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第40話・連続殺人事件の犯人は

 次の日……つまり一月二十八日、旅準備の整いかけた夕刻。カナタの奴の意識が戻ったという一報が入った。リュウセイ鍾乳洞は、ヒスイ谷猫魔導士の里より少し北、ホシクズ岳のふもとから入れる。ここから徒歩で一時間くらいだ。今すぐ出る必要はねえ、カナタと言葉を交わせるなら、それがいい。カナタの奴も、俺とアイクと話がしたいそうだ。里の宗家の奴らも呼んで。何だろう、激励でもしようってのか?

 メルは離れの物置を、昼間からずっと片付けているはずだ。夢中のようで、呼んでも返事をしない。父さんと母さんに見送られて、俺たちははす向かいのカナタの家へと足を運んだ。


 カナタはいまだ、離れの魔学診療所の処置台の上にいた。相変わらず顔色は最悪だが、確かにその紫の目は、うすく開いている。容体が落ち着きしだい、本館のベッドへ移されるそうだ。さておき奴は、念入りに戸締りを確認させ、診療所の窓も遮断させ……俺たちの姿を確認するやいなや、急ぎ気味に話し始めた。


「皆、落ち着いて聞いてほしい」


 その後に彼の口から語られた言葉は、信じがたいものだった。



「ボクを襲ったのは、ルイの屋敷に勤務する家政婦、メル・ツキシマだ」



 ……メル? ……メルってあのメルか? ……あの手伝いの、優しく笑顔の素敵な、料理が得意で……いつもにこにこしてて、……どういうことだ? 話に頭がついていかねぇよ。至極潔白、真面目な筈の奴は今、離れの物置を夢中で片付けてる筈だろ……? 隣のアイクを見ると、アイクも呆けた顔をして、信じ難そうにカナタを見ている。


「顔は布で隠していたが、魔力波や気配は隠していなかったね。斬撃魔法で、ふいに胸を狙われた。ボクが生き残ったとして、正体がばれてもいいと思ったのか? 今までの辻斬りと同一犯とするなら、どうして今までのように隠密を徹底しなかった? 疑問は尽きないが、とりあえずルイとアイク王子には、報告をしておこうと思った。礼儀としてね。そしてボクの部下には、今からメルの捕縛を命じる」


 そう言われれば、昨日カナタが襲われた時間、ちょうど奴は商店街へ、あの金目鯛を仕入れに行っていた……?


「……メルがそんなことをする理由、見当たらねぇ気はするが……。カナタがここで嘘をついたとして、また誰かが得することもねえ。真実なんだろう。魔力波まで同じだったとするなら、変身魔法とかいうこともねえな。そりゃ紛れもなくメルだってことだ」

「そんな、メルが。……何かの間違いだとは思うが、それも含めて、……これから真実がわかればと思うよ」


 カナタの側近たちが集まって、メルを捕縛するためこの診療所を離れた。『ホシクズ岳の方面に、メルの目撃情報が』とか、そんな通話の声がぼんやり聞こえる。騒然とした雰囲気の残るままの診療室、掠れた声を立てて、カナタが力なく微笑んだ。


「本来なら、激励の言葉のひとつでもかける時なのにね。巻き込んですまなかった。ディールの時間までには、まだ少し余裕があるね。家に戻って、休んでいるといいよ。……そこに、『手伝いのメル』はいないだろうが」

「……メルが捕まったら、俺のスマホに連絡をくれないか? 何ていうか……勿論メルがそんな悪い奴かもしれねぇっていうのは、ショックなんだがな。それより、犯人が無事捕まって、ヒスイ谷の問題は解決しましたって確認ができてから、決戦に向かいたいというか」

「正気かい、ルイ、心が強いね。私はそれを聞いたら折れてしまいそうだ。いや、聞かないのもそれはそれで、里の皆が心配なのだが……」

「アイクはメルとやたら仲が良かったからな。気を落としてる暇はねぇ。メルがもしディランの内通者だとするならだが……、アイクがそんな気分になれば、ディランの思う壺ってことだからな」


 そこは割り切るしかねぇ。戦いの現場じゃ、裏切りや仲間割れが起こることもある。それに備えて、普段からある程度他人と距離を置いておくのは大事なことだ。アイクにもその心構え、伝えておけばよかったな。手伝いといえど他人なんだ。むしろなぜ寝首を掻かれなかったのか、幸運を喜ぶ場面なんだよ、ここは。ヒスイ谷仕込みの俺の人間不信は本物だが、アイクはメルを心から友達と思って、仲良く話していたんだろうな……。そう思うと不憫ではある。


「……そうだな。私の心構えが甘かったということだ。大丈夫、彼女が悪人であるなら、早く捕まることは、私にとっても嬉しいことだ。連絡待っているよ、カナタ」

「なにしろこんなザマだけど、手は辛うじて動く。メッセージの一つくらいはお安い御用さ」


 家に帰ると、やはりメルは物置どころか、どこにもいないそうだ。俺たちがみすみす殺人鬼を飼っていた可能性があること、谷に問題視されなければいいがな。そうなりゃ俺が黙らせるがな、全て解決した暁には、ディランや魔法陣の件は公にすると城側も言っていた。『大陸を護った英雄の家』という名で塗り替えてやるしかねぇ。


「ルイ、まさかメルが……」


 そう言ってすすり泣く母さんを、父さんが支えて撫でている。全く、戦いの前だってのに、慌ただしくも不穏な事態になったものだ。確かに俺も信じたくねえよ。俺は同族殺しの作った飯を、美味い美味いって食ってたのかよ。そう思えば背筋は冷える。


「シズク、ルイに心配をかける真似はよすんだ。彼らはより大事な戦いに向かおうとしている。谷の問題は、それに比べれば、残酷だけど……小さな事件なのだろうから」

「……せやな。悪かったわ、ルイ。お茶、入っとるで。メルみたいに上手に淹れられへんで、悪いけどな」


 メルがここで働き始めたのは、一年前。谷で殺人事件が起き始めたのも一年前だと、カナタはうちに来た時言っていたな。……そうだな、関係があるのかもしれねぇよ。こんなことでもなきゃ、偶然以外の何物でもなく見えるがな……。


 メルが持たせてくれた浴衣とタオルは、ふかふかで、あたたかかった。そこにはメルの真心が、こもっているように思えた。ちょくちょく冗談を飛ばしながらも、真面目に家事をする。掃除、洗濯、料理とお手の物。いつも明るく笑顔を絶やさず、お嬢様、と親し気に呼んでくれる。あいた時間には熱心に、カナタの屋敷から借りてきたワー語の本に目を落とす。いつか城で、知識人として生計を立てる夢をいだいて。

 たった三週間の付き合いでも……お前を魅力的な家政婦と思うには充分だった。それがなぜ、あんな正気の沙汰とは思えねぇ凶行に……?


 重苦しい空気のまま、三十分くらい気まずく茶を飲んでいた。やがて俺のスマホが鳴った。両親とアイクが身体をびくっと反応させて、固唾を飲んでスマホを覗き込む。……カナタからのメッセージだ。


『メルが、市街地西区画十四番街で捕縛され、今ボクの家の、診療所とは反対側の離れで尋問を受けている』


 捕まったか、よかった。西の十四っていえば、ホシクズ岳のふもとに近いな。もうすぐメルが口を割り、全てが明らかになるのか? 俺たちはそれを待たずに出かけなきゃいけねえ可能性が高いな、すっきりしねぇ。こんな凶悪な事件を起こした人間が、そうやすやすと口を割り、真実をカナタの屋敷の奴らに伝えるとは思えねえ。抵抗して、口をつぐんで、そして拷問されるのか? ……あまり考えたくはないが、しょうがねえことだ。メルはそれだけの悪いことをした可能性が、きわめて高い。


「……メル、捕まったんだね」


 わかりきった事実を、アイクが噛みしめるように口にした。


「それなら、里の安全がいったんは護られた可能性も、高いということか。……私たちは、もう一つの、きわめて大きな脅威対象を排除しないといけないね」

「なんだ、わかってんじゃねえか。本当なら、もっと心の準備して、体調も整えて、万全の状態で出られたらよかったんだが」


 ディールで猶予を与えられていたにもかかわらず、連続辻斬り事件が心を持って行ったな。これもディランの差し金ってやつかよ、本当ブッ殺してやる。


「まあ、いつだって万全なのが、常勝の魔導士ルイ様ってやつだ。……母さん、頼むから、そんな心配そうな顔するなって」

「……ルイ、……死んだらあかん。あかんねんで。生きるねんで」

「うん」

「うちらの生き甲斐やねよ、ルイは。死地に立つのは宿命やって、あんたは言うんやろうけど。うちらは、ルイが生きてるだけで幸せやねんで。どうかそのことを、忘れんとって。アイク王子と二人で、これからもずーっと、仲良く生きるんやで」

「当たり前だ。俺は負けねぇ」

「私がいる限り、ルイには傷ひとつ付けない。お約束します。必ずルイを護り、サポートし、目的を果たしてみせます」


 アイクがはっきりと、明瞭に、それを宣言した。そうだ、アイクは俺の王子様。王子様とお姫様がいっしょなら、できないことはねぇ。アイクだから、背中を任せられる。アイクだから、共に戦い、強敵を討つことだって現実的だ。そう、お前がいれば……俺は勝てる。俺に勝利をもたらすのは、幸運の神様でもなく、戦の女神でもなく……お前なんだ、アイク。


 そんな感動の場面に、あろうことか誰かが呼び鈴を鳴らしてきた。カナタの屋敷の誰かが、メルの尋問を終えたのか? なんだ、せっかく出発への気運を高めていたのに、それも、あろうことかディールの時間がかなり迫っているのに。

 俺の身体をかばうような体勢をとりながら、アイクはうちの庭園の正門を開けた。そこにいた人物の狂気的、破滅的な笑みを見て、俺たちは驚愕に驚愕を重ねるしかなかった。そう、そこには――……


 おびただしい返り血を、いつもの質素な浴衣に浴びて……狂気的な笑みを見せながらお辞儀するメルの姿があった。


「奥様、旦那様、お嬢様、王子様。ただいま帰還いたしました」

「……おい、殺人鬼。お前を尋問していたカナタの関係者はどうした。まさか……」


 不敵に笑うメルの顔つきは、まさに凶悪なるものだった。その心の奥にはらんだ狂気が、透けて見えた。


「そうです。弱いので、みーんな殺しちゃいました。今は二十二時過ぎですか。お嬢様、王子様、追いかけっこ、しましょう?」

「はあ!?」

「リュウセイ鍾乳洞まで、文字通り、追いかけっこですよ。お嬢様と王子様には、午前零時から、大陸の命運をかけた、大事な用事があるでしょう?」

「それを知ってるってことは、やはりメルはディランの内通者か」

「さて? どうでしょうかね」


 わかりきったことだろ、白々しい。メルはすぐに玄関から逃げ、ホシクズ岳のリュウセイ鍾乳洞の方向へと走り去っていく。そうだ、どうせディールの時刻も、着くころには迫っている筈だ。ここでメルを追わない理由はねぇ。


「行ってくる、母さん、父さん」

「勝利を信じて、戦い抜きます」

 

 その二言を残して、俺たちは見失いそうなメルの気配を、全速力で追った。ぴょんぴょんと瓦屋根を飛び移っていくその脚力、相当高度な肉体強化とみた。俺も続き自分にかけ、アイクにも施術してやった。しかし、それがメルの全てじゃない。メルはもっと恐ろしく、強力な魔術を身に着けている。今のメルからは……手練れの魔導士の気配が、はっきりと感じられる。

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