表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/59

第29話・星と猫のフォルティッシモ

(ルイ)


「おい、手伝え、アイク!」

「うわぁ……凄い星空!」


 深夜零時、俺がせっせとテントを張ってる間、アイクはずっと空を見ている。ときどき光る流れ星に手を合わせては、国に平穏が戻りますようにと呟いたりしている。手伝えよ馬鹿、お前は野営をナメてるだろ! いちから叩き込んでやる!


「テント結構大変なんだよ。こう、柱を杭みてぇに土に差し込んでだな」

「また星が流れたよ、ルイ!」

「聞いてんのか! ブッ殺すぞ!」


 今日は色々城で済ませたからいいが、明日からはここに食事と風呂が加わるんだ。風呂にどうやって入るかとよく聞かれるが、魔導士にそれは愚問ってものだ。まあそれは明日でいい。それより寝る場所の確保だ。


「王都をろくに離れたことのない私は、このような満天の星空を、絵本や絵画でしか見たことがなかった。こんなにも綺麗だなんて。こんなにも壮観だなんて。ああ、生きていてよかった」

「……まあ、お前にとっちゃ物珍しいんだろうな。だが聞けよ。寝る時間だろう」

「馬車の中では駄目なのか?」

「どう考えても、大人二人は狭いだろ。乗合馬車でよくある、エコノミー症候群ってやつになりそうだ」

「……寝るのは後でもいいだろう。移動の間、必ずしも規則正しい生活を送る必要もないだろうに。少しくらいはしゃがせてくれないか? 一緒に空を見たいんだ、君と」


 最後の一言だけ抜き出せば、最高にロマンチックだな……。全く呆れるぜ。


「はぁ……しょうがねえな。……確かに、綺麗な空だ。天の川までよく見える」


 アイクが座ってるちょうどいい石に、俺も腰かけた。無言の時間が、永遠のごとく心地良く流れる。星はよく見ると、いろんな色をしている。赤だったり、青だったり、白に近かったり、いろいろだ。星の年齢に関係しているという研究のことを、聞いたことがあるが……星の一生って、俺たちの一生とは比べ物にならねぇくらい、長いらしいな。お前らのその永遠にも思える輝きに比べりゃ、俺たちの人生なんて、まるでほうき星みたいなものなんだろう。


 その一瞬を、俺はアイクと過ごしたいと願った。アイクと流れていきたいと願った。今、遮るものはなにもない。空から降る星が祝福するなか、アイクと二人きり。ここには王家の務めもなければ、国民の目線もない。英雄の使命もなければ、恋心を阻むものもない。ここには何もない。百であり、一であり、ゼロでもある宇宙だ。生まれてはじめて、アイクと俺は、アイクと俺だけの世界にいる。ここがアイドクレース王国の領土なんて忘れちまうくらい、俺たちはいま、二人だけの宇宙にいる。


 沈黙だけが流れる。流れていく星を目で追いかける。俺たちが初めて会ってから、四年以上が経った。俺の心はあの頃から決まっている。むしろ募るばかりで、そんな自分を止めることはできなかった。お姫様には向いてねぇし、自分になれるとも思ってなかったのに、それでもこの気持ちを止めることはできなかった。

 お前は逆に、お姫様以外の何者でもなかった。王子様には向いてねぇし、自分になれるとも思ってなかっただろう。だからクマちゃんを作って、料理を作って、花を育てて抗おうとしていた。だが時は経ち、お前は王子様になることを決意した。それは、その気持ちを止めることができなかったからだろう?


「「あの」」


 二人で同時に口を開いて、それなり言葉は再び止まった。目をそらして、それじゃいけないと思って、思わず俺はアイクの手を握った。隣り合って、手を重ね合って、そして黙った。ふたたび百年のほうき星が流れ出す。宇宙がまわりはじめる。星が生まれ、死んでいく、すべてはこの一瞬のために。

 口を開くべきか躊躇った。開くときは星の死かもしれないし、あるいは誕生かもしれない。少なくとも、儚いいまは、愛しいいまは、もどかしいいまは変わってしまう。その一瞬一瞬を愛してきた俺たちは、今、時を前に進めようとしている。


「……いや、アイク、どうぞ」

「何故だ、ルイが……コンマ一秒先に言っただろう」

「……言いがかりだ。譲ってやるんだ、ありがたく思え……はは」

「あはは」


 同時に笑えてきた。すべての心配は杞憂だった。遮るものはなにもない。俺たちははじめから、ずっとずっと自由だった。ただそれに気付いていなかっただけで。そのきらめきに、あやうさに、気付いていなかっただけで。


「……もう、わかってるんだろう。こんなのは、わかりきったことなのだ」

「……そうだな。この期に及んで、わかってない訳がねぇ。こんなのはわかってるんだ。そうだ、俺たちは自由なんだよ」

「そうだ。ルイ。分かっているのなら、遠慮なく言える。男からの好意を、迷惑と思うならば謝ろう。だが、……君がそう思わないということにも、何となく気付いているよ。禁忌でもかまわない、今だけは遮るものは何も」

「そうそう、そこそこ。本当、四年間その些細な勘違いで、お前はどれだけ悩んだんだろうな?」


 思わず笑ってしまった。アイクの顔に疑問符が浮かんでいる。後頭部にほうき星を光らせながら。


「……アイク。ここを服の上から、触ってみてもいいぜ」

「は!?」


 ローブの中、ズボンの股間のあたりを指し示したら、アイクが露骨に狼狽えた。頬が真っ赤だぜ、変態。


「何故そうなる。そんな不埒な誘いを、この美しき、聖なる、満天の星空の下で。……それすら生命の、星の営みだと言いたいのか? だがいくら何でも一足飛びすぎて」

「そういう意味じゃねえ。……触れればわかる。……何もかも。……遠慮なく来い」


 ごくりと生唾を飲み込んでる表情だな、わかる。全く、いやらしい。そういう意味じゃねえんだ。そう。まさぐればわかるだろう。俺の身体を。あるはずのものが無いことが。ほんとの俺は、アイクの思ってた俺とは、何もかも違うことが。

 いや、確認のためとはいえ、こんなところ触られるとちょっと変な気分になるな。いや、俺から提案したんだ、耐えろ。指先の触れる感覚に反応するな。確かめるような、驚きを隠せない擦り方に乗せられるな。


 ……案の定、アイクの開いた口が塞がらねぇ。傑作だ、おもしろすぎる。アイクのこんなアホ面、俺が一生独り占めだ! やった! やってやったぜ! 一生、俺が独り占めしていいんだ!



「ルイ、まさか君は」

「そう。……俺は女だ」



 アイクの張った顔から、一気に力が抜けていくのを、まざまざと見た。傑作すぎる。全く、本当に、今俺は、アイクの全てを独り占めしているな!


「……言葉もないよ。……早く言ってくれ、本当に。……ならばなぜ君は躊躇した。……私の悩みは、苦しみは、いったい何だったというのだ」

「馬鹿、二十一年間、彼氏ができたことも、男に告白されたこともねぇんだ。そんな女が、一国の王子に向かってガツガツしていけるとお前は思うか?」

「私も似たようなものだろう。それでも頑張ったのに、ルイは全く、もう……そういうところ、本当に気が抜ける……」

「はは。……言えなかったよ。……アイクを好きになるたびに、嫌われるのが怖くなっていく。拒絶されるのが怖くなっていく。……ただ、それももう過去のことだ」


 アイクの目を見た。星空のうつりこんだ青い瞳は、どんな宝石よりも美しい。


「アイク、お前のことが」

「私に言わせてくれ。最後の、男の意地だ」


 アイクも俺の瞳の奥を射貫いた。今までのいつよりも、いちばん真剣なまなざしだった。心の奥がわれるように痛い。未知の興奮と、新たな世界のまたたきと、少しばかりの寂しさと、そして、それらをすべて流し去るような、鮮烈なしあわせ。



「ルイ、君のことが好きだ。私の妃となってくれ」



 ……言われた。夢にまで見た、その一言を。俺には相応しくなんかない筈だった、その一言を。それでもいつか言われたくて、諦めることはできなくて、散々俺を悩ませた、その一言を。御伽噺のころから憧れて、お前をはじめて見たとき欲する言葉に変わって、そしていましあわせへの呪文へと昇華された、その一言を。



「……俺でよければ、王妃になろう」



 自然に唇が重なった。彼氏ができたことなんてなかったから、やり方はよくわからねぇ。仕掛けることはできない。向こうもそうだろう。だから、とりあえず、ずっとぬくもりを確かめるように重ねていた。それだけで幸せだし、それだけで高鳴るし、少なくとも今は、他になにもいらなかった。


 お前の魂胆はわかってるよ。国のためってのも本当だろうが、単に俺と、外の世界で二人きりになりたかったんだろ? 奇遇だが、俺もそうなんだよ。お前と、誰の目も届かねぇ荒野で、二人きりになってみたかったんだ。そのときどんな星空が見えるのか、心底楽しみにしていたんだ。そのときどんなにしあわせか、心底楽しみにしていたんだ。


 少しばかり舌が伸びてきた。アイクも恐らく、絡め方はわからねぇ。俺もまた、全くわかんねえ。絡め合わせたら、ぞくぞくする。身体が熱くなる。これは雌の体温だ。やはり俺は女。抱きしめ合うように伸ばして、音を立てながらなおも絡めた。すげぇ興奮するな。このまま外で、それも荒野で、夜に突入しちまうって訳か?


 やがて唇を離し、アイクは満たされた顔で、殊勝にもテントの組み上げを再開した。何だ、しねぇのか。まあ、すぐにはな。アイクの度胸の問題もあるだろうし……。眠れる環境を整えたうえで、汚れてもいい絨毯と、二つの寝袋を敷き、ストーブでテント内をあたためた。ま、これで就寝、ってところだろうか? と俺が割り切ったとき、俺の隣でアイクがとんでもないことを言った。


「……ルイ、私の伴侶よ。すぐに君の腹に子を宿し、人生を変えてしまうのは私の本意ではない。つまり、そのような……その、モノを用意していない私には、ルイと交わることはできなくて」

「いきなり何言ってんだ!?」


 いざ言われると、ちょっとショックだ。お前も男だったんだな。お姫様のくせに……。スキンケア持ってくるくせに……。


「……と言いたいところだが、そういうものはここにあるぜ」

「何故そうなるんだ。何のためにそんなものを持ってくるんだ、痴女だったのか! 人のスキンケアグッズにけちを付ける資格はないだろう……」

「いいじゃねえか、こうなると、心のどこかで思ってたんだ。男性と認識されて久しい俺は、そういう器具を、周囲に違和感を抱かせることなく購入できるんだ」

「そんなことを期待するな、可愛いルイが変態だった事実を直視したくない」


 別に俺は可愛くねえよ。常にこんな調子だったよ。それはお前の幻想だ。恋をすると、どうしても自分の幻想を相手に投影しがちだな。お互い初心者ってやつなのか。


「どうせ二人きりになれば、アイクとこんな話をする予感があったから。お前の魂胆なんて丸見えだ、国難にあるってのに、呑気だよな」

「……困った事態だ。そう言われると揺らいでしまう。ルイを傷付けたくないという思いは、それによって解決される。……我儘を言っていいのだろうか」

「半端な魔物を寄せねぇ防壁魔法をかける。……この狭苦しいテントで……」

「婚前交渉か。……だがルイ、君ならば。どうせ、恐らく第二王子が踏み荒らした禁忌だしな。……君を満足させるため、精一杯尽くそう」


 折り重なって倒れこむとともに、俺はこれまで生きてきた時間のうちで最も幸せな時間を、これからアイクと共有するのだと確信した。未知に身を任せ、遠慮なく鳴き、一緒に何物にも代えがたい快楽を得ようと……アイクの背に腕を回した。





 俺が二十一年間経験してこなかった『それ』は、至福としか言いようがなかった。至高の幸せ以外の形容は見当たらなかった。アイクと繋がった。普段かっこつけて振る舞ってる俺を、ぜんぶ崩すような。このうえなく愉しく否定してくれるかのような行為だった。アイクに身を任せることで、初めて完全に、自分は女に生まれたんだってことを実感できた。惜しげなく晒せるのは……相手がアイクだからこそ、だ。


「……ど、どうかな」


 アイクが好機とパジャマに着替えつつ言った。


「あまり知識がない。仮にも国いちばんの箱入り息子だからね。……その……幸せだったかい?」


 俺ももこもこ部屋着に着替えた。もちろん枕元には、杖を置いてあるが。


「……凄くな。しあわせで割れそうだった」

「……可愛い声だった」

「そんなこといちいち言うな、恥ずかしい」


 ぎゅっと抱き寄せられた。寝袋で寝ようっていうのに、抱きしめてどうする。まあ、幸せだから抵抗しねぇんだが。


「紛れもなく幸せな気分の俺が言うのもなんだが、お前は本当に酷い男だな。王子としても、一人の人間としても。貴族の準婚約者を王都に残して、民間の出の意中の女と一夜か」

「それはわかりきっていたことだ。だからルイは、クリスマスイブに激怒したんだろう。それも当然だ。あれは一般的な価値観でいえば、正しいこととは言い難かった。国難に乗じた、私の暴挙だ。酷い男だとわかっていて、汚い男だとわかっていて、我儘な男だとわかっていてルイはこれを選んだ。違うか?」

「お前が酷ければ、自分勝手であれば、見放す奴もいるだろう。だが俺には見放すことはできなかった。それだけのことだ。お前がこんな無責任な悪人であろうが、俺は愛さずにはいられねぇ。そして俺も無責任な悪人だから、いまアリスを軽んじた。似たもの同士だ」


 冷静に考えれば、この状況から結婚というのも、また紆余曲折は避けられない気がする。俺はアリスより遥かに国民に人気があるが、それでも王子を寝盗ったとなれば、一定の批判は受けるだろう。それを跳ね返し、王妃としてドレスを着るのは、平坦な道じゃない。

 だた、それは、あくまでヒスイ谷でディランの息の根を止めてからのこと。その決戦がうまくおさまらなきゃ、何も始まりはしねぇんだ。むしろヒューマンは絶滅し、全てが混乱のうちに終わる。そこを超えられたら、俺とアイクに超えられない壁はないと言っていい。英雄同士の結婚という気運も、高められる可能性が高いしな。まずは、目の前の課題に……この大陸のヒューマンを救うことに、集中するのが妥当な選択肢だろう。


「眠るか、アイク」

「……君ともっと語らっていたい気持ちはあるが、少し疲れた」

「男は疲れるっていうしな。どうも、女は何戦でも交わせるみてぇだが」

「それは自分で宜しく頼む」


 下品な冗談を言いながら、アイクはやっと自分の寝袋に入ってくれた。俺も入った。暫く王室のベッドに居候した俺にとっては、少し不満足な寝床だが……、これが本来なら、俺の生きる世界、相応しい寝床。瞼が重い、アイクと遂に恋人同士となれた幸せが、さらに俺の身体をあたため、眠りへと誘う。


「……おやすみ、ルイ。……この世で最も、愛する女性よ」

「……おやすみ、アイク。…世界でいちばん、お前が好きだ」


 それなり沈黙がおり――……やがてアイクの規則正しい寝息へと変わった。俺にも眠気がくる。夢に見た幸せな時間と、若き星の刹那の交わり。その余韻を、ひとつひとつ思い出して噛みしめているうちに……俺はいつのまにか、眠りへと吸い込まれていった。いままでの願いが全て聞き届けられた手応えを、心の奥底にいだいて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ