第22話・ひとまずの終局
エディから通信が入る。今ならゆっくり取れるよ。さっきは緊急事態をきわめていたからな……。
「もしもし、エディ。南の魔物はどうだ」
『すげぇ強かったが、何とかなった。まあ、抵抗の意思が若干弱かったのは気になるが。生贄の数は既に稼げた、目的は達成したのだ、とかなんとか言いながら襲ってくる、ドレイクの男だった』
「そうか。俺のほうは今、王室ファミリーを襲っていた、今回の件の首謀者を撃退した。俺がいねぇと全員死ぬとこだったぜ、めいっぱい感謝しろよ?」
『おう、ルイはやっぱ頼りになるな! この大陸いちばんの強者、大魔導士。オレの穴を埋めてくれて有難う』
「北のほうはどうだ?」
『オレの部下が始末してくれた。それぞれの地区でどれほどの犠牲者が出たかは、今の時点では何とも言えねぇが……相当の死者を数えることは、想像に難くないな』
ロイヤルファミリーの方を振り返ると、困惑と恐怖の余韻と感謝のまじったような目で、俺を見ている。いや……恐怖の余韻と感謝はわかるが、何でそんなに困惑して……? ことにアイク……?
「……あ、有難う、ルイ。その、有難いんだがその、……ルイ。わ、私を……『愛した者』と。わざわざ他の家族とは分けて……殊更に、『愛した者』……? 『護る』……?」
急に頬がぼっと熱くなった。思わずアイクから目を逸らした。そうだ、そういえばシルヴェスターに、勢いで言い放っちまった。俺の本当の気持ちを、熱い熱い恋心を。どうしよう、恥ずかしい。いかに圧倒的な実力を持った英雄とはいえ、恋については新兵実習生並みなんだよ……。
「そ、その。こ、こんな場所でする話じゃねえな。うん。持ち越そう……愛ってのは、なにもそういう感情だけを指す言葉じゃないだろう。人間愛って言葉もある。どういう意味であれ、俺とアイクは特別な仲、そのことを指すにすぎねぇよ」
誤魔化せたか? 誤魔化せてない気もするが、何にせよこんな土壇場で愛の告白は望んでねぇ。もう少しちゃんとした、落ち着いた、二人きりの場所でだな。いくら周囲からすれば見え透いた本音とはいえ、しっかり目を見て、ゆっくり話したいことだ。
「そうか、ルイ、ありがとう。その気持ちひとつで王都を護る、その理由になったのは光栄だ。……それより皆に会話の流れを譲ろう。今はまだ緊迫した場面ではあるし」
「ルイ、大儀であった。おぬしには申し訳ない話ではあるが、直ちにエディと合流し、被害状況の把握と残党の掃討にあたってくれ」
「それは余りいいカードじゃねぇな。シルヴェスターは汚ぇやり方で街の住民の命を奪った。負けたとか言った振りをして、俺が離れたところに戻ってきて、お前ら皆殺しになったらどうするんだ」
「……その通りだ。我の我儘であった。自身が張りぼての王であるのに、言えることではなかった。しかし民が心配でな」
『おーいルイ、まだ通話繋がってんだが、オレは時と場合を顧みねぇラブコメを聞いてなきゃならないのかよ!』
「悪い、エディ。続きだ」
王族の身に狙撃が飛んでこないか見守りつつ、この危険な天空の間から降り、破壊されていない城の下層部へと付き添った。この緊急事態にスマホが繋がるのは幸いだった。ダイヤモンドヒルズのネットサーバーは城の地下だ、流石にばれずに近付くのには無理のある場所なのだろう。そうなると、どうしてディランが壊していかなかったのかは気になるが……。
「今聞こえたであろう通り、王は被害状況の把握と残党の掃討をご所望だ。部下をダイヤモンドヒルズ城下エリア全土に広げろ。人員不足だろうが、よろしく頼む」
『テメェは城を護るってことだな。城の軍人でも何でもねぇテメェに指図されるのは調子が狂うが、王からの又聞きとあらば拒む理由はない。はは、まあよくやってくれたぞ! 状況がある程度把握でき次第、オレも城に帰還する。それまで王族を頼んだ』
「了解した。そうなれば直ちに、こっちとそっちの情報共有を行おう。じゃ、宜しく頼む」
『合点承知!』
取り敢えず、敵と邂逅した場所からできるだけ直線距離で遠い場所……一階のエントランスに降りてきた。エリザの奴が仮眠室から飛び出てきた、なんでここにいるのかは城の関係者じゃねぇ俺は把握してないが、こいつが結果的に安全な場所にいたのは良かった。全く戦えない訳じゃねえが、どう贔屓目に見ても中級魔術班程度の腕だ、シルヴェスター相手には焼け石に水だっただろう。
「上で凄い音が! 何があったんだい、あんた達。爆発の音もたくさん……一体どうしちゃったっていうの、王都はどうなっちゃうの……」
「落ち着いてくれ、母上。街で魔術による連続テロ事件が起きた」
「そうです、母上。脅威対象はルイとエディ、軍の者が排除しました。しかし私たちは、天空の間で事件の首謀者と会敵してしまい……」
「俺たちがジリ貧のところに、自分の獲物に雷落とし終えたルイが来て助けてくれたんだ。おかげで無事だよ、まあ天空の間は敵のせいで壊滅したんだけどね」
エリザが憔悴した表情を隠して、むりやりに笑顔を作った。国難の中にあっても、王妃は笑顔を絶やしてはいけない。その精神に則ったものだろうが、無理しすぎて歪んでるぜ、お前らしくもない。怖くて泣きたいなら、泣けばいいんだよ、今は目の前に観衆がいる訳でもなし。
「ありがとう、ルイ。あんたが、あたしの大事な人たちを助け、ダイヤモンドヒルズを破壊する悪を排除してくれたんだね」
「……ああ、まあ、力を持つ者の務めだ。俺は自分が呼吸していることに対する責任を、常に負わなきゃいけねえ。自然なことだ」
初めて勲章を貰ったワーウルフの一件を思い出しながら、そんな言葉が漏れた。意思を持つ重火器である以上、俺はその力を、誰かを護るために使うべきなんだ。それと、シルヴェスターとその仲間は、確かに悪どいやり方をした屑だが……、それに乗じて俺自身を善としちまうことにも、また危険なものを感じる。まあ今のこの状況では、悠長に哲学を論じる時間はねぇから、何も言わないがな。
「王、南第二区でコーンウェル将軍の補佐にあたっていた部隊が帰還しました!」
正門防衛兵がラルフの奴に駆け寄ってくる。
「直ちに報告を聞こう。代表の者は」
「一等兵フレッドでございます! サウスエリア第二区住宅密集地において、爆発魔法を用いたテロ行為を確認! 三区画が爆散、行方不明者は四百人を超える見通しです」
酷ぇな、実質死者だ。
「ダリルと名乗ったドレイクの男が、更に広範囲を爆破しようと動きを見せたため、エディ将軍と直属兵が剣術によりそれを撃退致しました。ダリルの死亡は確認され、死体は検死等の為城へ運搬中です。市中には現在も、ダリル及びその同胞の魔力にあてられ狂暴化したとみられる、多数の下級魔物が徘徊中。二等兵レベルでも対処可能な魔物が大多数であるため、総員巡回にあたっております」
「大儀であった、フレッド。住民に自宅及び避難所待機の号令を出し、負傷者はこの階の仮眠室に運べ。諸般の理由で、四階は未だ使える状態にはない。識者の検死の片付けが終わった矢先の出来事だったのでな。衛生兵に消毒と清掃を命じる」
なるほど、お化け出そうで怖ぇ城だな? そこに関してはユーリ達が頑張ったって訳かよ。
「ルイ、私の配信で伝えきれなかった情報を、共有しておこう。識者殺害の犯人は、城付きの魔学者・ディランと断定された」
「ディラン!?」
アイクに聞き返しちまった。クリスマス前図書館で会った、あの真面目極まりない、少しばかり負けず嫌いな優しい識者のおじさん。あれが十九人をいっきょに殺すか!? 想像できねぇな……。
「兄上の言う通りだ。なおかつ、ディランの遺体は偽物だ。奴は現在も逃走中。そんな物騒な事件の矢先に、輪をかけて物騒な事件が重なったという訳だよ」
「……よくこの短時間で、そこまでわかったな? お前凄ぇ……」
労うと、珍しく表情を張っていたユーリが、疲れを滲ませながらようやく笑みを浮かべた。
「まあね。プロだから。ただ、魔力をおおかた解析で使い切ってしまっていてね……。天空の間じゃ役立たずで申し訳なかった」
「それぞれ得手不得手がある。逆に遺体の死因調査や魔力波の鑑定は、俺みてぇな奴には荷が重いし」
「……この流れ、ものすごく私の立場がないね。今日一日、ハッタリスピーチをかましただけじゃないか。少しは君の役に立ちたかったが」
「気にするなアイク、とにかく少し身体を休めろ。存命でいることがお前の仕事だ、国の未来を背負い、国民の信仰を集めるために。……それは、ずっと震えたまんまのお姫様も同じだぜ」
アリスが身体を小刻みに震わせながら、いつもの勢いもなく呟いた。
「……ありがとう。あんな強い魔物……初めて見たから、ちょっと、ショック受けちゃってさ」
「仮にもただのお嬢様が、シルヴェスター前にしちゃそりゃそう思うだろう。お前らは休め、エディも直に帰還するだろう。そうなれば……情報をエディと共有して、俺は街の残党狩りを手伝うかな。王族を護るのはエディの仕事だってのに、おおかた猪みてえに飛び出していったんだろう」
「シルヴェスターの襲来を、予期することは誰にもできなかったからね。俺も接近の兆候を掴めなかった。探知は得意だと自負しているのに」
「ああ、あれは上等な隠密術を有している。俺も、別にエディの奴を責めるつもりはねぇよ」
じきに北の拠点で敵を討ち取った兵士たちが帰ってきた。北の魔物は、俺の倒したセントラルのアカシア、エディの討った南のダリルよりは二枚くらい落ちる代物だったらしい。それでも、戦力の不足により戦闘が長引き、結果住宅密集地の三区画が壊滅。犠牲者はニ百人を超え、近所の公民館への避難民も多く出ているとのことだった。
ひとまずアリスとエリザを、できるだけ静かな場所で休ませようとの判断になった。女性にこの状況は、消耗もひとしおだろう。アリスは検死もしていたらしいから、なおのことだ。……俺も女だったか、まあそれは今忘れても構わないことだ。
ダンスホールのほうの棟にも仮眠室がある。そっちは負傷兵で溢れたりはしていない。メイドがそこに茶と清潔なベッドを用意して、アリスとエリザを誘導した。間もなくエディが帰ってきたので、ひとつハイタッチを交わしたのちに、ちょうどいい、王族どもも含めて、俺の持ってる情報を提示した。
「俺は爆発圏内より僅か二区画先の民宿、ヒナギク荘に待機していた。爆発魔法と腐食魔法で半径数百メートルを吹き飛ばしたハーピーが、なおも破壊を続けようとするので阻止した。雷を落として焼いちまったから、解剖とかは多分ろくにできねぇ。荒々しくて悪かった」
「ルイ、テメェそういうとこあるよな。いや、人命が優先だから大いに結構なんだがな!」
エディがいつものように笑っている。流石将軍、土壇場で胆力がある。ただのアホじゃねぇな。
「で、城の天空の間に強大な魔物の気配、および王族との交戦の気配を感じたんで、王族を護りに行った。城に要注意因子として、だいぶ前に報告してた……シルヴェスターというヴァンパイアだ」
「おお、あの報告か! 新興宗教の勧誘にしてはできすぎた話だと思ったが、本当に危険な奴だったんだな!」
「奴の攻撃から王族を護れはしたが、結果的に奴は逃亡した。息の根を止められなかったことは謝る」
「いや、王族ほっぽって出ていったオレの落ち度だ。ルイはよくやってくれたぞ! 今度こそオレが守護の役目を果たす。テメェはもう自由だ、好きにするといい! 休憩するのもありだぞ。まあ、テメェのことだ、どうせ休みもせずに街の奴らの加勢に行くんだろうがな!」
「良く知ってんじゃねぇか、エディ。それが強者の務めって奴だ。お互い大変だな」
「強く在る限り、使命は付きまとう。オレもただの馬鹿じゃねえとこを見せられて本望だ!」
今度はグータッチ、全く、エディとここまで波長の合う会話ができたの、初めてかもしれねぇな。流石にこの規模の王国の将軍、出来た奴だ。心置きなく王族を任せ、俺は街へと飛び出した。残党か、はたまた悲劇につられて湧いて出た雑魚かを狩るために。




