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第46話・いっそ出会わなければ

 俺は今のところ、戦闘員としては、城の中級魔術班くらいの力しか出せなくなってる。魔力基盤の損傷は、回復の兆しをいっこうに見せない。そんな役立たずの俺に、あれから二週間もみすみすアイクの部屋を貸し続けるとは、城は何を考えてやがる?


「世界を護ったヒロインだろう。力がなくなったって、一生安泰でおかしくないよ」


 そう、こうして当たり前のように、この王位継承者がメイドに部屋を整えさせ、俺の世話をする。街の復興もだいぶ進んだし、アイクの葬儀関係の諸々の手続きも済んだし、そろそろユーリにも、少しは平穏に近い日々が訪れるだろう。


「君が帰ってきたあの日、父上は君に当然の報酬を与えようとしたらしいね。一生困らない額の金と、最高級の勲章の贈呈、そして名誉王族の一員として、永代名を刻む名誉。……どうしてみすみす保留にするんだ。遠慮しても一銭の得にもならないよ?」

「金は既にもう困らない。勲章はもう置き場所がない。アイクを護れなかった俺に名誉なんかいらない」

「まだ護れなかっただなんて言い方をして、いじけているのか。前に進まないと、兄上も安心して成仏できないよ」

「だって事実だろう。……なあ、ユーリ」


 こいつはもう、アイクの死を消化しているのか? 世界はそんなにも目まぐるしく変わるのか? いや、そんな穿った見方をしては駄目だ。俺を少しでも元気づけるために、わざとそういう言い回しをしてくれてるんだ。わかってる。……だけどな。


「……足しげく通ってくれるのには、何か意図があるのか?」

「城の恩人を、出来る限り手厚くもてなすのは、王位継承者としての礼儀だ」

「……そう。無難な答えだ」

「なんて言っちゃ白々しいか。鈍感なルイでも、気付いてるんじゃないのか。だってまったく隠していないからね。まあ、多くを語ることはよそう。何しろ君は兄上のものなんだから」


 ……やっぱりそういうことなのか? 確かに国を護った英雄をもてなすのは、仕事かもしれない。だが、毎日俺の目を見て、隣で手を取って、変わり映えのしない俺の絶望を聞いてくれるのは、仕事のうちに入るのか。いくら俺でも、お前のその理由のない情熱の『理由』を、赤い目の奥に察さずにはいられねえよ。


「……俺自身、無為な略奪は望まないんだ。君の悲しみにつけこんで、搾取することだけは避けたい。兄上に呪い殺されるよ」

「……アイクは案外許してくれるよ。お前には、なんだかんだで甘かったし。ブラコンってやつだ」

「だといいんだけど。ちゅーる、要るかい」

「久しぶりのちゅーるだ。ヒスイ谷でカナタに貰って以来か。ありがとう」


 駄菓子の袋を開けて、ぷるぷるした内容物を噛みしめると、少し心が落ち着く。


「好きなら百本くらい、いっきょに仕入れてもいいよ。かつおとささみとまぐろ、どれが一番好きかな」

「ささみが好きだが、均等に食いたいな」

「それは猫族にとって、そんなに美味しいのかい? 一本拝借したことがあるけど、ただのツナサラダみたいな味に感じたよ」

「ちゅーるには、猫族を魅了状態にする成分が入っているらしいんだ」

「そうなんだ。俺としたことが知らなかったよ」

「半分麻薬なんだ。怖ぇだろ? ただのツナサラダのはずなのに、これ無しじゃいられなくなる。……アイクに貰ったときのことを思い出すな。まぐろ味を一本、仕事上がりの俺に差し入れてくれた。浮かれたものだぜ。あの時はまだ、アイクの想いも知らずに……」


 懐かしいものだ。アイクが婚活ダンスパーティーに出るなんて噂を聞いて、俺も男装して、ミルカを連れて、慣れないステップや貴族の交流会に奮闘して……。あれからいくばくの時も経ってねぇ筈なのに、随分昔のことのように感じる。


 そして、思い出してしまえば、同時に痛みも蘇ってしまう。もうアイクが死んで三週間経つんだな、本当信じられねえ。悲しみは癒える気配もねえ。思い出すたびに死にたくなる。こんな思いを抱えながら、俺は一生城お抱えのメンヘラとして生きていくのか?


「……なあ、ユーリ」

「何かな」


 ユーリのその鼻筋を見ると、二重の幅を見ると。少しアイクに似ていて、落ち着くんだ。


「……思い出すたび、救いようもないほど辛くなる。胸を掻き毟りたくなるほど苦しくて、叫びたいほどやりきれなくなる。……アイクと俺は、本当に出会ってよかったのかな?」


 涙が出てくる。いい加減乗り越えたいのに、大事な思い出たちを否定したくないのに、悲しみが、つらさが、俺の弱さが、先に立ってしまう。


「いっそのこと出会わなければ。アイクは死ななかったかもしれねえ。俺だって、こんな痛みを知らずに一生を過ごせた。出会ってしまったばっかりに、こんなことになったんじゃないかって。何もかも間違ってたらどうしようって。俺が全力で、身をなげうって向き合ってきた恋は……始まりすら間違っていたのかもしれないって」

「魔が差すのはわかるが、いくら何でも聞き捨てならない」


 ユーリが間髪入れずに、多少の怒りを含んだ声色で反論してきた。


「兄上とルイが出会ったことには、意味があった。そうルイは知ってる筈だろ」


 俺の肩をつかんで、目でも覚まさせるかのような口調で畳みかける。恐る恐る合わせたその赤い視線は、真剣そのものだった。のらりくらりと躱してばかりだったお前は、今やどこにもいない。


「愛し合った瞬間は、幸せだった筈だろう。傍で見ていたから、一番近くで見ていたからわかる。ルイ、兄上に会うとあんなに嬉しそうだった。兄上と過ごすと、あんなに幸せそうだった。兄上だってそうだ。ルイを見るとあんなに表情を輝かせた。ルイがいたから、あんなに強くなれた」


 そうだ。アイクとの時間は確かに幸せだった。その記憶は今も、俺の中に……痛みとセットでも、確かにそこに残って、きらきら光っている。


「いくら苦しくとも、兄上とルイの幸せを否定することは、いかなる者もしてはいけないよ。……本当は君も、それくらいわかっている筈だ。惑わされるなよ。光を見失うなよ」


 ああ、一番近くで、俺を見ていた人がいる。そいつが懸命に、俺の道標になろうとしてくれている。ベビーカステラを半分こしていたあの瞬間にも、お前は自分自身も自覚しない何かを、きっと俺に向けていた。俺とアイクの幸せのために、表から退いた何かが存在する。そしてその光が今、俺を霧の谷の底から救い出そうとしている。靄のかかるばかりの景色の中、お前のその真っ白い光は、何より強く輝く。


「……悪い。ユーリの言う通りだ。……アイクとの時間は、間違っていなかったって。俺だけはそう思っていてやらなきゃいけないのに。アイクはそれに殉じて死んでいったんだ、俺だってそれを信じなきゃいけねえ」

「わかってるんじゃないか。……余り長い時間話していたら、まだ疲れるかな。俺は自分に正直だからここに通ってしまうけど、迷惑ならちゃんと言ってね」

「いや。常闇に差す光だよ、お前は」


 何気なく言った言葉だったが、よくよく考えると小っ恥ずかしいな。まあ本音だ。俺もこいつに本音を伏せる気はない。そして、お前がどこか気まずそうに、かつ何かその言葉を噛みしめるように目を逸らして黙る光景を、微笑ましくも感じる。


「……そう。……それじゃ、暫く居ようかな?」

「……時間の許す限り、居てほしい。それがお前を搾取することにならない限り」


 ユーリと同じような不安を、俺も抱えている。


「……捧げるのが、殉じるのが愛だ。火遊びばかりだった俺に、君はそれを教えてくれた」


 お前は確かに、俺の生きる希望だ。アイクのいない世界で、アイクの忘れ形見を受け継いだ人間で。俺を気遣い、導いてくれる人間で。正しい道を踏み外したら、叱ってくれる人間だ。だからこそ、俺たちは……俺たちの間のこの溝を、埋められずにいる。手を出して、足を踏み出して、躓くことを恐れている。


 俺なんかのために、殉じる覚悟なんて、もう誰もしなくていいんだよ。

 いつか……いつか居なくなるんなら、捧げたそばから、消えていくのが命なら。

 俺なんかのために……喜んで、十字架を背負わないでくれよ。

 命は明日を知らない存在だ。それに縋るのが、信じるのが、寄りかかるのが、俺は怖い。

 もう二度と、力いっぱい、命いっぱい、誰かを愛せない。

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