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第4話・いざダンスパーティーへ!

(ルイ)


 ミルカは言った。ワルツ、タンゴ、ルンバ、チャチャチャ、ジルバ、ブルース。この六種類の曲の踊り方を覚えれば手堅い、と。ふざけんな、ただでさえ上品な習い事に向いてねえ俺が、そんな繊細なダンスを数多く覚えられると思うか!?

 ミルカと民宿の裏庭で練習したが、足がもつれて転んじまう。曲に合わせて身体を動かすのも難しい。ミルカ曰く、本来なら会得に半年のレッスンを要するそうだ。そもそも当日までの猶予もねえのに、こういうことに関しては鈍臭い俺が、そんなのマスターできる訳ねぇだろ!? 俺の住処は戦場の最前線だ。優雅な場こそが、そもそも俺には場違いなんだよ……。

 そんな調子で、当日を迎えちまった。衣装はサファイアデザートのウェルシュ家が、ダイヤモンドヒルズの有名な高級ドレス店に連絡してくれてなんとか間に合った。目の覚めるような赤いタキシードに、黒いズボンに上品な革のショートブーツか。普段黒っぽいローブばかり着てる俺には新鮮な色だ。似合うか? 恥ずかしい。


「とってもよくお似合いですよぉ!」


 ミルカが美しい青のドレスを着て笑った。ふりふりのパニエ、溢れんばかりに施されたフリルと百合の花の刺繍。きらきらと光るラメやスパンコールに包まれ、化粧やヘアメイクをきちんとすれば、一見冴えなかったミルカも恐ろしいほど変わるもんだな? 胸の大きく扇情的な、かつ初々しさも兼ね備えた美女じゃねえか。羨ましいものだ、同じ女性としてな……。俺もこんな綺麗なドレスを着て……アイクにお姫様抱っこされてえ……。


「宣言した通りルイ様は、私の好みの男性の正反対ですよぉ。短髪ガチムチが最高ですから。……そんな私でも、ネクタイを締めて着飾ったルイ様の高貴なお姿を見ると、素敵だなって思います。踊りは私の技術で誤魔化すので、ルイ様は転ばないことだけに全神経を集中させてください」

「了解した。頑張ってみるよ。これも俺の大切な恋心のため。しっかりとダンスをこなし、偵察してやろうじゃねぇか」

「お相手の縁談が、今日決まってしまわなければ良いのですがねぇ。私も祈っておきましょうか。……ちなみにどなたかは、教えて頂けないんでしょうか?」

「そりゃ、残念ながらな。俺のトップシークレットだ」

「女性に大人気のルイ様に、そこまで想われるその方は幸せ者ですね? では、行きましょうか」


 ミルカが俺の手を取った。……そうか、当たり前だよな。手くらい、繋ぐよな。一緒にダンスパーティーに行くんだから。俺たちは、はたから見れば、お似合いのカップルといったところか……。

 馬車を手配して十五分、商店街のあるような庶民的な区画から、城に近付けば自然と道は舗装され、高級洋服店やセレブスイーツ店、料亭が並び立つ。舞踏会のためなのか、王宮の周辺はイルミネーションで豪華絢爛に飾られていた。わあ、すごい、と、ミルカが……いやヴィクトリアが表情を輝かせた。


「あっ、ルイ様!」


 ダンスホールは二階だ。螺旋階段をヴィクトリアと手を取り合いながら上っていると、後ろから女たちの呼び声が聞こえた。それぞれに美しいドレスを纏った女性たちが、ヴィクトリアを押しのけんばかりに突進してきて、俺のことを囲む。……困ったな、どうしよう。


「ルイ様、ダンスパーティーというのは戦場です。私こそがルイ様に相応しい女性、この戦に勝ちに参りました! 地方貴族の、それも第二令嬢なんてパッとしないのやめて、王都貴族の私を」

「何を抜け駆けをしているのよ! 私の家なんて、王から直々に命を受け、数多の殊勲を挙げた名騎士なのよ。同業者の娘こそ、ルイ様のお相手として相応しいのです」

「あんたどきなさいよ! 私もルイ様と話させなさい!」

「ルイ様がこんなところにいらっしゃるなんて滅多にないこと。どかないなら力ずくでいくわよ!?」


 ……こんなに綺麗に着飾っても、女って必死なものなんだな。少しばかり醜い。喪女が言うのもなんだが、こんな女性にはなりたくねぇな……。まあ、好きな奴のためなら、男装してダンスパーティーに来る女も大概だ、人のことは言えねぇが……。


「皆さん」


 ヴィクトリアが、一切物怖じしねぇ口調で、毅然と言った。少しの笑みさえ浮かべながら。


「このヴィクトリア、光栄なことにルイ様のお相手候補として、直々に選んで頂きました。それを粗野な口調で邪魔なさることは、他ならぬルイ様のご意思に反することなのではないですか? もっと正々堂々、品行方正に、お上品に勝負致しましょうよ?」

「……小娘。まだ十六と聞いています。大人から男を奪い取れると、己惚れることのないようにね?」


 それだけ残して、絡んできた女性たちは去っていった。


「……まったく、お前の胆力には恐れ入るよ。俺はあれを追い払えるカードを持ってねぇ……」

「半端に気を持たせるような態度を見せては、かえって話が拗れますよ? ルイ様も、本命以外には毅然としないと。全く、大魔導士と名高い男性がそんなことでは……」


 ダンスホールに足を踏み入れながら、俺は考えた。俺があいつらを無下にできない理由。あいつらは、俺と同じように、今恋をしているから。もしも俺がアイクに冷たくされて、追い払われたら……きっと悲しい気持ちになるから。ミルカ……いやヴィクトリアが恋を経験したことがあるかは聞いてはいないが、恐らくまだ恋に恋する年齢に違いねぇ。だからわからねぇ。それゆえ、俺より、女として強いんだ。


「わぁ……! 広い会場! 天井がまるい! 人がいっぱい! カーペット真っ赤!」

「ヴィクトリア、田舎者丸出しだぜ。俺の相手なんだから、もう少し粛々としろ」

「あと五分で開宴ですか」


 ヴィクトリアが、壁の高い場所に掛けられた、優美な仕掛け時計を見て言った。


「ダンスが終わったら、ケーキもローストビーフも食べ放題だって聞いてますよ!? わぁ、綺麗な女性が、かっこいい男性がいっぱい。……ふむふむ、でも好みのガチムチ様は、見たとこ見当たりませんねぇ」

「お前、ガチムチ戦士がこんな場所に来ると思ってたのかよ? 俺はさておき、大抵は貴族や由緒正しき騎士の家の、ろくに前線に出たこともねぇお坊ちゃまだろ」

「がーん……。……まあいいや。今宵は、ルイ様で我慢しましょう」

「お高くとまりやがって。他の女に聞かれたら串刺しにされるぞ」


 案の定俺に気付いた女どもが、笑顔を輝かせて近付いてくる。……さきほどの暴徒とは違う。なんだ、良心的な令嬢どももいるじゃねえか。


「メアリーです、よろしくお願いします」

「リリカです、お見知りおきを。宜しければのちほど一曲、いかがでしょうか」

「ああ……。悪い、俺はヴィクトリア嬢と……」

「せっかく来られたのですから、優雅なる夜を、数多の女性とともに過ごされては?」

「……うう、そうだな。それはなんというか、考えとくというか。それよりお前ら、アイク知らねえか? 見たとこ、この会場にはいないみてぇだが」

「アイク第一王子ですか。でしたら、開宴とともに、上級貴族アイオライトドールの令嬢様と華々しくお見えになるとのことで……あ、そろそろですね」


 会場の照明が、少し落とされた。


『高貴かつ華麗なる、紳士淑女の皆様。今宵はお集まり頂き、誠にありがとうございます。アイドクレース王国王宮主催ダンスパーティー、只今より開宴致します。では、はじめに、王子アイク様、そしてフィアンセ候補でいらっしゃいます、アリス・アイオライトドール様のご入場です! どうぞ拍手にてお迎えください!』

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