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第56話・そして僕たちは夫婦になる

 建国記念日の早朝、俺はラルフとエリザの前にいた。初回の王都襲撃戦で壊れた天空の間は、もうすっかり修理されていて、朝のティータイムに相応しく整備されている。硝子テーブルについて、エリザが雑な手つきで紅茶を啜りながら、にやにやとこちらを見ている。同じく薄々何が起こるかわかっているという顔で、ラルフは頷いた。


「言ってみよ、わかってはいるが」

「うん。ルイを許嫁にしたいんだ。城として認めてくれるかな」


 エリザが両手を軽く合わせて頷いた。


「勿論。というか国としても有難いことだよねぇ。建国記念パーティーにそのニュースが飛び込めば、国への大いなる親しみと、象徴の支持という、国民感情の起爆剤になる。たださ、ユーリ」


 エリザの言葉を掌で軽く制止して、ラルフが続きを言った。


「一応、聞いておくとするか。おぬしは色々と、王子に相応しくない異性交遊を行ってきた人間だということは小耳に挟む。それゆえアイクよりは心配だ。最近のルイに対する態度を見ていれば恐らく杞憂だろうが……本当に、一人の女性の将来を、一生を、背負う覚悟があるのだな?」


 ユーリがいつになく真剣な顔をしている。いや、最近のこいつはこの表情が多いんだがな。嘘偽りも逃げもなく、毅然と俺に執着し、支え、愛しにかかる。


「あるよ。そのためなら、何でも捨てられる。何でも犠牲にできるし、何でも捧げにかかれる。ルイが笑っていてくれる人生のためなら、どんな苦労も苦難も厭わない。ルイに愛されてさえいられれば、どんな難題にでも取り組み、国のためにできる限りのことを王として成し遂げる。それが俺の覚悟だ」

「成程。ルイを、そして王都を護るため、禁書に魂を食わせただけのことはある」

「……うんうん、そりゃさ、あたしも思うよ。ルイを嫁にする者としては合格きわまりないよねぇ?」

「左様。だが、国王としては些かアンバランスだな。国の前にルイが来ている。王妃を大切にすることは重要なことだが、アイドクレースよりルイの優先順位が高いのは、王としてはどうなのか」

「それが俺の本心だからしょうがない。そこに関しては言い逃れをするつもりはない」

「そこは俺の出番だと思うんだ」


 おずおずとだが、俺もそう口を挟んだ。


「つまり、俺がユーリを愛していれば、ユーリは王として存分に機能する。俺が誠実であれば良いというだけの話だ。ユーリの世界の全てで、もしかしてアイドクレースよりずっと大切に思われている俺が、自分の心に負けず、いつでも笑っていれば、万事解決なんじゃねぇか?」


 それが支え合いというものじゃないのか。紅茶がやけに苦く感じる。ラルフは鋭い眼光でしばらく俺たちを交互に見つめた後、くぼんだ両目を伏して、ひとつ溜息をついた。


「夫婦とは助け合い、共に歩む者。そのために必要な噛み合いを、相性を、おぬしらは持っている。おぬしらの婚約を認めよう。具体的な結婚の日取りは追っての調整になるが、ルイは王族として正式に認められる。ようこそ、ルイ。城のため今まで散々力を振るってくれたおぬしが、我ら家族に加わることは、まこと光栄なことである」

「有難うよ、ラルフ」


 エリザがベリー入りの紅茶を飲み干したあと、ティースプーンで果実を掬って口にしたまま言った。何か食いながら喋るなよ、ロイヤルファミリーとしたことが汚ぇ。


「今日のダンスホールでの立食パーティー、婚約のお披露目に相応しいんじゃないの?」

「それなんだけどさ、ルイ、ドレスを着たいらしいんだ。なんとかならない?」

「ルイがドレスか、どういう心境の変化かね。ただ、義理の娘ができたとき着てほしくて、ずーっと保管している真っ赤なドレスがあるんだよね。ラルフとの結婚式で、お色直しに着たの。きっと凛としたルイに似合うこと間違いなし!」


 願ってもいねぇ魅力的な誘いだな。赤は色としても好きだし、変に白とかで統一するより馴染むし派手だろう。国政のためとあらば、インパクトも大事。エリザの背丈は172、俺とそう変わらない。サイズ的にも、恐らく合っているだろう。


 エリザの豪華絢爛な私室に呼ばれた。ユーリ達のものより遥かに広くて、調度品もポップで明るく、かつ上品さを失わない。虹色の硝子を使ったテーブルの上に、エリザがクローゼットの奥から取り出してきた、真っ赤で豪華絢爛なドレスが置かれた。うわ、すげぇ華やか。薔薇の花々が、そのまま美しいドレスへと姿を変えたような一品だ。俺にこんな美しいドレス、似合うだろうか?


「意外に着脱は簡単だよ。着心地まで良いのが、一級品、ってね。ルイの体形なら恐らく丁度いいと思う。体重は?」

「52」

「それなら余裕だ、あたしも結婚当時は53キロだった。着てごらんよ、パーティーの始まりまで時間もないしね」

「俺は見ててもいいの?」

「いい訳ねぇだろ。むしろ何でついてきたんだよ。まあどうせ覗くのがお前なんだろうが」

「ルイ、あんたブラジャーある? コルセットとかは貸せるけど、あんた普段さらししか巻いていないと聞いたことが」

「ああ、そういえば昨晩も胸はサラシだけで」


 呟いてから、ユーリがしまったというふうに口をつぐんだ。


「……馬鹿息子に、淫らな姫だねぇ。恩赦で聞かなかったことにしてやるけどね。Aカップ用のブラジャー、一応衣装室から拝借してきた。これでちょうど良ければいいんだけどさぁ」

「泣けるな。あまりにも胸がまな板すぎて、サラシで事足りてしまった女か……」

「このドレスは腰を絞るから、少しは胸も膨らんで見えるよ。……そうそう、腰は引っ張って絞ってあげる。それで、背中のファスナーをゆっくり上げてさ、豪華なフリルを噛んでしまわないように。……ほうほう、なかなか立派じゃん!」


 そうなのか? 半信半疑で鏡を見ると、薔薇の髪飾りをつけた俺が、思ったよりずっと豪華絢爛なドレスを着こなし、姫としての輝きを放ち、一人の貴婦人としてそこに立っている。……俺、喪女だったが、自分で思うほど男顔のブスじゃなかったのか?


「化粧もしてあげる。仕方わからんでしょ」

「指摘の通り。俺は今まで、化粧をしたことが一度もねえ。すれば変わるものなのかね」

「正直かなり変わると、俺も予想するよ。ルイはイケメンと言われて久しかったし、綺麗な顔立ちであることは証明されている。きっと目に焼きつくような美女になれるだろう」


 エリザの数十分の施術によって、顔になにかベールのようなものがたくさん塗られているような、不思議な感覚に陥る。だが同時に、鏡を見るのが楽しみになった。手鏡で自分の顔を見て、目を疑った。


 自分で言うのもなんだが、そこそこ可憐だ。鼻筋が高すぎることも、男顔でシャープすぎることも、陰影や色使いで見事にカバーされている。目はいっそう大きく、長い睫毛の映える透明なものに姿を変え、唇には桜色の可憐なリップが施されている。俺、こんな美人だったのか? 喪女大変身とはこのこと。男みたいだった筈の俺は、やっぱり、確かに、女だったんだ。やっと本当の、お姫様になれるんだ。幼い頃に憧れた、お伽話のお姫様に。


「……ふむふむ、可愛い。変わるものだねえ……ルイの底力なのか、母上の魔術なのか」

「いや、まあエリザの魔術だろうがな? しかしこれで歩くのかよ、腰の締め付け半端ねえな」

「ここにこの、ヒールの高い靴も加わるよ。ほら、バランス取って。ルイにはお姫様は荷が重いかい?」

「動きやすさと着心地の良さで、冒険着を選んできた。女どもはこんな拘束具みてぇな装備で、粛々とパーティーに参加していたんだな。戦場って言われるのもわかる気がするぜ」

「これさ、ルイが転ぶのを防ぐために、俺が抱き上げる流れになる感じ?」

「わかってんじゃん、ユーリ。その登場の仕方は映えるよ。あんたにも王子の名は荷が重いかな?」

「……体力にだけは全く自信がない。52キロの重しをお姫様抱っこなんて、ウエイトリフティングじゃないんだから」

「人を重し扱いすんじゃねぇ。やれよ、王位継承者なら」

「無茶振りだな、それ今関係ある?」


 建国記念パーティー、そしてダンスホールでの立食パーティーの開宴は、あと三十分に迫っている。ここで覚悟を決めて貰わねぇと、初お披露目の、王位継承者の許嫁が無様に転ぶぜ?


「……兄上は、ルイを軽々と抱き上げたらしいね……。耳にたこができるくらい、初対面の時のことをルイに自慢されたから知ってる。男のプライドとして、兄上には負けたくないんだよな。……ちょっと試してみてもいい?」


 真っ白いタキシードを着たユーリには、どこかあの日のアイクの面影がある。お前のほうが何倍も頼りねぇ体格してるが、……なんか、安心して任せたくなる佇まいじゃねえか。

 ユーリの腕に、ゆっくりと身体を預けた。体重の掛け方を工夫しながら、少しでも重さが均等にかかるように凭れ掛かった。ユーリがぎこちなく俺の背と膝を支えて、どうにかそれらしい姿勢が完成した。なんだ、できるんじゃねえか。俺たちでも。


「……重いけど、思ったほどじゃない。このまま歩けって言われても可能」

「お姫様抱っこっていうのは、魔法がかかってるんだよ。どんな男でも王子になれるし、女は姫になれるの。……じゃ、そろそろダンスホールの控室に移動する? あんまり時間もないしねぇ」

「参加者や国民への挨拶はどうするんだ?」

「識者が一応原稿書き上げたけどさ、使うかどうかはあんたらに任せるよ。カンペがわりに持ってるだけでも」

「俺がカンペ使うのは癪に障る。そっちは自信あるよ、原稿なんてなくても、即座に大事なことをちゃんとスピーチできる自信がある」

「俺は一応貰うよ……。でも、俺自身の言葉でスピーチしてぇなって気持ちもある。ありのままの俺たちを、認めてもらおうぜ、ユーリ」

「元よりそのつもりだ」


 ダンスホールに行くまでに、城の職員たちが何かを悟ったように俺らを見て噂する。ドレス姿の俺を見てしまえば、何が起こるかは薄々漏れてしまうだろう。それがどこか誇らしい。愛する人と結ばれるってのは、こんなに誇らしいことだったんだな。もっと見ろよってなる。俺のこの、エリザの魔法で美しくしてもらった姿をな。


 控室には、ソファ四つとティーテーブル一個が置かれている。今回城からの『公式発表』というお触れとともに、かつての合コンダンスパーティーでアイクとアリスが出てきた、いちばん目立つ扉から、スポットライトを浴びて登場する。他の参加者よりは少し高くなっているそのステージで、婚約の事実を国民にも生配信で報告する。緊張するな。『お姫様』は幼い頃からの夢だが、責任重大な仕事でもある。ああ、パーティーのために着飾り、集まる民衆の声が、扉のむこうから聞こえるな。俺はそのなかで、いちばんの輝きを放てるかな?


「……ルイ、綺麗だよ」

「安心させてくれてありがとう。エリザのお陰だ。……ユーリも綺麗だぜ。いつもアカデミックドレスばかり着てるから、モルタルボードもなければぴっちりした服着てるお前は、なかなか新鮮だ。白いスーツだと全身真っ白で、雪兎みてえで綺麗」

「……それは嬉しいね。帽子が頭の上にないのは調子狂うなぁ」

「逆にお前のあの帽子、どうしてどんだけ動いても落ちねぇんだ? 戦闘中とかも微動だにしないが、頭にアロンアルファでくっつけてねぇだろうな?」

「そんな訳ないだろ、魔法で固定してるんだ。あれが頭の上にあると、なんか俺って感じがするんだよね」


 そこまでしてあれを被りたいのか。ともあれ少し雑談をするうちに、開宴の時間は迫る。机の上のチョコを摘んで、少し緊張しながらその時を待った。

 部屋の外から、開宴を告げる城のメイドの宣言が響いてくるのが聞こえる。参加者たちの歓声と拍手も、この部屋にまで漏れている。


『アイドクレース王国建国記念パーティーに際して、最初に王位継承者・第二王子ユーリと、その許嫁から、皆様に婚約のご報告があります。ご清聴下さい。では、どうぞご入場を!』

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