第23話・賭け狂いはサイコロを転がす
そうして街の魔物を掃討し続けて夕刻、どこかで飯が食えねえかと歩き回ったが、街の混乱はおさまりそうもねぇ。腹減ったな。俺もそろそろ休みたいが、ヒナギク荘の爺ちゃんと婆ちゃん、それにミルカは近所の避難所、つまりダイヤモンドヒルズ都立初等学院に避難している。帰る場所がねぇ。避難者達のための炊き出しにあやかるか? 腹が減っては戦はできぬって言うしな……。
そんな矢先に、スマホに着信が入った。全く、この状況でネットがやられてなかったのは本当に救いだ。おかげで避難の誘導、被害の情報共有などはスムーズに行われている。
『ルイ。疲れているであろうところ申し訳ないのだが、母上がお呼びだ』
アイクの奴の声だ。相変わらず耳に甘く、美しい声だ。惚れ惚れするぜ。
「はあ? 何で城に、しかもエリザに呼び出されるんだ」
『恐らく夕飯難民なのではないかと思ってね。母上と私で、簡単な食事を用意している。既に食べたのであれば兵に分け与えるが、できれば君に食べてほしい。今日の件の労いもかねてね』
「おお、アイク達の手料理が食えるのか! 有難ぇな、炊き出しに並ぼうかと思ってたところだよ」
『天空の間を含め、七階は修復魔法班が修繕した。崩落の心配はない。安心して王室占有スペースに来るといい』
「おぉ……、ダンスホールの件といい、仕事が早ぇ。壊すことしかできねぇ奴からすりゃ尊敬ものだ。……わかった、向かう」
『父上とユーリも手が空いたため、一緒に待っているよ。今日はお疲れ様』
「こちらこそ。目まぐるしい一日だったな。じゃ、すぐ行く」
『良かったら、七階に泊まっていくといい。おおかた宿屋も機能していないだろうと思って』
「有難いんだが……識者のお化けは出ねぇよな?」
『保証はできない。大魔導士が事故物件を怖がってどうする。じゃ、待っているよ』
うるせぇ、俺は若い女なんだよ。お化けの出る宿は借りたくねぇ……が、他にアテもない。しょうがねぇか。飯にありつけるのも有難い話だ、素直に誘いを受け取っておこう。
城に着くと、エントランスでアイクが呼んでくれた。一階までわざわざ降りてくれたのか。憔悴した顔ではあるが、さっきよりは少しマシだ。王室占有スペースで、充分な休息をとれたのだろう。命に関わる修羅場もあった一日だ、少しでも疲れを癒してくれたのなら、彼を愛する者としちゃ嬉しいことだ。
「ルイ、お疲れ様。城を出入りする兵に聞いたが、君のおかげで残党狩りも至極捗ったと聞く」
「街のために尽力してぇ気持ちは本物だ。お前の手料理も食えるなら、頑張った甲斐があったぜ。……ああ、少しばかり……眩暈がするな」
眩んだ俺を、アイクが支えた。……初めて会ったときのお姫様抱っこと、似た体勢だ。畜生、どきどきするじゃねぇか。アイクの頬が露骨に赤くなっている。あの頃との違いといっちゃ、この互いの感情、か。
「カロリーを摂り、ゆっくり眠るといい。王室のベッドは、それはもうふかふかだから。民宿など目ではないよ」
再び俺が立ち上がるのを確認して、アイクは魔学エレベーターに向かった。俺も続き、七階へと転移した。
王族用のディナールームのうち、しごく小さな部屋が選ばれた。ラルフ、エリザ、アイク、ユーリしかいねえんだから、当然か。家族用といったサイズの、木を器用に組んで作られた細工テーブルに、レースのついた小綺麗なテーブルクロスがかけられている。エプロン姿のエリザが、俺の姿を見て手を振った。
「おう、ルイ! うちの家族を、そして街の皆を護ってくれてありがとう! あたしとアイクの感謝の気持ちだ、簡単な料理だけど、ぜひたんまり食べていきな!」
出された料理は、香り高いビーフシチュー。口に含むと、デミグラスソースの濃厚な味わいが、いっぱいに広がる。肉も野菜も、ほろほろとして柔らかく、溶けるような口当たりだ。美味い。それもたくさん働いたあとだ、身体じゅうに染みるぜ。
「肉の柔らかさに拘った。少しでも口当たりのいい、あたたかい料理で心を癒してほしくてね。高性能な圧力鍋と、最高級の素材に拘った。城備蓄の非常用食材は殆ど避難民に提供してしまったものの、一応王族や関係者、職員用は確保されているからね」
「有難う、アイク。お前のその気持ちが、俺には何より嬉しいよ」
「そうだよ、うちの可愛い息子ちゃんたちに、愛する夫、それに息子の嫁を護ってくれた。それに比べちゃ、あたしたちの作った絶品ビーフシチューなんて軽い軽い!」
意識する暇はなかったが、アイクとのクリスマスイブの確執は、なんとなく解けたと見ていいか? 進展はないし誤解も深まったままだが、笑って言葉を交わせる程度には仲直りできたか? アイクの目に、未だよどんだ光しかないのは、少し気になるが……。
「ルイ、本日のおぬしの活躍、目を見張るものがあった。おぬしが居なければ、我らは死に、アカシアを止めることもままならず、城下町の更地化に繋がった。まこと大儀であるが、もうおぬしには勲章を与え尽くしてしまったな」
「いいよ、ラルフ。このビーフシチューで、見返りは充分だ。で、ラルフとユーリは、本当に俺を労うためだけにここにいるのか。しがない次男であるユーリはともかく、ラルフには重要な仕事でも山積みなのではないかと想像するが」
ラルフがビーフシチューを平らげたあと、上品な手つきで口元を拭った。
「いかにも。王家の者の秘密に混ぜられるほど、ルイのことは信頼している。フリーとはいえ、実質最も強力な、城付きの魔導士のようなものだ。エディの方は残念ながら一階で衛生兵の指揮をおこなっているが、まあおいおい情報共有をしよう」
いつになく真剣な顔つきだ。ラルフは王を絵に描いたような威厳を放つ、政治と軍事に明るい名君だ。それがあらわれた佇まいだ。それが、今からなにか厳かな秘密を明かそうとしている。緊張感あるな、尻尾がぞわぞわするぜ。
「皆も知っての通り、我はエリザを庇った際の魔力基盤の損傷をきっかけに、強力きわまりなかった魔剣術を、振るえなくなった。今我が振るえる剣術は、魔の要素を持たぬ、ただのリーチの短い力任せの剣術。当然、最新の戦闘環境にはついていけぬ」
「それは知ってたけどさ。そのことに関して、なにか補足があるの?」
ユーリの言葉に、ラルフが情けないといったように項垂れた。
「今回の一件で、自分の不甲斐なさを痛感した。そして……あくまで予感だが、じきにアイクには、今日のように生死をかけて戦わなければならない局面がやってくる。それがいつになるかはわからぬ。十年後やもしれぬし、明日やもしれぬ。しかし、我が王位を退けば、いずれアイクはアイドクレースの先頭に立たねばならぬ。かつて魔剣士として、自ら前線に立った我のように。そのときアイクは、今のままでその受難に抗えるか? 答えはノーだ」
アイクまで、力ない表情を見せている。返す言葉もねぇといった様子だ。ラルフ、余りアイクを虐めてくれるな。お前の言うことは、本人がいちばん自覚していることだ。それとも、その問題に関して、何らかの打開策があるのか?
「そう……、我には、アイクに譲るべき王家の誇りが存在する。それが体内に眠り、二度と行使されることもなく我に取り込まれている。だが、我はそれを――」
「随分と悠長な夕食会を開いているのだね、ロイヤルファミリーと……英傑様」
突如、このディナールームに、わずかに聞き覚えのある男の声が響き渡った。この低く耳心地のいい声には、確かに聞き覚えはあるんだが――……、こんな背筋に冷たい嫌な喋り方をするのは、聞いたことがなかったよ。
「ディラン!」
いつからか、ディナールームの空席ひとつに、ディランが座っている。いつの間に現れた、いくら何でも無理がある、物理法則を無視してるだろ。シルヴェスターでさえ、こんなめちゃくちゃな登場の仕方は恐らくできない。ユーリが胸ポケットのペンの封印を、即座に解いて長い杖に変えた。アイクとラルフは今、剣を持っていない。ここでマトモに戦えるのは、第二王子と俺だけか。……やれるか?
「ヒスイ流雷の理ニの型・『咲きたる花をおよび折り』」
「リヒト・フリューゲル魔学技法一の論・『デルタアシッドロジック』」
雷の花弁と幾何学型の闇が、いっきょにディランを引き裂きにかかる。情報を引き出してからという選択肢もあるだろうが、こいつの実力は今のところ未知数、最悪シルヴェスター並みであれば、先手を取るにこしたことはない。
……が、妙な感じだ。ディランの姿が、映像のようにぶれている。魔術が何者かに当たった手応えもねぇ。部屋の家具がめちゃくちゃにひしゃげた手応えだけだ。妙な感じだ、ここにはディランは居ねえような、そんな感じがする。実際、こいつが現れた瞬間から、魔力波の放出をいっさい感じない。どうなってるんだ?
「……アバター魔術か。……ネット回線を経由しているな。壊さなかったのはこのためか」
ラルフが言った。アバター魔術……聞いたことはあるな。遠く離れた地点どうしで、魔力のネットワークを用いることにより映像を共有する魔法だ。強大な魔力を要するわりに、スマホで済む話なのであまり実用はされない。……そうだとして、これは殊更に強力だな。本当に、ディランがこの晩餐の一席についているように見えるよ。
「そう、ゆえに攻撃は無駄だ。私の本体は今、異なる場にいる。まあ、遠隔操作のようなものだ」
「……我らに何を話そうと?」
「皆が喉から手が出るほど欲しい、シルヴェスターの目論みの全貌を。皆に共有しようと思ってね」
どういうことだ? それによってディランに、一体何のメリットが?
「捉え方によっては、シルヴェスター側に潜った城のスパイが、今から城に情報を共有すると取れなくもないと思うよ。私は君たちの味方ではないかもしれないが、またシルヴェスターの味方でもない。私は私の味方だ」
城の識者を殺しておいて、平然とスパイ顔か。随分と厚かましいな、ディラン?
「……同じ窯の飯を食った奴らを殺しておいて、城側なんて白々しい。お前は裏切り者だ、ディラン」
「……そういう無駄な遣り取り、他ならぬユーリ王子自身も嫌いじゃなかったかね。長年の付き合いだ。この会話は城に大きなアドバンテージをもたらす。危害は加えない、騙されたと思って聞いてほしい」
ディランがいつからか、手に物々しくも分厚い本を抱えている。それを大事そうに撫でながら、ゆっくりと話し始めた。
「シルヴェスターの目論みと、アイドクレース王国各地の連続襲撃事件には関わりがある。禁書の中でも最も危険度が高いとされる、『蘇生術』を応用した黒魔術がある。即ち魔法陣を用いた強大な魔術、『黒の新世界』。その魔法陣を描くのに必要なのは、『死者の魂』だ。シルヴェスターは相次ぐ襲撃事件によって、この大陸全体に『黒の新世界』に必要な魔法陣を描き、それは事実、完成に限りなく近付いている。その素晴らしさを識者仲間に語り、わかって貰えるのであれば私たちの同志にしてやろうと持ち掛けたが……識者仲間は私を危険人物と吊し上げにかかった。それゆえ、識者殺害は正当防衛」
冗談言うんじゃねえ、さしずめその『黒の新世界』が倫理に著しく反してるとか、そういうことだろ? そんなことのために、遊びのように仲間の命を奪ったのかよ!
「今日の王都襲撃も、その魔法陣の中心に詳細な紋様を描くための事件だ。そして、その最後の犠牲となる予定なのが、北端のヒスイ谷。ルイ様の故郷だ」
大陸全体に魔法陣って、そんな壮大すぎる話が実際にあるのか? ……だが、今のところこれを虚偽とする根拠もまたねぇ。確かに被害に遭った地とヒスイ谷を結ぶと、円形に近い気はする。ヒスイ谷に危機が迫っているかもしれねえことを、ディランは確かに教えてくれた。
「……おい、ディラン。『黒の新世界』はどのような魔術なんだ。そんな沢山の命を犠牲にしてまで実現する魔術、とんでもなく胡散臭ぇ匂いしかしねえが」
「ルイ様の言う通り、とんでもなくヒューマンに有害な魔術だ。この世界に横たわる『六十億の呪い』を最大限に増幅させ……シルヴェスター側についた者以外の、魔物の血の入った全ての者は、ヒューマンへの殺戮衝動に駆られる。私の見立てでは、これが発動した場合ヒューマンは絶滅する。魔物と亜人だけの世界が、何の秩序もなくこの世界に生まれる。それらに指令を送り統率することができるのは、契約者であるシルヴェスターとその仲間だけ。混沌世界の誕生だ」
なるほど。……確かにヒューマンを絶滅させたいなら一番早い方法だろうし、あいつの思想と照らし合わせれば、六十億の呪いが強くなるというのは、神の意思が強く反映されるということと捉えられるだろう。悪趣味で無秩序な世界こそが、あいつの破壊的な理想の完成形……。ぞっとするな。
「ディラン、そんな話に、ヒューマンである貴方が協力することに、何かメリットが? まあシルヴェスター側であることで、命は護られるとかいう話かもしれないが、それにしても不可解だな」
「……アイク王子、それはね。面白いからだよ。世界でいちばんの危険性を持つ魔法陣の発動、狂いだす世界。そのために必要となる無数の理論、計算、思考は、私の飽くなき知的好奇心を満たすものだ。この実験の先にきっと――……『六十億の呪い』および『魔力』の起源に迫る真実が姿を現す。私はそれを確信している」
……図書館での俺との会話と、矛盾していない。ディランはあくまでディランといったところか。こんな危険な奴だとはな……?
「そう、しかし、ここからが本題だ。この会話のことは、シルヴェスターの知るところにない。彼は私を信頼して、魔法陣の発動を任せてくれているからね。私はこの世界の均衡が保たれるか否かについて、賽を投げてみたいと考えた。誰かの想いが及び、私らを止めることができるか。ヒューマンが正しいのか、魔物が正しいのか、それらの相の子に託す。そういうゲームだ、これは。私はサイコロを使うゲームが好きだ、幼いユーリ王子に執拗に双六を勧めては、『本のほうが面白い』とごねられたこともしばしばだったね」
「……ディラン。貴方のサイコロ好きは有名だったね。本のほかに好きなものは、子供と、それからサイコロ賭博。貴方らしくない趣味だと、ずっと思っていたが……なかなかどうして、貴方らしかったということがわかったよ」
「誉め言葉と受け取ろう、アイク王子。……ラルフ王、私が先ほどから持っている、この本をご存じだろう?」
「……『ディール・オブ・ジ・アビス』」
初耳だ、なんだそりゃ。
「九つの禁書が一つ、最も危険度は低いが。術者の生命と、任意の取引をリンクさせる魔術が封印されている」
「そうだ。フェアなプレイのために、これを使おうと思う」
禁書がひとりでに空中へと持ち上がり、ページから光を放ちつつディランの頭上に浮いた。
「ディールの概要は、次の通り。一か月後……つまり来年の一月二十九日、午前零時ちょうどに、ヒスイ谷のリュウセイ鍾乳洞で会おう、ルイ様。君たちが仮に三名以上、或いはルイ様を含まぬメンバーでリュウセイ鍾乳洞を訪れようとする場合、情報を得次第直ちにヒスイ谷を破壊、魔法陣を発動させる。しかしそうでない場合……私は一月二十九日まで、魔法陣を発動しないことをここに誓おう。そう、正々堂々勝負、サイコロを転がすのだ。無論、私とて何の準備もしていない訳ではない。ルイ様を殺せるかもしれないカードは持っている。どうだ、楽しいだろう」
俺をサイコロに使いたいという訳か。全く、賭け狂いは呆れた性分をお持ちだぜ。
「ディール・オブ・ジ・アビスに誓った条件に背けば、術者は死亡する。そう、わざわざ誠意を示すために、己に不利となる禁書を使った。感謝してほしい」
「……なぜ俺に拘る、ディラン。そこまでして俺と相対したい理由は何だ」
「それはまず単純に、ヒューマン側でいちばんの魔導士である可能性が高いこと。つまり戦いが楽しく、ハイレベルとなり、サンプルとしても良い。なおかつ、魔物とヒューマンの戦いのサイコロとして相応しい、ケット・シーとヒューマンの相の子。おまけにヒスイ谷との因縁が深い。面白い絵面だろう、せっかく劇を演じるならば、役者に拘らねばね」
「……聞くだけ無駄だった、悪趣味賭博野郎」
ディランの姿が、少し透けてきている。魔力切れって訳か? この精度のアバター魔法を使い続ければ、それはそうなるな。
「……時間がない。言いたいことは伝えたよ。さあ、一つ楽しみなのは。ルイ様は故郷への、そして冥土への旅路に、いったい誰を連れてくるのだろうね……?」
ひとつの笑みとともに、ディランの姿はその場からふっと消えた。……気に食わないのは確かだが、状況が大いに把握できたのも確かだ。このままではどう贔屓目に見ても、シルヴェスターの勝ち確だった。そういう意味では、ディランは確かに、城のスパイとしての役目を果たした。同胞殺しの悪名も添えて、だが。




