第21話・これが正義と驕るつもりはない
(ルイ、四半刻前)
宿屋を、街を地響きが襲った。雷術全集を漸く読破しようという矢先、この揺れが地震でないのは明白だった。魔物の気配だ。このセントラルの、きわめて近い場所に、強大な魔物が一体いる。そいつの攻撃だ。目を閉じて解析するも、建造物の中からじゃ朧げにしかわからねぇ。恐らく、爆破魔法と腐食魔法を用いた、無差別攻撃だ。人の死の気配もする。何にせよ俺はすぐにこの宿屋から出て、こいつの前に立ちはだからなきゃならねぇ。
「ルイ様大丈夫ですか!?」
ドアを開けて俺の安否を気遣うミルカ。悪いな、話してる時間はねぇ。こうしてる間にも、北のほうと南のほうで、ふたつ似たような爆発、そして魔物の気配もした。
「魔物の襲撃だ、皆でできるだけ遠くへ避難しろ!」
二階の窓からでも、俺なら飛び出ることができる。足場は魔力で空中の魔素を固められる、造作もないことだ、空中を伝うことくらい。
エディからこんな時に電話がかかってくる。それどころじゃねえんだ。とりあえず取ると、エディが焦った声で言った。
『生きてるか!』
「生きてる! 南と北のほうでも爆発が起きたが」
『オレは今南にいる! テメェはセントラルだな! そこの敵は任せた! 王からの直々の命だ、街を護れ!』
「了解!」
悠長な遣り取りはしてられねぇが、とりあえず通話を切って、周囲の被害状況を確認した。
酷ぇな。あの宿屋の二区画先から半径数百メートルくらいが、まるまる吹き飛んでいる。ここは住宅街の密集地のはずだ。ところどころに、焼け焦げた、或いは腐り果てた、人の死骸とおぼしき何かが転がっている。畜生、不意打ちの大量殺人か。これほどの魔力を持ちながら、俺の探知をここまで搔い潜ってきた。只者じゃねえ。だが、俺は負けねぇ。
「もう、半径一キロ更地にしようと思ったのに、邪魔がきた。もっとたくさん殺してあげたかったのに。貴方がルイ様?」
焼け焦げた瓦礫の上に、女がいる。腕に羽根のついた、鎧姿に金髪の、異形の女だ。ハーピーだな、純然たる魔物の気配。だが『六十億の呪い』の干渉の気配はねぇ。自分の意思で、この大量殺人を犯した。まごう事なき危険因子だ、俺はこいつを排除する。
「怖いわねぇ、そんなに睨まないでよ。素敵なオトコね」
「……俺が男に見えるんだな」
「何かしら?」
その程度の三下ってことだ。三下が許されぬ罪を犯した、そんなとき行きつく先はどこか。答えは死だ。
「ヒスイ流雷の理ニの型・『咲きたる花をおよび折り』」
空中に雷光の花が咲き、その花弁がハーピーの身体を切り裂きにかかる。鎧なんざ役に立つか、俺の雷術は鉄を裂く。衝撃波が巻き起こったあと、瓦礫の中にハーピーの血の匂いが漂う。……いや、待て、死んでねぇ。どこだ!?
「上よ」
纏った鎧を剥がれた傷だらけのハーピーが、俺に向かって無数の腐食魔術を仕掛ける。触れたら溶けて死ぬ、防壁魔法を張ったあと体勢を立て直し、向き直った。三下があの魔術を耐えたか。よほど良い鎧だったのか、それとも……俺としたことが、相手をナメてたのか。
「折角のお見合い、名乗らせてくれてもいいじゃない。あたしはアカシア。シルヴェスター様に身を捧げし者よ」
「シルヴェスター。……あいつの仲間か。新興宗教なら新興宗教らしく、閉じこもって礼拝でもしていればいいものを」
「知ってる。あたしじゃ時間稼ぎにしかならない。いいのよ。たくさんの命を奪った。全てはあるべき世界を作るため。生贄を捧げた。あたしは既に目的を達成したわ。あとは……できれば素敵なオトコの命を、奪いたかったトコだけど!」
「何訳わかんねぇこと言ってんだ。新興宗教はこれだから困る」
泥団子みてぇな腐食呪術が飛んでくる。おっかねえな。ハーピーって綺麗そうな外見だが、汚物撒き散らすのが得意技だって伝説を、聞いたことあるぜ……。
「素敵なオトコの顔をさぁ。腐らせたいわよねぇ。死ぬ前にさぁ!」
「死ぬのは理解してんだな、それでいい」
防壁を周囲に張った。こいつの腐食呪術や爆破呪術では、俺の防壁は破れねぇ。つまりどういうことか? 心置きなく詠唱できんだよ!
「『大海の、いそもとどろに寄する波、われてくだけて、さけて散るかも――……ヒスイ流雷術特の型・実朝の今際』!」
天から太い雷の柱が落ちる。視界がフラッシュで痛み、術者自身である俺でさえも、一瞬目を閉じずにはいられねぇ。強い爆風、衝撃波、轟音に、俺自身も吹き飛びそうだ。そう……周囲が更地であるこんな状況でしか、そうそう使えねえ魔術だ。
容赦なく突き刺されたアカシアから、焦げ臭い嫌な匂いがする。真っ黒な墨に変わり果て、地へと崩れ落ちたその死体は……やけに幸せそうに口元を緩ませている。何だ、気味が悪い。これで満足だとでも言いたげだな。自爆テロみてぇな感覚か? ……住宅街にたくさんの人魂の気配がするが、弔ってる暇はねえみてぇだな。城の頂上に、奴の気配がするぜ。何でアイク達の前に居やがる、いったい何の用がある。殺すつもりなら容赦しねぇ、俺が返り討ちにしてやる。
偶然にも、雨がぱらつく。雷術使いに雨雲は有利だ。天候によって、魔力の流れが望ましい形になり、術の威力を倍増させる。今ならシルヴェスターにだって負ける気はしねぇ。空中に足場を作りながら、注意深く城の頂上を目指した。エディに一言、メッセージを入れながら。
『セントラル住宅街にて半径数百メートルのテロ行為 犯人のハーピー・アカシアを殺害済み』
アイクやユーリの術の気配がする。もう少し保ってくれ。こういうとき、女の身体を恨む。肉体強化を軽くかけて跳躍した。このほうが効率がいい。シルヴェスターの詠唱の気配を感じる。あいつの詠唱付きの魔術を止めてみせられたら――……俺たちは勝ち確、だろう?
「ヒスイ流雷術盾の理・『つわものどもが夢の跡』!」
すんでのところで、俺はシルヴェスターとアイク達の間に立ちはだかれた。止められた。かなり際どかった、少し防壁が割れている。俺があと少し弱かったら、皆いっせいにこいつの魔法の餌食になってた。どうだ、凄ぇだろ、俺は――……強いんだ。はじめてそれを、嬉しいと思えた気がした。
「よう、待たせたな!」
「ルイ!」
アイクが泣きそうな顔でこっちを見ている。何だ、俺のかっこよさに惚れてる暇はないぜ。今から俺は、シルヴェスターを、全身全霊をかけてブッ殺さなきゃならねぇんだから。
「まさか……そんな筈はない」
シルヴェスターが露骨に狼狽えている。構えていた杖を下げて。攻撃の意思はねぇのか? ないなら俺の方からいってもいいんだぜ? アカシアと同じように、雷に打たれて炭になるか? ……いや、こいつを前にしてさっきみてえに詠唱してちゃ、隙を突かれる。防壁を割られる。魔術は、剣術でいう『振りかぶり』の大きい戦闘方法だ。こんな手練れ相手に隙を見せたら、それこそ……。
「……そうですか。……ははは」
「何が面白い、新興宗教野郎」
「私の渾身の魔術を、それも詠唱を乗せたものを、軽々と弾き返す防壁術。実に素晴らしい。ルイ様、『魔物』としての完成形に、貴女なら辿り着けるでしょう!」
「知るか、俺は人間だ。いや、獣人だが、人間だ。魔物とは違う」
「今一度問おう、私と同じほどの強者であるルイ様……そして非力なロイヤルファミリー達」
シルヴェスターが歌劇じみた大袈裟な口調で、語り始めた。
「ヒューマンはこの世界から拒絶されている、それのどこが世迷言なのですか? 『六十億の呪い』という神の摂理によって抹殺され、この世界から惨めに消え失せる。それこそが、ヒューマンこそが『魔』なる存在である証明でしょう!」
この前の一パーセントくらいわかる、過激な思想の続きか。確かに呪いの干渉を受けず、なおかつ呪いにかかった魔物によって殺される弱者だ、ヒューマンは。そう、世界に嫌われているとすれば、そりゃ魔物じゃなくヒューマンなのかもな。それはケット・シーとヒューマンの血を引く俺自身も、なんとなく空想したことのある事実ではある。
「『六十億の呪い』は神の意思! この世界の意思なのです! 滅びるべきはヒューマンだ。魔物迫害の歴史はもうじきに終わる。そう……試合には負けましたが、戦には勝ちました。もうすぐこの世界の、すべての理が書き変わる。アイドクレース王国はじめ、ヒューマン絶滅の時が来る。……して、ルイ様」
「何だよ、逃げる気じゃねえだろうな!?」
「本当に、こんな神に嫌われた一族の味方をするのですか? みすみす、新しい世界での敗者になるのですか? 貴女なら、私どもと、理の書き変わった『新たな世界』を導く――……ケット・シーの血を引く偉大な魔導士様になれるはずだ。……どうしても、この救いようのないヒューマン達を救うことに、殉じるおつもりなのですか?」
「当たり前だろ」
これが正義だとか言うつもりは、更々ねぇ。シルヴェスターが何を企んでいるかは知らねぇが、彼の思想があながち完全なる被害妄想かといえば、冷静に考えてそんなこともねぇ。きわめて過激だが、この世界のタブーを突いた、禁断の教えの一種ではある。だがな……
「俺は、俺のやってることが正義だと驕るつもりはねぇ。何が正しくて何が間違いかなんて、そんなのがわかるような大層なおつむは持ってねぇ」
半壊した天空の間に、雨の雫がぱらつく。秩序を失ったこの王都の景色に、俺の正義なんてあまりにも儚い。だが――……だが、譲れない思いが、ただ一つある。雨が降りしきろうが、雷が落ちようが、嵐に吹き飛ばされようが、たった一つ、絶対に譲れないものがある。
「ただ――……俺の唯一の絶対的な感情。それは、アイクの奴を護ることだ! 俺には愛した奴を護る権利がある。そのための力も持ち合わせている。アイクがヒューマンである限り。俺によくしてくれた城の奴ら……ラルフにエリザ、ユーリやアリス、エディがヒューマンである限り。そして、このダイヤモンドヒルズに暮らす罪もない住民たちが、ヒューマンの血を引く限り。俺は戦う、俺自身の個人的な信念に誓って。正義を振りかざすつもりはねぇ、シルヴェスター、お前と違って。俺はもっと大事な、もっと本能的な信念に誓って、アイクを護り通す!」
シルヴェスターは残念そうに俯いたあと、空々しい拍手の音を響かせた。
「救いようのない猪、か。それも突き詰めれば、強者の慈悲深い意地と名を変える。……残念です、ルイ様。ルイ様は私どもにこうべを垂れ、理性を失い、殺戮のためのお人形となる未来を選んだ。貴女が仲間になればと……私どもと共に、素敵な未来を過ごせたらと。私は貴女に初めてお会いしたあのときから……恥ずかしながら、少しばかりの好意を抱いていたのですがね」
キモい筈なのに、不思議とキモさを感じなかった。腑に落ちた気がした。こいつは本心から、俺のことを気にかけている。案じている。そのことは何となく伝わってくる。
「去りましょう。この世に、私の詠唱付きの魔術を防御しきる魔導士がいた。それだけで、私の負け試合は目にも明らか。心だけでなく、命まで盗られる前に……さらば、です」
「待て、逃がすかよ!」
俺の一声も虚しく、シルヴェスターはその場から、一瞬にして姿を消した。詠唱無しの転移魔術は、そうそう遠くには行けねぇ筈だが……少なくとも周囲からは、シルヴェスターの気配はもう感じられねぇ。恐らくクリスマスイブの日にユーリが自分にかけていた敵対心ダウン魔術の、超絶強化版でもかけて去ったのだろう。あいつの魔力波を追えねえ……逃がしたか。だが、これ以上のテロ行為については、首謀者が負けを認めた以上心配は多少薄くなった。




