第39話・常勝の男なんかじゃない
(ルイ)
今日、つまり一月二十七日を迎えるまでに、ヒスイ谷は更に二人の死者を出した。
被害者はいずれも猫魔導士の女。両方とも十代だ。未来ある若者に無惨な死を突きつけるこの事件の犯人、絶対に許せはしない。だが俺たちも尻尾は掴めねえ。里をあげてパトロールはしているし、ディランとの関連が疑われることから、リュウセイ鍾乳洞を調べる先遣隊も派遣された。それでも何もわからないというのが実情だった。取り敢えずカナタは、住民の自宅待機を広く呼びかけた。自身は部下と手分けして、里じゅうをしらみ潰しに調べているようだ。
多分、向こうからすれば、あの日ディランの痕跡を僅かでも残してしまったことは、大きな計算違いだったに違いない。足がつかねえよう、今まで以上に気を配っていると見えた。どうしてだ、ディラン。猫魔導士の魔力を使って、自分自身が強くなろうとかいう算段なのか? にしても妙だ。自分で言うのもなんだが、並の猫魔導士の力を月に数人ずつ奪っていったからといって、俺や今のアイクを倒すほどの秘策になるかといえば……。そんな浅薄な策を、ディランが打つとはとても思えねえ。そんなことで『ルイ様を殺せるかもしれない』と口にするようなアホじゃねえ筈だ。いや、まあ、アホであってくれれば、ヒューマン側には有難いんだがな?
そう考えているところにまた、急なニュースが入ってきた。カナタの側近の奴がうちの呼び鈴を鳴らして、迎えた俺たち家族、それからアイクに、ひどく動揺した様子で叫んだ。
「カナタ様が、辻斬りの被害に遭われました!」
カナタが!? あいつが居なきゃ、里の運営に、安全管理に、平穏の維持に支障をきたす。あいつ自身のことも心配だ。確かに色々因縁や恨みつらみはあるかもしれねえが、この里に安寧をもたらしたいと望む仲間だ。こんなんで死ぬタマじゃないだろ。憎まれっ子は世にはばかるんだろ? お前はいけしゃあしゃあと生きてねえと、善人面して澄ましてねえとダメなんだよ、ふざけるな。
「息はあるのか?」
「はい、ルイ様。辛うじて、命までは奪われていません。ただ、出血量がひどく、意識を失っていらっしゃって……」
「部下がいた筈じゃないのか?」
「手分けして、ほんの数分お一人になった瞬間の出来事でした」
はす向かいの、馬鹿でかいカナタ邸の離れ。たびたび死体を調べた『ヒスイ谷魔学診療所』を訪れた。薬と医療器具の並んだ部屋の中央にある処置台には、きつく包帯を巻かれ、管を繋がれ、輸血のなされたカナタが眠っていた。紫の髪が、どこかぱさついている。顔色も、まるで死体みてぇだ。相も変わらず、この部屋は血の臭いでいっぱいだ。今度はお前の血だっていうのかよ、カナタ。ディランは俺たちから、いくつのものを奪っていけば気がすむんだ?
「おい、カナタ、起きろ。……起きろよ……くそ……」
「処置は里の診療医が行っています。技術も設備も足りていないため、満足な処置かといえば何とも言えませんが……」
「……俺のすべきことは、こいつの傷を観ることか?」
「既にカナタ様の側近がご覧になりましたが、目立った情報は得られなかったとのことで」
なるほど。……目を閉じると、たしかに弱弱しいカナタの魔力波の気配が感じられる。弱弱しいのは昏睡状態であるからだけじゃなく、今までと同様に、魔力がいくらか奪われているというのもあるな。傷口は深い。いつもと同じ、魔法で斬られた傷だ。猫魔導士の気配が、わずかに残っている。ディランの気配はない。……なるほど、確かに目新しい情報はない。一体何なんだ? この事件の犯人は、ディランなのか、それともそれを隠れ蓑にでもした、同志殺しの事件なのか?
俺にできることはこれ以上ねえ。不本意だが、俺も自宅待機の命に従うことにした。辻斬りの犯人は、カナタをも下すことのできる強者だということが証明された。リュウセイ鍾乳洞での決戦を前に、俺が怪我しちゃ犬も食わねえ出来事だろう。家にいるところや、寝込みを襲われた例は、今のところねえ。ヒューマンの命運をかけた戦いの優先順位は、ひとつの集落の中で起きた辻斬り事件よりは、はるかに高い筈だ。そんな非情な割り切り方はしたくなかったし、俺もカナタが意識を取り戻せば、駆けつけようと思うが……。
「お嬢様、おかえりなさい。夕食、奥様とご用意しています。……お召し上がりになる気分に、なれないかもしれませんが……」
「とはいえ、明日は少し大事な用事があってな。メルや父さん、母さん達には……詳しくは言えねえんだが、体調は合わせるのがプロの冒険者ってものだ。飯は頂く」
「……戦いが待っとるってゆうのは、アイク王子とルイの様子見とったらわかるよ」
出迎えた母さんの言葉に、父さんも頷いた。
「娘をさらなる危険に送り出すような、そんな予感はしているよ。……それを止める力のない、弱い親であることを悔やむ。それがたくさんの人にとって、たぶん大切であるということは、想像に難くないからね。ルイの今までの戦績を考えれば」
黙っていたアイクが、おずおずと口を挟んだ。
「あの。……その危険を排除するために、今は私がいます。今までの戦いでは、誰かがルイだけを、命をかけて護りとおすようなシチュエーションは無かったかもしれません。でも、私は……ルイの補佐として、ルイを手助けする者として、王に選ばれてここに来ました。この身にかえても、お父様やお母様の……大切な娘を護ると、心に誓っていますから。安心してください」
鍋を囲むその前に、アイクは毅然とそう言い切った。……なるほど、頼りになるじゃねえか。目的達成より、勝利の報酬より、なにより俺の命を優先してくれる仲間っていうのは初めてだ。心強い。アイクに初めて会った頃の俺に、この事実を伝えたら……さぞかし驚くだろうな?
「……おおきに、アイク王子。護った暁にはやな、ルイの面倒、一生見なならんねんで? 物好きやわあ。でも……、自分の子が、誰かに大事にされるの見とると、嬉しいわ」
昔の俺が、酷い扱いを受ける両親を見て、心を痛めていたように。両親もまた、大事にされず捨てられる俺を見て、心を痛めていたんだろう。それが透けて見えて、何だかじーんと来てしまった。潤んだ目を隠しながら、掘りごたつの席についた。今日は、金目鯛の煮つけだ。里の情勢危うい中、縁起物をメルが仕入れてきてくれた。甘辛いたれに絡んで、白身魚のくせのない旨味が広がった。
結局、夜が更けるまで、カナタが目を覚ましたという連絡は来ない。死んだという報告が来ねえだけマシと取るべきか? 決戦を前にして、俺たちを動揺させるのが、ディランの狙いか? あいつは玩具のように城の識者の命を軽んじた、悪人だ。どんな些細な目的でも、あいつにとっちゃ命を奪うに値しちまうのかよ、吐き気がするな。
「ルイ、実質決戦前夜なのに、部外者の私が里の事件に、必要以上に興味を抱く必要は、ないのかもしれないが。……結局、猫魔導士の誰かによる同士討ちなのか、それともディランなのか、あれから犯人に目星はついたのか?」
「……そうか、アイクにはろくに情報を共有していなかったな、悪い。結論は出ていない。いや、不可解なことだが……状況証拠だけを見れば、その二つが『同時に成り立っている』という可能性もなくはない」
「……それは、ディランの正体が猫魔導士であるということか? ヒューマンだと信じていたが、まあ彼のことだ、今更何ができてもおかしくはないだろう」
「図書館で会った時は、俺もヒューマンだと思ったな。猫の気配は全くしなかった。それだけに、その仮説はそこ止まりだ。何がどうなって同時に成り立っているのかまでは。……ああ、こんな時にユーリがいれば。あいつのことをこんなに懐かしく思ったのは、生まれて初めてだ」
「検死や解剖の経験も、残された魔力の解析力も、正直この里の者の比ではないだろうね。決戦前夜に、私でなくユーリがルイに頼られたと思うと、なんとも微妙な気分だが」
なんだか笑えてきた。笑う余裕があったのか、いや、それは、たぶん隣にアイクがいてくれるから。里の一大事とヒューマンの一大事が同時に襲ってくる事態だ。場数でなんとかなる問題じゃねえ。一人だったら、きっと俺は……。
「アイクがいるから、まともでいられるんだ。アイクが一緒にいてくれなきゃ、こんな大変な事態を二つも抱えて、おかしくなっちまうよ」
「笑いながらそれを言えるのに、君の強さをまざまざと感じる」
「違う。お前がいるから笑ってるんだ。一人だったらダメだった。もしこの旅の伴侶が、アイクでなかったら。よく知りもしねぇ、エディの部下の一般兵とかだったら。……俺は、ディランを討つ自信は、からっきし無かったと思う」
俺の後ろ向きな発言は、たぶんそう多くないと思う。本当はいつも不安だし、いつも悩みながら生きてるが、それを人にあまり零したりはしねぇ。『常勝の男』ってのが俺のイメージだろう。が、アイクは、俺がお姫様になりたいただの女だって、知ってくれてるだろ?
「君がそんなことを言うとは。……その相手になれたことを、光栄と思うべきなのだろうね」
「そうだぜ。アイクが思ってるより、アイクは凄い奴なんだ。……そんなアイクを、俺はいちばん頼りにしてるし、いちばん愛してるんだ。だから、……王都に帰ったら、……よろしく」
俺の一生を、な。
「……本当に、なぜこんなに可愛いルイを、男性だなんて思っていたのだろうね。……王都では、よろしく。これから……よろしく。共に未来を創ろう、明日の夜は」
目は冴えるが、閉じて寝転ぶだけでも、明日のコンディションは変わってくる。そう、日時がきちんと与えられただけ、今回はまだアドバンテージがあるんだ。今のところは安心していられるって確信は、普段の冒険にはなかったものだ。厳しい戦いになるだろうが、俺は必ずアイクと帰る。ディランの奴の、首を持って。アイクと一緒なら、確信していられる。何があっても、絶対に大丈夫だって。乗り越えていけるって。かたく結ばれた絆が、人類の敵を倒すって。そう信じていられる。
俺をこんなに強くしてくれてありがとう、アイク。
愛してくれてありがとう、アイク。
背中を護ってくれてありがとう……大好きなアイク。




