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第19話・晴天の霹靂

(アイク)



 クリスマスの行事が一通り終わり、年末も近付く。もうすぐ私の誕生日を迎えようという時期の、とある朝。その事件は唐突に、まだ寝惚け眼の私の意識を、鮮烈に覚まさせた。


「アイク様!」


 メイドが血相を変えて私室へ飛び込んでくるので、これは異常事態だというのは一目で理解できた。何か嫌なことが起きたのだろう、恐怖に染まった彼女の顔を見ればわかる。


「何だ、どうした。魔物の来襲か」

「その可能性も……そ、その、魔物連続襲撃事件対応にあたって招集された、城の有識者会議メンバー全二十人が――……」


 メイドが声を震わせながら、恐怖からの涙声で言った。



「――何者かに殺害されました!」



 背筋が凍った。そんな、彼らは城の頭脳であり、財産であり、そして並以上の戦力でもあった。皆魔術に通じ、優秀で博学、城付きの学者に相応しい、アイドクレースのブレーン――……


「……そうか。ユーリは無事なのか?」

「はい、ユーリ様のご無事は確認致しました」


 ユーリには手を出せなかったか。安心したがしかし、これは城にとって大きな痛手。そして、城に幽閉され生きてきた私にとって……城の職員たちは皆家族のようなもの。言葉を交わす機会も、叱られる機会も、激励される機会も多かっただけに……眩暈のするような出来事だ。嫌な汗が止まらないし、動悸もする。……だが、城の舵取り役の一人になるべき第一王子が、情けないところを見せる訳にはいかない。父上たちと共に状況を把握し、毅然とした態度で、城の皆に道を示すのだ。


「わかった。言うまでもなく、父上からは招集がかかっているね?」

「はい。アイク様、ユーリ様、エディ将軍、エリザベート妃に」

「了承した。現状はそこで把握させてもらうとする」


 急いで謁見の間に向かった。玉座に座る父上の顔つきは厳しく、普段の落ち着きのある悠然たる表情とは違って見えた。ユーリはぴんぴんしている。実質有識者会議のボスなのに、狙われなかったのは意外な幸運だな。


「兄上、聞いたかい。なんて残酷な事件だ、俺の馴染みの奴らはほぼ全滅。嘆く言葉すら見つからないよ」

「ああ、ユーリ……頼みの有識者が他ならぬ被害者である以上、君のことは今回の事件でも頼ることとなるだろう。傷心のところ申し訳ないが、よろしく頼む」


 父上が俺たちの会話を聞き届けたあと、厳かな口調で言った。


「殺害されていない、下級の魔学班に、とりあえず分析を依頼している。遺体の死亡推定時刻は昨日の七時半。そのとき有識者らは、城の特別会議室――完全なる密室にいた。会議が終わる頃メイドが識者を迎えに行くと、反応はなかった。不審に思ったメイドが王室付きの職員に連絡し、施錠を解除すると……胸を鮮やかなまでに貫通する刺し傷によって、皆血の海の中即死していた」


 なるほど、二階の特別会議室で起きた惨劇ということか。密室の中の犯行であれば、犯人はその中の誰かであり、皆を殺害したあと自害した、とかいうあらましだろうか?


「その刺し傷が、必ずしも鋭利な刃物によるものであるという保証はないね。俺に遺体を鑑定させてくれれば、死因くらいは解析できるはずだ。まあ、補助をしてくれる有識者がいないぶん、時間効率は非常に悪いだろうがね。彼らの遺体を、調べさせてくれないか、父上」

「とすると、魔法による殺人と言いたいのか? どちらにせよ、おぬしがそう申し出てくれるなら、願ったり叶ったりだ」

「しかしよぉユーリ、仲間だ同志だと同じ窯の飯を食った奴らの死体を調べようだなんて、テメェは相当肝が据わってんな? そこの第一王子アイクは、見るからに萎縮しているのに」

「生憎、オパールバレーでは馴染みの奴の死体も見たし、なぜ死んだか検死の真似事だってしたことがある。兄上よりは度胸があるよ」


 返す言葉もない事実だ。


「いや、しかし。アイクよ、第一王子、アイドクレースの嫡男として、おぬしには立派な仕事がある。この件について、および国内の連続襲撃事件について、国民に声明を出し、彼らの混乱と不安を払拭するのだ。第一王子にしかできぬ仕事。それも、剣を会得し、自身も力を得、国を護ろうとする王子の言葉は、きっと国民の混乱、不安、それによる情勢の悪化を食い止める、大きな抑止力と希望となろう」


 私にできること、か。これまでの人生で散々木偶の坊ぶりを晒してきたぶん、今私は王子としての自覚を持ち、人々に希望を与える仕事に心を捧げなければならない。『第二王子が先に生まれるべきだった』を、死語にするのだ。


「了解しました、父上。……作文は得意ではありませんが……国民の心に届く演説をお約束します」

「本来ならば、原稿を大臣や有識者が用意するのが筋ではあるのだが、この状況ではな。アイク、おぬし自身の言葉で良い。かつては腑抜けだったおぬしも、今は殊勝なことに、自身の使命を理解している。信頼しているぞ」

「お言葉光栄にございます」


 かたく閉じられているという城の正門前には、暴徒が押し寄せているらしい。もう噂が広がっているのか、メイドや関係者がネットの海に流したとすれば、そうなるのも道理だが。

 少し窓に寄れば、市民の叫びがここまで聞こえてくる。私は未来の王として……彼らの怒りを鎮めなければならない。護衛、ことに狙撃からの防御をかたくつけて、私は正門前へと向かうことになった。急遽その場にいない一般市民に向けての、ネット配信も行うことに決まった。正直私の人生でいちばんの仕事だ。父上が自身でなく、わざわざ私に任せたのも、何か考えあってのことだろう。いつまでも父上に甘えていてはいけない、私は未来の王なのだから。


「アイク」


 既に結婚の前準備として王家私室に住み込んでいるアリスが、謁見の間を出た私に声をかけた。あれだけ傷付けたのに、健気に私のことを、そして城のことを心配しているふうだ。世の中の者は、この女性のことを性悪だとか揶揄うが、とても素敵な女性だと私は知っている。


「いっぱい……人が死んだって……」

「怖いかい。警備の厚い安全な場所で、静かに過ごすんだ、アリス」

「僕がそんなタマかよ」


 姫と呼ばれるにふさわしいような、美しいワンピースに身をまとったアリスが、強気にそう言った。


「さっき出てきたエディに聞いた。ユーリが検死するって。僕も手伝う」

「有難いと言いたいところだが、女性に、それも王子の許嫁に任せる仕事では……」

「もう、こんな緊急事態に女扱いはやめてよ。城の知識人は、大量に失われた。そんなとき僕が生き物をいじくり回してきた経験が役に立つなら、僕を城の力に加えてよ」

「……有難う。それでは、頼む。ユーリは四階の医務スペースにいるはずだ。下級魔術班、下級医療班と共に」

「アイクは?」

「ダイヤモンドヒルズの民への演説がある。なんとかして、混乱や不安をおさめなければならない。ただでさえ各地の襲撃事件のため軍人も出払い、金銭的余裕もなく、世論も混迷をきわめている。この状況で暴動でも起きようものなら、国が危うい。なんとか国民の目を、光に、王家の威信にくらませる。詐欺師のような仕事だよ」


 私にできるのか? 既にガタガタになっている国の威信を、繕うような器用な真似が。原稿を書きながらスマホを少し弄ったが、やはり識者殺害の件は、既にネットにより拡散され、ダイヤモンドヒルズの民の知るところにある。ネットの及ばぬ他の自治体までは広がっていないかもしれないが、時間の問題ではあるだろう。


 だが私に何が言える? 月並みな言葉を繰り返して、騙して、それで民は満足するか? 私ごときの脳味噌で考えた拙い作文が、人の心を動かすか? 考えれば考えるほど、言葉は出てこない。そもそも詳細な原稿を作るほどの時間的余裕もないため、結局は箇条書きのようなメモしか出来上がらない。こんなので大丈夫なのか? 十九になって、それもこの期に及んで考えることではないが……私には、荷が重い。


「アイク、部下が何とか民の暴動を抑えている。配信の準備も整った。酷なことを言うが……もう時間が」

「わかっている、エディ。延ばせば延ばしただけ、デマの拡散、憶測の一人歩きが進む。それは映え系と呼ばれSNSに親しんだ私には、痛いほどわかることだよ。しょうがない。これで良いかはわからないが、二十年足らず、仮にも王族をやってきたんだ。……見事な詐欺を完遂しようじゃないか」

「……恐らく、王はアイクの汚名返上を図る意味もあって、この仕事をテメェに任せた。ここで国民をうまく乗せたら、そりゃもうテメェを王にする気運だって高まる。しくじるなよ」

「頭の悪いエディでさえ、理解しているようだ。……頑張ってみるよ」


 エディが護衛についていれば、まあ私は自分の命の心配はしなくていいだろう。覚悟を決めて私はマイクを持った。城の正面玄関を出ようという直前、スマホに着信が入った。何だこんな時にと画面を見ると、ユーリだった。即通話に出ると、冷静きわまりない口調で、ユーリが言った。


「兄上。犠牲者の死因は、攻撃魔法による刺殺だ。傷口に、犯人の魔力波が僅かに残されている。死者も含め、城の内部の者との照合を始める。内部犯の可能性の高い状況だからね」

「完全犯罪をおこなう気がないのか、犠牲者の中に犯人がいるかのどちらかか」

「……その両方かもしれないね」

「というと?」

「ここから先は確定事項じゃない。事実がしっかり確認出来次第、兄上には報告する。スピーチに間に合わなくてすまないが、未確定な事実を、兄上がうっかり国民に漏らしちゃ、いっそうの混乱を招くからね」

「了解した。この速度で、よくそこまでのことを把握してくれた」

「労いはいい。じゃ、頑張って」

「君に応援されるのは、生まれて初めてだ。それでは」


 城の玄関を出ると、人々の叫び狂う声が飛んでくる。私の姿を見るなり、国はどうなってるんだ、人殺しの犯人はどうなった、地方の民はどうして護られなかった、これから俺たちはどうなってしまうんだ。そんな声が聞こえる。

 正直、私のほうが問いたいよ。この国は、連続襲撃事件開始以来、音を立てて崩れている。それこそ、伝統として大切にしていたクリスマスパーティーが、スカスカになるくらいには。だが、その本心を、いち国民としての不安を……私は隠さなくてはならない。



「皆、少し聞いてほしい」



 原稿に目を落とした。何となく、馬鹿らしく思えた。誤魔化しのために書き留めた箇条書き。欺きのために練ったメモ。そんなものが今、誰かの心を動かしうるか? そう考えたとき私が取った行動は、そのメモを破り捨てることだった。観衆が、私のカンペの放棄にどよめいている。


「余りうまくは言えないが、まず城から公式に発表していなかった事実と、ネットを中心に囁かれる噂との照合をしよう。スピネル村から始まった、一連の襲撃事件について。派遣された軍の者、および魔物の解析をした魔学班の見立てでは、いずれも人為的な事件であるという結論が出されている。城下町でかねがね噂されていたことだが、公式発表が遅れたことは謝りたい」


 私が頭を下げると、民衆が少し声のトーンを落として、静かになった。そう、ユーリや、今回死んでいった有識者達の力でわかった。インカローズビーチやガーネットシティ、メノウ村の魔物にも、正体不明の魔学装置、そして何らかの事由による肉体の暴走による損傷が確認されている。


「今回の有識者の殺害については、詳しくは判明していない。そこを説明できないことは何とももどかしいことだが、犯人の魔力波は傷口に残され、かつ状況からみて内部犯と推測される。つまり、じきに犯人の正体は洗い出される。そのことについては安心して、私の弟でもあるユーリ達に任せてほしい」


 どうにか場を繋げてはいる。頑張るんだ。無い頭から、言葉を捻り出せ。


「その二つの事件に関連があるかは不明だが、一つめに挙げた連続襲撃事件は、ことさらにこの国を、破滅への道へと追い込んでいる。平穏かつ安全に暮らせるアイドクレース王国は、今や幻。後手後手になってしまった城の落ち度は大きく、私もそのことについて、皆に深くお詫び申し上げようと思う」


 その通りだ、どうしてくれるんだ、という野次が飛んでくる。


「私の人となりについては、皆もよくわかっているだろう。今時の若者で、SNSを生き甲斐にしている。それゆえ理解している、あのような世界で起きてしまう時代のうねりと、それがもたらす混乱を。だが、どうか噂話に、不確定な情報に惑わされないでほしい。仮に城の権威を失墜させようと皆が声をかけあい結託したとして、それは更なる混乱を呼ぶだけだ。姿の見えぬ敵が、その混乱につけこみ、更なる襲撃事件への対処を遅らせようという戦略に出るかもしれない。どうか憶測を控え、そして信じてほしい、我が国の力を」


 本当、私も国の力なんて信じられないのに、どの口が言うのだろう。


「アイドクレース王国は、建国から千年。五百年前に起きた『魔王』との『アイドクレース王権防衛大戦』をはじめ、我らヒューマンとその血を引く亜人は、常に手を取り合い脅威に打ち勝ってきた。その相手は『六十億の呪い』にかかった魔物であったり、或いは近隣の国家の侵略であったり、様々だが、共通していたのは、アイドクレース王国の皆が同じ方向を向いていた、ということだ」


 私はどこを向けばいい? どこに進んでいけばいい? 私たちの前に道はない。それなのに私は、どうして御伽噺を口にしている?


「目先の事件に囚われ、全体像が見えなくなることを、私は最も恐れる。私たちの真の敵が遂に姿を現したとき、力を合わせて戦うことのできない国になることを、私は最も恐れるのだ。私とて国の力になれればと、微力ながら魔剣術を会得した。それはクリスマスパーティーで披露した通り。本当に、少し前までの私は、名ばかりの国のお荷物。皆からの厳しい指摘も承知した上で、それから逃げていた」


 今も逃げたいくらいだ。自分にも見えていない目印を、どうやって国民の前に偽装するのだ。


「そんなどうしようもない私でも……護りたいもののために、前を向いた。皆は、自分にとって大切なものを、見誤らないでほしい。自分の大切な家族が、友人が、あるいは恋人が、明日も生きて、笑っていられる国にするために……、特定の組織への攻撃や、憶測からの差別、デマによる悲観は控え、周囲の同志を、信じてほしい。国は煉瓦でできている訳でも、鉄でできている訳でも、土でできている訳でもなく……人でできているのだ」


 この世で最も大切な、ルイへの想いさえ見誤る私が、どうして綺麗事を口にできる?


「私も、今まで以上に前線へと立とう。皆は護身用の魔術用具や戦闘装備を準備して、有事の際にはできるだけ家から出ることを控え、命を護る行動を取ってほしい。私たちは、皆のかわりに戦い抜くことをここに誓う。何があろうとも、どんな戦局へ転がり落ちようとも。お姫様と揶揄われた私でも、いっぱしの男になれるくらいだ。皆が賢明な国民になることくらい、至極容易なことなのだ」


 ルイ一人を護る力すらない、ルイ一人を自分のものにする力すらない、そんな男が、どうしていっぱしだというんだ?


「アイドクレースを信じてほしい。アイドクレースと共に戦ってほしい。更なる困難が立ちはだからないとの約束はできない。敵は私たちの想定の上をいっているかもしれない。それでも、皆が力を合わせて戦うのだ。アイドクレースの偉大な魂を信じてほしい。愛してほしい。貫いてほしい。私たちはみな家族だ。いつでも共に生き、そして必ずやこの事件を解決へと導き、首謀者を抹殺する。私たちは家族だ、どうかそのことを、一瞬でも忘れることのなきよう。アイドクレースの民に幸あれ!」


 ああ、無力な私の虚勢ばかりのスピーチに、小さな拍手を送るのはやめてくれ。やがてそれを大きくしていくのを、やめてくれ。ついには歓声を上げるだなんて……そんな残酷なことは、やめてくれ。これが集団心理の煽動、というものか。はまれば癖になるのだろうし、しばしばそういうのが歴史を動かすが……。私には、少しばかり向いていないようだ……。


「追って各事件の捜査状況は、城より広報を出す。新聞やネット記事、自治体の掲示板によって、ただちに皆の知るところとなるだろう。アイドクレースに勝利を! その一言を胸に、我らアイドクレースの隣人同士は平和を取り戻すのだ!」


 拍手を、指笛を、賞賛をやめてくれ。私のような頭の足りぬ者の、その場限りのスピーチに、心動かされないでくれ。いや、それが私の仕事なのだが……それで、良い筈なのだが。

 数分間のスピーチを終え、私は城のエントランスへと帰った。『王』の務めの、片鱗を味わった。私には向いていない。君もこの、大成功のスピーチのことを、何らかのメディアで知るのだろうか……ルイ。君なら私のあの言葉たちがいかに滑稽か、理解してくれるか? それとも……君でさえ、私を立派な王子かなにかだと、錯覚してしまうのだろうか?

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