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第24話・大切な人と、おやすみを言えたなら

 沈黙が場を覆った。相次ぐ事件のひとつひとつに、情報量がすごい。今日一日で、並の奴の一生分の波乱を経験したような気分だぜ。


「……休みなき悪夢とはこのことよ」


 ラルフが長い沈黙を破り、項垂れた。


「……しかし、ディール・オブ・ジ・アビスの干渉がある限り、我らにはむしろ猶予ができたとも取れる。……そのため、今宵しようとしていた話は、いったん明日へと持ち越そう。アイク、明日の昼間、我はテロ事件関係の公務に追われる。して、夜……我と、謁見の間で会おう」

「……親子がわざわざ、謁見の間で?」

「それ相応の理由がある。何にせよ、油断のできぬ状況ではあるが……一旦解散としよう。休息を取るがいい。夜勤の兵に頼んで、警備にあたらせる。このような一日の終わり、おぬしらが眠れるとは我も思わぬが……、少しでも身体を休め、更なる国難に備えよ」


 場の全員が頷き、その場は解散した。ラルフが今の事件を、エディに共有しておくらしい。確かに眠れるとは思えねえが、これで俺は、今日のところは自由って訳か。ディランが猶予をくれた可能性が高い以上、オーバーワークの俺はベッドにぶっ倒れるしかねえな……。


「ルイ、お疲れ様。さっき倒れかけていただろう、早く床に就いた方がいい」


 部屋を出たところで、アイクが話しかけてくれた。


「……シャワーを浴びたかったが、まあ疲れたし、明日の朝にするか……。部屋はあいているのか?」

「もっと王族の数が多かった頃に使われていたベッドルームが、いくつか」

「……俺は、一人で寝るのか?」

「むしろ、違うのか?」


 ……言えねえな。一人で眠ってる間に、識者の幽霊が俺の寝室を訪れ、耳元で嘆きと呪いを悲し気に囁くのがものすごく怖ぇなんて……。


「……わかった、ルイ」

「何だ?」

「お化けが怖いんだろう!」


 満面の笑みで言うな! アイクはたまにすごく意地悪で困る!


「なっ……そんな訳ね……、いや、まあ……、……そういう感情も、全く無くはねぇが」

「あはは、面白い。テロリストを退けた英雄が、お化けを怖がっているよ!」

「か、勘違いすんな。お姫様のアイクが、深夜に一人で幽霊に呪い殺されたら可哀想だから怖えんだ。俺は幽霊なんかには負けねえ」

「小さい頃……城の託児所にいる、メイドの娘たちと共に城を抜け出し、ダイヤモンドヒルズの心霊スポットを巡ったものだ。みんな、今のルイのように怯えていたよ。見ていると痛快だね」

「お姫様のくせに、ホラーには強ぇんだな、アイク……」


 意外な一面だ。まあ、城で人が死ぬ事件は、この城の長い歴史を考えれば初めてじゃねえ。気にしてたら一晩だって眠れやしねえ、耐性があるってことか。いや、それ以上に、アイクは変なところで強かったり、妙な部分が脆かったりするいびつな人間だ。削れずに仕舞われた、原石ゆえに。それを象徴する出来事のようにも思えた。


「仕方がない。私と一緒に寝るか?」

「えっ!? ほ、本気で言ってるのか!? お前は変態だったのか!?」

「男の友人と同じ部屋で寝て、何が変態なのだ? ルイはゲイなのか?」


 答えを俺は持たねぇ。もうじき二十歳の男と、二十一の女が一緒の部屋で寝るのだと、アイクは勿論理解してねぇんだから。


「そうか……。薄々理解してはいたが、いざそうなると私も心の準備が。余り知識もないし。とんでもない箇所で性交を行うと聞いたが、あっているのか?」

「待て待て、俺がゲイである方向で話を進めるなよ。だいいち婚約者のアリスはどうした。一緒に寝てるんじゃないのか」

「ルイも知っているだろう、王族の婚前交渉は禁じられている。そのような空気を作らぬよう、互いの自衛のために、別室で眠っている。……まあ、破りまくって久しい可能性もある王子も身近にいるのだ、守るのも馬鹿みたいな話だがね……」


 アイクの口ぶりからすれば、やはりユーリの奴は……。どこまで卑しい男なんだ、寒気がするぜ。初めてプレゼントをやった男がそんな奴って、俺の女性としての歴史に傷がついたんじゃねぇか……?


「という訳で、男と男ならその心配もない。私の部屋はツインベッドでね。王族が多かった時期の名残だ。そんな訳で、空いたもう一つの寝床を、君に提供することができるよ」


 ああ、流石に、同じベッドでということはなかったか。まさか何かの間違いでワンナイトラブとか、そんな喪女には荷が重い事態には、発展しなさそうだな。接近したら、俺の無い胸に巻かれたサラシに気付くかもしれねぇ。シャワー入ってねぇから、けっこう汗臭いのも嗅がれる。別のベッドで本当によかった……。


 アイクの部屋で、俺は眠ることにした。ヒナギク荘のいちばんいい部屋の、十倍の広さはある。大きなクローゼットに高級そうなテーブル、それにソファ、ティーセット。ベッドもひとつひとつがキングサイズで、部屋着に身を包みながら飛び込むと、天空の雲にでも受け止められたかのような心地よさだ。


「ルイ、君の部屋着は、けっこう可愛いね。意外だよ。ポップな色合いで、かわいらしい。そういった服を着れば、まるで女性のように愛らしい」

「……目に楽しいものを着たいんだ。笑いたきゃ笑え。無骨な世界で生きている人間として、部屋で着るものくらいには、夢を見ていたい」


 与えられたキングサイズのベッドは、常軌を逸するほどにふかふかだ。なるほど、神経を昂らせる事件が起きたとはいえ、この心地よさの中なら、問題なく眠れそうだ。……ただ、目を閉じると、どこかから識者の霊に見られているようで……。少しばかり、怖いよ。


 部屋の照明を完全に落とした後、しばらく沈黙が落ちるが、長くは続かない。どちらからともなく、話を始めた。


「……クリスマスイブはごめんな、アイク。……俺は決戦のために、ヒスイ谷への旅路をゆくだろう。王から命が出るはずだ、ここからヒスイ谷は馬車で一週間、あまり猶予はねぇはず。だからこそ……正しい選択肢を選びながら俺に怒られたアイクに、謝っておきたかった」

「……気にしていないよ。強大な力を持つわりに、等身大の人格を失わない。それもルイの立派な魅力のひとつだ。私は王都で、ルイの勝利を祈りただ公務を執り行う、人形と化すのだろうか? ルイが相方に誰を選ぶかは予想がつかないが、今日非力を晒した私のような者でないことは明白。君のために何もできないことを、私は悔やむよ」

「……はっ、どうだかな。まあ王の意思もある、俺が百パーセント決められることでもねぇんだが」


 アイクが少し黙ったあと、言った。


「……今、私の許嫁はアリスだ。だが、本心はクリスマスイブに言った通り。何とかして、この不誠実かつ膠着した事態を脱したい。私は私の愛する者のために、少しでも力になれれば。……ルイ、ヒスイ谷の星空は綺麗かい」


 何でいきなりそんなこと聞くんだよ、脈略もねぇ。


「……ああ、綺麗だ。ヒスイ谷の明かりは控えめだから、それこそ降ってくるような星空を見ることができる。流れ星もしょっちゅう、願い事を次から次へと考えながら……俺は他のガキに隠れて、ひとりで空を見ていた」

「……仲良くなかったのか?」


 あ、勢いあまって言っちまったな。


「……そう。俺は身分の低さから、周囲に疎外されていた。随分ショッキングな目にも遭ったぜ。アイクにはとても言えねえようなな。『本物の王子様に出会ってみたいな』ともお願いした」


 本当はその次の星に、『王子様のお嫁さんになりたいな』とも願った。


「願いは叶った。……俺といっしょにいてくれて有難う、アイク。……俺、そろそろ眠気が限界だ。眠れそう……お休み」

「お化けが出たら、私が魔剣で退治するよ。それじゃ、安心してお休み」


 ベッドは別とはいえ……、アイクとお休みを言いあうのは、心躍る。いい夢が見られそうだ。もしもベッドが同じなら。もしもアイクが、俺を女性にしてくれたら。……そんな憧れへの一抹の望みを繋げて、この互いのわだかまりを、国家あげての結婚に昇華できたら。アリスには悪いが、それこそをモチベーションに……俺は最近を生きている。


 アイク、愛してるよ。いつかお前と一緒のベッドで……もっと至近距離で、お休みを言い合える未来が来れば――……

 そんな空想をしているうちに、やがて泥のような睡魔に吸い込まれていった。

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