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第42話・死ぬなって言っただろ

(ユーリ)


 深夜一時、寝る間も惜しんで街の復旧を手伝っていたそのとき。心臓を火箸で引っ掻き回すような痛みが、突然俺を襲った。発動しかけの修復魔法もお留守になる。俺と一緒に街を修復していた城の魔術班が、城の医務室に連絡してくれてるみたいだ。魔導士の装束を着た若い男が、肩を支えて医務室まで連れて行ってくれた。


「大丈夫ですか、ユーリ様」

「……ありがとう」


 城近くの避難所で働いている、夜勤の医師が俺をベッドに寝かせて診た。無様な呻き声を出さずにはいられない。凄い痛みだ、身体じゅうが熱くて裂かれそうだ。だけど、どうしてだろうな、もしかしてそんなのは問題じゃないかもしれない。もっと嫌なことを想像してしまうんだ。俺の徹夜癖が祟って、心臓発作でも起こしたのなら……『予備』の第二王子が、不摂生によってくたばるだけなら、まだいいんだ。……だけど、これは。

 霞んだ目で時計を確認した。そう。一月二十九日午前一時十八分。この日時は何を意味する? まもなく父上と母上が駆けつけてくれた。二人もテロ事件の余波で仕事が尽きないだろうに、悪いな。まあ修復作業は大詰めだし、街も少しずつ活気を取り戻しつつある。二人も少しは息つく暇も増えただろう。


「大丈夫か、ユーリ」

「無理して喋るんじゃないよ?」

「……ごめん……」


 母上が俺の手を握る。今だけは、それが確かに心強い。そう、何か恐ろしいことのような気がしてしまって。この身体を破かれるような痛みの意味……。それが時間の経過に伴い、だんだんとおさまっていくこの意味。痛みがひき、身体の芯から末端にかけてが温まり……そして心の奥に、なにか強く懐かしいものとの融合を僅かに感じる、この意味。


 ベッドの上で身を起こして、医師の制止もきかず、自分の胸に手を当てた。普段着と化したアカデミックドレスの奥で、たしかに俺の身体に木霊するこの声。たくさんのアイドクレース王者たちの、戦いと勇気の歴史。民を護らんと叫んだその記憶。サブリミナルのようによぎるそれらが、俺のなにかの限界を押し上げ、身体の奥で静かにこちらを見守っている。


 そう、その意味とは。

 『王家の紋章』を、脈絡もなく突然第二王子が継承した、その意味とは――……



「……兄上……?」



 開いた両目から、涙が零れ落ちるのが、自分でもわかった。


「……嫌だ。……兄上? 兄上!」

「どうした、ユーリ。アイクの奴がどうか」


 そこまで言いかけて、父上も目を見開き口を閉じた。母上は状況を理解していないらしく、俺の手を握って顔に疑問符を浮かべている。


「アイクがどうしたんだい? ユーリ、何か見えて? 疲れてるのかい?」

「違う……違うんだ。違う。……兄上。嘘だ、そんな。待ってくれよ」


 涙が止まらない。頭が混乱する。兄上、と何度も繰り返すしかなかった。頭を抱えて、待って、と繰り返すしかない。もはや錯乱に近くとも、いちばん大事なところは、悲しいくらいに正気だ。ちゃんと理解してる、だって、アイドクレースの歴史についても、王家の紋章についても、読んだからね。


「兄上。どうして? 信じてたのに。兄上を、生まれて初めて信じたのに。愛したのに」


 父上が無言で俯き、目頭を押さえている。その様子を見て、そして壁に掛けられた時計を見て、母上もやっと、もしやといったふうに目を見開いた。



「……死ぬなって……言っただろ、馬鹿兄が……!」



 そう、『王家の紋章』を継承した者が死亡した場合、それはただちに、王位継承権第二位の者の身体に受け継がれる。何の儀式を経ることもなく。王家を護る力を絶やさぬようにする力だ、そうあるのが確かに道理。だからこそ――……だからこそ、悟らずにはいられないだろ。ディールが行使され、戦いが始まって一時間と少し。兄上は、ディランとの戦いで死亡したと考えられる。


「……ごめん。取り乱しちゃ駄目だよな。……現実を受け入れず、いたずらに感情を揺らすのは、愚王と相場が決まっている。……俺は予備じゃなくなったんだから」


 それでも涙は、わずかに滲んでくる。必死に抑えながら、目元を拭った。


「……ユーリ、何かの間違いではないのか? 本当に体調を崩したとするならば、早めに精密検査を受けた方が良い」

「父上がそう信じたいのはわかる。俺もそう信じたい。……だけど、父上と母上にも『観える』だろう?」


 俺も観える。自分の中に。マグネシウムに火をつけたときのような、純真な白い輝きが、俺の中にある。歴代の猛者がバトンをつないできた、綺羅星のごとき輝きが、俺なんかの魔力基盤の中に、たしかに陣取っている。その気配を感じながら、それに嘘をつくことはできない。


 母上が泣き崩れた。肩を揺らして、悲し気に嗚咽を漏らす姿を見てると……俺みたいな者でも、流石に心が痛むな。兄上が死んだとして、それならルイも負けたのか? 今のところ、魔物が狂暴化し、ヒューマンを襲うような報告は来ていない。俺を診てくれたさっきの医師も狼系の亜人だったが、正気を保って俺の治療にあたっていた。つまり、『黒の新世界』の魔法陣は発動されていない。

 悲劇の足音を前に立ち尽くしたまま、しばらくの時が経った。母上が不安げにすすり泣く声だけが、医務室に響いている。



「失礼するぞ」



 医務室の扉がノックされ、いつになく重苦しい表情をしたエディが入ってきた。君もこの時間まで、街の復旧や警備にあたっていたのか?


「……王と王妃がここにいるって聞いてな。ユーリ、大丈夫か?」

「……身体は大丈夫。エディ、君がそんな難しい顔をするなんて、余程のことだろう」

「……午前一時五十九分、速達の郵便魔法で、ヒスイ谷の里長カナタから、城への報告書が入った」


 エディがこころもち唇を噛みしめながら、湧き上がるであろうさまざまな感情を殺すように、その書を俺たちに手渡した。和紙というやつだったか、独特な手触りの柔らかい紙には、筆文字で残酷な現実が綴られていた。


『作戦は成功しました。城から派遣された我らが同胞、魔導士ルイ・アマミヤ様が、脅威対象ディランの殲滅に成功。黒の新世界の発動は未然に防がれました。但し、ルイ様と共にディランと交戦された第一王子アイク様は、ディランの斬撃によって逝去されました。自らの非力を痛感すると共に、心からお悔やみを申し上げます』


 母上が手紙を投げ捨てた。


「……嫌だ。アイク、アイク! ……ひぐ……ぐす、そんなの、そんなの嫌だ、あたしは、……うわああああ!」


 その気持ちもわかるよ。だけど、俺は実質、王みたいなものなんだ。俺だけは泣いていちゃいけない。人でなしの筈だろ、そのくらい簡単なはずだろ。なんでこの手紙を読むのが、こんなにも怖いんだよ。苦しいんだよ。辛いんだよ。


『通信魔法で部下から聞いた限りではありますが、ルイ様は心神喪失状態にある。また、魔力基盤に、何らかの外傷を負っていらっしゃる可能性があるとのことです。そのため王都へ帰還なされる際、ルイ様と、それからアイク様のご遺体には、里からの護衛をつけたく思います。追って日時等、詳細のご連絡を差し上げます。大陸を護りとおして下さったお二方に、そしてご協力頂いたアイドクレース城の皆様に、感謝と敬意を心より表します。カナタ・クスノキ』


 ……そうか、ルイの心配もしなきゃいけないね。あれだけ兄上を、心から愛していたルイのことだ。今頃どんな状態にあるかは、想像に難くない。そんな中で作戦を成功させてくれる胆力には感服するが、王都へ帰った後の君がどうなるか。愛した人のいない世界で、何を望んでしまうか。それもまた、想像に難くない。

 ルイは大きな力を持つ者だけど、あらゆる意味を込めて、けして大きな心を持つ者じゃない。だから君は願ってしまうだろう。何をも心配せずに、兄上との結婚式に殉じることを。もう自分の力なんて必要ないとばかりに、この秩序の保たれた大陸を旅立つことを。

 それだけは絶対にさせてはいけない。この世界には君が必要だ。君が絶望したまま飛び立つことを、許すような世界なら滅んだほうがいい。ああ、この期に及んで俺は、そう思ってしまうんだな。兄上の飛び立った世界に、おそらく君が価値を感じないように。君が飛び立った世界なんて、俺もまったく価値を感じないね。


「……母上のことを頼むよ、父上」

「……どうするというのだ。我は直ちに、この手紙の返事を書かねばならない。……それが我の仕事だ。こちらこそ、おぬしにエリザを頼んで執務室へと向かうところだ」

「……なんとなくなんだけどさ、俺にやらせてくれ。さしあたっては、カナタを労う定型文を書けばいいんだろう」

「……二人が辛けりゃ、オレがやるという選択肢もあるぞ。頭が空とはよく言われるが、簡単な事務定型文なら書ける」

「まだいたんだね、エディ。君にしちゃ神妙すぎて、気配が消えていたよ」

「こんな事態だ、流石に真顔にもなる。テメェだって冗談を言う余裕も、本当はろくにないくせに」

「……俺は王位継承者だ。……務めは果たすさ。傷心の親を庇うさ。逆に、そうしてなきゃやってられない。何もしてなきゃ、不安に憑かれて殺されそうだ」


 父上が城の内線でメイドを呼んで、母上を預けた。立ち上がって俺の肩に手を置き、ひとつ深い深い溜息をついてから、そっと言った。


「それなら、共に務めを果たすとしよう。この事実は夜明けに国民へ告知する。その報告の草案を纏める。手紙が終わったら、手伝ってはくれぬか、ユーリ」

「本来それをやる識者はもういない上に、SNS、広報文書、王家に近しい家への手紙、色んな媒体で発表しなきゃいけないしね。手伝うよ。……眠ってなんかいられない。……兄上が安心して眠れるように」


 城付きの新しい識者も募ってはいるが、国難の中面接や選考の日程もずれ込んでいる。つまり、俺らが末端により近い仕事まで、やらなきゃいけない状態だということだ。そういう状態で、逆に助かった部分もあるかもしれない。悲しみを、やりきれなさを、不安を、そして……愛する人への心配を紛らせるならば。




 夜明けまでにカナタと何度か速達魔法を交換して、おおよその段取りは整った。ルイを今日一日生家で眠らせ、夕刻に兄上の遺体とともに送り出す。カナタの側近の腕利き魔導士十人を護衛につけて。ヒスイ谷の守りが手薄になることは避けたいだろう上に、聞いたところによるとカナタ自身も、ディランの凶行に倒れたばかりだという。よく夜通しこの遣り取りを続け、あまつさえ護衛を惜しまずに出してくれるものだね、有難い。


 兄上の遺体には、スロウとアイスをかけるというけど……確かにヒスイ谷との距離を考えれば、多少の劣化は免れない。ルイもできる限り劣化させずに葬儀へと送り出したいという意思を示しているらしいから、ショックを受けているところ悪いけど、早く帰還してもらうべきだろう。


 なぜだろう。完徹癖はもともとあるんだけど、眠くならないな、いつも以上に。ただ、足元はふらつくんだ。自分が立っているこの地盤は、いとも容易く揺らいでしまう。あるいは足場が突然抜けてしまうこともある。それに気付いてしまったから。


 朝陽がそこそこ高くに上がったころ、俺はやっと七階の茶室で休憩を挟んだ。父上が国民に、ルイの偉大な功績、および兄上の訃報をライブ配信で報告している。その画面と、それから混乱をきわめるネット民たちの反応を、交互に眺めていた。蟻たちの惑う姿を見ていたら、不思議と、やっと眠気がおりてきた。みんなルイを崇め、感謝し、称え、また兄上を悼んでいる。ルイ、ダイヤモンドヒルズのスマホユーザーに、君は少なくとも望まれているよ。君は今、何を思う。眠れているはずもないだろうね。


 ああ、君と話がしたいよ、ルイ。君が肩を落とすなら、涙を零すなら、或いは自らの命をいたずらに恨むなら。そんな君と話がしたい。愛する肉親を失って、いきなり予備から王位継承者になって、路頭に迷う俺は。君と兄上の話がしたい。たくさん、兄上の話がしたいよ。君の崩れる肩を抱きとめながら。

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