第27話・護国の英雄の旅立ち
(ルイ)
朝起きたら、アイクが悠長にこの私室で紅茶を飲みながら、トーストを摘んでいた。お前は俺以上に、公務だ何だと色々予定があるんじゃないのか? 第一王子が混迷の街に希望を落とす仕事をしなくて、どうするんだ? 今日はユーリに任せるとかなのか? そういうデリカシーの必要な仕事は、ユーリの奴には荷が重いと思うがなぁ……。
「起きたのか、ルイ」
「おはよう……もう九時だが、アイクは街の奴らを元気づけたり、物資を届ける仕事はいいのか。多数の建造物への被害を整理する、机作業の手伝いはいいのか。まだあの事件から二日。第一王子としての立場的に、ゆっくりしていられる状況じゃねえ筈だが?」
「生憎だが、私もルイも、父上に呼ばれているよ。父上が諸般の用事を終わらせるのは十時。それまでは待機ということで、こうしてのんびり一息つけるという訳だ」
「……それは、つまり」
ヒスイ谷の件か? アイクを呼んでいるということは、俺の同伴者について、アイクにも情報を共有したいということか? それともまさか、アイクをヒスイ谷に同行させるとか言い出す訳じゃねえよな? ……いや、色々考えてもしょうがないことだ、どうせ王の思惑は、ほんの一時間後にはわかる。
「そろそろ起こそうと思っていたんだが、あんまりにも気持ちよさそうに眠っているから」
「顔洗って着替えねぇと。飯はあるのか?」
「君のぶんのフレンチトーストとサラダ、それにウインナーやオムレツがここに」
朝食を急いで食って、身支度をした。俺みたいな奴でも、王に会うってなった時には、一応身なりに気を付けている。ローブの前を結ぶ黒いリボンが、左右対称になっているか……鏡で確かめて整えた。案外時間がねぇな。もう少し早く起こしてくれてもよかったのに。
「……隠れて着替えるのは、胸の怪我を隠したいのかな?」
「怪我? 俺が?」
「眠っているとき、布が巻いてあるのが見えた。そういうのは男の勲章だなんて言って、君ならもっと誇るかと思ったけれど……、私としては、君に怪我をしてほしくないね。綺麗なままでいてほしい」
見られたのか! あぶねぇ! あと一歩で全部ばれるところだったじゃねえか……。いや、ばれて何がいけねぇのかって訊かれりゃ、何もいけないことはねえんだが……。何でいまだにアイクの中で俺は男なのか、逆に聞き返したい位なんだが……。
「そう、だから父上の仰ることも道理なんだ。私は君に怪我をさせないためのナイトとして、相応しい力を授けて頂いた」
「どういうことだ?」
「……知っての通り、父上は五分前行動を信条にする方だ。早めに謁見の間へと向かおう」
「おう……そうだな。恐らくヒスイ谷の件だろ、あいつは俺に何を指示するのやら」
アイクの私室を出て、謁見の間に入った。ラルフの奴も、ほぼ同時に謁見の間へ入ってきた。……俺とアイク以外の人間はいねえのか。警備ゴーレムは置いてあるが、兵すら一度部屋から出したようだ。一般兵に明かしたくない事実があるってことか? 王族の間で留めておきたい事実が。
「少し時間よりは早いが、スケジュールに余裕ができるなら、それにこしたことはない。始めよう」
「了解しました、父上」
「何だよ、いきなり呼び出して」
玉座に腰かけたラルフの目には、少し隈ができている。睡眠不足か、悩みは尽きないだろうからな……。
「まずはルイ。ディール・オブ・ジ・アビスは、やはり格納庫から持ち出されていた。ディランの持つあれは本物である可能性が高い。ということで、ヒスイ谷におぬしを送り込むのは、決定的な事項となった」
「そうか。なら早いほうがいいんじゃねえか? ヒスイ谷をうろつくディランの首根っこを、不意をついて捕まえられりゃ、ディール以前の時点で終わらせられる可能性もある。それができなかったとしても、……大陸の『呪い』は濃くなっていると聞く。ことに大陸の北にかけて。恐らくヒスイ谷に、集まっているんだろう」
「左様。魔法陣の件と関係がある可能性も大いにある。ヒスイ谷に『六十億の呪い』を受けた通常魔物の被害が散発する可能性も無くはない。その際ルイが待機していれば、谷を護ることができるだろう」
「ヒスイ谷を一日でも早く調査することで、ディランの目論みについての情報の欠片でも得られれば、それにこしたことはねぇしな。俺はいつでもいけるぜ、よく寝たし」
「頼もしいことだ、ルイ。……して、次はおぬしだ、アイク」
ラルフが悩むように一瞬目を閉じて、ゆっくりと開けた。その動作には、迷いを振り切るような微細な感情が感じられた。
「合理的な結論は、やはりこれだった。ルイと共にヒスイ谷に行け、アイク」
「有難き幸せにございます」
「はあ、何言ってんだ!?」
どうしてそれが合理的なんだ? 修行して強くなったとはいえ、まだまだ半端者の筈じゃなかったのか? エディの部下でも連れていくのが賢明な判断だろう?
「……ルイ。アイクには我の持つ、王としての力を譲った。そう捉えてくれればいい。我が国で王位を継承する際、同時に脈々と継承されてきた魔力がある。それをアイクに移したのだ」
「……成程、それを一般兵に漏らしたくないがための、この殺風景な部屋か」
目を閉じて、神経を集中させて、アイクの魔力の観点からの姿を観た。
「……探知魔法は得意じゃねぇが、確かに……アイクの魔力が増幅している気配は感じる。……強い力だ。白くて、あたたかくて、やさしい。大きく頼もしい。強者の気配だ。確かにこれは、以前ラルフにあった気配。……しかし、そうなるとラルフは」
「そう。我は出涸らしにも程がある。そんなことを一般兵に聞かれては、色々名折れだ。王位継承も近く考える必要があるだろうが、まあそれは国が無事に救われなければ始まらぬこと。エディという手もあったが、王都に何か問題が発生したとき、統率と戦闘の両方を効率的にこなせるのはアイクではなくエディ。つまり、合理的にみて、ヒスイ谷での勝利を取ろうと思えば、必然的にアイクなのだ」
なるほど……。まあ、話はわからなくもねぇし、俺よりおつむが良いであろうラルフが最終的にそう思ったのなら、俺が口を出して国に得があるとも思えねぇ。ただ……アイクか。本当に大丈夫か? 本当に、俺たちの世界についていけるか? 城に幽閉された透明な原石のような心が、血染みで霞み、砕けてしまわねぇか?
「アイク、お前はいいのか。お前自身の意思もまた、尊重されるべきものだぜ」
「いや、私から言ったのだよ。ルイと共に行かせてくれと」
お前から……。そこまで国の役に立ちたかったのか? 殊勝なものだ。だが殊勝なだけじゃ、生きていけないんだぜ?
「私を信じられないかい。なら、戦いの中で信じさせてみせよう。私は、ルイの役に立ちたいのだ。城の外の色んな話を、ずっと君から聞いてきた。そのきらめきと同じくらい、君が血の代償を払っていることを……怪我や精神への負担に悩んでいることを知っていた。やっと君の力になれる私になった。国と君を護る力を得た。……少しばかり、冒険させてくれ。私は君の役に立ちたい。それが国のためになるのなら、猶更だ」
「……そこまで言うのかよ。アイク、これは戦いだ。そこまで言うのならば、俺はお前を庇わないし、頼りにするし、一緒に攻撃してもらうし、詠唱の時間稼ぎに使う」
「本望だ。そうでなければ意味がない」
「怪我をさせるかもしれねぇ。或いは俺が怪我するかも、死ぬかも。そういう戦いだって、わかってるんだな」
「もとより君が死んでしまえば、ディランを止められず、この世のヒューマンは絶滅するのだ。この身にかえても、死なせないさ」
どうやら、本気らしい。心配な受け答えは、なにひとつない。こいつはお姫様じゃねぇ、そしてまた、王子様でもねぇ。俺とパーティを組む、一人の冒険者だ。
「……そういう訳だ、ルイ、アイク。若き者たちに重責を負わせるが、どうか国を護ってほしい。本当は数多くの兵が、それぞれに一つずつ分かち合う責任を……たった二人に任せることになろうとは」
「誰に言ってやがる、俺は意思を持った軍事力だぜ。……仮にディール・オブ・ジ・アビスの件がなく、総力戦になっていたとして、並の兵は邪魔なだけだ。魔術発動に巻き添えにする。俺の動きにもついてこれねぇ。足手纏いにしかならねぇ。ヒスイ谷は高低差の激しい地形、大きな隊列を組んで歩けば、時間も戦力もロスする。俺とアイクだけなのは、むしろ合理的まである。……今まで通り、俺を信じろ、ラルフ」
「おぬしは、そういう奴だ。できるだけ早く発て、ルイ、アイク。アイドクレースの命運を賭けて、誇りをかけて!」
「おう!」
「了解致しました!」
まさか本当に、アイクと背を預け合うことになるとはな? やがてラルフの命でメイド長がやってきて、『ヒスイ谷に向かわれるそうで、荷造りお手伝い致します』と微笑んだ。もちろん民衆に、そして城の関係者にも、魔法陣のこと、『黒の新世界』のこと、ヒューマン絶滅の危機のことは伏せるようだ。当たり前だ、そんなのが世間に広まろうものなら、大混乱になる。
ただ、俺とアイクが『連続襲撃事件の首謀者を退治する、国をあげての決戦』に行こうとする、くらいのぼかした事実は、既に城のメイドにも広まっているらしい。恐らく民衆に広まるのも、時間の問題だろう。アイクは厨房担当のメイドと仲がいいので、本当に大丈夫ですか? と、囲まれて心配されている。
スマホで、ミルカに宿屋に置いてあった荷物を持ってきてもらうようにも頼んだ。一度エントランスに降りると、やはり騒然としているな。『行かれるんですね、ルイ様』『ご武運お祈り致しております』と頭を下げていくメイドや城の関係者、貴族がたくさんいる。その中で、城に金を送りつける手続きしたときの、あのドレスを纏ったミルカが、小さなトランクを引きながら俺に手を振った。
「わー! ルイ様! 大変なことになっちゃいましたね!」
「俺の人生が大変なのは、いつものことだ。いつもどうにかしてきた」
「今回王都が襲われたことで、私も事件の悲惨さ、身をもって知りましたよぉ。やっと避難所を出たところで、まだ慌ただしくて……。……ルイ様とアイク様が、そんな国を救ってくださるのなら。私は王都で、お二人のご無事を祈ってますから」
ミルカが目を潤ませながら、俺に衣類や日用品、および貴重品の入った袋をトランクから出し、手渡した。
「死んじゃ駄目ですよ。かならず生きて帰るんです」
「わかってる。うまくやるさ」
「ルイ様は私のお友達です。他人とは思えないんです。だから、これをあげます」
白い小さな巾着袋に入った……青い石だ。
「サファイアデザートを発つ私に、父上が下さったサファイアの原石です。私たちウェルシュの魂が籠っています。きっと……持ってる人を助けてくれる、まあ……あはは、お守りのようなもので。私の自己満足かもしれませんが、気持ちと思って、受け取ってもらえたら」
「……ありがとう。大事に持っていく」
ミルカは気付いていないだろうが、浄化魔法の気配がするな。六十億の呪いにかかった魔物を、気持ち呼び寄せにくくする効果がある。思わず有益なものを貰った。
「ミルカ、お前は友達だ。怖がっていた俺の手を取って、親身になってくれた。興味本位だとしても、一歩を踏み出す力をくれた。そのお陰で今がある」
「……あはは。全ては推し量れませんが、ルイ様の助けになれたのなら。そんなの当然なんですよぉ、友達っていうのはそういうものなんです。特別なことじゃないんです。……じゃあ、ご無事を祈っています」
そうか、友達というのは、そういうものか。俺は友達の少ない喪女だ。お前に貰ったその言葉に、何かしらの発見が眠っていた。友達っていうのは……そういうものだったのか。成程、心強いっていうのは、都市伝説じゃなかったらしい。
アイクの部屋に戻って、必要最低限の荷物を、大きなバッグに詰めた。これは持ち歩く用じゃない。普段討伐依頼をこなす時、馬車に乗せてもらいやすいように荷造りするんだ。
「サファイアデザートとは、夢の交通機関『鉄道』で往復できるようにする交渉が進んでいるらしいな?」
「まだレールも敷けていないし、夢物語のような話だがね。ヒスイ谷はそういうところ閉鎖的だ、おかげで馬車で向かう一択」
「おまけに最後の数キロは、起伏が激しいせいで徒歩で行かなきゃならねぇ。荷物抱えながらな。……馬車を乗り捨てるのは、倫理的に大丈夫なのか?」
「ルイはゴーレム馬車を知らないか。機械仕掛けの馬だ。目的地に着くと魔力を失い、ただのモノになる。ゆえに、帰りにはヒスイ谷から、馬車を手配してもらわねばならないが」
「おお、ハイテク! 知ってはいるが、要求される技術レベルが高すぎて、乗るのにはお高いんだよな。俺は生身の馬が馬糞を撒き散らす馬車しかしらねぇ」
「城直接の命ならば、コストや技術はなんとかなる。面倒を見たり、指示をする管理役も要らないゆえ、ある意味では『鉄道』よりも高級かもしれない。こちらの任意で、止めたり動かしたりするスイッチもあるし」
リッチだな、特別任務は。だが、浮かれてもいられねぇ。ディランが何を用意しているか、どんな戦略を仕掛けてくるのか、こちらは何も知らねぇんだ。それと……、ヒスイ谷は俺の原点だが、いっぽうで忌むべき記憶でもある。父さんと母さんに会えるのは嬉しいが……谷の皆と何食わぬ顔で話をするのは、少しばかり怖いな。
その夜、馬車の手配は完了した。城のエントランス前に、球体関節の白馬二匹の引く馬車が待機していた。おお、本物のゴーレム馬。思ったより可愛い顔つきじゃねぇか? ヒスイ谷に着くまで一週間、よろしくな? まあ乗り捨てるんだがな……。
「ルイ、荷物が少なくはないか? 帰還まで一か月を超える旅に、その小さなバッグで大丈夫なのか」
「逆にアイクは何持っていくんだよ、そんなに」
「色々だ。スキンケアセットとか」
「馬鹿野郎! お前はやっぱりどこまでいってもアイクだ。ふざけんな、そんな暇があると思うなよ!」
どうせ途中で捨てていくことになるだろうが、まあおまけで今のところは、荷物のところに加えてやるか。
「……ルイ」
ユーリ、エリザ、ラルフ、それに城の皆が、揃って俺を見送りにきてくれた。エディはまだ街の再建のために部下をぶん回しているらしく、この見送りには参加できないらしい。が、それでこそだ。その頑張りこそが見送りだ。俺のいない間、街を頼んだ。
「俺らしくないことを言うかも、だけどさ。友人を応援するのも、心配するのも、筋だよね」
「うわ、ユーリが素直になった!」
「うるさいな、黙ってくれ。……信じてやるから、せいぜい応えてくれよな。君なら絶対にやり遂げるって」
「裏であれだけ心配していたのに、本人への言葉はそんな控えめな……」
「兄上まで何言ってんだよ!? あれはオフレコだ。デリカシーの欠片もない兄だよ、全く」
なるほど、こいつはオフレコで俺のことを心配していたのか……
「ユーリお前、まず自分自身のデリカシーの心配をしろよな、普段から」
「心配してやってその返答は、調子が狂うね。……信じてるよ。君とは同じ空の下。君の強さを疑ったりはしないさ。……兄上、……実験室で言った通り。……ご無事で」
「勿論だ」
「俺と兄上は、色々分かり合えないし、全然タイプの違う人間だけどさ。……だからこその愛しさってやつも、この世にはあるんだな?」
「……出発の前に、それが聞けて嬉しいよ。……それでは、行くか。必ず帰ってくる」
「そうだな、行ってくるか!」
清潔なカーテンで包まれた木の荷台の中には、クッションと背もたれのある腰かけが用意されている。思ったより快適そうだ、ちょっと寒いが。アイクが城のメイドにスイッチのオンを指示して、昇降口のカーテンを閉めた。カーテンの一部が透明なビニール張りになっていて、外が見える。たくさんの人の、見送りの声がする。城の奴ら、街の住民、みんなが俺たちを呼ぶ声がする。応援する声がする。手を振ってくれる。振り返して、微笑み返して、街の郊外へ到達し人がまばらになるまで……、ずっと、俺たちのことを案じてくれる人たちの笑顔を、心に刻み続けた。
父さん、母さん、帰郷は思わぬ形になりそうだ。
大事な両親の命を……どんな形であれ俺を育んだヒスイ谷を、これから俺は……。
それを応援してくれた人がこんなにいたんだよって、胸を張って長々と自慢するからな。覚悟しておいてくれよ。




