表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

46/59

第45話・こんな哀しい結末を迎えるために

 次の日、俺はいまだ魂が宙に浮いた状態のまま、黒いスーツを着てアイクの葬式に参加した。スカートでなく、男性用の喪服を許された。天井の高く丸い礼拝堂は、たくさんの蝋燭と、花と、魔力による淡い青を帯びたオーラで、幻想的な景色となっている。ステンドグラスから光がおりるそのさまは、この世のものとは思えない、厳かな美しさが感じられる。その中心、花々に囲まれ死に化粧をされたアイクの棺を囲みながら。木でできた長椅子についた俺たちは、牧師の開会の挨拶とともに、讃美歌を歌った。


 俺は音痴だ。アイクのシリアスな旅立ちの瞬間を、気の抜けためちゃくちゃな音程の歌声で汚すのは、本意じゃない。だから自制して、心の中で唱和することにした。アイドクレース王国に伝わる、アナスタシア教という宗教に基づく讃美歌だ。亡き者が、永遠の命をおごそかに歩み始めたことへの敬意。迷える魂を導き、安息へと送り出す神の偉業を称え……故人に別れの挨拶を告げる讃美歌だ。


 聖書が朗読される。正直、神職系の魔術や文化に明るくない俺には、内容はよくわかんねえな。俺は無宗教だってのは、シルヴェスターにもあのとき言った通りだ。ただ、アナスタシア教は、古代人が滅亡させた世界にあったとある宗教を、わずかな手掛かりから現代流にアレンジし、脈々と受けついできた宗教と聞く。たくさんの人が大切な人との別れの時を惜しみ、送り出し、結果死者の魂が救われた歴史も、この聖書には詰まっている。涙は止まらねえが、声は抑え、なんとか啜り泣きだけに終始させることに成功した。


 故人の経歴のスピーチを、近い存在だったユーリが担当することになった。聞いたところでは、ラルフの奴がこの役目を担当するはずだったらしい。喪主なんだから当然だよな。だがそれを制止してまで、ユーリは兄について、公の舞台で語ることを選んだ。気のない振りをしていても、お前にとってアイクは、大事な奴にかわりはなかったんだろう。


「お集まり頂いた皆様、誠にありがとうございます。この場を借りて、厚く御礼を申し上げます」


 お前のそんな神妙できちんとした話し方、初めて聞いたよ。全く、第二王子として気ままに毎日を謳歌し、首根っこをつかまれて滅びよ! アイドクレース王国! とか笑えない冗談を飛ばしていたお前は、どこに行ったんだろうな?


「兄上の……第一王子アイクの人生は、立場に縛られ、望まぬことを強要され、城への幽閉から逃れられない一生でした。リヒト・フリューゲルで、不徳や青春を味わいつくした私とは対照的にね。城で囲われ学び、それを嫌がっては料理を作り、テディベアを縫い、花を育てた。兄上のSNSアカウントが、きわめて多数のフォロワーを抱えていたのは、皆様もよくご存じと思います」


 カンペ無しに、思いの丈を明瞭に伝えるユーリのことは尊敬するよ。


「しかし、愛する者に並び立ちたいという志を持ってからというもの……、兄上は人間としても、剣士としても、ひとつの魂としても、躍進を見せました。そして、それをもたらしてくれた、兄上が一生でもっとも、命をかけて愛した女性が、この場に参列してくださっていること、心よりうれしく思います」


 会場が少しざわついた。視線を感じる。アイクとの結婚を望む手紙を城に出した段階で、俺の性別は、ダイヤモンドヒルズの奴らの知るところにあるって訳か。


「人の人生を豊かにするもの、そのひとつが。全ての源が、愛です。兄上は溢れんばかりの愛を、この世界に対して、無垢に抱いていらっしゃいました。きっと、博愛慈愛溢れる、立派な王となっていたことでしょう。志半ばで命尽きたことを、心から悔しく思います。それを私が受け継げるか、その偉業のバトンを握れるか。しかし、国が安寧を取り戻し、民が笑い、幸せに暮らし、その営みを私が、いずれ護っていく仕事に邁進できるなら。それが兄上への、いちばんのリスペクトになると信じています。兄上の望む通り、平和で美しく、そして『映える』世界を作っていければ素敵ですね」


 ひと呼吸おくユーリの言葉には、兄への尊敬がたしかに聞いて取れる。


「映えるって、いいことですよね。兄上の人生を象徴する、その言葉は。目に楽しい、共有して楽しい、被写体への愛が芽生えてまた楽しい。兄上の慈しみ深い人生の、テーマとでもいうべき言葉です。兄上は、被写体への、そしてこの世界への、溢れんばかりの愛で生きていた。だから私も、溢れんばかりの愛を両手にいだける人間に……少しずつでも近付くことを、ここに誓います。アイドクレース王国第二王子として。そして、尊敬する、私などでは到底及ばない、アイク・アイドクレースというすばらしい王子の一生を。いつまでも私含め、皆様の心に刻んでおこうと……ここに誓おうではありませんか」


 一礼するユーリに向かって、おごそかな拍手が沸き起こった。


「以上をもちまして、挨拶にかえさせて頂きます。ご清聴ありがとうございました」


 鳴りやまぬ拍手が、いつまでも礼拝堂に響く。俺、アイクが生きていた間……ユーリのことを誤解していたかもしれない。いや、それとも、ユーリ自身が、アイクが生きていた時とは変わったのか? 人は変化しゆく生き物だ。人間として伸び盛りのユーリが、俺の知らない尊敬すべきユーリになっていたとして、何の不思議もない。胸の奥が熱くなるな。


 説教と、それから牧師の祈りがアイクへと捧げられる。聖書の言葉ひとつひとつが、輝く文字となって書から浮き上がり、青い光を帯びてアイクの遺体へと吸収されていく。それは何とも幻想的な光景だ。祈りは聞き届けられ、アイクの魂を、そして時間経過に穢れた身体を浄化していく。音痴の俺を除いたみんなの讃美歌も、蝋燭に負けないくらいの、おごそかな光に変わる。それもみな、アイクへと吸い込まれていく。……聖職者ってのは、この国では特殊な魔法使いだ。魂を癒すその術を、幼少より叩き込まれた精鋭だ。このような幻想的な場を作ることも容易なのだろう。


 献花の前に、ラルフから挨拶がある。ユーリに持ってかれたとはいえ、仮にも喪主。一言くらいは、皆に今日の感謝を伝えたいのだろう。


「皆様、今日はお集まり下さり、有難う御座いました」


 ラルフの敬語は新鮮だな。


「ユーリの言葉に、補足するのなら。アイクの人生を縛ったのは、我の業でもある。長男を好きに生きさせてやりたい、その気持ちとの葛藤もありました。国を護りそれに殉じた息子を誇りに思いますが、……何より、息子がこうして愛され、死を迎えてなお皆様の真心を受け取ることができている。それは父親として、嬉しいことに他なりません」


 涙を堪えている声だ、ラルフらしくもねえ。


「後悔ばかりです。我はユーリほど頭が良くないゆえ、あまり実のあるコメントはできかねますが。一言。我らの愛したアイクを、皆様にも存分に愛して頂き……父親冥利に尽きる。本当に、ありがとうございました。我が一生で、最も恵まれた瞬間です」


 短い挨拶だが、ラルフの目からは涙が零れ落ちている。それも青い結晶となって、アイクへと吸い込まれていく。蝋燭の火は揺れ、ラルフの巨体を照らす。拍手が起こり、皆が一体となって、ラルフの不器用な挨拶を称えているのがわかる。


 献花の時間がやってきた。準親族の俺とアリスは、紛れもなく親族であるラルフ、エリザ、ユーリの次に花を手向けることができる。魔力によって、まるでラメでもまぶしたように輝いた、白いカーネーションを手に取った。両親、ユーリが、献花台へと華奢な花を手向けた。彼らの手向けた光を放つカーネーションに見惚れる暇もなく、俺の番だ。仮にも正式な許嫁だったアリスが、献花の順番を俺に譲るとはな……?


 両手に花を受け取り、遺族に一礼した。茎を祭壇側に向けて、献花台の前に進み出た。花のすぐ下を右手で、茎の根元を左手で持った。献花台に差し出すと、他の奴らの捧げた花とは、おおよそ比べ物にならねえような、まばゆい光がカーネーションから差す。……腐っても、元・国いちばんの魔導士かよ。少しばかり歓声が起こっているな。お前へのこの溢れんばかりの愛、魔法に乗せて届けられればいいんだが。……俺の祈りもまた、アイクの遺体に吸い込まれた。


 たくさんの関係者たちが輝くカーネーションを捧げたあと、葬式は大詰めとなった。喪主のラルフから、あらためて沢山の感謝の言葉が述べられるとともに、牧師の祝福の祈りによって、葬式は解散となった。改めて、王子だったアイクが、これほどまでにたくさんの人間に惜しまれるのは、すごく嬉しいことに他ならねえ。愛されてたんだ。大事に思われていたんだ。……だが、俺はその中でいちばん、アイクを愛してた自信がある。だからカーネーションが、ひときわ大きく輝いたんだ。魔力基盤の損傷した俺にその奇跡が起きたのは、きっと愛があったから。それだけは誇れるよ。


 アイクの遺体は、ついに火葬場へ向かう。礼拝堂離れにあるその炉に、いざアイクの身体がくべられると思うと、背筋が凍る。いよいよお別れだ。両親にユーリ、俺とアリスだけで共有されるその場が、おそろしく思えた。アイクがアイクの形を保たない。焼けて、朽ちて、遺灰だけが無機質に遺る。アイクの顔を、おそるおそる覗き込んだ。相変わらず幸せそうだ、むしろさっきよりも、充実した死に顔。皆に惜しまれて、いい気になったのか? お前らしいや。


 アイクの遺体は台に置かれ、それを前にして、俺たちは最期の言葉をかける。


「天への旅路、滞りなく済むことを期待する」

「……アイク、どうか安らかに。最愛の長男の魂に、救済あらんことを」


 両親の言葉のつぎに、ユーリがアイクの朽ちかけた手を握った。


「兄上の役割、しかと引き継いでみせる。……お姫様王子なんかじゃなかった。兄上は、男だったよ」


 アリスがアイクの顔をじっと見て、その頬に涙を落とした。


「アイアイの、ばかやろう」


 その場に似つかわしくない言葉だが、アリスの意図は、なんとなくわかる。


「早死になんてさ、ちーっともかっこよくないんだよ。つぎに生まれたら、ちゃんと僕をお嫁さんにしてよね。今度こそは、一緒だから。約束まもらなかった分の責任、僕を裏切った責任、ちゃんと取って。……愛してるよ」


 耳が痛いなか俺の番、か。何を言えばいいんだか。言いたいことがありすぎて、お前と過ごしていきたかった人生が奪われたばっかりに、言い残したことが多すぎて。大粒の涙が、勝手に流れる。遺体の顔を覗き見ながら、俺は涙声でようやく言えた。


「……ああ、もう、畜生。俺がアイクに言いたいことなんざ、たかが決まってる。愛してる、愛してる、アイク」


 土壇場で、綺麗な、整った、様になる言葉が出てくるわけもない。凡庸な言葉だが、その中に籠った心だけは、確かに本物だ。


「一生変わらない。自信をもって宣言できる。だから、だから、天国へいって、幸せに暮らすのもいいが。……ときどきは、俺のこと見守って、話しかけて、安心させてくれ」


 涙で視界がぼやけて、何も見えねぇ……。


「助けられなくて……ごめん。いつか。いつか、結婚式……しよう」


 その結びの言葉に、周囲が少し俺の身を案じるのを感じた。まだ捨てきれないその願い。これから俺は、その苦しみと戦っていかなきゃならねえ。アイクの望む通り……寿命まで、愛する人と……? 最期の最期に、無茶振りしやがって。本当に、自分勝手で、考えなしで、そして、やさしい奴だな……。


 別れの儀式は終わった。炉にとりつけられた煙突から、黒っぽい煙が立って、それが青く美しい冬空へとのぼっていく。ああ、こんな終わりを迎えるのなら。こんな結末しか待ち受けていないのなら。俺たちはどうして出会ったんだ? お前がそうして煙になって旅立って、そんな愛する人の旅についていくこともできなくて。心の奥底が引き裂かれるまま、血の流れるまま、俺はずっとずっと、煙をぼんやりと眺めていることしかできなくて。こんな悲しすぎる結末を迎えるために、俺たちは出会ったっていうのかよ?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ