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第20話・主役は遅れてやってくる

「アイク、お疲れ。非の打ち所がねぇよ。テメェ実は凄い奴だったんだな! はっはっは!」

「……エディでさえ、そんなふうに表現するのか。いや、実際、その場凌ぎとしては非の打ち所がなかった。だが……私の本心は、更にこじれたまま袋小路だ」

「何言ってるかよくわかんねえな。言うことが常に本心じゃなきゃいけねぇ訳じゃないぞ! 立場に作られた発言も、上に立つ者には必要なことだ! そういう意味でアイクは大人だ!」

「……さすが将軍。そして慰め上手な友人でもある」

「少し休むか?」

「いい。ユーリやアリスの、検死の状況が知りたい。四階の医務スペースへ、このまま行こう」

「……はは、まるで王様みてぇだ!」

「……誉め言葉じゃないんだろうね。エディに物事を濁す知能があったとは」

「いや、褒めてるぞ。ただ、民の前で王様やったんだ、一瞬アイクになってからでも構わないんだと言いたかった」

「検死の状況を確認次第、アイクに戻るよ。紅茶を準備してもらえると有難い」


 王子正装のマントにスーツを身に着けたまま、私は四階へと転移した。ここには余り来たことはないな……。ここはユーリの縄張り、この階では常にユーリは権威ある識者、私は一般人のようなものだ。城での体調不良を下級医療班が診る保健室から、簡単な手術もできる専門設備の整った実験室、および遺体の安置のおこなわれるおごそかな部屋。ユーリとアリスは恐らく、医療関係の部下とともに、実験台の前に立っているだろう。


 その部屋へと出向くと、つんと鼻を死臭と腐りかけた血と内臓の匂いが突いた。鼻が曲がりそうだ。銀色の施術台が六つあって、それぞれに遺体が置かれている。下級医療班とともに手分けして、それぞれのテーブルにユーリとアリスが干渉し指揮を執る。ユーリやアリスは、こんな酷な匂いのする厳しい環境に、平然と身を置けるのか? 被害者たちの身体は、察する通り解剖でばらばらだが、顔は辛うじて残っている。苦悶に歪んだ最期の表情、見るにたえない。そっと、彼らの瞼を指先で閉じてやろうとするも、死後硬直でそれは叶わない。


「兄上、お帰り。配信で兄上のハッタリは聞いていた。全くご苦労だよ、兄上は王の資質を、多少なりとも備えているらしい」

「誉め言葉はいい、あれは必ずしも、私の本心ではないのだから」

「それも含めてだよ」

「ユーリもよくやった。して、解剖により判明しかけた、事件の新事実とはいったい……?」


 ユーリは手に持った血まみれのメスを置いて、防護服におびただしい量の血や体液、脂を受けながら言った。


「案外早く判明したよ。被害者たちの傷に残されていたのは、城付きで指折りの優秀な学者、ディランの魔力波だ」


 馬鹿を言え、ディランだと? 忙しい父上になかなか構ってもらえなかった幼少時代、知育絵本を読んで私を楽しませ、愛してくれた頭脳明晰な、私のもう一人の父親。あの穏やかで真面目、品行方正なディランが、城の仲間たちを軒並み殺害だと? そんな馬鹿な話があるのか?


「そして……、他ならぬディランの遺体は、巧妙なゴーレムだ。内臓まで本物レベルに再現してあったものの、あれはディラン自身ではない。ディランは今も、あの密室から何らかの方法で脱出し、生存している可能性が高い。……城はかなり物騒な緊急事態だ、人殺しが行方不明なんだからね」

「……ねえ、ユーリ。ユーリは殊更にディランと仲が良かったように、傍からは見えたけど。ショックじゃないの? 壊れないの?」


 アリスの問いに、ユーリは首を振った。


「……ディランは恩人だ。幼い俺に学術書を与え、才能を育ててくれた。だが、そいつが罪もない同志を殺したとなれば、俺はいくらでも非情になれるさ」


 まったくその度胸、私はまだまだ『第二王子が先に生まれていれば』を、死語にはできそうもない。


「つまりユーリ、火急の仕事は、逃亡しているであろうディランの捜索か。更なる凶行に出ないとも限らない」

「たった一人で十九人を殺害するほどの魔力が、ディランにあったというのも驚きだけどね。俺たちと紡いだ平穏な日々の中で、ディランは自身の能力を隠し、平凡かつ良識のある識者として振る舞っていたと思うと……なんとも複雑な気分だ」

「捜索であれば、城の下級魔術班にひとたび任せよう。精神的にきつい仕事ご苦労だった。恐らく君の分も紅茶が入っている」


 メイドが傍に来て、死臭におびえながら『天空の間にお茶の用意がございます』と言った。天空の間はこの城の最上階、つまり王室占有スペース七階にある。七階のなかでも他の部屋より少し高くなっていて、窓張りになっているため街がよく見える。王族の個人的な茶会、少しのブレイクタイムによく利用される小さな部屋だ。


「はぁ、漸く死臭から逃れられる。ゲロるかと思った」


 ユーリの言葉の通り、袋を手にうずくまる下級魔学班のメンバーもいる。この状況で難なく指揮を執れたユーリの胆力は、まこと第一王子として生まれるべきだった代物だ。


「紅茶とかしばらく要らないけど、王室の部屋のお香の匂いに包まれるのは有難い話だ……」

「君でさえ弱音を吐くほどのきつい仕事、本当に申し訳ない」

「悪いけどシャワー浴びてから行くよ。臭いがとれないだろうから。アリスもそれでいいよね?」

「女性用のほうのシャワーブース覗かないでよね、ユーリ?」

「誰が君のような頭毒薬女の入浴を覗くんだ、今俺は冗談の応酬をする気力もないの」


 王室占有のフロアに、シャワーブースは複数用意されている。彼らが軽く臭いを落とす間、私は天空の間で、父上、エディと合流した。母上は、あの解剖のせいで体調のすぐれない魔学班たちの看護に、自ら名乗り出たらしい。一階のエントランス近くの仮眠室で、彼らの世話にあたっているそうだ。

 美しいカップに紅茶が注がれ、ベリーやミントも添えられている。だが流石に私でも、この状況で写真を撮る気には到底なれなかった。むしろこの非常事態に、王族をここまで労ってくれるメイドに感服する。

 まもなく髪を湿らせたユーリとアリスが足早に合流し、どうにか一息つける空気になった。エディは識者殺害の件の捜査にあたりたがっているが、今のところ父上からの命は『我ら王族の身を護るために待機せよ』だそうだ。エディ以外で王都へ残っている軍人はほぼ全員、殺人事件の捜査、および街への逃走やさらなるテロ行為をにらんでの、市中の警備にまわっている。


「……アイク、先程の演説、見事であった。おぬしは王に相応しい器だ、それを証明した」

「お褒めにあずかり光栄です」


 なんとなく落ち着かない。私は紅茶など飲んでいていいのか? 肉体的にも精神的にも酷な体験をした、ユーリやアリスはともかくとして……。


「ユーリ、アリス、二人も大儀であった。本当に、この仕事に率先してあたる胆力、恐るべしといったところである」

「そんな言葉並べてる場合なの。ディランがこの部屋に襲来したら、俺たちは勝てるの」

「しかし少しの休憩を挟まねば、それこそおぬしらは崩れかねん。酷なことを強要してすまなかった」

「いいよ、別に。僕も嫁入り先の問題解決には、積極的に協力するさ」


 アリスがそう言ったそのとき。どん、と、遠くで何かが爆発するかのような音とともに、ひどい地響きがした。何だ、こんな時に? 王都セントラルの方角だ、まさかディランや、いるかもしれない共謀者による襲撃か?


「……地震ではないな、明らかに。部下に状況を聞く」


 エディが席を立った。部屋の外からのエディの話し声のあいだにも、今度は南部の方角からのひどい爆発音、そして地響き。続いて北部からも……何だ、一体。何が起きている?


「……いずれからも、魔法の気配がする」


 ユーリが目を閉じて言った。


「魔術による爆発だ。市街地の中心でこの規模は――やばい」


 通話を終えたエディが、ひどく焦った様子で天空の間のドアを開けた。


「王。居合わせた部下と通話し状況を把握した。至極高等な魔物たちによる、市街地でのテロ行為だ!」

「そうか。これもディランの指金か? なんにせよ、悠長に茶を飲む機会すらも与えられぬということだな」

「オレ、行ってもいいよな? 王家は心配だが、各々に戦闘能力は存在する。だが一般市民は非力だ。もっと命が失われる前に――……」

「致し方ない。エディ、行け。それから、ルイに協力と、情報の共有を要請せよ。奴はセントラル近くの宿屋に待機している筈……爆発に巻き込まれていなければ、ただちにセントラルの爆破事件の対処、および敵の迎撃にあたれるはずだ。最悪一拠点をルイに任せ、おぬしは他の対処にあたるということもできるだろう」

「合点承知!」


 エディがルイに通話をかけながら天空の間をすぐさま出、市街地へと向かった。そうか、ルイが爆発の箇所の近くに? 巻き込まれていなければいいのだが。いや、彼に限ってそんなことはないとは思うが、もしも宿屋での寝込みに爆発の衝撃波でも来れば……ルイだって仮にも生身の身体を持つのだ、犠牲になる可能性だって無くはない。

 大丈夫か? 君はちゃんと生きているか? 生きていれば必然的に敵を迎撃するだろうが、不覚を取るな。君の無事を願う。私たちも戦闘能力を有する者、エディの部下に連絡を取り、必要な地点に各自合流を――……



 と通信機を取り出した途端、天空の間の天井および壁面の硝子が、鋭い音を立てて破損した。



 天空の隙間風が、立ち上がった足元をふらつかせる。壁面全てが割れた訳ではないが、天井はがら空きだ。何者かが、城の頂点から私たちを見下ろしている。あいつの魔術で割れたのか、あれは誰だ、いったい何のために……ディランの同胞か?



「初めまして、こんにちは、アイドクレース王室の皆様。このような場所から失礼」



 剣を構える私や父上に怯むこともなく、この部屋の中に降り立ったその者からは……純然たる魔物の気配がする。白と黒の布をつぎはぎにして作られたタキシードにシルクハット、狼の仮面で顔を隠した長身の男。翼と角がついているのが見える。


「……ヴァンパイアか」


 ユーリがすぐさま言った。胸ポケットに仕舞われた小さなペンの封印を解き、手の中で大きなスタッフへと変異させながら。


「いかにも。ルビーマウンテンの外れで生まれ育ちました、純然たるヴァンパイア。名をシルヴェスターと言います、お見知りおきを」

「ねえ、あんた、ガラ空き」


 アリスが最後まで言わせずに仕掛けた。触れたものを腐敗させる薬の瓶を開け、形を変えてシルヴェスターの身体へと飛ばした。しかしそれは、魔術による防壁によって難なく防がれる。そうだ、ルイからの報告に、そのような名が……。仮にこいつの実力が、ルイの言った通りなのであれば――……このメンバーでは、敵わない可能性が高い。


「……有名な毒薬女ですか。私、少しばかり毒薬が嫌いでね。まあ、それは余談です。私は貴方がたとお喋りをしに来た。殺すのは殺すとしても……王様やそのご家族と言葉を交える機会、そうそうない。すこしお話できれば、アイドクレースの民として光栄ではないですか」

「リヒト・フリューゲル魔学技法一の論・『デルタアシッドロジック』」


 ユーリが怯まず偵察を兼ねた攻撃魔術を放つので、私も重ねるように畳みかけた。爆風で城から落ちそうだが、四の五の言っていられない。


「アイドクレース秘伝魔剣術其のニ・『百花繚蘭』」


 剣の先から、赤と黒の魔力の入り混じった衝撃波を放つ。二人ぶんの攻撃なら、或いはルイが認める相手にさえ、一矢報いることもできるのでは。それらは確かにシルヴェスターの身体に向かっていき、防壁を破って衝突した。しかし砂埃の中で、シルヴェスターはなお立っている。大きなダメージの気配は感じる、血の匂いもする。だが瞬時に高度な回復魔法がかけられている。詠唱すらなしに。自分なら死なないと踏んでいる。避けないのは――ナメているんだ。


「お見事、毒薬お姫様よりは強い。防壁で受け止めた分がなければ、私とて危ないでしょう。……だが結果はこれだ。そして私は知っていますよ、ラルフ王、貴方は第一王子以上の木偶の坊でしょう」


 なぜその事情を知っている、城の関係者でもないのに? こいつの正体は何だ、何が狙いだ、何をどこまで知っている。底が見えない、こいつは危険だ!


「十八年前の大規模な王都魔物襲来事件の際――……エリザベート妃を魔術攻撃から庇い、貴方の体内の魔力基盤には大きな損傷がある。まともに魔剣を振るえないでしょう。王の権威に関わる問題、国民には公開されていない事実ではありますが」

「……それを知っているということは、やはり貴様にはディランとの繋がりが」

「左様です、王。城の関係者であるディランからの情報ですよ」


 ディランの仲間か。どちらの立場が上なのかは判然としないが、協力関係にあるのは間違いないらしい。


「おわかりですか、皆様。命のリミットが足音を立てて近付いてくるのが」


 セントラル市街の方角、しごく近い地点に、大きな雷が落ちた。轟音がこの城にまで響いてくる。風が立ち、雨が降る。私たちはこの怪物に勝てない。


「……ふむ、雷が落ちた。すなわち貴方たちの砂時計は回る。雨の強くなる前に、けりを付けた方が良さそうですね?」

「ふざけるな、こんな所で終わってたまるかよ」


 ユーリがそう言って、なおも数発の攻撃魔法を放つ。


「ニの論・『アルファキラーロジック』」


 続けて私も畳みかける。


「一の型・『千変万華』」


 ああ、せめてここに、魔剣のオリジナルであるエディがいればと悔やまれる。ただ、避難中であろう市民の安全を考えるなら……少しでも私たちがこいつを食い止める、それが最良の道。他の地点でも戦闘の気配がある、エディには少しでも、多くの人命を護ってもらわねば……、


「そろそろ飽きました。そして若干、猶予もなくなったようです。私としたことが失策でした。こんなにも早いとはね」


 なにごとかを呟きながらシルヴェスターは杖を取り出し、詠唱を始める。私たちの全ての攻撃を、防壁魔法で弾きながら。


「『潰えし夢の彼方、紅き蝶が空を狂わせ鉛の雲海を堕とす ルビーマウンテンヴァンパイア惨歌 バタフライ・オブ・デス』」


 巨大な紅い蝶が現れ、それが血のような魔力の雫を落としながら私たちを襲う。爆風で鼓膜が破れそうだ。凄い圧力だ、防ぎきれない。怖い。痛い。苦しい。びりびりくる。ああ、私たちは、死ぬのか。死のまぎわ、一瞬が一分に感じるというのは本当なんだな?

 ルイ、悪い。結局私は、君の役に立てぬまま。君の生死も知らぬまま。このような腑抜けた死に様、君に笑われて然るべきだ。いつかどこかの世界で、もう一度会えたら言おう。私は。私は君が。……どうか笑ってくれ、最期の瞬間に思い出したその光景は、君の満面の笑みだったということを。


 途端、何者かの気配が突如割って入るのを感じた。



「ヒスイ流雷術盾の理・『つわものどもが夢の跡』!」



 視界に雷電が走った。フラッシュとともに飛び散る蝶の残骸。光と闇の交差に眩みそうだ、何が起こっているんだ!? 


 ……痛くない。死んでない。私は、そして家族たちは、まだ生きている。シルヴェスターの渾身の魔術は掻き消えた。目の前の防壁魔法が、私たちの命を護って――……。


 その魔術の主は私たちとシルヴェスターの間に立ちはだかり、毅然と私たちを背に庇う。そして振り返り、そう、いつものように、悪戯っぽく笑うのだ。



「よう、待たせたな!」

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