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第16話・幼馴染のラブストーリー

 アリスがアイクのもとへ戻ると同時に、ダンスホールの方角から、ピンクのロングドレスを着たミルカと、城付き騎士のマントのついた正装を身に纏ったエディが彼らに近付いた。手をとりあいながら。


「おいアイク、テメェも隅におけねえなぁ! 遂にアリスとくっつくつもりになったか、きっと両親も喜ぶぞ! ははは!」

「はわぁ、よろしくお願いします、アイク様、アリス様」

「へえ。可愛い子じゃないか、ミルカ。噂はかねがね。チャーミングな仇名も添えてね」

「こ、光栄に存じます、アリス様!」

「いいよ、もっとこう、堅苦しい感じじゃなくってさ。僕らは友人なんだから」

「ありがとうございますぅ、アリス様。よろしくお願いします」

「とはいえ、早速で悪いが、私もアリスも少し席を外す。ミスコンとミスターコンが始まるのでね」


 そんな時間か。こそこそ偵察してるうちに、結構時間が経っていたらしい。できるだけ群衆に紛れて、声をかけてくる奴には会釈して、エントランスの一角に用意された、金色のミニステージの見える場所へ移動した。


「では、まずはミスに名乗り出て下さった七人の美女たちの紹介です!」


 四人の美しい女性がドレス姿で手を振ったあと、アリスが前に出ると、観衆の歓声はいっそう大きくなる。


「エントリーナンバー五番! 言わずと知れた大貴族の令嬢、気品と才覚を兼ね備えた美女! アリス・アイオライトドール様!」

「ありがとう! アリス・アイオライトドールです! みんなよろしくね!」


 みんな拍手している。アリス様綺麗とか、アリス様可愛いとか、アリス様結婚してとか、そんなことをうちわを手にしながら叫ぶ一団すらある。まあ、アリスの知名度なら、半分アイドルみたいなものか。……全く、眩しいぜ。アリスだけじゃない、エントリーした七人の美女には、ドレスがよく似合っている。舞踏会の夜に散々感じた劣等感を、まさかこんな祝いの日にまで味わうことになろうとは……。


「では続いて、ミスターに名乗り出て下さった、七人の美男子たちの紹介です!」


 三人が紹介された後、こちらも大反響。主役に相応しいよ、お前は。第一王子、王位継承者。その名に相応しいその美しさ……。見慣れちゃいるが、惚れ惚れするよ。


「エントリーナンバー四番! 誰もが知るアイドクレース王国が第一王子、王位継承者に恥じぬ神に愛されし美形! アイク・アイドクレース様!」

「あはは……なんかあんまり慣れないな……お手柔らかに」


 このコメントに関しては、いつものアイクだな。完全なる洗脳状態って訳じゃないのかもしれねえ。観衆は歓声を上げて拍手している。

 エントリー者の紹介が終わった後、司会のおっさんが箱を二つ持ってきた。籤だという。何だ、ミスコン・ミスターコンに籤引きが必要か?


「説明しよう! この籤は男女それぞれ七つあって、それぞれに星や月などのマークが割り振られています。同じマークを引いた運命の相手どうしに、『胸キュン・アドリブ告白ショー』を演じてもらいます!」


 一人ずつ、棒状の籤を引いていく。まあ、出来レースではある。アリスが何かしない訳がねぇからな……


「おっと、アリス様とアイク様の籤にはハートマークが! まさかの許嫁同士のリアル告白、これには会場も大熱狂!」


 見たぜ、アリス。間違って男性の籤のほうに手を入れかけたと見せて、間違えちゃったと女性の籤を引き直しただろう。魔法の気配が僅かにした。お前、イカサマしたな。具体的な方法まではわからねぇが、この状況で何もしねぇ女だとは思ってない。お前の狡さを信じてた。悲しいな……。


「わぁ、やったぁ、アイク! 僕の想い、アイクに存分に伝えていいんだね!」

「ありがとう、アリス。やはり運命の女性だね、照れ臭いが、愛を語らせてもらうよ」


 俺は何が悲しくて、初めて恋した男が毒薬性悪惚れ薬女とイチャイチャしてるところを眺めなきゃならねぇんだ……?

 会場は大盛り上がりだが、俺とユーリは困惑の混じった眼差しでステージを見守るしかなかった。観衆一組につき、ダイヤモンドヒルズ名物の城下町ロイヤルベビーカステラ一袋が配られた。悲しいことにユーリなんかと半分こしながら、アイクたちの出番を待った。


「勿論ルイは感じたね? イカサマ女の所業を」

「ああ。あんな汚れた女が王妃か……。アイドクレースの未来は恐ろしいな……」

「まだ断言するには早い。君ともあろう者が、戦を諦めるのを見るのは辛いよ。けして折れぬ英雄、それが魔導士ルイだろう」

「いつになく真剣に慰めてくれるんだな……。ユーリはたまに優しい」

「というより、……まあ、今は黙っておこうか。兄上たちの告白タイムも始まるみたいだし」


 アイクとアリスが、手をとりあって登壇した。大歓声にステージ周辺が沸き、ますますギャラリーも多くなっていく。こうして見れば、絵面的には本当、お似合いの二人なんだがな……。イカサマに惚れ薬、手段を選ばない女ってのは、正体がばれれば醜いものだ。


「では、アイク様、アリス様のアドリブ告白ショー! いざ開幕!」


 ゴングが鳴らされた。城のどこにゴングなんざ置いてあったんだ、プロレスじゃねえんだぜ……。


「アイク」


 アリスがアイクをまっすぐに見た。いつになく真剣な顔つきだった。佇まいに、なにか本気を感じる。普段アイクの前で見せるぶりっ子っぽい振る舞いや、ライバルや格下に見せる不遜な振る舞いとも違う。こんなアリスは初めて見た。媚びを売っていやらしく攻めるのかと思いきや、少し意外だな。


「僕とアイクが初めて会ったのは、僕が六歳のとき、アイクが三歳のときだった。アイクは小さい頃から本当に麗しい男性で。でも、僕はただちに恋をしたわけじゃない。お友達として、いっしょに城の庭園を駆け回った。僕は上級貴族、そしてちょっぴり気難しかった。対等な友達なんてひとりもいなかった。みんな僕におべっかを遣ったり、怖がったり、異質なものと揶揄ったり。でも君は違った。僕を僕として扱ってくれた」


 ……境遇は正反対とはいえ、友達がいなかったのは、アリスも俺と同じか。初めての友達が、アイクだということも。俺は十七にして、アリスの幼少期の追体験をしたらしい。


「私も、今以上に内気な子供でね。積極的に他の子供と、関わろうとはしなかった。そのとき、お姉さんとして私を導き、面倒を見、仲良くしてくれたアリスの姿は、当時から眩しかったよ。それから私が十歳になるまで、アリスの好きな薬学や算数の話を、よくわかりもしないまま聞いた。そのときのアリスの輝くような表情、今も鮮烈に覚えている」


 幼馴染ってのは、彼らにしか共有されてねぇストーリーを持ってるものなんだな。俺の十七歳なんざ、遅れに遅れすぎて滑稽だぜ。


「そう、僕がルビーマウンテンに引っ越すことになったのは、僕が十三歳のとき。初めて好きになった男の子と、離れ離れにならなきゃいけない悲しみで、枕を濡らした。僕だけダイヤモンドヒルズに残れないかと、父上に何度も言ったけれど……残念ながら、それは叶わなかった」

「アリスがダイヤモンドヒルズを去る、前日の夜。寂しい思いをしていた私の前に、アリスが現れた。なんと部屋着で、靴もはかずに。聞けば屋敷の二階から、木と配管を伝って抜け出したという。呆れたものだけど、そんなことをしてまで、親を心配させてまで、危ないことをしてまで私に会いたかったんだと思うと……柄にもなく笑えてしまった」


 ……アリスのその気持ちは少なくとも、紛れもない本物といったところか。


「アイク・アイドクレースだから、当時はアイアイって呼んでた。アイアイ、僕引っ越したくないって、僕はアイクに言った。アイアイと『かけおち』をするんだって。城に住むんだって。すぐにでもお姫様になるんだって。でもアイクは首を振った」

「アリスちゃんは家族といっしょに、大好きな薬の勉強をして、幸せに暮らすんだよって私は言った。『俺もアリスちゃんのことは忘れないよ。いつかまた会えたら、そのときはまた親友だよ。なんにも変わらないよ』って、一緒に城の裏庭で星を見た。降ってくるような星空の下、流れ星を六つ数えたところで……アリスは『帰る。絶対に僕のこと忘れないでね、アイアイ。忘れたら、末代まで惚れ薬漬けにしてやる』って」

「あれからも、たまには会えたよね。身分の高い貴族は王都に頻繁に呼ばれるし、会うたびに他愛もない雑談を交わした。……そう、長い間、君にとって僕は、ただの友達だった。でも僕にとっては違う。末代まで惚れ薬漬けにしたい、運命の相手だから」


 歓声が上がっている。これで本当に惚れ薬を使ってるとかいう事実がなきゃ、俺も少しは感動するところだったが……。ただ、友達止まりの苦しみは、俺も身をもって知っている。アリスを凶行に走らせたのも、その焦りと悲しみと寂しさだったのかもしれない。

 そこで、アイクが一瞬だけ返事に詰まった。何か、言葉を返すのを躊躇った様子だった。アイクが惚れ薬に冒されてから、こんな仕草は初めてだ。少し黙った後、溜息をひとつついて、視線を下げて、そのあと何事もなかったかのように顔を上げた。何だ? 頭の悪い仮説を立てるとすれば、薬に抵抗しているとかいうパターンか? いや、薬学については完全な素人だ、ガキ並みの想像でしかねえが……。


「私にとっても、アリスは運命づけられた相手。アリスと幸せになることは、私の責務。アリスを愛することは、私の人生の命題なんだ。そう、これこそが許嫁。愛し合おうじゃないか、アリス」

「ありがとう。僕でいいなら、こんな薬ばっかりちまちま混ぜてる、変で……わがままで……本当は……自信もなくて……だからこそどんな手でも使っちゃう、こんな僕でいいならば。お嫁さんにしてください、アイク王子」


 歓声とともにゴングが鳴った。いや、だから何でミス&ミスターコンにゴングなんだよ。まあ、アピールタイム終了といったところか。思ったより甘酸っぱかったな。アリスが形式上だけでも、正攻法で向かっていったのは少し意外だった。


 他のカップルが甘い愛の告白合戦を繰り広げている中、俺とユーリは満足に見もせずにベビーカステラを頬張った。


「ユーリ、あの二人がミス&ミスターで確定な流れだが、お前の所見は?」

「一般常識に照らし合わせて、そもそも惚れ薬というものが成立すると、君は思うかい?」

「そりゃ、思わないがな。アリスなら何が作れてもおかしくない気がしてな、素人から見れば」

「俺も薬はそんなに詳しくない。サキュバスの肉体からは、催淫薬が作れるとは聞いたことがあるけどね。臭腺からフェロモンを抽出すると、なかなかアウトなことになる」

「さっ……さっ、さいいん……!?」

「何を動揺しているんだ、彼氏いない歴イコール年齢ちゃん」

「……そのへんを応用しているのか? アイクは今、淫らなことになっているのか?」

「いや、そうだとしても常識的に不自然……っと、そろそろ観客の投票か。誰に入れる?」

「まあ……アイクに入れてやるよ。女は適当に」

「俺は兄上には入れたくないなぁ、プライドが傷付く。適当に票を捨てよう」


 本当、ユーリの自信なさげな表情は貴重だな。飄々という言葉が変態の形をして歩いてるような王子だ、プライド損傷の表情はなかなか見てて面白い。


「結果発表! まずはミスターから! 第七十一代ミスター・ダイヤモンドヒルズは――……アイク・アイドクレース王子だ!」


 寝盗られかけてるのに呑気だが、アイクが華冠を乗せて控えめに微笑み、みんなからの拍手を受けているのは素直に嬉しい。そうだ、俺の好きなアイクだ。ミスターに相応しい。それでこそアイクだ。観賞用に一家に一匹欲しい、尊いアイクだ。……しかし、そうすると例年通りなら『アレ』が行われるが……、アイクは大丈夫なのか?


「では、続いて第七十一代ミス・ダイヤモンドヒルズは――……アリス・アイオライトドール様だ! 皆様、お二人を拍手でご祝福下さい!」


 大歓声だ。追っかけどもも涙を流して祝福している。そうだ、『相手』がアリスだ。アイクは勝てるのかよ? アリス、アイクを殺したら承知しないぜ……?


「そしてお待ちかね! 余興と見せかけたメインイベント! ダイヤモンドヒルズで最も美しいカップルが、城裏庭の練兵場で魅せるド派手な模擬戦! 『ブリリアント・タイトルマッチ』だぁー!」


 司会が高らかに宣言するとともに、膨れ上がったギャラリーたちが一斉に練兵場へと足を向かわせる。そうそう。毎年これがあるんだ。だからアイクがミスターってのは、ちょっぴり不安もあった。多分ユーリもこれを心配したのもあって、俺が対抗馬に出ることを提案したんだろうが……。アイク、ただ、お前の実力が見てみたいのは確かだ。お嬢様にしちゃ曲者の毒薬使いアリスに対して、どこまで戦えるようになったのか。


「……兄上は何秒もつかな?」

「……見守ってやろうか」

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