第47話・『伝説の戦姫』の名
(ユーリ)
兄上が亡くなってから一か月、ルイがいっこうに元気を取り戻さないので、思い切って散歩に誘うことにした。王位継承者としての仕事はたくさんあるし、兄上と違って俺は逃げも隠れもしないから、自由になる時間は確かに少ない。だけど、その全てをルイに使っても構わないと思うくらい、俺は……。
城に丸三週間引きこもるルイは、スマホすら満足に触らない。兄上との遣り取りの歴史が残っているのが、辛いのだという。だから知らない、ルイが世間で今、どのような立ち位置にいるか。どれだけ人々に、影響を及ぼしているか。
それを知らせるための誘いでもある。ルイは少し躊躇ったが、『僅かな間でも、アイクの思い出から目を逸らせるのなら』とOKの返事をくれた。城付きの識者候補の面接を行ったあと、城のエントランスでルイと合流した。……この数週間見慣れていたもこもこの部屋着じゃなく、久しぶりに『英傑ルイ』の魔導士装束だ。かつてのような強大な魔力は感じられないが、貫禄はある。……俺の憧れたルイだ。輝いていた頃のルイだ。護りたいだなんて言える程、君が弱くはないのわかってた。そんな歌詞を、どこかで聞いたことがある。かつて有線からのその歌に、心を重ね合わせた。
でも今の君は、けして強くない。『王家の紋章』のバフもあって、俺のほうが遥かに優れた魔導士だ。だから、散歩中の君を護れるほどの甲斐性は、きっとある筈だ。皮肉にも、護りたいだなんて俺が我儘言えるほど、君は力を失ってしまったんだ。
「……ユーリ、どこ歩く?」
「そうだね、プランは余りないよ」
「未亡人をデートに誘っておいて、行き当たりばったりかよ……」
「最近、ミルカちゃんには会っているのかな?」
「そういや、会ってねぇな。王都へ帰ってからは、城に引きこもりっきりだったから」
「心配してるんじゃないかな。行先はヒナギク荘でどうだろう?」
「いいな。商店街の素朴な街並みを歩けるのなら」
復旧のほとんど終わった街並みは、シルヴェスターの来襲にもけして負けなかった、ヒューマンの底力を感じさせる。俺も寝る間も惜しんで修復魔法をかけたんだ、報われてよかった。ところどころ工事中ながら、ほぼ以前のような建物が並ぶ。祭りじゃないけど、寒い一日だからか、ベビーカステラを売っている露店が、城の正門前にあった。
「一袋くれるかな」
俺が露店のおじさんに言うと、俺とルイの顔を見るなりおじさんは顔色を見事に変えた。
「へ!? ユーリ王子じゃないですか! それに……噂に聞く『伝説の戦姫』ルイ様」
「で、でんせつのせんき?」
ルイが初耳といったように首を傾げる。そうだ、君は知らない。君の新しい二つ名を、そしてそれに人々が向ける憧憬を。当然だ、全てのヒューマンと、その血を引く亜人を見事に救った。ルイ達やヒスイ谷からの情報提供と、城での調査によって出された結論では、ディランは人間の身体を依り代にして、多数の強力な魔物を魂に取り込んだ、まぎれもなく大陸最強の魔物だったと考えられる。
それに対してまともな戦闘を見せたとされる兄上も凄ければ、倒して見せたルイはまさに奇跡の人間。尊敬の眼差しをこめて付けられた二つ名は、戦場を華麗に舞う『伝説の戦姫』『猫のヴァルキュリア』『戦場の女神』。枚挙に暇がない。ややこしいから、最も普及しているのは『戦姫』だが。
「大陸を救って下さった恩人であるルイ様に、王位継承者となられ見違えるように立派になられたユーリ様。お代はいいですから、ほら、一袋いっぱいに持って行ってください」
「昔の俺は立派じゃなかったってことかよ。気分を害したから君の言うことには従わない。代金は払う」
うまいこと屁理屈を利用して、代金はちゃんと払う意思を示しておいた。
「はは、手厳しい。戦姫ルイ様、どうかお気を落とされず。貴女の人生に輝かしい未来が待っていることを、私たち国民は祈っていますよ」
「……ありがとう。大事に食べるよ」
ルイとベビーカステラをシェアして、並んで歩きながら食べた。セントラルの街並みには、今日も多くの人が行き交い、活気は見事に戻りつつある。初等学院からの帰りの子供たちが、じゃんけんをしながらより遠くまで歩幅を進める『グリコ』という遊びをやっている。古くから伝わる遊びだが、『グリコ』が一体何を示す言葉なのかは解明されていない。
「チョキだ! チ・ヨ・コ・レ・イ・ト。……うん!? 戦姫様だ!」
「うわ、すげ! 戦姫様と王位継承者様が、一緒に歩いてる!」
「戦姫ルイ様、身体壊してるってきいた。大丈夫ですか?」
「僕たちの命、護ってくれてありがとうございます」
ルイが惑いながらも、不器用に対応している。そう呼んでもらえることは、君にとってはせめてもの救いだろ? 君の中じゃ最大の負け戦でも、それを勝ち戦と捉え、君がかつて持っていた圧倒的な力に、憧れ感謝する者がいる。少しは君の傷も、癒えるんじゃないかと思ったけどね?
子供たちはやがて、ルイや俺と握手したあと駆けていった。少し歩くと、大通りよりはなんとなく閑静で、かつ若干ごちゃごちゃした、庶民的な商店街や住宅街のエリアに入った。ヒナギク荘の近くだ。俺はこういう裏路地には、あまり入った経験はないな。外遊びはリヒト・フリューゲル初等科のときに自然の中で学んだけど、王都を冒険した経験はあまりない。自分の普段の行動範囲に満足しているからだ。縄張りというべきか。パブやバーの建ち並ぶ繁華街以外に、城下の高級住宅街を大きく離れてまで用事のある場所は特にない。
「戦姫。俺はそんな大層な名で呼ばれていたのか」
「ミルカちゃんは、君をどう呼ぶだろうね?」
「畏怖を、尊敬を、感謝を、親しみを。みんながこんなに抱いてくれるなんて。俺の価値を認めてくれるなんて。ものすごく、胸の血が湧きたつように嬉しいよ。……でもミルカには、いつも通りルイ様! って呼んでほしいな」
「あの子なら多分そうするだろうね。っと、ここがヒナギク荘か。爆発で吹っ飛ばなかったのが不思議なくらい、相変わらず耐震性がなさそう」
「ユーリと来れることを嬉しく思うよ。ヒナギク荘をなめてるお前も、摘みのひとつでも食えば、きっと心を入れ替えること間違いなし」
「ふうん。楽しみにするよ」




