


「……アイク」

「どうした?」

「……振袖は、似合うか」

「不思議なくらい似合うよ。大魔導士の意外な一面を、独り占めだね」

「……リボンは、似合うか」

「似合う。こうして見れば、ルイも意外と儚げなものだ」

「ふん。……馬鹿にするな。……ありがとう」

「……喜ぶとは意外だな」


 アイクは言う。この祭りは、二週間も前から企画され準備されていると。電飾は、商店街の大人が脚立を駆使して、手作業で飾り付けていると。露店商は王都のさまざまな祭りを練り歩き、この商店街とも契約して、祭りを盛り上げ人を楽しませることを、生き甲斐としていると。庶民のガキどもはこの祭りを心待ちにし、大人たちは今日くらいはと、並べられた玩具を買い与え、アートバルーンを手渡す。みんなの真心で、この祭りは成り立っている。それを見るのは、王子としてとても幸せな時間だと。


 でも、俺は思う。この期に及んで……、俺は周囲の景色を愛でる余裕を持ち合わせていない。なぜなら、この祭りで俺を連れてくれる男が……他ならぬアイクだから。

 確かに素敵な祭りで、皆が頑張って作り上げていて、その営みは城の準関係者としても愛しく、そして喜ばしいことだ。ただ、俺の中では……この祭りは、アイクが相手だからこそ完成する。混雑しているからと、アイクが俺の手を平気で引く。その手が意外なくらいに骨ばっていて、心臓が跳ねる。この手が剣を振るい、国を護る。なぜだか、とても頼もしく見えた。


「ふーん。猫族の女か」


 ふいに背後から声がかかった。振り返ると、ミノタウロスの血の入っていそうな、体格のいい男どもが二人。アイクが俺を、背に回すように腕で制した。


「聞いたことあるなぁ、それ。フリソデだっけ。マブいねー」


 今時マブいって、どういうセンスだよ……。と心の中で突っ込む間もなく、男の一人が太い腕を伸ばして、俺の腕を引いた。


「こんなもやしとじゃなくてさ。俺らと遊ぼうよ」

「楽しいこと教えてあげる。猫ちゃんは初めて? 優しくしてやるよ!」


 キモい、背筋に悪寒が走る。速攻で雷を落とそうと印を結びかけたそのとき、アイクが男の腕を掴んで俺を解放した。そのまま二人に立ちはだかり、毅然とした態度で言った。


「これは私の友人だ。不埒なことをするのなら容赦はしない」

「はあ? お前みたいなもやしに何ができる、なよなよした顔しやがって。付け上がったことを後悔させてや――……」


 男が最後まで言うより前に、アイクが二人の男の鳩尾に、狙いすましたようなグーを繰り出した。バランスを崩し呻く二人が、なおも抵抗するので、鮮やかな蹴りを入れた。一人はそこで逃げ出した。もう一人の喉元に拳を寸止めしたあと……、アイクは静かに言った。


「私の勝ちだ。立ち去れ」

「……チッ、恰好つけてんじゃねぇよ」


 そう言って、もう一人も逃げて行った。……正直驚いた。体格で圧倒的に勝るあの男どもに、アイクが……お姫様男子が打ち勝ってみせた? あいつらだけでなく、俺さえもアイクを見くびっていた。いつからそれほどの体術を会得した? 初めて会った頃のアイクは少なくとも、城の門番にこてんぱんにされてからの、専属コーチからの腹筋百回攻撃……みたいな感じだったのに。


「……どうだ? ルイが手を下すまでもない。私はルイの背を護る資格を得つつあるんだ」

「……おい、変なこと言うな。それじゃまるで……いや、何でもねぇ。あんなの俺一人でなんとかなった。だが、あれを軽く下すようになったお前の努力は、認めてやってもいい」

「私だって王子なんだ。そう……、国の王子だけではない。誰かの心の王子になりたいのだ」

「はっ、前線で頑張ってる俺にとっちゃ、お前の体術なんて隙だらけだがな。だが、何か……、頼りねぇアイクに護ってもらえて、成長が感慨深いな」

「ふふ、いつになく素直だね」


 陽が完全に落ちたころ、パレードが始まった。陽気でリズミカルな歌とともに、スパンコールのきらめく衣装を着た女性たちが踊る。電飾の虹が衣装に反射して、手製のスポットライトでパレードがさらに輝く。購入した明るいランタンを手にしながら、俺はその幻想的な光景を眺めていた。隣にはアイクがいる。

 そうだ、結局……俺は国とか街のために、頑張れる奴じゃない。アイクの厚意に対して、この結論は申し訳ねぇが……、商店街を護り街を愛すって言われても、ピンとこない。俺は塊として人を愛すような器の大きさは、持ち合わせちゃいない。だが、そのなかの一人一人を……、馴染みの宿屋の爺ちゃんを、あそこで踊る女性を、手を叩きはしゃぐガキを、身を寄せ合うカップルを……護ってやるっていうんなら、わからなくもねぇかもな。そして、そいつらの笑顔を心から望んでいるお前を、アイクの儚い夢を護るために、俺が戦うっていうんなら……、それも、わからなくもねぇかもな。


 俺は大物じゃねぇし、目の前のものしか護れねえ。本当はそんな、大層な奴じゃねえ。俺を圧倒的強者と崇める人間は数多いが、蓋を開ければ、出会ったものに猪突猛進。そんな馬鹿でしかねえ。


 そんな等身大の俺が……、たったひとつ、確かだと言える感情は。

 アイクとここにいられて、幸せだってこと。

 いつかアイクのお嫁さんになれたらいいのにと……、図々しくも願っちまうってこと。


 無下にしてくれるな、アイク。

 護ってくれよ、アイク。

 俺のこの、不毛にさえ思える、不器用な……恋心を。

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