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第5話・夜の風吹く庭で

 スポットライトが入場口へと当たり、輝くような白いタキシードをまとったアイク、そしてピンク色のきらきら光るロングドレスを着た、白い短髪の美女が、手と取りながら入場してきた。……アリスか。知っている。アイオライトドール家から、アリスの旅行の際、護衛を頼まれたことがある。あれは何というか、ヴィクトリアに負けず劣らずクセのある奴だ。そんな奴ながら、一途にアイクに想いを寄せていることも、護衛の際に聞いた。王族に近い貴族だから、アイオライトドール家が西のルビーマウンテンに拠点を移すまでは、出会う機会も多かったと聞く。そう、幼馴染ってやつだ。俺なんかよりも余程、アイクの相手に相応しい……。

 アイクのタキシード、金の刺繍が施してあって美しいな。あいつ手足が長くてスタイルがいいから、王子らしい恰好がよく似合う。ああ、格好いい。なあ、お前は、初めて会ったあのときから、ずっと……。姫みたいな王子だといくら囁かれようが、俺にとっては……ずっと……

 アイクから開宴の言葉が、一言あるらしい。マイクを受け取って、アイクははにかみながら言った。


『本日はお集まり頂き、誠にありがとうございます。優雅なる一夜を、どうぞ共にお楽しみ頂ければと思います!』


 アイク、そんなキャラじゃねぇだろ。マイクに声の震えが入ってるぜ。招待客どもは歓声を上げているが……。そうこうしてるうちに照明はふたたび点いて、優美なクラシックワルツの演奏が始まった。三拍子か、アン、ドゥ、トロワ、だっけか? ヴィクトリアが俺の手を取って、引いて、優雅なステップを踏む。シンデレラのような銀色のヒールで。

 こけねぇように、せめて無様な姿は晒さねぇように。華麗なる大円舞曲の軽快なリズムを崩さねぇように。ああ、こんなことしてる場合じゃねえのに、俺は。アイクと、俺は……俺は。いや、今は集中しよう、招待客の中に転ぶような奴はいねえ。俺も体裁を保たなきゃ。


 三曲ほど踊ったところで、休憩が入るとアナウンスがあった。軽くスパークリングワインでも飲んで、ほろ酔いでいい気分のところ再開、らしい。まあ、みんな、ダンスなんかしたくて来てる訳でもねえだろうしな。ここは合コン会場だ、いくら気取ったって、お喋りやボディタッチ位はしたいよな?


 俺がスパークリングワインを給仕から受け取ったあたりで、アイクが一直線に俺のところへ駆けてきた。俺に群がって黄色い声を上げる女どもを、いつになく強気にかき分けながら、アリスを後ろに連れて。


「ルイ、一体どうしたというんだ、こんな所に来るなんて」

「うるせぇな、どこに出没しようが俺の勝手だろ。俺は気ままな野良猫なんだよ」

「だからこそだ。気ままな野良猫が、こんな形式ばった場所に……。うまく言えないんだが、……そうだ、うまく言えない。今宵は楽しんでいってくれ」

「……まあ、俺の方にも色々事情があってな。目の前の恋を、みすみす逃す訳にはいかねぇんだ」

「……私もその気持ちはよくわかるよ。こちらにも色々ある。そういうのを取っ払って、いつの日か君と話せたら良いのだが」

「……はっ、どういう意味だよ。口説くなら女にしな」

「……そんなつもりはない。いや、……そんなつもりなら、君はどうする」


 心臓が跳ねた。アイクにそんなつもりで話しかけられたら……俺はどうなっちまうんだ? 大魔導士の誇りとか、護国の名誉とか、そんなの全部取っ払われて、裸のただの、二十一歳の娘の俺になって、そしてアイクに……。……考えるだけ、無駄なことか。


「……どうするだろうな。案外、ちゅーる目当てに、喜んで飛びつくかもな?」

「君はちゅーるが好きだな。今夜のメニューには残念ながら含まれていないが、素敵な夜を過ごしてくれ。では、君目当ての数多の女性に引っ張られながら喋るのも限界だ……、またもし喋れるタイミングがあれば」


 令嬢どもには腐が多いのか? 俺たちの会話聞いてきゃあきゃあ言ってるぜ。


「アイク、僕をさしおいて男にご執心かい。それも戦場しか生きる場所のない、粗野で品のない男と。僕と喋ろう、僕と」

「悪い、アリス。大切な友人なのは、君も知っているだろう。そのような悪口は言わないでほしい。ルイのファンからのヘイトも稼ぐよ。言動には気を付けたほうがいい」

「いいもんね。僕はアイクの幼馴染。そしてアイオライトドールの第一令嬢。それでいて西のルビーマウンテンに拠点を置く、魔薬学界の新鋭。他の女とは格が違うのさ」

「アリスさん、ルイ様の悪口なんて聞き捨てならないわ!」

「そうよ、いくら上級貴族だからって」


 アリスはその短髪を翻して、不敵に笑った。


「君たちにとっても、都合がいいのでは? 僕はアイク以外を狙わない。黒猫ちゃんなら、君たちが骨の髄までしゃぶりつくすが良い。そう、僕は――……アイクだけを狙ってるんだから」


 気のせいじゃない。アリスが俺に目配せしている。これは俺への宣戦布告だ。周囲の女を煽っているようでいて、照準は俺だ。……畜生、ヴィクトリアより遥かに食えねぇ女だ。護衛してやった恩を仇で返すな、馬鹿女が! だいいちお前は妙な毒薬いっぱい作って戦えるんだから、俺の護衛とか要らなかっただろ。本当にムカつく女だな。


『それでは皆さま』


 進行役の女が、酒の行き渡った場を見渡して言った。


『第二部、開宴致します。ダンスのご準備を――……』



 刹那、会場の天井近くにある窓が、ばきんと鋭い音を立てて割れた。

 同時に電源が落ちて、会場がほぼ真っ暗になった。



「伏せろ!」


 咄嗟に声が出た。場は混乱して、女は悲鳴を上げ男は伏せて震えている。他の奴らには見えねぇか、俺は生憎猫の目を持ってるんでな、よく見えるぜ。会場を破壊したそれは、緑の鱗を蔓延らせ、鋭い爪を光らせ、大きな翼をはためかせて飛ぶ竜の魔物だった。何だ、どうしてだ、王都のダンスパーティーに……ワイバーンが乱入した? なぜだ、この地域には棲まねぇ魔物の筈だが……

 状況の判断は後だ、あれをなんとかしなきゃ、最悪あの爪か、それとも飛散した瓦礫かで犠牲者が出る。何か言うより前にだ。あれくらいの魔物なら、詠唱を行わなくとも、そして杖がなくとも倒せる筈。警備の兵は剣しか持ってねぇ。参加者は丸腰、この場でまともに戦闘ができる、かつ飛び道具が使えるのは、恐らく俺のみ。



「『ヒスイ流雷の理一の型・『まだともしびの薄明り』!』」



 印を結んだ指先から、金色の魔力が虎の形に飛び出て、ワイバーンに勢いよくぶつかった。身体をよじらせ、不気味な断末魔を上げたワイバーンは……そのまま、会場の一角にぼとりと嫌な音を立てて落ちた。……さすが俺。強い俺。……後続が来ねぇな、群れじゃねえのか。妙だ、ワイバーンは群れで行動することの多い魔物の筈だが……? だいいち、今のワイバーンには『六十億の呪い』の気配を感じなかったような? 毒されていれば気配も強くなるから、俺も突入前に気付けたかもしれないが……。


「何だ? よく見えない」

「ルイ様の魔法が一瞬見え……」

「助けて下さったのですか、ルイ様?」

「少し黙れ」


 目を閉じて、周囲の魔力を探知した。……他に魔物は居ねぇ。一匹だけが、狙いすましてこんな場所へ。一体どういうことだ。まあ、偶然かもしれねぇし、気まぐれな個体だったのかもしれねぇ。魔物の生態については詳しくねえ。それこそ第二王子の奴なんかに聞けば、よくわかるかもしれねぇがな。


「……大丈夫だ。もう周囲に魔物は居ねぇ。ワイバーンも生命反応がねぇ。三下の雑魚だった。もう心配いらねぇよ」


 周囲ががやがやとうるせぇが、安堵には包まれてるみてぇだ。とりあえず避難させようと、警備の兵どもが動き出して、人の流れを整理している。……何だってこんな妙なことになったんだ。ちゅーるは出なくとも、鮭のムニエルは出るって、前もって見たお品書きには書いてあった。食うの楽しみにしてたのに、これじゃダンスパーティーの継続どころじゃねぇよ……。


 行燈を持った兵がやってきたので、軽く挨拶した。俺に事情を聞こうっていうのか。本当に面倒だ。ヴィクトリアがおろおろしているので、とりあえず兵より先に手を伸ばして、取って、軽く引いた。


「……大丈夫だ、落ち着け。さっきはあんなに頼もしい女だったのに、全く」

「ひえええ、だって。お城観光のはずがこんな怖い目にあうなんてぇ……」

「頭を守って、気をつけて出ろ。壁材の破片が落ちたりしたら危ねぇ」

「ええっ、ルイ様来て下さらないんですか!? 今宵はルイ様の女だった筈なのにぃ」

「埋め合わせはまた宿屋かどっかでする。俺は多分今から事情聞かれるし、護衛の騎士に従え」

「わかりましたぁ……」


 ちょうど照明の回路が通ってる辺りを、ワイバーンが粉砕したということが、兵からの話でわかった。俺も話した、『六十億の呪い』の気配がねぇこと、群れで行動していないこと。他に魔物の気配はなさそうだということ。ひとまずは安心していい、それは確かだ。……まさかこんな形で、皆の婚活に、恋に邪魔が入ろうとはな。俺の心も持ち越しって訳かよ……。


「こたびは本当にありがとうございました、ルイ様」

「別に。いつもやっていることだ。……俺は修復系の魔法に余り明るくねえのは知ってるよな。基本壊すことしかできねぇ、兵器みたいなものだ」

「城付きの魔導士を呼んで、ホールは地道に修復します……大きな損害ですが、人命に影響が出なかったことは不幸中の幸いでした」

「全くだ、感謝しろよ?」


 本当に、優雅な場や、ロマンチックな出来事には縁がねぇんだな……。俺が呪いの処女だから、こんなことが起きたのか? とすら考えちまう。ちょっとくらい……優雅できらびやかな世界を、柄にもなく覗いてみたかった。もしも俺が綺麗な女性だったら、こんなダンスを踊って、あんなティアラを着けて……とか、いろいろ空想しつつ、アイクを眺める時間にしたかった。

 それがこんなことに……と落ち込みながら時計を見ると、一時間は事情を聞かれていたらしい。しかも後日また城に来い、追ってスマホに連絡を寄越すとの、ラルフの側近の言伝付きだ。まあいい、今日はこのまま、ヴィクトリア……いやミルカが帰宅しているであろうあの宿屋に、帰るとするか……?


 ダンスホールと城のロビーは、中庭を介して繋がっている別棟だ。ただ、中庭のほうはこの奇妙な事件で混み合っているだろう。うるさいに違いねぇ。だから、ホールの裏口から裏庭に出て、そこから城を出るルートを俺は選んだ。

 ダンスホールを出れば、夜風がすう、と頬を撫でる。とりあえず晩秋の涼しさを感じながら、なんとなく沈んだ気分で裏庭を歩いた。花壇には、この季節だっていうのに、色とりどりの花が咲いていて、メイドの手間暇が感じられる。広葉樹から葉が舞い降りて、池の中の鯉が、ぽちゃりとひとつ音を立てる。……あんなことがあったんだ、ホールやロビーの方から色々うるさそうな声が聞こえてくるが、ここは静かだ。薄暗くて、星が少しだけ見えて、石畳がごつごつして……。



「……ルイ」



 ふと、この寂し気な夜の庭にそぐわねぇ声が聞こえた。振り返ると、いつもと違って王子の気品をまとっている筈のアイクが、困ったような笑顔でこちらを見ていた。


「おい王子、あんなことがあって、何でこんな場所で夜風に当たってやがる。主催は城なんだから、お前も色々机処理に追われなきゃいけねぇ立場だろ? そうでもねえのか? 人気のない場所に佇みやがって、余裕かよ」

「……ルイが兵に事情を聞かれている間、参加者全員に頭を下げて回ったよ。そうしたらロビーに父上がいらっしゃって、『今日のところは任せよ、おぬしでは不安が残る』と仰られた。……何のことはなく、不甲斐ないがゆえに暇になって、それで……ふと、君ならここから帰るだろうなと思って、待っていたんだ」


 俺を? 酔狂なことだな、俺なんかを……。もっと、アリスとかと一緒にいてやれよ。何で俺なんか……? いや、嬉しいんだが。これだけで今日の寂しさをチャラにできるくらいにはな。


「ホールからのこの出入口を知る、数少ない人間がルイだ。交通渋滞を嫌うであろうことも察しがつく。それなりに長い付き合いだ。……皆を救ってくれてありがとう」

「……ふん。礼を言われるまでもねぇ。あんな敵、息をするように勝てる。俺が気まぐれに出席していて良かったな。アイクも銃か魔法を会得して、離れた敵にも勝てるようにしておけよ?」

「才能は無いんだが、善処する。……舞踏会が混乱に陥ったのは、もちろん残念だが……、人的被害はない。医療魔術班のロールバック魔法で、どうにかなる程度の物的損害だとも判明した。全く、君は天才だよ。……天才の君と踊っていたあの女性も、学業に飛びぬけて優秀、美しく地位のある素敵な少女だそうじゃないか。……私のような役立たずの凡人には、介入できぬような関係だ」

「……何だよ、ラルフに厄介払いされて拗ねやがって。……俺はヴィクトリアに何の感情もねぇよ」


 アイクが驚いたように顔を上げて、俺の顔を見た。なんだよ、あんまり見るな……、恥ずかしいだろ、ただでさえ二人っきりなのに……。


「ヴィクトリアも、ガチムチ戦士好きの変わった女だ。俺には何の感情もねぇ。……俺が本当に踊りたかった相手は、別にいる」


 ……どうして俺の手を取る。何のつもりだ。あまり俺を期待させるような行動は慎め、無自覚王子。柄にもなく……どきどきするだろ。


「はは、そうか。……奇遇だ。私が踊りたかった相手も、別にいるよ」

「えっ……。……アリスは?」

「アリスは美しい女性だし、頭もよくて才能もある。だが、そんなの、私にしてみれば関係ない。……理屈じゃないのだ、その人物への気持ちは。本当……王子としてこんなの、どうかと思うのだが……」


 そうか。アイクも、俺と同じ気持ちなんだな。全く、恋ってのはなんでまた、こんなふうに誰にでも平等に理不尽なのか。


「ルイ、宿泊先はあるか」

「まあな。こんな大都市で野宿はしねぇよ、俺を野良猫か何かと思っているのか?」

「違ったのか。じゃあ……また会おう。お互い……本当に好きな人と、ダンスができれば良いのにね」

「お前が寝付けるかはさておき、お休み。城に危ねぇことがあろうもんなら、すぐさま駆けつけてやるよ。俺はお姫様のアイクを護る、王子様、だからな!」


 ああ、その言葉通りだったら、どんなによかったことか。

 お姫様と王子様だったら。運命づけられた関係だって信じられたなら。


 俺に、あとちょっとだけ勇気があったなら。

 俺は男っ気に縁のない女で、それなのに図々しく王子様が好きだよって、そう言えたら。



 去っていくアイクの背を見届けたあと、俺もそっと城の裏庭を出た。

 むやみに明るい北極星に、俺の恋が叶うその道を、照らしてほしいと願いながら。

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