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第18話・出来心のプレゼント、ひとつ

 俺とユーリも、無言で城へ帰った。とはいえ城のイベントはお腹いっぱい、街をまわるスタンプラリーでも参加するか? と提案したら、歩くのはやだ、と体力のねえユーリが文句を垂れる。しょうがないので、フードコートでクリスマスのショートケーキを二つ買って、人の少ない裏庭に並んで座って、頂いた。全くユーリ、もし多少の身体能力を会得すれば、きっと飛んでくる魔法も避けられるようになる。お前は国を護る有力魔導士としても、一気に名を上げることができるぜ、勿体ねぇ……。


「まあ、俺が言おうとしたことは、理解したみたいだね。確信まではなかったが、そんなでたらめな薬がこの世に存在するとは、とても思えないのは事実だった。道理が通っていないよ。騙されるルイがなんとなく面白くて、言うのを控えていたが」

「そういうのは言えよ……。俺は真剣なんだよ」


 ケーキは美味い。やっぱり、食うとクリスマスという感じがするな。


「ルイ。単刀直入に言うが、この期に及んで兄上の感情には気付いていないのか?」

「アイクの感情、か……」

「気付いていないとするならば、君は兄上のことは言えない。そのことによって、他者に影響を与え、振り回している」


 確かに、クイーンオブ鈍感の俺でも、気配くらいは朧げに理解している……というより、期待してはいる。アイクの周囲の人間の中で、そいつは彼と親交が深く、なおかつそれはアリスや他の高級貴族ではないらしい。アイクにはメイド以外の友人の気配はねえ。そうなれば……万が一俺のことを、アイクは……いや、そんな筈はねぇ。だいいちアイクは俺を男だと思ってんだ、前提条件としてそもそも崩れている。


「……俺もガキの頃は色々あってな。……騙され欺かれることが日常だった。そういう訳で、簡単には人の囁きを信じねえようにできてんだ。多少期待させるような言動があったとして、俺に利のある話であれば、疑うようにインプットされている」

「君も大変な子供時代だったんだね。ただ、そんな悪に囚われて大事なものを見逃すな。はっきり言おう、『平行線』の正体は、他ならぬルイだ」

 

 ……そういう結論になるか。だが解せない部分もなくはねぇ。だいいちアイクにとって、俺は男なんだぜ。それもアリスよりずっとぽっと出の。姫になんかなれねぇ、相応しくねぇ、一流魔導士として戦場で生きる、地方部族出身の喪女だ。そんなのをアイクは護りたい? そんなののために強くなりたい? そんなのに背中を預け、そんなののために愛に殉じたい? そんな馬鹿なことが、この世にあるのかよ? 俺はそんな馬鹿な話に……期待を抱いていいのかよ?


「兄上はルイに、並々ならぬ感情を抱いている。それが大親友なのかそれ以上なのか、それも答えは出ているんだが、まあ初心なルイの前では控えよう。そのために縁談を拒み、黒剣術を会得し、恐らく今も、もがき苦しんでいる。ルイがあと一歩を踏み出せば、或いは……いやまあ、双方の心の整理がついてからでなければ、何の意味もないんだけど」

「分析感謝する。俺はいまいち人間関係の結び方に疎いから、ユーリの助言は頼りになるぜ」

「……何でだろうな? ルイは、こうして世話を焼きたくなる佇まいをしている。友人として言葉を交わすことに、ある種の面白さを感じる。生き方も考え方も全く違う、それも世の中でも珍しい部類の経歴を持った女性との遣り取りは、とても興味深いよ」


 確かに、ユーリはえらくお節介を焼いてくれる。こいつは昔から、良くも悪くも他人に淡泊な奴と周囲に言われてきた。人間より本のほうが好きな王子だと。だが初めて会った四年前、留学から一時帰宅した際には、俺にも声をかけてくれた。アイクのお守りと、戦績を労ってくれた。少なくとも俺には、こいつが本と結婚した人間には見えなかった。その現象の答えはそういうことか。『面白い』という感情を与えることができているなら、まあ若干揶揄われてるようで不服な部分もあるが、ユーリにもなにがしかのメリットは返せているのだろう。


「ケーキも美味かったし、ぼちぼち帰るか? エディとミルカを探して揶揄うのもいいが、アイクのせいで何となく、そんな気分じゃなくなっちまったし」

「少し体力が戻った。折角だし、少し街の祭りを見ながら、君のお気に入りの宿屋まで行こう。君の方が強いのになんだが、クリスマスイブに女性を送れない男にはなりたくない」


 おぉ……。俺を女性扱いした……。こういう突然罪なところ、兄によく似てるな……。

 とりあえず、ダンスホールの通路から中庭を経由して城のエントランスに戻った。エディとミルカが、クリスマスツリーの前にいるのを見かけた。フードコートで買ったであろうクリームのせココアで、乾杯している。


「おう、ルイじゃないか! 何かオレがアイクに剣教えたせいで、色々こじれちまったみてぇだな? 詳しくは聞いててもよく理解できなかったが、良くなかったなら謝る」

「いや、城を守護する王子の戦力が高まること自体は、国益に繋がる。使い物にならなかったアイクをあそこまでにした功績、エディは本当に偉大な将軍であり教師だ」

「はは、褒めても何も出ないぞ!」

「……アリス様、さきほどアイク様と笑顔で合流なさっていましたよぉ。事情は理解できませんが、仲直りできたならよかったですね?」


 ミルカ。問題はそんなに単純じゃないんだ。むしろアリスが笑顔だったら、俺にとっちゃ胸の痛いことなんだよ。


「そうそうユーリ、ミルカちゃんとのデートや何やで浮かれててチャンス逃してたが、誕生日おめでとう! 城の要人が血眼になって、お前の生誕祭開こうと探してたぞ! よくあの人混みの中、城の関係者の目を忍べたな?」


 誕生日? そうだったのか? へえ、ユーリもこれで十八か、感慨深いな。それならそうと言ってくれれば、おめでとうの一つでも言ってやってもいいのに。


「自身への干渉を逸らす魔術をかけているんだ。エディ達軍人の専門用語では、敵対心ダウンだったかな? 捕まったって楽しいことは一つもない。ランチやディナーに拘束され、つまらないおべっかを聞きながら腹いっぱいになるだけだ。自由に祭りを見て回り、他人の恋愛に無責任な横槍を入れる、そのほうが余程楽しいだろう?」


 ミルカが手を合わせて、顔を輝かせている。


「わぁ、十八ですか! おめでとうございます。羨ましいですねぇ。十八っていったら、あんなこと、そんなこと、こんなこと、凄いことが色々解禁されるじゃないですかぁ……ふふふ。私もあと二年足らずですか、羨ましいですぅ」

「よくわかってるじゃないか、ミルカちゃん。そんなこと、どんなこと、ひょっとしてあんなことまで、あらゆる自由を俺は謳歌する。さすがフリュ友、人生の自由と悦び、少しばかりの過ち、そして禁断の果実の味をよくよく知っている、心豊かな学友じゃないか!」


 こいつらのこのノリには、俺はついていけねぇな……。


「君たちはどうするつもりなんだ? 街のスタンプラリーにでも参加して、名所を巡って楽しんだりするのかな。熱いのはいいけど、エディ、未成年の扱い方には気を付けなよ?」

「合点承知! そうだな、取り敢えずはそんなところか。今年は装飾や活気こそ例年並みのクリスマスパーティーだが、連続襲撃事件のせいで明らかに予算が足りてない。そのせいで城の出し物もすごく少ないしなぁ……。街をめぐり終えたらミルカちゃんとは解散、といったところだな!」

「えぇ、私は乙女の誓いをエディ様に捧げる覚悟で来たのにぃ」

「焦らず一歩一歩だぞ、ミルカちゃん。オレは君を大事にしたい。このゲテモノ第二王子とは違うんだ」

「エディ様かっこいい!」

「仮にも目上に対してゲテモノか、全く無礼な将軍だ。王国の行く末が心配だよ」


 ミルカとエディを見送ったあと、城の庭園で配られている風船を、俺は手に取った。一瞬でも手を離せば空へ消えていくであろう風船は、どこかアイクに似ていた。ユーリは俺が風船を見つめる様子を、じっと眺めていた。何も言わないが、こいつは俺みたいな浅はかな奴の思考は、おおかた見通しているだろう。

 北風が正門前の大通りを泳ぐ。少し冷えてきたな、まだ陽も高いのに。露店であふれた道は相変わらず賑わっているが、来た時ほどの人混みではねぇ。やはり今年は例年に比べてコンテンツが足りねぇ、みんなスタンプラリーに出かけているか、ぼちぼち帰って家やレストランでクリスマスパーティーでもしてるんだろう。


「……ユーリ、誕生日おめでとう」

「律儀だね、ありがとう。誕生日なんて楽しいものじゃないよ。小さいころ、父上と母上に貰った本を一日読んでいたいのに、関係ない外野の大人たちが祭り上げてきて。クリスマスイブと重なるから、それはもう盛大なパーティーを開くんだ。俺はそういうの、余り好きじゃないからね。性分として自由人なんだろう」

「自覚あったのかよ……。俺は、ここ数年の誕生日は楽しかったぜ。パーティの冒険者たちが、サバイバル仕込みのジビエ料理で祝ってくれる。野営のついでにどんちゃん騒ぎでな。荒野のバースデーには一切の思惑が介入しねぇ。気楽なものだ」

「冒険者はいい職業だね。俺もリヒト・フリューゲルに居たころは楽しかったかな。立場にこだわらず、自由で素朴なパーティーを開いてくれたよ。安価なプレゼントを交換したりしてさ」


 プレゼント、か。ちょっと心に悪戯心が生まれた。……露店のなかには、安価でデザインの良い魔道具を売っている店もある。祭りの露店だからそんなに物は良くねぇだろうが、トナカイとかサンタとか、かわいらしいデザインがあしらわれた杖、クリスマスカラーで綺麗なスペル用の紙、スノードームみたいな魔力増幅用の水晶玉……色んなグッズが売っている。


「……おい、このスペル入れ、くれよ」


 店主に声をかけて、赤と緑のコントラストの美しいスペル入れを、俺は手に取った。雪だるまの刺繍が施されていて、素朴で可愛い、かつ性別を選ばねぇ一品……だと思う。


「あいよ……って、ルイ様じゃねぇかよ!?」


 さっき言ってた敵対心ダウン魔術のせいか、ユーリの方には注目がいかねぇらしい。俺に気付いた店主が、凄い勢いで俺の両手を取った。


「他ならぬあんたに買って貰えるなんて有難いな! 店にハクが付くってもんだ! で、ご自分用かい? プレゼント包装かい?」

「プレゼント包装で」


 ユーリがぴくりと顔を上げた。意外なものを見る目だった。少しの期待を添えて。


「ありがとうよ。めでたいクリスマスの日に、まさか英傑ルイ様のお顔を拝めるなんてな。じゃ、メリークリスマス」

「おう。商売頑張れよ」


 カラフルな包装紙と、リボンに包まれたプレゼントを、俺は手に取った。そのままそれを、ユーリに差し出した。……くそ。恥ずかしいな。冒険者仲間にポーションを譲ったことはあれど、友人にプレゼントをやった事なんて……。だが、仮にも俺の力になってくれる。俺に興味を示してくれる。本と空想と解剖の好きなはずの人間が、興味本位だろうが親身になってくれる。……だから俺は……。


「……やるよ、ユーリ。……誕生日おめでとう」


 驚いたようにその赤い目を見開いたあと……、どこか恥ずかしそうに、戸惑ったように一瞬俯いて、そのあとユーリは笑った。見たことのねぇ笑みだ。こいつ、いつも食えない笑い方をするはずだった。余裕ぶった、どこか見下したような、距離をとったような。それなのに……何だ、お前も……アイクのように、綺麗に笑えるんじゃねえか。


「……ありがとう。大切にするよ」


 一言、素直にそう言われた。噛みしめるような語調だった。畜生、何だこの空気……。無言で宿屋への道を歩くの、けっこう気まずいんだが……。ただ、喜んでもらえたなら良かった。アイクとの仲について……もしユーリの力添えがなきゃ、俺は路頭に迷っていた。正しい判断への道を失っていただろう。ほぼ見返りなしに、ここまで俺を支えてくれた。そのことへの感謝は、示すのが道理だろう。俺もよくは知らねぇが、それが『友達』ってものだろうから……。


 宿屋までの道は、俺が先導した。まあ送ってくれるといっても、仮にも王子が、商店街のしみったれた宿屋のことを認識している訳がない。ミルカや俺の居候するその宿を眺めまわして、ユーリは首を傾げた。


「なるほど。リヒト・フリューゲルの学生用の寮も、ここまで耐震性が怪しそうじゃなかったよ。ミルカちゃんやルイの安全を願う」

「失礼なこと言うな。凄ぇ美味い料理出てくる立派な宿だ。……じゃ、付いてきてくれて有難うよ。雷術全集の四巻、まだ最後の方が残ってるんでな。ごろごろしながら読もうと思うよ」

「……兄上の惚れ薬の件を把握していなかったのは、俺の落ち度だ。正しい事実を直ちに伝えられなくて、悪かった」

「何でだよ。お前は何も悪くねぇだろ。むしろ俺にはよくしてくれたよ。アイドクレース王国は、代々嫡男だけを大事にしすぎるきらいがあるからな。理不尽なことだ」

「それはそうなんだけどね。まあただ、おまけの第二王子でも、敵対心ダウンの魔術を解いてふらりと城に戻れば、きっと今から豪勢なアフタヌーンティーを振る舞われるか」


 そう、第二王子と名がついちゃいるが、アイクに比べればユーリなんてカスみてぇな扱いだ、それがこの国の一般常識。だからこそユーリも、呪いにかかった魔物だらけの土地への留学なんて許された。城に幽閉されてたアイクとどっちがいいか、一概には言えねぇが。国の重要な舵取りについても、こいつの能力を利用するだけ利用しておいて、肝心なことは教えねえ城の方針は透けて見える。アイクとアリスへの圧力を知らなかったとして、責められる筋合いはねえ。


「……ルイ」

「何だよ、改まって。まだ何かあるのかよ。お姉ちゃんが不遇な次男を慰めてやろうか?」

「……勝ち確とはいえ、兄上と歩む決心をすれば、そこから先はきっと茨の道だ」

「……まあそうだろうな。それについては熟考する。それがどうした」

「……何でもないよ、ルイ。そうなれば、ルイはもしかして、俺の姉上になるのかな?」


 笑われた。さっきの綺麗な笑みじゃない。いつもの調子に乗った笑みだが……何かお前、どことなく……。


「ドレスを着た君に、王室でちょっかいをかける日が……来る可能性もあるか」

「いや、そりゃ気が早えよ、この国の情勢も、アリスの存在も……複雑な問題が絡み合ってるし」

「冗談で、綺麗だよと言ったとしよう。君はどこまで本気にするだろうね?」


 おぉ、やめろよ。なんかドキッとしたぜ? 揶揄うみてぇに、俺を見て楽しむみてぇに、そんな笑うのはやめろよ。お前の本心は、見えたそばから隠れる。厄介な奴だ、全く。


「……揶揄うのはよせ。俺にはドレスなんて似合う訳ねえよ。きっと俺はそのとき、『うそつけ!』って笑う」


 なんだよ。その目は。俺の反応を、噛みしめるように揶揄う、妙なその目は。


「……スペル入れ有難う。大事にするよ。メリークリスマス」

「こちらこそ、個人的な問題に巻き込みまくって、苦労かけたな。メリークリスマス」


 ユーリの背を見送った。確かに、あいつ自身にかかった、微弱な魔術が解除された気配を感じた。姿が見えなくなるより前に、城の警備兵用の鎧を着た誰かに、声をかけられていた。あのまま強制連行か、安心した。宿屋に戻って、持ち出していた少しの金と貴重品をフロントに預けて……部屋で雷術全集の続きに、取り掛かることにした。


 あらためて、自覚する機会になった。俺は逃げてた。男とか喪女とか自分に言い聞かせて、戦いから逃げていた。大魔導士ルイの名折れだ。アリスは身体ごとぶつかって、命を懸けて戦っていたのに。アイクとは変な空気になっちまったが……、逃げる訳にはいかねぇ。どうにか機を見て……


 だが、あんな別れ方をして、どんな顔して会いにいけばいいんだ? 感情的になったのは失策だったな。アイクのしてることは何一つ間違っちゃいない。そのかわりのカードを、誠実に、冷静に示してやれなかった。仮に俺が割って入ったとして、象徴としての国民への求心力は、アリスにも負けていない筈だった。胸を張って俺を王妃にしろと、あのときそう言えていれば。公明正大にアリスと俺を比べ、好きな方を選べと、シンプルにそう伝えられていれば。悔やまれる、戦場じゃ俺は、絶対にあんな失敗はしねぇ。感情の大きな揺れは論理を殺す。結果、自分に傷やダメージとなって返ってくる。わかっていた筈なのに。


 雷術全集が頭に入らねぇ。アイクの寂し気な目に、光がともっていなかったのを思い出した。あいつもきっと寂しいんだ。あいつの真意は、あのパーティーにはねえ。あいつがホモだとは思いたくなかったが、本当に俺のことを、大切に思ってくれているとするなら……。ますます、あの怒り方をしてからのカードが無ぇ。浅はかで悪い、アイク。恋なんて初めてだから。心から人を愛したのなんて初めてだから。もう、どうしていいかわかんねぇよ……。

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