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第50話・どこまでも不実な純愛

(ルイ)


 ユーリは全てを語ってはくれないが、何となく察している。いつからかあいつは禁書への道を得、手を染めている。アイクが亡くなってから三か月、シルヴェスターからの音沙汰は今のところない。が、以前あれだけ目立つ方法で魔法陣を作って失敗したんだ、もうこちらにみすみす悟られるような予兆を見せてから、満を持して襲来なんてことはしないだろう。何もないならそれが一番いいが、どこかに『これで終わる筈がない』という不安を、俺は抱えている。


 相変わらずディラン討伐の報酬を先延ばしにしたまま、俺はアイクの部屋で過ごした。休養しているうちに、俺の魔力は少し戻ってきていると医療班が診断した。さすがに精神のほうも、城に帰った直後よりはいくらか落ち着いている。それでも精々が、城の上級魔術班の平隊員に及ぶか及ばないかくらい。意思を持った兵器としては、未だ再起できていないのが現状だ。


 それでも時々は、小さな討伐依頼の手伝いをしたり、城周辺のボヤみたいな魔物を始末したりする仕事には戻れている。あいた時間には、アイクの部屋に大量に遺された本を漁った。料理、手芸、園芸、紅茶の淹れ方。俺の開いたこともないような本がたくさんある。ときおりアイク流の技術がボールペンで追記されていて、笑顔を誘う。ことに手芸の材料は、今なお部屋に大量に置かれたままになっているから、作り放題だ。

 まさか俺がボアを中表に縫う日が来るなんて、アイクに初めて会った日には想像もしていなかったな。テディベアは、クオリティを度外視すれば意外に簡単だ。型紙どおりに切り抜いて、縫い合わせて、綿をつめて、組んで、とじて、顔を作るだけ。脚や顔のパーツを作るとき、待ち針で立体的にボアやフェルトを留めるのが若干難しいが、それを乗り切れば、おおよそそれっぽいものが完成する。無心になれるな、アイクがはまる訳だ。


 ただ、俺の作ったのとアイクの作ったのとでは、顔つきがまるで違う。アイクのは目がきちんとボアに食いこんでいて、鼻もまっすぐ埋め込まれていて、刺繍で作る口の表情も柔らかい。やっぱりプロは違うな。いくつか作ってコツは掴んだように思えたが、あいつには一生かかっても敵う気はしない。


 心配とか、不安とか、焦燥感とか。手芸はそういうのを和らげてくれる。もうすぐ俺も二十二、立派な大人なんだから、城のお荷物のままじゃ駄目だ。だが、訓練を積もうとすれば医療班に止められる。魔力を消費したあとの戻りが、極端に遅い状態だそうだ。なるほど、王位継承者の名に恐怖したアイクが、縫いぐるみ針や刺繍針、編み物用のかぎ針を手に取った気持ちがよくわかる。きっとアイクも不安だったんだろう。

 そんな中でも、少しでも、ユーリを思い遣れたらと思ったんだ。だからとあるものを作り始めた。夜には膝元が、まだ少し冷える。ダイヤモンドヒルズは、大陸でも寒い部類に入る土地だからな。


 そう、ユーリにブランケットを作ってやろうと思ったんだ。図書館を訪ねても、あいつのいる部屋には入れない。禁書の間は異世界にあたるらしい。普通の方法じゃ辿り着けない。せめてあいつが異世界で、寒い思いをしないように。膝をあたためられるように。鹿の子編みで並行に作るだけなら、俺にもできる。グラデーションやニュアンスのある赤い編み糸を選べば、初心者でも何となく雰囲気は出た。


 ある日アイクの部屋……つまり俺の部屋を訪れてくれたエリザが、出来上がったブランケットを見て両手を合わせ、感銘を受けてくれた。


「おお、凄い。初心者とは思えないくらい、目が整ってるじゃん。あったかそうだし。ルイがユーリの面倒を見てくれるのは、母親としては有難いね。兄に似て無茶するタイプだし」


 紅茶を出すと、その味も上々だと言ってくれた。俺、アイクに乗り移られている疑惑あるな。


「ゲイだと勝手に勘違いして、アイクとあんたの仲を引き裂いたこと。あたし今でも後悔してるんだよ。それなのに、健気に二人目の愚息の面倒まで見てくれて」

「しょうがねえよ、俺を一目見て女と判断するのは神業だ。……むしろユーリが俺の面倒を見てくれてるんだ。足しげくこの部屋に通ってくれるし、散歩にも連れてってくれるし、無理のなさそうな仕事を斡旋してくれるし。あいつはアイクの生前から、恩人でしかねえ」

「いやあ、アイクとルイが生死をかけた新婚旅行に出た時、あの子はえらく沈んでたよ。母親のあたしにはわかる。今あんたがあの子の相手をしてくれているからこそ、あの子は殻を破れる。逆にあんたがユーリを見捨てれば、それはこの国の終わりかもね?」


 怖いこと言うなよ。責任重大じゃねえか。


「今もまだ図書館か、ユーリは?」

「さっき出てきたって、マリアから連絡があったけど。ルイも引きこもりっぱなしは良くないし、エントランスで出迎えてあげたら、あいつは喜ぶよー。それ、渡したらどうだい?」

「……今更なんだが、手作りのプレゼントって、若干重くねえか?」

「他ならぬユーリの方が、並々ならぬ重い男だからね。ルイと世界を天秤にかけられる。全く、これでもルイには感謝してるんだよ。男みたいな喪女だけど、うちの息子たちの相手を、惜しみなく務めてくれる。だから、気兼ねなく贈ってやりな。……あたしももう、後悔したくなくてさ。息子の愛を否定して、惑わせ苦しませるなんてことは、もう二度と御免だから」


 エリザに説得されたので、俺はいちおう魔導士ローブを着て、城のエントランスに降りることにした。先日無事選定された新しい識者たちが、ユーリのと同じようなアカデミックドレスを纏ってチェスに勤しんでいる。コーヒーブレイクの時間だったか。メイド行き交う広い空間のなか、ユーリが俺を見つけて手を振った。


「ルイ、どうしたんだ。手芸店にでも行くのかな?」

「いや……実は、ユーリに渡したいものがあって」


 ユーリ、なんとなく目に隈ができているぜ。声も少し掠れている。禁書に搾取されてはいないか? 心を削られてはいないか? 一筋縄ではいかないと言われる禁書との付き合いに、傷付いてはいないか? 『アイクの忘れ形見』が、辛い思いをして国の平和に殉じている。それを見るのは、とても心にいたい。


「……異世界の禁書の間じゃ、膝が寒いかは知らないんだが。……読書中、冷えたら心地が悪いだろう。……本当はカーディガンを作るつもりだったんだが、俺の付け焼刃の編み物スキルでは足りなくて。……喜んで……くれるか?」


 ユーリが、差し出されたシンプルなブランケットを受け取って、柔和に笑った。この控えめで美しい笑みには、どこかアイクの息吹が感じられた。


「……嬉しくない訳がない。禁書の間も少し冷えるから、ちょうどいいよ。……ありがとう。君にはプレゼントを貰ってばかりだね」

「……そのスペル入れも、随分大事にしてくれてるよな」

「俺の人生を、ひっくり返したプレゼントだったからね。……ブランケット、大事に使うよ」


 そんなに大事に思ってくれていたのか。当時から俺に対して、並々ならぬ興味を示していたよな、今考えれば。興味深いだなんてもっともらしい理由をつけて、人間観察のふりをして、恐らく自分にも、これは愛じゃないと言い聞かせていたんだろう。あの当時のアイクに対する俺もそうだが、誰かを愛する人間って、ときに白々しいほどいじらしい。


「もうすぐ君も誕生日なんだ、たまには俺からもプレゼントを考えないと」

「覚えてくれていたのか、俺の二十二の誕生日。これからは、アイクとどんどん歳が離れていくんだな。複雑な気分だ」

「……俺も三年経てば、兄上より年上になる。それは残酷なことだよね」


 誕生日、つまり五月四日……しあさってには、あまり大がかりな祝賀は控えてほしいと、城に頼んである。三か月経ったとはいえ、アイクの死のショックから立ち直れていない俺が、豪華絢爛な城の食事会なんてものに参加する気分には、とてもなれない。そう、行きたい場所がある。お前と二人っきりで、俺の誕生日にカシオレを酌み交わすんだ。ユーリにもそれは申告済みだ。久しぶりに、アイクと二人きりの時を過ごしたい。


「ユーリも無理はするなよ? 柄にもなくやつれて、心配だぜ。お前でさえ削られる『禁書』の干渉。もしもアイクがアクセス権を得ていたら、速攻潰れていただろうな」

「剣士には戦力上のメリットも薄いしね。俺が魔導士だったことは、アイドクレース王国にとってラッキーだったよ。エディに頼る手もあるとはいえ、剣士単体ではシルヴェスターみたいな魔導士との戦いは分が悪い。俺が必ず倒してみせる」

「……お前が国のために削れていく。それが何よりつらい。個人としてのユーリが、大切にされる世界であってほしい。俺をたびたび救う恩人が、光のない目をするのが何よりつらい」

「……じゃ、ひとつ我儘をきいて」


 有無を言わせる暇もなく、ユーリは城のエントランスで、公然と俺を抱きしめた。さすがに一国の王子に公共の場で抱きしめられたとあっちゃ、盤石の未亡人でも意識はする。体温が、鼓動がじかに伝わってくる。縋るような、頼るような、求めるような、それでいて捧げるような鼓動だった。エントランスに居合わせた奴らが、唖然として俺たちを眺めている。十数秒の抱擁に俺が抵抗しないまま、ユーリは身体を離した。


「……どんなポーションより効率的な、疲労回復方法だ」

「小っ恥ずかしい。人が見てるんだぜ。……だがまあ、お前の助けになれるなら。お前の想いが、一部でも叶うなら。……世界でいちばん愛する男性は、俺にとってアイクだ。だが、お前のことも、誤魔化しきれないくらいには……大事に思っているから」

「充分さ」


 悲し気な笑みだ。お前の愛には、常に十字架が付きまとっている。


「誕生日は、兄上に会いにいくんだっけ?」

「そう。高台の墓地は、アイク懇意の、手芸専門店の近くでもあるだろう。墓参りをしたあと、手芸用品を買い足して帰ってこようと思ってる。今度こそリベンジだ、ユーリにカーディガンを編む」


 俺たちの関係をなんて呼ぶかは、傍から見れば、公然たる事実と捉えられているだろう。だが俺はあくまで、愛に殉じる未亡人。ユーリの真剣さを受け止める覚悟を、あと一歩決められない。誠実な愛をいだくまでに、年単位の時間を要するであろうことにも気付いている。だからこそ、お前を裏切り続ける俺が憎い。それでもいいと笑うお前の優しさに、我儘なことに縋ってしまう。そう、すごく繊細で、複雑な関係性だ。


 『少し休む』と王族占有スペースへ上がるユーリにお茶を淹れながら、アイクの遺言を思い出した。誰かを愛して、命ある限り。……兄上の紅茶のようにおいしいよ、と褒めてくれるお前の笑顔、少なくとも俺には、アイクのいない世界のなかでいちばんの輝きを放っている。


 一途になれずごめん、ユーリ。どうか、どうかこの不実な愛が、ユーリの行く先に幸福をもたらしてくれれば。それはせめてもの救いだ。

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