第57話・剣持つおひめさまの結末
ユーリが小さく『よいしょ』と言って、俺を不器用に持ち上げた。ああ、こいつの腕の中にいる。体つきや背の高さはアイクより随分頼りないが、なるほど、なかなか似たような居心地じゃねえか。気に入った。安心できて、胸が高鳴って、楽しい気分になって、この先の人生のいろんなことが、ぜんぶうまくいくような、乗り越えられるような希望をもてる。
真っ赤なドレスを着た俺を見て、ダンスホールじゅうに集まるドレスアップした民衆がざわめく。城関係の奴らからすれば、こうなる気配は存分にあっただろうが……一般人にまでは、ユーリの熱烈なアタックは伝わっていなかっただろうからな。そのうえ俺が、そう、かつて男と思われていた無骨な冒険者が、よりによってドレスを着てるんだ。そりゃ驚くだろう。
しかし驚きながらも、みんな笑って拍手してくれている。ルイ様すごく綺麗です! と声を飛ばしてくれる人もいて、嬉しかった。
「まず、始めに。この発表のために、識者が原稿を書いてくれた。原稿の一人称は私で、至極無難かつそこそこに美しい言葉が、敬語で整然と綴られている。……でも、みんな知ってるだろう。第二王子は色々と人間がなってなくてね。整った、高貴なものは似合わないんだ。だから敢えて『俺』の言葉で語らせてもらうと、そう最初に言っておく。カンペ作ってくれた人はごめんね」
ユーリの言葉を待ち、民衆はしんと静まり返る。
「俺はルイのことを愛している。それはもう、随分以前からね。そう、兄上が存命だった頃からだから、言うなれば横恋慕。叶わないほうがよかった恋だ」
そんなことはない。あの頃、自分の抱えた想いを否定しない、そのことを教えてくれたのは、他ならぬユーリじゃねえかよ。
「でも、こうなってしまった以上、俺はひとつの衝動に駆られる。皆も慕う大魔導士ルイの本当の姿をそばで見てきた分、彼女がなにひとつ心配せず、辛いめにあわず、悩むこともなく、いつでも笑っていられるアイドクレース王国を作りたいと。そんな強い衝動で、どうしようもなく胸がいっぱいになった」
観衆が言葉を飲んで、ユーリのその告白に耳を傾ける。
「彼女は心優しい女性だ。だからルイが笑っていられるアイドクレースは、きっとみんなが笑っていられるアイドクレースだ。国難続いた中、それでも諦めず街を再建し、営みを絶やさず、明日への道を模索し歩き出す君たち国民をも、俺は絶対に幸せにしてみせる。取りこぼしはしたくない、あらゆる人が笑ってくれるなら。今日の食卓を心配しないなら。働きにくさに悩んだり、子育てに疲れたり、流行り病に悩んだり……そんなこともなく、明日への希望を持って生きていってくれるなら。きっとそこは、俺の大好きな人の笑顔で溢れた国。俺はルイがいてこそ頑張れる。ルイが全ての原動力であり、希望であり、彼女から光をもらうことによって、きっと王として輝けるはずだと、そう信じている」
熱の籠るユーリの言葉は誠実だ。嘘と猫かぶりを生業としていたお前は、もうどこにもいない。
「これから二人で、国の象徴としての役目を、少しずつ学んでいきたい。いずれこの国の最高責任者となる身として、いっそう勉学に務めたい。公務も今まで以上に執り行うこととなるだろう。皆に最高のアイドクレースを約束するとともに、お願いもある」
真剣な顔をしていたユーリが、少しはにかんだ。
「まだまだ未熟な俺とルイを、応援してほしいんだ。SNS等で囁かれている通り、俺は確かに恋多かったよ。ただ、本当に、心から女性を愛したのは初めてだ。公務も、恋愛や結婚も、どうすればいいのか、まだまだ研究途中。ルイはといえば、知られている通り、長く男性と思われていた生粋の喪女」
ギャラリーがちょっと笑ってる。笑うんじゃねえ、恥ずかしい。
「歳若い俺たちが、頼りない選択肢を選ぼうとしたとき。ちゃんと怒る権利が、君たちにはある。それも含めて応援してほしいんだ。俺とルイの二人で、お互いにないものを埋め合っていく、それは大前提。そのうえで、君たちと俺たちの間でも、お互いにないものを埋め合っていけたら。『みんなのアイドクレース』を創れたら、きっと最高だと思うんだ!」
ものすごい歓声だ。ユーリ王、と気も早く呼ぶ奴までいる。
「君たちは……ともに歩いていく俺たちの隣人だ。隣人たちと共に、ルイを、アイドクレースを、一生護り抜き、幸せに導いていく。手を取り合い歩んでくれるなら、こんなに嬉しいことはない。君たちひとりひとりが、アイドクレースの希望だ。笑顔の溢れる国を実現するとここに誓う。君たちの笑顔に、値など到底つけられないような価値があると。この世に散らばるしあわせには、どんな輝石も敵わない価値があると。世界の価値を、世界の美しさを、世界の愛しさを俺に教えてくれたのは、ルイ・アマミヤという一人の女性なんだ。……こんなところかな? ルイからは何かある?」
鳴りやまぬ拍手と声援の洪水の中で、俺のほうにマイクが回ってきた。頭の回転が速いユーリのように良いことは言えねぇが……何か、俺の言葉で挨拶すればいいのか。
「……男だって散々言われといて、姫になっちまったよ。ユーリはアイク亡き後の俺に、本当に良くしてくれた。足しげく部屋に通い、辛抱強く励まし、明日への希望を抱かせるに至った。優しいだけじゃなく、俺の間違いを正してくれたり、人生のパートナーとして相応しい奴だ。俺は妻として、こいつの大きな志を支え、力になってやりたい。……だが、それだけじゃねぇ」
原稿がなくとも、この気持ちさえあれば、きっと伝わるはず。
「医師の見立てでは、俺はじきにかつての強大な力を取り戻す。そう、戦える姫になるんだ! 俺、戦うお姫様の絵本が、幼い頃すごく好きでな。もちろん野蛮なことには使わないぜ。正しく振るい、人を護り、何か国に災厄が襲ってきた際には、それを祓う。新時代の姫、そして王妃の姿として、ぜひ認めてほしい。王だけじゃない、王妃も冒険者として、国を護る任務についてみせる。皆、期待しておけよ? 冒険者には、寿退社って文字はねえ」
歓声がわきあがる。よかった、共感を得られた。俺のその『ありのままの姿』を認めてくれる人が多くいるのは、嬉しいことだな。
「俺とユーリを信頼しろ。何か困ったら、どんな小さな声でも城に寄せてほしい。アットホームな国を創ろうぜ。ひとりひとりが、俺らの友人だ。これからもよろしくな!」
ああ、皆、俺たちを受け入れてくれている。勿論、世論に百パーセントはない、それはわかってる。だが、少なくともこの場にいる人は、目を輝かせて俺たちを見てくれている。それは国の威信を俺たちに乗せて伝えたい、城の意図も働いているかもしれない。だが、だからこそ俺たちのそのままの言葉で、なにかの思惑や謀なく、誠実なスピーチをできたらと思ったんだ。集団意識の煽動に終わらず、観衆ひとりひとりとの対話がしたかったんだ。
拍手が鳴りやまない。ユーリが重い、と呟いて俺をおろしたので、転ばないように手をとりあって、ゆっくり歩いてステージからの階段をおりた。惜しみない拍手の海の中に……なんだ? なんだか見覚えのある白いスーツを着た、金髪に青い目の、長身の男が。優し気な笑みを浮かべて、こちらを見て祝福してくれる。アイク……? 目をこすると、その男はどこかへ消えていた。……来てくれたのか? 俺たちを祝福するために……。
立食パーティーには、様々な料理が並ぶ。高級な魚のムニエルも良いし、あのダンスの夜に食えずじまいだったローストビーフも美味い。だが俺を何より喜ばせたのは、口直しの菓子のコーナーに置かれていたちゅーるだった。まぐろ味を食うと、アイクといっしょにいたころの幸せを思い出す。数々のゲストと会話を交わし、それぞれの望む国作りについて意見を交わし、明るい未来を約束する。俺の心の傷を気遣う奴もいたが、もう大丈夫だ。一生癒えない傷だが、前を見る意思はある。ユーリが俺を愛する限り、俺はもう道を見誤ったりしない。
アットホームとはいえ、立食パーティーに参加していたのは、最低でも貴族の立場を保有している人間ばかりだった。食事がひととおり終了して解散となった後には、ちょっと息をつくことができたが、やっぱり疲れるな。
「……疲れたかい?」
「この靴がな。何度転びかけたことか」
「何度支えてやったことか」
「……ドレス、脱ごうかな。少しでもお姫様をやれたから、それで満足だ。普段着のローブに着替えて、お前とちょっと街を歩きたい」
「街のほうも、かなり賑わっているだろうからね。君と民の営みを見て回れたら、とても満足だよ」
「……まさかお前と、こんな恰好で人前に出ることになるとは。人生って不思議なもんだ」
控室でドレスを脱ぐのは、寂しくもあるが、解放感もある。いつもの俺に戻れる。スカートはやっぱり、なんか股がすうすうするぜ。魔導士ローブは落ち着くよな。普段着に着替えても、俺らがこの発表をしたまま街を歩いていたら、人だかりができて大変だろう。だから二人分の隠密魔術を、俺がかけることにした。以前クリスマスパーティーの時に、ユーリがかけていたやつだ。
街は賑わいを取り戻し、ガキの手には風船や玩具、小さな国旗が握られている。出店で歩きながらつまめる菓子や、アイドクレースの紋章をかたどったミニアクセサリーが売られている。城下町は盛況だ。皆一連の事件で大変な思いをしただろうに、それでも人間には、立ち上がる力が備わってるっていう訳か。
「……クリスマスの時を思い出すよ」
「今もお前がそうして持ってるそのスペル入れが、まさかこんな未来を生むとは。まあ今思えば、あの日のお前は色々バレバレだったがな……」
「君はどこまでも、兄上だけを目指してひた走る猪だったからね。傍から見てて可笑しかったのも、興味深かったのも事実だよ」
「笑う目的かよ。……さっきのお前のスピーチ、良かったよ」
自然に手を繋いだ。人混みではぐれてしまわないように。もう二度と、道に迷って途方に暮れてしまわぬように。
「ただ、ひとつ修正したい。お前のその気持ちを、叶わない方が良かったなんて……そんな寂しいこと、言わないでやってくれよ。……そんなの……お前が報われないだろう」
「報われなくてよかった筈なんだ。どういう訳か、君と結婚できることになったからには、もちろん命がけで護るけどさ。本来それは兄上でよかったんだ。俺である必然性はないし、むしろ俺ではないほうがよかったんだ」
「……そんな寂しいこというなよ」
ユーリの意図はわかる。何事もなかったら、そのような未来が来ていたであろうことも。これは本来起こりえなかった図式、それは確かにそうだということも。ただ、そうして自分を否定するな。兄のかわりに甘んじるな。
「……ユーリとアイクの匂いって、ちょっとだけ違うんだぜ」
「……そうなの」
街角の露店で飴細工を眺めながら、ユーリに語り掛けた。
「猫族は鼻がきくから、主人の匂いはきちんと判別できる。お前らの匂いはそっくりだが、これだけ嗅ぎ続ければ、おのずと僅かな違いがわかる。お前はアイクに比べて素直でもないし、回りくどいし、あいつみたいに単純明快に心優しい訳でもない。でも、アイクよりずっと頭が良くて、色んなことを知っていて、たくさんの知識や考えを持っていて、それを全て惜しみなく、大切なものにつぎ込める。お前の思慮深さや親身さには、何度も救われた。アイクはああ見えて奔放だからな、こっちが手綱を握らなきゃいけないことがあるが、ユーリはひたすら主導権を握って庇ってくれる」
猫の形のもあるな、可愛い。購入して、ユーリに差し出した。
「かわりじゃない。今の俺は、ユーリがちゃんと好きだから。ほら、大好きな妻の形をした飴だぜ、舐めるのか? 変態」
「……ありがとう。食欲をなくす発言があったから、飴は君が食べればいいよ。……俺は……許されたのかな。……そうか。……報われてもよかったのか」
「お前が国を良くしてくれるって信じてる。俺と幸せにしあえるって信じてる。お前は俺の王子だよ、ユーリ」
街はこの時期には、少し暖かい。青い空は澄み、白い鳥が輪を描く。街のにぎわいが夏の空気に反響して、心地良く耳を擽る。アイドクレースの白い石畳を、たくさんの人が笑顔で歩いていく。悲しみがない訳じゃない、苦しみが消えた訳じゃない。それでもみんな、笑っていようとする。そのエネルギーで、この街はできている。
「……幸せにするよ。……君がそこにいてくれる限り」
頬に触れた唇が、そっとそう囁いた。その囁きも、聞き届けられたように天にのぼっていく。すべての営みを、ひとしく神が見つめている。あまねく街並みの命を、失われただれかがずっと見守ってくれる。この国の未来を、希望を、ひとすじの光を、だれかがずっと見守って、微笑んでいてくれる。それを確信する限り、俺はもう、負けたりなんてしない。誰しもが希望を空に描く。床に落ちた影を送るように、空を見る。そこにお前がいるってわかってるから、どんな時も俺は負けない。
かつて力が欲しいと願った。強ければ幸せになれると希望を持った。
あるときは力に失望した。人に恐れられるくらいなら、最初からなければよかったとさえ思った。
そんな日々をのりこえて、本当に大事なもののために力を振るいたいと願えたときの、一筋の光を見出したような気持ち。いまも忘れはしない。
いまこの力を、この人生をどう思うか、その結論はまだ出せないが。
少なくとも、この生き方をしていたおかげで、俺はいまユーリの隣にいる。
それが全てだ。俺の願いは、たしかに空に聞き届けられた。
かつて力を望んだ少女の、これがひとつの結末で。
同時にひとつの始まりでもある。
かたく繋がれた手を、一瞬でも離してしまわぬよう。
姫だとか英雄だとか、王族だとか関係ない。すべての人が、大事な人と手を繋ごうとし続けるこの世界で……そうして生きていけたら。
みんながそうしていける世界が創れたら。
そのときはじめて、俺たちは自分の力の意味を、尊さを知るのかな?




