第25話・可愛い子には、旅をさせたくない
(アイク)
動乱の次の日。父上がお帰りになったとの連絡を受けたので、夜更けに私は、謁見の間へ向かおうと部屋を出た。
今日一日、この人災によって被害を受けた王都の各地を、エディと共に回った。さぞかし風当りが強いだろうと予想していたし、実際半分はその通りだった。城の守護が不十分だったせいで、家族を失った。或いは怪我をした。お前らのことはもう信じられるか。そう訴えかけてくる民もいる。家がぼろぼろで避難生活を送るしかなくて、そんな時に王族に会えて、声をかけてもらえたお陰で、これからの人生をなんとか頑張っていける、街を護ってくれて有難う。そう訴えかける民もいる。
民意というのは、必ずしも一束にはならぬものなのだ。というより、なった暁には、国の終わりなのだろう。どうも私のあの無責任なスピーチも、一定の効果は見込めているようだ。困っている時こそ、アイドクレースの誇りにかけて、生き抜いていきますね。そうきらきらした瞳で語った子供もいた。何となく、胸が痛くなった。
「父上のところへ行くのかい?」
「……ユーリ、お疲れ様。ダリルの遺体の調査にあたっていたと聞くが」
「たいした成果はなかったよ。死体ばっかりも飽きるし、早めに切り上げて、王都の建造物の修復作業を少し手伝った。修復・回復は苦手分野ではない。そこまで得意でもないけどね」
「そうか。……私にはほぼ魔術は使えないゆえ、ユーリの能力は頼りになる」
「兄上は、ルイについていきたいと思っているんだろう?」
いきなり何なんだ? それを見通されていることにも少し驚いた。そして、それを咎めるような、厳しい口調だったことにも。
「……俺は城の関係者しか読めない、禁書一歩手前の書籍までは読破していてね。父上が兄上と何をするのか、王家の営みの記録から薄々勘付いている」
「私には何が起こるのかはわからないが、私が何を望もうと、君に咎められるいわれはない」
「兄上が仮に、何らかの方法でいっぱしの力を手に入れたとする。それでも中身は兄上だ。甘く弱く、現場を知らず、死体の臭いにも耐えられぬほど、ぬくぬく育ってきた兄上だ。ルイの仕事場は非情だ。兄上は本当に、それについていけるのか。一瞬でも臆しはしないか」
……ルイが焼き殺したハーピーの死体は、私も見た。あれに寸分の感情でも抱けば、その隙に敵に焼き殺される。確かに、戦いとはそういうものらしい。
「俺も人のことを言えた義理じゃないけど、おまけの、付属品の、予備の第二王子だからこそ、兄上よりは世界を見てきた。汚いものも、グロテスクなものも、危ないものもね。普段ならこんなお節介は焼かないんだけど、ディランに呼ばれたのが、他らなぬルイだった」
「……妙な話だな。妙齢の女性以外の人間に興味を示さぬ君が、男の世話を焼くのか」
「……兄上、ルイを危険に晒すな。覚悟の無さから、足手纏いになるな。力の無さから、ルイに精神的外傷を作るな。ルイは俺の大切な友達だ。温いパートナーを押し付けられたがために、あいつが苦しむ未来は、俺の本意じゃない」
本当に、ルイを心配してやっているんだな。知ってる、君は他人に興味がない。フランクに付き合っているようでいて、にこにこしているようでいて、心を通わせ理解し合おうという気持ちはない。そのはずだった。君のような自己中心的な弟が、他人に本当の意味での興味を一切示さない弟が、友人のことを想えるようになったのか。その成長を微笑ましく思う気持ちもあるよ。
「……心する。私は大事なものを見誤らない。必要のないものは、刃にて斬り捨てるさ」
「……王子として生まれて、周囲に珍重されて育って。おべっかと、謀と、欲と見栄に囲まれて。……俺に何の見返りも求めない贈り物は、……初めてだったんだ」
私にはわからぬ言葉を残して、ユーリは城の下層へと転移した。街を徘徊していた下級魔物も、準備が出来次第、念の為に調べる予定だと聞いていた。ゆえ、恐らく行先は四階だろう。
ともかく私は、謁見の間への扉を開けた。王の正装である鎧を纏った父上は、玉座からはお立ちになっている。私を見て、父上は優しく微笑んだ。ここで一体何が起こるというんだ、ユーリ?
「アイク、こちらだ」
「こちら、とは……」
豪華絢爛な玉座の背面には、アイドクレース建国の戦乱を華やかに描いた、色とりどりの壁画がある。見慣れていたものだが、これに何かしらの意味があるのか? 父上は歴史か何かでも説かれるのか?
「……すぐにわかる」
父上が、壁画の赤く塗られた部分を軽く指先で押した。その瞬間、謁見の間に轟音が鳴り響く。壁画が半分に割れ、左右に音を立てて開き、そしてその先には……ひとつの机と、書と、そしてアイドクレースで祀られる、龍の神の絵画だけがある、小さな隠し部屋があった。こんな部屋があったのか。生まれたときから城で過ごしてきたのに、存在をつゆも知らなかった。入っていいのだろうか。父上が入っていくので、私もとりあえず続くことにした。机と書を挟んで、私は父上と向き合った。
「ここは『超越の間』と呼ばれる。アイク、本来なら、王位継承の際にしようと思っていた話だが。アイドクレース王国が王者には、代々受け継がれし魔力基盤がある。今は我自身の持っている、壊れた魔力基盤と同化していて機能していないが……王が王たる所以、圧倒的な魔剣術は、この『王家の紋章』と呼ばれる魔力基盤を次代の王に継承することで、受け継がれてきた」
昨日父上の言いかけていた、そしてさっきユーリの言っていたのはこれか。
「これを王位を持たぬ人間に譲ることは、アイドクレース千年の歴史の中でも異例のこと。……さあ、ここで、我は一度王から只の父親へと立ち返り、愛しい息子と話をすることとしよう」
「……了解しました」
「アイク、王となることは、正直おぬしの心には反しているだろう。それが定めと覚悟はしつつ、それを望んでいる訳ではない。だから、これをアイクでなくユーリに継承させ、彼を王に擁立するという手もあるのだ。悪く言えばユーリには、情緒を持つ人としての欠陥が多少ある。だが良く言えば、それゆえの動じなさ、強さ、躊躇のなさ、度胸、判断の早さと正確さがある。状況を盤面として捉えられるのだ。そういう訳で、ひとりの親として息子たちを適職に就かせようとした場合、そのような選択肢も考慮せざるをえない」
「……それはしごく正しいですが、だから私は力を望まぬか、王となりたくないかと問われればそれは愚問」
いつになく毅然とした声が出た。密閉空間なのに、ここには暴風が吹き荒れる。光を放つ書物を挟みながら、私は父上の目を見て言った。
「私は一足に『王となりたい』という願いを抱いている訳ではない。王族に生まれなければ、料理かなにか学んで、平和に暮らしているタマでしょう。だが、目の前に救えるものがあるのなら、それは全て救いたい。私の大切な友人が、英雄が、等身大にそう願ってきたように。ひとりひとりを救って、救い続けて、その結果最後には、国を護ることに繋がるのなら――……私は国を護りたい。結果的に、国を護る存在は『王』と呼ばれる。因果を問い続けた結果、最終的に私は、『人でできたこの国』を護れる存在となりたい」
父上が黙って私の目を見つめたあと、ゆっくりと頷いた。
「呆れたお人好しに成ったようだ。その輝き、まるであの黒猫が如し」
そしてその手を本にかざす。ちらりと見えた、アイドクレース王国の歴史を記してあるようだ。そこから光がたちのぼり、暴風とともに、父上の胸のあたりから、まばゆく白い光が湧き出てくる。それが父上の身体から離れ、私の頭上高くで燦然と輝く。
「……少し拒絶反応がある。ほんの僅かな間だ」
白く輝く尊い光が、私の身体を射貫き、芯を焼いた。
「ぐ……がは、」
痛い。苦しい。異物を拒絶しているのがよくわかる。胸の奥が、火箸で掻き回されるみたいだ。城に幽閉された人生、こんな痛い思いをするのは、情けないことに初めてだ。だが、逃げたいとは思わない。抵抗しきりたい。この先に新たな道があるのなら……、私はこの程度の苦痛に負けるわけにはいかない。
なるほど、王の力は私にとって異物。やはり私は王に相応しくない、映え系のお姫様王子。だが関係あるか。相応しくなくても構わない、私が力を得ると決めたのだ。
一分ほど経って、早鐘のように鳴っていた心臓がおさまり、痛みもひいてきた。身体の芯から……なにか、あたたかく、心地よい熱が溢れ出てくるような……妙にしっくりとくる感覚だ。新しいあたたかさと、自分の身体にもともとあったあたたかさが馴染んだような、いい感覚だ。……強くなったというより、あるべき姿になれた安心感みたいなものが先立った。そうか、これが王家の紋章。さっきまでは確かに痛かったが、思ったより、使用者を身体の中から思い遣ってくれるようなものらしい。
「……迷うな、惑うな、アイク。我の息子として生まれたことが、おぬしを更なる厳しい世界へと進ませる。それは申し訳ないが、……誇りを胸に進め」
「……父上、頼みがあります」
「……薄々察している」
「ならば話は早い。……ルイとヒスイ谷へ向かわせてほしいのです」
「駄目だ」
紋章まで渡しておいて、即答なのですか、父上。
「……心苦しいが、王位継承者をみすみす死地へ向かわせるのはな。大陸の運命を決する、最終決戦ともいうべき場所であるぞ」
「しかし、であれば誰なのですか? 本命はエディであるのはわかっていますが、エディがいなければ、王都への急な敵の来襲に太刀打ちできない。強さと末端まで届く指揮力をあれほどの高いレベルで兼ね備えているのは、この国でエディのみ。ディランが動かないにせよ、シルヴェスターが動かない保証はない」
「……それは誠である。エディの側近というカードが手堅いが、正直……王家の紋章を手にしたアイクは、側近の者よりも遥かに強者である筈だ。単純に、ヒスイ谷でのこのうえなく重要な勝利を堅くおさめたいのであれば、アイクという選択肢は確かにある」
「父上も、王家の紋章を手に、自ら前線に立ち国を導いてきた。私がそれをしたいと言って、何がおかしいでしょうか」
迷うように、父上が目を閉じて俯いた。しばらく首を振ったり、頷いたり……こんなに考え込む父上は初めて見た。私のために、そこまで悩んで頂けるのは有難いが。
「……考えておこう。結論は明日にも出す。謁見の間にルイを呼んだ上で。いや……今もう論理的な結果は出ているのだが、さて、親というものは……子に旅をさせたくないものである。ユーリをオパールバレーに出している間も、我は気が気ではなかった」
「父上の答え、お待ちしています。……では、一日お疲れ様でした」
超越の間は、私と父上が出ると同時に閉じ始めた。私もこの壁は、子供のころに面白がって弄ったことがあるが、当然ながら隠し扉の存在は知らなかった。恐らく王でなければ開かない封印が施されているのだろう。
「アイクも大儀であった。明日は少し、城にて休息を取るがいい」
「失礼します。王家の名に恥じぬ自分になるよう、邁進します」
「……そんなのはいいのだ。生きて帰ってさえくれればな。……では、な」
父上の囁くような声が、胸に刺さった。私室へとお帰りになる父上は、どこか……寂し気な空気を纏っている。いま父上は王ではなく……一人の親としての言葉を呟いた。それを私は聞いてしまった。無責任な、国の将来に背く、そして我が子だけをやみくもに心配する、ただの親の正直な本音を。




