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第15話・惚れ薬パニック?

 クリスマスイブの当日がやってきた。アイドクレース王国クリスマスパーティーは、城下町も巻き込んでの一大イベントだ。今年は連続襲撃事件の件もあって、若干規模は縮小しているらしいが、それでも街は大賑わい。時折俺に気付いて声をかけたり、握手を求めたりしてくる奴がいるから、それに応じながら俺はユーリを待った。

 城から徒歩二分くらいの場所にある、ナナ公という名犬の銅像。待ち合わせによく使われるので有名だ。このへんもクリスマスパーティーの波に呑まれている。具体的には、電飾と旗と風船とオーナメントが連なって商店や家々の壁を飾り、家族連れやカップルが手を繋いで行き交い、露店ではベビーカステラや軽食が販売されて活気がある。俺を見て、珍しそうに『ルイ様だ!』と声を上げるガキも結構いる。可愛いものだ、友達や親と、クリスマスを楽しめよ。


「待たせてごめん。女の子を待たせるような真似はしたくなかったんだが、昨日朝方まで本を読んでいて……」


 ユーリが走って来た。体力がないのか、たいして走ってねぇのに露骨に息が乱れている。お前、一発でも魔法をミスったら、隙を突いて狙撃されて終わりだぜ……?


「いや、まあ気にするな。この時期に読む本っつったら、あの襲撃事件の関係のとか、そんな感じだろう? 勉強熱心なところあるよな」

「その件だけど、結局禁書は触れずじまいなんだ。人命がかかってるっていうのに、呑気なことを言う城だ、滅びればいい」

「クリスマスに滅多なことを言うんじゃねぇ!」

「負け戦のリベンジマッチの機会も与えられない。しょうがないから、アイドクレースが戦乱期にあった頃を舞台にした、大河ロマンの小説を読んでいた。学術以外の歴史には余り興味がなかったが、読んでみると面白いものだ。三十五冊あって、まあ腹八分目だよ」

「速読恐れ入る。お前みたいな秀才が、何で人の恋愛を傍観して笑おうとかいう浅はかな目的で、好きでもない喪女とクリスマスを過ごすんだ。神は才能を、アイクみたいな真っ当な人間に与えるべきじゃないのか」

「それは君も言えた義理じゃないだろう。アイドクレースでも指折りの英傑が、好きな男の子のデートを覗きに行って泣こうっていうんだから」


 言い返せねえな……。とりあえず、アイクやミルカがいると思われる城に向かった。正門に近付くにつれ、混雑はますます激しくなる。揉まれてユーリと離れかねねぇ。なんとかかき分けて、城に入れば少し混雑はおさまった。俺らは顔パスだが、一般人が城に入るためには、配布された整理券が必要らしい。人数調整のためだろう。

 城のエントランスも、いつも以上に豪華絢爛だ。ラルフの石像の隣には、石像を呑みかねねえ勢いの、美しく存在感のある巨大なクリスマスツリーが飾られている。天井からは、祝日用の大きな国旗もぶら下がっている。ドレス姿の女性やスーツ姿の男性が行き交い、一般人もそれに混じって、オーナメントやリースの輝く美しい空間を楽しんでいた。


「アイクぅアイクぅ! クリスマスツリー綺麗だね?」


 出たか毒物女。探す手間が省けたぜ、お前の魔力波は知ってるから、今から手繰ろうかと思ってたところだ。真っ白でフリルの華やかなドレスを着たアリスと、同じく純白のタキシードに身を包んだアイクがいた。二人は、俺たちには気付いていない様子だ。数メートル離れたツリーの足元で、アイクはツリーを見上げたあと、アリスに視線を戻して言った。


「まあね。アリスの方が綺麗だが」

「嬉しい! そうだよね、僕はアイクのお嫁さんなんだから。生まれながらにしてヒロイン、それが僕! アイク、よくわかってるじゃない」

「勿論だよ。君は私の嫁となる女性だ。妙齢の許嫁とクリスマスツリーなど、比較にもならないよ」

「ありがとう! アイク愛してる!」

「……私もだよ」


 ……何だこの流れ? あれは本当にアイクなのか? いや……アイクのただでさえ僅かな魔力波を、注意深く解析してみたが……あれはアイク本人っぽいな……。そうか……いつの間にそんなに進展したのかは知らないが、俺はのっけから敗北ってことかよ……。


「……ルイ、口から魂が抜け出ているよ。そんなに落ち込むなよ。何か裏があるかもしれない」

「そうは言っても、ユーリもわかるだろう。アイクからは、チャーム魔術にかかっている気配はしない。あれはアイクの意思による発言だ」

「まあ、こうなるのも道理ではあるけれどね。ルイもそれをわかっていて見に来たんだろうし。……しかし、何となくきな臭い流れではある」


 アリスがアイクの手を取ると、アイクは笑ってアリスの頬にひとつキスをした。……キス!? キスかよ!? あのアイクが大胆にも、人前で、こんな公の場で……キ……キ……


「……君の夫としての務めを果たそう。今日一日、よろしく頼む、アリス。今日はダイヤモンドヒルズの、ミスコンとミスターコンもあるんだったか……。君ならばミスを獲れそうだが、どうする?」


 それは言えている。色んな奴と知り合う機会の多かった俺の人生だが、その数多の女性たちの中で最も美しい女性のツートップは、アリスとエリザだ。アリスは肩までの銀の短髪で、なおかつ普段はいわゆるお姫様といった雰囲気のメイクでもないのにも関わらず、とても美しい。それは認める。アリスが出ればミスは確定。ますますアイクの嫁に相応しくなる。まあミスコンといっても、この縁日の出し物みたいな気軽な催しだが、それにしても客観的な美しさの証明になる。


「そうだね。アイクがミスターに参加してくれるなら、楽しそうだから参加してもいいよ。アイクの嫁として、いっそうのハクを付けたいところだし」

「愛するアリスの望みなら。私のほうは獲れるか不安ではあるがね……はは」

「アイクなら獲れる。それは保証するよ、本心でね……」


 それも言えている。最高級の人形のような、非の打ちどころのない顔立ち。輝く金の髪に潤んだ青い瞳……。アイクは本当に美しい。まあ頭の中はお花畑なんだが、それが逆に純朴な風情を醸し出していて、いっそう外見のピュアさに華を添える。


「……ルイはミスターに参加しないのか? 君の人気と美貌なら或いは、兄上の対抗馬になって、ミスターを阻止できる可能性もあるけど」

「何で俺がアイクと張り合うんだよ、ユーリ……。人望を含むならいざ知れずだが、単純な外見でいえば、俺はアイクには流石に負けているしな」

「こういうとき、兄上と違って名も挙がらない第二王子の気持ちって、考えたことあるかい? 俺がグレたりオタクになるのも、道理だとは思わないかい?」

「お前にも劣等感という感情が存在したのか。いや、本心から、お前も美形だよ、ユーリ。相手が悪すぎるだけだ。アイクのあれはもはや才能だから」


 ともあれアイクとアリスは、仲睦まじく会話している。本当、この短い間に、どうしちまったんだよアイク。お前はそんなに心変わりの早い男だったのか? そんな器用なタイプだったか? ユーリの言う通り、なんだかおかしい……。


「アイク、ごめん。少し待っていてくれないか? 僕、ミスコンが始まるまでに、ちょっとメイクを直したいな。アイクの前では、いちばん綺麗な僕でいたいんだ」

「いつも綺麗なのに。ただ、アリスの望みとあれば。私はこのツリーの前で待っているよ。人混みに呑まれないように、気を付けて」

「ありがとう、アイク! 大好き!」

「……私もだよ」


 一旦離れるのか? ……アリスがこちらを見ている。少し離れて観察していたが、まあ魔力波を読み取れるであろう魔薬学士のアリスなら、俺たちのこともお見通しという訳か。案の定、メイクを直すわけじゃないらしい。俺たちのほうへヒールの高い靴で器用に駆け寄って、そして勝ち誇ったように笑った。


「どうだい? 雌猫ちゃん。アイクは僕のものだ」

「……お前、やっぱり俺の性別わかってたのか。舞踏会での煽り方が、男性に対してのものじゃなかったしな」

「魔生物学と魔薬学は、重なる部分も多くあるからね。魔物の身体の一部を使って作る薬が多いから、自然と生態にも詳しくなる。僕くらい優秀であればお見通しさ」


 アリスが誇らしげにしている。こいつはユーリほどアホみたいな才能がある訳じゃないが、薬学の先端に通じる程度には天才だ。或いは、ユーリとアリスは同族嫌悪的な部分もあるのかもな。


「頭毒薬女、兄上のあの調子は、いったい何だ? この短期間であれは、流石にきな臭い。家族である俺の勘だ、間違ってはいない。あれは兄上の本心じゃないだろう」

「……いかにもだよ、頭コスプレバー男。僕はアイクの飲み物に、惚れ薬を混ぜた」

「はあ!?」


 思わず大きな横槍を入れちまった。惚れ薬ってお前! そんな馬鹿みてぇな汚い方法で、アイクを手に入れようってのか!? 女ってのは怖すぎる。理論として惚れ薬なんてものが成り立つとも思えねぇが、アリスは色々怪しげな、常識じゃはかれねぇ薬を作るし、ありえない話じゃねえのかも……。


「お前汚ぇことを! そんなのありかよ! 正々堂々勝負しやがれ、ブッ殺すぜ」

「怖いねぇ、猫ちゃん。懸命に威嚇しちゃって、まぁ。結論からいえば、あの薬の効果は半年解けないよ。その間に縁談を結んでしまえば、薬が切れてもアイクは後戻りできないだろ? もう遅いんだよ、猫ちゃん。帰ってちゅーるでも咥えて泣いてな」


 嘘だろう。そんな決着のつきかたアリかよ。そうしてズルして手に入れたアイクはアイクじゃねえって、どうしてわかんねぇんだよ。そんなことしたらアイクは悲しむって……いや……。必ずしも悲しむか? アリスはもともと許嫁の第一候補、薬なんてなくてもどうせ縁談は決まるだろう。なら、その踏ん切りを早めるために、薬を使ってやろうって魂胆なんだろう、アリスの奴の狙いは。……俺はこの話に、筋の通った反論や横槍を投げかけられるのか? ただの男友達でしかねぇ筈の俺が?


「……夢物語のようなことを。まあ、君たちのことは監視させてもらうよ。真実がどうあれ……兄上がああいった行動を取っているのは事実だ、気になる事件にはかわりない」

「慎重だね、頭バニーガールパブ男は。見てればわかるさ。これは猫ちゃんの負け戦だとね」

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