表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/59

第49話・宵闇の図書館

 その夜遅く、俺は父上の私室を訪れていた。父上の部屋は高級ホテルのスイートルームのよう、といえばわりかし良い表現になる。一人用の部屋のはずなのに、ばかでかいソファやガラステーブル、ワインセラーにおさめられた年代物のワイン。冷蔵庫には父上の好むチーズが置いてあって、パジャマパーティーでもできそうな豪勢な部屋だ。

 部屋の中心を陣取る、黒いガラステーブルについて、父上はウイスキーを飲んでいる。俺とともに城の識者の面接にあたった一日、さぞかしお疲れになったことだろう。


「ユーリ、肝心なときにおぬしに居てもらえなくば、我は非常に困るのだ。知っての通り、我の知性はおぬしには遠く及ばない。正しい人選のためにも、私用は控えてほしい」

「とはいっても、愛のためならね」

「どういうことだ。また淫らなパブにでも出入りしているのか?」

「違う違う。本当の愛さ」


 ウイスキーを一口貰おうとグラスを差し出したら、『未成年にやる酒はない』と引っ込められた。なんだよ、ケチ。


「で、我の私室をわざわざ訪れた理由は何だ」

「父上も、薄々わかっていると思っていたけどな。俺に『禁書』へのアクセス権を授けてほしい」

「……その話か。シルヴェスターの相手はエディがする。それが筋だ、戦闘員なのだから。おぬしが危険を冒してまで関わる話ではない」

「しかし戦闘員じゃなかった筈の兄上は、ディランに迫る実力を見せ、大陸を救ったと聞く。アイドクレースの王者は、勇者なんだ。それはかつて前線で功績を打ち立てた父上も知っている筈だ」


 その過去を引き合いに出せば、脳筋の父上は黙るしかない。全く、ちょろい王きわまりないよ。


「……おぬしは今、確かにヒューマン最強の魔導士だと考えられる。元から手練れだったところに紋章だ、その強さはアイクを大きくしのぐだろう」


 父上も認めるか、嬉しいね。


「……禁書は、術者の精神が少しでも傾けば、隙を見せれば、弱さを晒せば、そこに噛みつき、食らいつき、術者の魂を破壊しにかかる。ゆえ、王家の紋章を持つ者にしか扱えないよう、厳重に管理されている。おぬしの心が、アイクやルイよりはるかに強いのは知っている。だが、一抹の不安は拭えぬ。錯乱して自殺したり、奇行に走り正気に戻らなかったり、言葉を発さず死体のように一生を終えたり。そんな術者も過去にはいた。おぬしはそうならない自信があるのか」

「ああ、あるね。俺が第二王子として脇役をやっていた頃、持っていなかったもの。今この手の中にある。それさえあれば、俺はどんな試練にも打ち勝て、どんな呪いも吹き飛ばす。もともと、シルヴェスターを倒せなければ王都は壊滅するだろう。その被害を食い止めるためにも……父上には選択権はないように思うけどね?」


 ゆるく赤い浴衣をまとった父上は、観念したようにひとつ深い溜息をついて、俺の頭をおもむろに撫でた。父上に撫でられたのは、リヒト・フリューゲル中等部に、主席で通ったとき以来かな? 嬉しいものだね、家族とのスキンシップは。そんな人として当たり前の感情を、ルイは俺の中に目覚めさせた。


「……ユーリ、国立図書館には、城からの命を授かった、正式な司書がふたりいるのは知っているだろう」


 知っている。双子の若い女性が、あの図書館の管理にあたっている。彼女らの家は、代々その任を城から与えられ、受け継いできたと聞く。


「彼女らは神官でもある」

「……というと?」

「あの図書館の奥深くには、とある秘密がある。関門に見事打ち勝てば、おぬしは禁書を手に取り、読み、その魔力を取り込む資格を得る。……二十年以上前、我が通った道だ。我は剣士ゆえ、ユーリほどはその恩恵を受けなかったがな」

「……ありがとう」

「司書には直ちに連絡をするが、訪れるのはおぬしのタイミングで構わない。二人の息子が、ことごとく無茶をする。シルヴェスター相手におぬしまで失ってしまったらと思うと、我は胸の引き裂かれる思いである。並行して城の戦力も拡充するゆえ、どうか……命を失ってしまわぬよう」

「大丈夫。俺は誇り高き第一王子、アイク・アイドクレースの弟。負けてやらないさ」


 あいつが化け物だっていうのはわかってる。以前の俺じゃ、戦いにもならなかった。結果的に、『民間の女性』に助けられ、あの場を切り抜けたって言い方もできる。王家の人間としてあまりに情けないことだ。相手が化け物だろうと何だろうと、アイドクレースの誇りにかけてまともに戦えるのなら、どんな手でも使ってやるよ。


 手伝いの者が来て、ルイがヒナギク荘から戻ったと伝えてくれた。久しぶりの古巣のご飯は、楽しめたかな。王族占有の七階に上がってきたルイの顔からは、どこか憑き物がとれたように見えた。


「やっぱり爺ちゃん婆ちゃんに、ミルカの手料理は最高だぜ。城のも美味いんだが、たまには違うもの食うと気分転換になるな」

「よかった。もう寝る?」

「少し酒飲むかな。知っての通り、寝付きが余り良くなくてな。悪夢も凄ぇんだ」


 兄上が亡くなってから、入眠を酒に頼ってるふしがあって心配だね。かといって、医師でもない俺が睡眠薬をちらつかせるのもね。人や魔物の身体についてはある程度理解していても、メンタルや薬学については専門外だ。


「風呂も入らなきゃ。猫臭くなっちまう」

「いつもは柑橘系の、いい匂いがするんだけどな。王都襲撃事件後のときとかも、街を護るため走り回って猫臭くなってたね。たくさん汗をかいた後のルイの、形容しがたい匂い、俺結構好きなんだ」

「そんなの嗅いでたのかよ!? ヒューマンの嗅覚でか!? お前やっぱり変態だな! レディに向かって失礼な特殊性癖を暴露するな!」

「悪臭ではないよ。胸の奥に仕舞われた性癖を揺すり起こす、魅惑的な匂いだ」

「ユーリはやっぱりユーリだよ。昼間宿屋で殊勝だなと思ったそばから、アウトローを継ぎ足す」


 俺が部屋着に着替える様子もなく、アカデミックドレスを纏ったまま占有フロアを降りようとするので、ルイは疑問符を浮かべて俺の背に言葉を投げた。


「……どこかへ行くのか?」

「ああ、まあ野暮用だ。いずれ必要なことならば、早くにこなしておいた方がいい。ルイは気にせず、ジャグジーに入ってゆっくり脚の毛にドライヤーをかけるといい」

「……こんなに遅くに。無理はするなよ?」

「当たり前さ。自信はあるよ」


 ルイがジャグジー付きの王族用浴室に向かったので、俺はさておき、閉館してかなりの時間が経った国立図書館に出向いた。父上からの許可の効果か、ひとりでに扉の施錠は解除された。

 近くて馴染みのある施設だけど、昼間人で賑わっているところしか見たことがなかったから、まるで知らない場所みたいだ。ランプに照らされた仄暗い吹き抜け空間の中、紫と青の人魂が図書館じゅうを飛び回る。本棚に並んだ本の一部が、かたかたとひとりでに揺れ出す。たぶんこの空間に魔力が満ちているからだろう。魔導書が勝手に開いて、白い光を放ちながら舞う。淡く光る幻想的な風景の中で、眼鏡をかけた、双子の金髪の司書……マリアとエリアは俺を見て、深々と頭を下げた。いつもの黒いパンツスーツ姿で。


「ユーリ様。……『禁書』をお望みですか」

「父上から連絡が来ているか。話は早い。そのための秘密が、国立図書館に封印されていると聞いた。相まみえたいが、お願いできるか」

「……杖とスペルはお持ちですか?」

「ああ、何が待ってるかわからなかったもので、一応持ってきたけど」

「ぱっと見杖がないように見受けられますが、たしかその胸ポケットのペンの正体が、スタッフなのでしたっけ」

「そうそう。大ぶりのを持って歩くと、色々煩わしいからね」


 姉のマリアのほうが、分厚い二重瞼を細めた。


「……本当に良いのですか、ユーリ様。貴方が幼いころから図書館で面倒を見てきた身としては、不安もありますね」

「姉さまの仰る通りです。ユーリ様のメンタルって鋼に見えるんですけど、変なところ脆かったりもするんですよね。禁書に付け入られないか」


 エリアの言う通り、確かに俺はアンバランスかもしれない。今だって拠り所であるルイをもし失ったら、あらゆることへのモチベーションを捨てるだろう。だけど、逆にあいつが居てさえくれるなら、何が起こったっておおよそ平気だ。付け入られたら付け入られたで、俺はその程度の人間だったってことだし、この世界はその程度の世界だったってことなんだよ。選択肢はない。退路はない、シルヴェスターが生きているかもしれない限り。


「アラサーってのは母性が目覚める年頃なのかな? 俺を心配する必要はないよ。さっさと見せてくれよ、俺が幼い頃から遊び場にしてきた場所の『秘密』を」

「レディに年齢のことは言わないの。この期に及んで緊張感を必要としない、貴方のメンタルを信じましょう」


 エリアが溜息をついて、二の腕くらいの長さの小ぶりな杖を掲げた。木じゃなく、細長い魔石を削って作ってあるみたいな、異質な質感の杖だ。二人の司書が両側から掲げた杖から、まばゆい光が放たれる。三階まで吹き抜けになっているこの図書館のあらゆる蔵書が、かたかたと音を立てて動き出す。光を自在に放ちながら、これから呼び出されるなにかを歓迎するように踊る。本棚たちが鈍い音を立てて、吹き抜けの部分も含めて左右へ開き、その奥に隠された、天井の高くてとても広い空洞の間が露になった。……なるほど、書を格納する場所だけにしては建物がやけに大きいと思っていたけど、こんな隠し部屋が。


 天井から床まで、大理石かオパールみたいに輝いている。金色の魔力のかけらや魂が、ふわふわと舞い俺を祝福する中……、その幻想的かつ現実的でない広い空間には、スフィンクスか何かのような、獅子の身体に人面をした金色の精霊が、じっと眠っている。……たぶん、これを倒せばいいんだ。長い間『ダイヤモンドヒルズの七不思議』として王家に語り継がれる、『王なる司書』。禁書を護る関門だという御伽噺を聞いたことがあるけど、まさか事実だとはね。


「――ユーリ王子」


 心に直接話しかけられたような口調だった。王なる司書はうすくその目を開き、無機物のようなうつろな目で、俺を舐め回すように眺めた。


「力が欲しいか。……お手並み拝見」


 ルイの素朴でかわいいスペル入れが、俺についてくれている。ひとつ深呼吸をして、頷いた。

 王なる司書が身を起こし、体内の魔力を爆風とともに解き放つ。口からいくつもの輝く衝撃波を放ってくるから、正直詠唱どころじゃない。球体の魔力によって遠慮なく壊されていくこの大広間の中、跳んで爆破を回避するだけじゃジリ貧だ。


「どうした、早く見せてみよ。王家の紋章を受け継いだその力を」

「わかってるって。君が暇を与えてくれないんじゃないか」


 大丈夫、相手の魔力を測った上で、断言できる。君に……ルイに貰ったこのスペル入れがあれば。これはきっと倒せる。詠唱の暇を与えられなくとも、多分いける。とりあえずスペルを出す猶予を作るんだ。


 一度防壁魔法を張って、体勢を立て直した。大丈夫だ、あいつの攻撃にも、光る防壁はびくともしていない。鈍い音を立てて跳ね返った魔力の弾の一部が、王なる司書の視界を妨害している。考えなしに攻撃するとは、御伽噺の精霊も間抜けなものだ。いや、あれを跳ね返す防壁を俺が張れると、想定していなかったのか?


 なんにせよ、今仕掛けるしかない。リヒト・フリューゲルの魔術スペルを出して、広げて魔力を込めた。リヒト・フリューゲルの魔法を使うのは、もしかして最後かな? 杖を振りかぶると、以前の俺じゃ考えられない位の強い光が杖に集まり、王なる司書をも怯ませる。そうだ、避けながらでもいける、詠唱がなくても。渾身の魔術を、俺の新しい力をもってすれば。



「リヒト・フリューゲル魔学技法終の論・『オメガデッドラインロジック』!」



 爆風とともに、この広い隠し部屋に凄まじい衝撃波が沸き起こった。『王なる司書』が苦しみ、呻く声が聞こえる。よく前が見えないが、効いたのは確かみたいだ。今まで長いこと魔導士やってきたけど、今ほどクリーンに巨大な力を発揮できたのは初めてだ。さすがは王家の紋章、そのバフはだてじゃない。砂埃が晴れたあと、王なる司書は傷だらけの身体で、俺にこうべを垂れた。


「ユーリ・アイドクレース。……只者ではない。我を圧倒し打ち負かせた栄誉を称え、この先の『禁書の間』へ進むことを許可しよう」

「そこにあるっていうんだな。この国いちばんの強力な魔法が」

「本来なら九冊あるのだが、『黒の新世界』のもととなった『蘇生術』と、『ディール・オブ・ジ・アビス』は、いま魔物側に存在する。残り七冊へのアクセスは自由だ」


 蘇生術が黒の新世界のもとになっているってのは、確かディランが城にディールを持ち掛けた時に言っていたね。真実だったのか、まあ救うことと壊すことは表裏一体ということなんだろう。


「貴様が望めば、この図書館の入口は直ちに禁書の間へと繋がる。いつ何時も手に取ることができる。もちろん他の者が禁書の間へ迷い込むことはない」

「……読み放題か。急ぐことはないんだろうけど、ちょっと見てみたいな。どいてくれる?」

「了承した」


 だだっ広い空間に、唐突にひとつ扉が存在している。開いてみると先は淡い青の光に包まれていて、向こう側はよく見えない。踏み込むと周囲の景色が歪む。異空間にでも迷いこんだかのように、上下左右関係なく数多の小さな光によって照らされ――そして、降り立ったのは、ひとつの小さな黄金の本棚が置かれた、小さな狭苦しい書斎だった。

 なるほど、天井や床の感じ、置かれたテーブルや椅子のディテールに至るまで、もといた図書館の共用部と同じような雰囲気だ。……けど、何かが確かに異なっている。ここはさっきまでいた図書館と同じ世界にない。異世界で、異次元で、どこでもない場所だ。


 本棚の書をひとつ手に取ると、淡く光るページが、ひとりでにめくれ始める。普通の本とは少し違うな、意思を持っている感じがする。生き物と相まみえているような気分だ。書の暴走を魔力で抑えながら目次を見ると、『Ⅱ ジュエル・オブ・モラクス』と書かれている。

 頭の中に、直接魔力が流れ込んでくる感じがする。この暴れ方を抑えながら読み進めるのは、なるほど難しそうだ。抵抗されているのか、反逆されているのか。誰かに常に邪魔されてるような、監視されてるような気分だ。幻聴なのか、それとも本の意思なのか。言葉が聞こえる。


『あんたが今度の禁書使い?』

『へえ、あたしたちと遊んでくれるんだ』

『王族はラルフ以来。面白ーい』

『若い頃のラルフは美しかったよねぇ。今度のはそれよりはちょっと見劣りする?』

『ラルフもすっかりおっさんになってさ。あたしとしちゃあ噂に聞く美形の第一王子を「もぐもぐ」できれば嬉しかったんだけどな』

『でも変わった色した子で綺麗じゃない? 私は好きだけどね』

『悪くはないよね。歴代の禁書使いの中じゃ上出来なほうでしょ』

『魂がひしゃげたら。壊れたら。弱さによって崩れ落ちたら、どんな味がするんだろう?』

『ああ、泣かせたい。わかるよ、私たちには。あんたの心は、簡単には壊れない。だからこそ、そそられるんだよねぇ』

『早く悲鳴を聞かせて。あたしたちに極上の幸せを与えてよ?』


 ……趣味の悪い女を集めたハーレムだ。姿は見えないけど、君たちが今俺を取り囲んで観察しているのはわかる。七冊の禁書の気配は、どうにも薄気味悪い。当たり前ながら、ただの書物に倫理観とかを求めちゃいけない。いかなる書物も独立しているべきで、その立場に誰かの意思が介入しちゃいけない。それは普通の本も同じだ。……落ち着くんだ、俺。大丈夫、こいつらの思う通りにならないよう、俺が舵をとればいいだけの話だ。


『アビスちゃんと、リヴァイヴ様にも見せてあげたかったな。まああの子たちは、シルヴェスターの仮面の下の素顔見放題かぁ。いいんだよね、あの魔物の顔面偏差値!』

「……話しかけて答えがあるのか試すけど、君たちは禁書?」

『わあ、喋った!』

『思春期のいい声だから答えてあげる。いかにも、禁書九人娘。主であるリヴァイヴ様と、姉妹のひとりであるアビスちゃんは出払ってるけどね』


 恐らくリヴァイヴは『蘇生術』、アビスは言うまでもなく『ディール・オブ・ジ・アビス』だ。


「俺は君たちを読む間、ずっとこの馬鹿騒ぎを聞いてなきゃならないのかい? 女の子の騒ぐ声自体は大好きなんだけど、読書は静かにしたいんだ」

『いや、いいよ、いつもは別に。初対面だからテンション上がっちゃって』


 目の前に、何カラットあるのかと目を疑いたくなるような大きなダイヤモンドの髪留めで、ツインテールを結った虹色の髪の少女が現れた。薄くて白いベビードールみたいな衣をまとっただけの、幼げな美女だ。


『最初に手に取ってくれたから、姉妹を代表してあたしが顕現するね。あたしは『ジュエル・オブ・モラクス』。モラクスって呼んで、宝石の悪魔だよ。あたしに書かれているのは『錬金術』』

「禁書が、もともとは古代の悪魔を書物の形に封印したものだってのは、なんとなく知ってるよ。君の能力は、読み進めるうちに解き明かせばいいのかい?」

『そうなるけど、ひとつ言っておくなら、あたしは実戦向きだよ。手に取ったあんたの勘は正しかった。物理法則を無視して、元になる物質と同じ質量の何かを錬成できる。壁も張り放題、散弾や爆発物、毒薬などなど、使い方は色々だと思うよ。シルヴェスターを倒すほどの力を望むなら、おのずと使い方は『魔力を含んだ爆発物の錬成』になるだろうけど』


 なるほど。想定していた以上に、戦闘力の拡充に繋がりそうだ。このけたたましい妨害と、それから虎視眈々と俺の心の崩壊を狙われる不快感を差し引けば、俺が大陸一番の魔導士となれる可能性は高い。目論みは成功の一歩手前にある。


『あたし以外の禁書も、それぞれ人智をこえた力を手にしている。読めば自然と、書と会話することになると思う。だからわかるよ、国難を超える方法。あたしたちを正しく頼りにすれば、あんたは……ユーリは国いちばんの魔導士になる』

「そう。有難いことだ」

『でもね。忘れないで、あたしらが望んでいることは、ヒューマンの勝利でも、魔物の勝利でもない。おいしい悲しみを、いい匂いの苦しみを、優美な血反吐を、勇気ある者が理性を手放し狂う瞬間を食らうことこそが、あたしらの望みなの。……だから、ある意味じゃ戦いだよ』

「負けやしないさ、女性の扱いには慣れている。本の扱いにもね。必ず打ち勝ってみせる。……今日のところは城へ戻るとしよう。明日から、君たちの視線を背に受けつつ禁書を読み漁るのは大変なことだからね。少し身体を休めるよ」

『それが賢明だと、あたしも思うよ。新しい継承者ユーリ、その行く末に幸と闇あらんことを』


 相変わらず扉を潜った先の行先が、混沌とした赤や青の魔力の奔流に遮られている。一歩踏み出すと、来た時に感じたような重力の支配を感じない空間を経たあと、気付いたら図書館のもといた吹き抜け空間に戻ってきた。


「ユーリ様!」


 エリアが真っ先に声を上げた。


「そのご様子ですと、ぶじ禁書へのアクセス権を入手なさったようで」

「課題は尽きないけどね。一応はスタートラインに立ったってところか」


 マリアが溜息をついて、さっきの細い宝石でできた杖を振った。図書館を満たし照らしていた人魂たちが、さっと音を立てて消え失せ、辺りは本の貸出用カウンターに置かれたランプの灯りひとつになる。


「応援していいのか、今からでもやめさせるべきか。……ただ、貴方の父上は禁書へのアクセス権を手にしながら、彼女らに魂をくれてやらない強さを持っていた。その息子を信じるべきですかね」


 エリアがそのランプを消して、マリアのと対になった杖を振る。ひとりでに施錠されていた図書館の扉が、解錠される音が響き渡った。どうにか終わりだ。後はシルヴェスターが、早々に来襲しないことを祈るのみか。

 余り猶予はないな。待ってくれる相手じゃない。……が、ルイの報告やヒスイ谷の者の調査通りなら、シルヴェスターの仲間の大部分は、ディランが勝手に取り込んでしまった。向こうの戦力的には壊滅しているだろうから、すぐに体勢を立て直せるとも思えない。だから一か月経った今もまだ、王都には時間が与えられているんだろうしね。


 図書館を出ると、錠はひとりでに閉まった。優秀な魔導士であるマリアとエリアが、毎晩きちんと施錠しているのは知っていた。あの図書館のいろんな姿を、一時期ほぼ住んでいた俺は知ってた筈だった。けど、あんな人魂でいっぱいの、いかにも曰くのありそうな国立図書館は、今日初めて見た。俺の姿が見えなくなるまで、門の前に立って礼をし続ける姉妹に見送られて、俺は城へと戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ