表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/59

第30話・新しい王族の姿

 次の夜、馬車で暇つぶしのババ抜きをしながらアイクと過ごしていたら、突然の魔物の襲来があった。杖を持って飛び出そうとする俺をアイクが腕で制止すると、『全て私に任せてくれ』と言い放った。馬鹿言うな、こいつらはかなり腕の立つ、手練れの魔物。呪われていなければ、俺たちと会話もできたであろう高等種だ。それが『六十億の呪い』で更に力を増強させている。お前で敵うのか? ……いや、見せてもらおうじゃねぇか。王家の紋章なんて大層な力を、お前が使いこなせるかどうか。どれだけの強さを手にしたのか。


 目を赤く禍々しく光らせながら、魔物たちがアイクににじり寄る。それから距離をとるために岩場を跳躍するそのジャンプ力ひとつにしても、今までのアイクとは違うものを感じる。彼らを左右への斬撃放出で巧みに誘導しながら、一点に追い詰める。強く残忍な反撃を、一歩間違えて食らえば即死する魔法を、巧みに避け続け――そしてアイクは機を見て剣を構え、その魔力を解放した。


「愛する者に、傷ひとつ付けたくないがための、私の力。アイドクレース秘伝魔剣術其の三・『森羅万鐘』」


 アイクの周囲に爆風が巻き起こった。なんだこりゃ、城でのエキシビジョンマッチの比じゃねぇ……。この瘴気をもし俺が敵として受けりゃ、そのときは本気になることを覚悟しねぇと。それくらいの圧が、この攻撃には感じられる。アイクの剣の先から、禍々しい黒のエネルギー体が飛んだ。黒のなかに、原色をした薔薇や棘の模様が見えて、もはや気味の悪いくらいだ。事実、魔物たちはその力になすすべなく倒れ、抉られ焼け焦げた炭へと身体を変えた。その躊躇のなさ、冷徹さ。俺の知ってるアイクとは違う。……ただ、アイクはそれらに向かって、手を合わせた。やっぱり、アイクはアイクだよ。


「凄ぇじゃねぇか、お前。そんな手練れになるとは、頼りになることこの上ないじゃねぇか。ヒスイ谷じゃ、俺とアイクのダブル攻撃で、愛の力でディランを倒すんだ。そんな次元であることは、認めてやってもいい」

「あはは、ありがとう。長年想った女性と結ばれたのだ、男として一人前にならねば。……もう少し先に進んだら、また野営にするか? もう晩も遅い。地図によると、予定より若干早く進むことができているらしい。少しの休憩は問題ないだろう」

「違いねぇ、飯もある。火を焚いて料理をしよう」

「食材なら多少は持ってきている。朝も昼も、そのままそれを食べたしね。たが野外での調理は初めてだな……」

「なかなか楽しいぜ。じゃ、ババ抜きの続きだ」


 常に相手がババを持っている緊張感。二人だけのババ抜きの醍醐味だ。どれが地雷か、どれが救いか。シビアな世界観を持った遊びだ。いや、こんな真面目な旅の途中に何してるんだと言いたくもなるが、移動ってのは暇なんだ。スマホアプリのRPGだと一瞬でクエストに行けるから見逃しがちな部分だが、現実の冒険はとにかく暇なんだ。ドラゴンの討伐依頼の時なんかも、甲冑に身を包んだオッサン達と、乗合馬車で大富豪とか、飴を賭けてのポーカーをしまくった思い出しかねぇ。


「……どっちだと思う、ルイ?」

「……右に賭けよう」

「ファイナルアンサー?」

「……ああ」


 アイクの札は二枚。向かって右を引いて、恐る恐る裏返した。……ババじゃねえか! 畜生! そのあとアイクは見事にクローバーの4を引き当てて、俺のもとにはババだけが残った。現実は非情だ。なんて残酷なシナリオなんだ。


「勝利の気分を噛みしめながら、夕飯といくか」

「……うう。悔しい。食欲がなくなった」


 荷台から飯盒と米、それに野菜と、いくつかの調味料、冷却魔法のかかった豚肉を取り出した。本当ならそのへんで兎なり鳥なり鹿なり捕まえるところだが、生憎今回はしっかりバックアップのある旅なので、その必要はない。


「まず燃えるものを用意するだろ。普段なら枝とかをかき集めたりするんだが、今回は城が持たせてくれた薪がある。あと焚火台」


 折り畳めるスタンド式の、即席グリルだ。金網の上に食材や飯盒を設置して、安全に熱することができるようになっている。


「地面で直に火を起こさなくていいから、燃え広がりの心配もないね」

「俺は原始的に、地面で焚火して直火で料理するほうが好きなんだがな。で、ファイアⅠで火を点けるだろ?」


 実は料理には魔法はすごく便利だ。魔法が使える奴の家は、ガス代を大きく削減できる。


「さっき魔物を倒した後に、ちゃちゃっと米を水に浸しておいた。もう三十分経つだろう」

「そうだったのか。それに何か意味が?」

「美味しく炊ける秘訣なんだ。やるとやらないとでは完成度が大きく違う。米と水の入った飯盒を、こうして中火にかける。飯盒の底に、ちょっと火が当たるくらいだ」


 アイクが物珍しそうに眺めている。


「もう少ししたら……ほら、湯気が出てくる。そしたら強火にする。もう少し火属性の魔法を足すか、もしくは薪を足すか。……こんな感じか」

「火の管理が難しいね」

「蒸気で吹きこぼれたりして危険だから……アイク、そこの石取ってくれ。そう、これを蓋に置いて。圧力がかかることで、美味く炊けることにも繋がるらしい」


 その隙に、人参とじゃが芋と玉ねぎと林檎をごろごろに刻む。豚肉も一口サイズに切る。流石に女子なアイクは手際がいいな。俺よりよほど美しく仕上がる。


「お焦げできちまうから、そろそろ飯盒中火にするな。この焚火台はでかいから、飯盒の隣に鍋置いても火勢はムラにならねぇだろ」

「いつものカレーでいいのかな。野菜と肉に水を足して、沸騰させて……」

「うん。それでいい。わかってるかもだが、沸騰したら一度台からおろせ。カレースパイスを鍋に投げ込むときな」

「コンロみたいに自由に止められないのは、なかなか調子が狂うね。……ご飯、そろそろいいのかな」

「煮える音が止まってきたら、米は頃合いだ、火からおろす。……で」


 荷台に積まれたたくさんの袋をあさって、何枚か拝借してきた新聞紙を取り出した。


「これに飯盒をくるんで、飯盒を逆さにしてしばらく放置する。十五分くらいかな。紙でくるむことで、より蒸らしがきいて美味い飯になる……って、酒場のおっちゃんが言ってたから試してみる」

「カレースパイスは調合したよ。クミンシード4、ターメリック1、カイエンペッパー4、コリアンダー8、クミンパウダー4、ガラムマサラ2。アレンジするのも楽しいが、今回は基本に忠実にしておいた。鍋に入れて、で、十分くらいかな」

「そうすると、ルーとご飯が同時にできそうだな。火だけ俺が注意しとくから、アイクはお茶でも飲んでろ」

「外で調理するっていうのも新鮮だね。火加減をツマミで調整できないのは辛いが、なかなか楽しい」

「本当なら、地面に直炊きの火に、枝にブッ刺した鶏肉をかけて焼くとかやりてぇんだがな。オリーブオイル塗って。ただ、今回は持たされた食材や機材が親切だ、王子に粗食を食わせる訳にもいかねえ」

「それでもよかったのに」

「じゃあ明日の朝、やってみるか? 『太古のパン』って呼ばれる、バノックって食材がある。小麦粉やベーキングパウダー、塩、バター、水で作れる。こねてそのへんの枝に巻きつけて、焚火からの直火で焼くんだ。ベーコンエッグとよく合うぜ」

「おお、楽しそう! ぜひやってみたいよ」


 カレーが完成した。美味そうだな! さすがアイクの作ったカレールー、いい匂いがする。米もいい具合だ。二人で手を合わせて、昨日と変わらぬ満天の星空の下食った。


「おお、美味い! やっぱりお前の料理は、プロのメイドにも全く引けを取らねぇな!」

「ご飯が炊飯器よりよほど美味しく炊けている。もっちりしてしっとりして、何ともいえない。僅かなお焦げもいとおしい。ルイは頼りになるね」


 食ってる途中に立ち上がるのもなんだが、荷台からドラム缶をおろして、火にかけられる適当な台に乗せた。ドラム缶の中にアイスⅠで氷を満たし、下に薪を敷いてファイアⅠをかける。浸かる用にひとつ、石鹸を流す用にもうひとつ。これで食い終わる頃には、アイクの分の風呂が焚ける。


「立ち上がって悪かった。お前先に風呂入れ」

「魔力が古代人の最終到達地点だったというのも、合点がいくね。あらゆるエネルギーを超えるエネルギーだ、荒野の真ん中でお風呂に入れるなんて」

「こんなものに到達して、あまつさえ自由に弄くり回せたんだ。そりゃ滅亡するよなと思う。ただ、アイスは空気中の微細な水分を凝固させる術だから、不純物を多く含む。飲料水には向かないがな」

「お風呂は君が先にどうぞ。なにしろ王子様か、あまつさえ王様にすらならなきゃいけないらしい。レディファーストは基本だ」

「の、覗くなよ?」

「今更何を……。恥じらうには、いささか遅いよ」


 そうだ、今更だ。俺たちにとってそれは今更なことだった、恥ずかしい。カレーを食い終えて、結局俺が先に風呂に入ることになった。ドラム缶狭いなぁ……。一応隠密系の魔法はかけているとはいえ、もしも裸で湯に浸かってるところに魔物が来たら、俺はどうなるんだ? 全裸で戦うのか? 野生に還るのか?


 ……肌の露になってるところを先に洗ったあと、髪と耳と、それから太腿から先……つまりモフモフしたところを洗った。結構曲者だ。普段宿屋で、髪だけでなく脚にもドライヤーをかける羽目になるのは結構なストレスだ、きっと獣人あるあるだろうがな。……洗ったあともう一度湯に浸かると、既にけっこう冷めている。冬だ、しょうがねえ。

 王妃様になったら、手伝いが脚を乾かしてくれるのか? もう荒野でウサギの丸焼きを作ったり、気ままに乗合馬車に乗って、魔物を倒す依頼に行ったりもできなくなるんだろうな。あんまり考えたことはなかったが、俺らしさを失う覚悟はしなきゃいけねぇんだろう。それがアイクの妻になるってことだ。

 まあ、本望なんだがな。冒険者生命は、いつまでも続く訳じゃない。老兵もいなくはないが、若い奴より些か能力は落ちると言わざるをえない。いっぽうで、俺がアイクを好きな気持ちは、永遠のものだ。それを考えれば、俺もこの仕事で引退であることを、本望だと思うべきなのか?




 小一時間後、風呂からあがったアイクにその話をすると、心底不思議そうに首を傾げた。


「王妃は冒険しちゃ駄目なのか?」

「大国家の王妃が、杖を持ってふらふら荒野を歩いてちゃ駄目だろう。あのエリザでさえ、公務のときは粛々としてんだ」

「それは逆に、ルイの王妃としての売りを殺すことにならないか? 新しい在り方を示せばいいことだ。父上が十八年前までは戦線に立っていたことと、何の違いがあるというんだ」


 それは確かにそうなんだがな。ただ男女の役割分担を考えるとな。俺一人の問題じゃない、国の象徴としての問題なんだから、ある程度ステレオタイプを踏襲すべきだと思ったんだが。


「ルイは貴婦人になるよりも、ある程度は今まで通りでいたほうが、国民からの支持を得られると思う。第一、どちらにせよ運命的に、君には大きな力がある。何かあった際に、君の力を頼れなくなることは国にも痛手なんだ」

「……アイクはそういう俺を求めてくれるのか」

「新しい象徴を作ればいいことだ。伝統だけを重んじる必要はない。ルイは自分らしくいてほしい」

「ありがとう。美肌のためのパックが顔に張り付いてさえいなければ、お前のかっこよさに感動するところだった」

「そうそう、そこそこ。私のほうも今更いきなり父上のようにはなれないし。国民にSNSで真実を語り続けて久しいからね」


 確かに、アイクがいきなり国民に対して難しい顔をして、王様の後光を背負ったら、たぶん爆笑されちまうだろう。……そうか。そういうものか。俺は、俺でいることをやめなくてもいいのか。そういう俺が望まれる未来を、アイクは作ってくれるのか?


「……脚が冷えて寒い」

「モフモフしてると、洗った後大変だね。テントに入るか。ストーブを点けよう」

「……ありがとう」


 一緒に作ろう、王室を。このテントは、さしずめその試作品か? 悪くねえな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ