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第14話・慣れないラブストーリーと、クリスマスと

 宿に帰ると、早くも夕食のシチューの匂いが漂ってくる。ベッドに寝転んで、『空と海のピアニッシモ』の表紙を見た。絵画のような絵柄で、金髪の女性剣士と、魔導士ローブを着た茶髪の男性が手をとりあう、美しい瞬間が描かれている。……本来なら勉強を先にするべきなんだろうが、なんとなく気になるな。自身も恋をしている身としては。

 夕飯までには読めそうなページ数なので、試しに読んでみることにした。五十年ほど以前のアイドクレース王国を舞台にした、恋愛小説だ。


 下級騎士の出である女性剣士クラリスは、高名な貴族であり魔導士でもある男・セシルに城のパーティーで出会い、身分により差別されるところをセシルに護られ、心に淡い恋心をいだく。やがてクラリスは有名な剣士に上り詰めるが、セシルは女性剣士ながら名声を得てしまったクラリスに、劣等感に近いものを抱いてしまう。そのころのクラリスはセシルとの疎遠を嘆き、手あたり次第の男に手を出す暗黒期を経験する。しかしやがてその虚しさに気付いたクラリスは、自分の強さゆえにセシルと縁が切れることを恐れ、セシルの存在こそが自分を引き上げた、セシルの存在こそが自分の力の源なのだと力説する。セシルは劣等感から解放され、自分のような実戦に向かぬ者が、強き者であるクラリスの支えになっていることを誇りに思う。そして手をとりあい、激しい性のまぐわいを結び……って、エロいシーンがあるのかよ! いや、恋愛小説だから必定なんだろうがな……。


 思わず一度ページを閉じてしまった。恐る恐る続きを読んだが、セシルは衝動に駆られたようにクラリスの胸を揉みしだき、性器を愛撫し、うなじを舐めながらキスを繰り返し、何度も愛を囁く。クラリスは甘い嬌声を上げ、身体を震わせ、セシル、愛してる、と呟きながら恍惚の喘ぎ声を漏らす。……余り下世話なことは認めたくねぇんだが、なんか喪女の俺は、心の奥が熱くなっちまうのを感じる。いや、興奮してねぇよ!? 未経験のことについて、社会勉強をしているだけで。けして興奮してる訳じゃねえんだぜ!?

 ……ユーリの奴、まさかこんなこと見通してねぇよな? 純粋に薦めてくれたんだよな? 俺を揶揄っちゃいねぇよな? いや、図書館での様子を見る限りじゃ真剣だったが……。


 その後、クラリスはセシルの子を授かる。しかし国は、当時大陸をアイドクレース王国なみに席巻していた、『宵の魔』と呼ばれる強大な魔物に脅かされていた。クラリスの愛の力で一流魔導士にのぼりつめたセシルは、クラリスと多数の兵を連れて、宵の魔との死力を尽くした決戦に勝利し、アイドクレース王国に安寧をもたらす。

 ただ……、セシルは腕を片方失い、クラリスは鈍器での頭部殴打の影響で、脚に麻痺が残った。特にセシルのほうは、もう二度とクラリスを抱きしめられぬことを、とても悲しく思っている。互いにハンディを背負い、前線を退く身になっても、愛は微塵も変わらない。空と海の広がるインカローズビーチで、海の僅かな波、ピアニッシモの世界に包まれながら……星空の下で、二人は真のキスを交わす。そんなあらましだった。


 話は割と無難な運びだが、描写と表現力、キャラの生き生きとした台詞、よく練られた設定によって、ロマンチックなラブストーリーの傑作へと躍り出ている。……喪女が柄にもなくときめいちまう位には……。ラストシーンは涙がぽろぽろ出て、鼻をかむ事態に発展した。世の中にはこういう世界があるんだな。二十一年彼氏のいない俺には、いい勉強になった……。


 ユーリの意図が読み取れる。クラリスとセシルは、俺とアイクに似ている。もちろん違うところもたくさんあるが……ユーリは恐らく、俺がクラリスにシンパシーを感じることを見通して、これを薦めた。

 お節介な男だ、まだ十七のくせして。俺にどうしろっていうんだよ。クリスマス前に、俺の胸中をつつこうっていうのか。決定的な違いとして、セシルには、アイクにとってのアリスのような存在がいない。かつ、俺やアイクと違って、互いが何を考えているか薄々把握している。だから、このモデルケースをそのまま自分自身にあてはめようという気にはなれねぇ。

 だが、ユーリはそれもわかっているだろう。これの通りに行動しようとは思えねぇが、なんか……クラリスとセシルが大きなドラマを経て結ばれたことで、俺の心の中の大事なところが、少し救われたような感じがする。俺のこの感情は、抱いているだけなら、許されてもいいんだって思えた。アイクが誰に恋をし、或いは誰と契りを結ぼうとも、俺はこの気持ちを抱いてることを、否定しなくていいんだ。




 その晩ミルカが、たまたま珍しく仕入れることができたという、小さなヒスイ酒の瓶を持ってきてくれた。ヒスイ酒はワー王国の酒に由来する、ヒスイ谷の特産品。米を発酵させて作った酒だ。時系列上、俺はヒスイ谷にいたころ未成年だったから、飲んだことはねえ。谷の宗家のオッサンどもが、夜通し酌み交わしていたな。父さんと母さんも、たまに安いのが手に入ったときには、夫婦で酌み交わしていた。


「おいしいですか? ルイ様には故郷の味ですものねぇ」

「すっきりしていていい。水みてぇな喉越しだ。アルコールが強めなのもいい。噎せ返るような刺激がくせになる」

「うーん、あと四年経ったら、私もカシオレを味わってみたいものですね」

「ミルカ、どうもクリスマスには間に合うそうじゃねえか、エディの奴」


 ミルカが頬を染めている。初心な乙女ってのは可愛いな。


「……どうしてご存じなんですかぁ。はわわ、恥ずかしい」

「ユーリの奴に聞いた」

「あの方は口軽いんですねぇ。そんな感じはしますけども。捉えどころのない方です」


 それは必ずしもそういうことはない。事実俺が女であることも、噂として吹聴したりはしていない。流していいことと悪いことの区別はついている。


「クリスマスパーティーに一緒に出るなら、遅かれ早かれ明るみになることだがな。エディは知能猿だが地位のある若者だ、ミルカも風当りには覚悟しておけ」

「私が強いのは、舞踏会……という名の合コンでご存じでしょう?」

「まあな」


 摘みはアスパラガスのベーコン巻きだ。ベーコンが少し香ばしくて美味い。雷術全集に目を落としながら、グラスを傾けた。


「ルイ様は誰と過ごされるんですか?」

「ああ……不本意だが、ユーリに誘われたよ」

「な、なんと! い、いわゆるボーイズのラブというやつですか!? ルイ様はそんなご趣味で」

「何でそうなる。友人みたいなものだ、あれは」

「ふんふん、本当ですかね。果たしてどっちが上なのか、妄想しても良いですか?」

「勝手にしろ、腐女子はこれだから困る」


 ミルカが、俺のベッドに置かれた『空と海のピアニッシモ』に気付いたらしい。


「これ、読まれてたんですか?」

「そうだ。……柄にもねぇだろ、笑いたきゃ笑え。図書館でユーリに薦められたんだ」

「面白いですよねえ! リヒト・フリューゲルで大流行しました。あの頃顔は存じ上げなかったんですが、ユーリ様があれをダシに、ミス・リヒト・フリューゲルに近付こうとしたという噂を聞いたことが」


 やっぱりそういう活用が目的かよ! 本当に、あいつはこれだから……。清純かつ潔白かつ、品行方正なアイクの奴を見習え!


「一瞬付き合えたらしいですね。価値観の相違で長続きしなかったらしいですが」

「本当かよ。まあ立場の力だろ。王族へ嫁げば、金銭的にも一生安泰だしな。ユーリは綺麗な顔をしているが、最高級の人形かよと突っ込みたくなるようなアイクほどのパンチは無ぇし」

「いえ……、リヒト・フリューゲルの校風もあるでしょうが、あのタイプは凄く需要があります。あの世界では知識と頭脳、才のある者は神です。例え素行や人間性に感心しないものがあったとしても、人当たりがフランクだと、それだけで更にポイントは高いです」


 あれはフランクって言うのか? 困った自由人っていうんじゃないのか?


「ルイ様とユーリ様という、女性受けを絵に描いたような人たちが、なぜか独り身で一緒にクリスマスを過ごすのは解せませんが……。まあ、私とエディ様の進展でも、見守っていてくださいよぉ。損はさせません」

「言われるまでもなくそうするつもりだ。クリぼっち同士が揃ってすることといえば、カップルたちの偵察以外ねぇだろ」

「さてはまた、舞踏会の件で想いを寄せていた誰かを、ストーキングされるおつもりですか?」

「……そんなもんだ。酒と摘みご馳走様。俺は少し読書して、そろそろ寝るよ」

「お疲れ様です。私は、エディ様とのデートにどのドレスを着ていくか、もうちょっと迷ってから寝ますね!」

「今から迷うのかよ、まだ三日あるのに。お休み」


 ヒスイ酒は美味かった。歯を磨いて顔を洗っても、まだあの独特の苦味と辛味が、舌の上に残ってるような感覚だ。父さん、母さん、今は好きにヒスイ酒を飲める生活を、送っているよな? 俺は役に立ててるよな?

 クリスマスイブ、父さんと母さんと同じ空の下で……一人娘は、恋をしようと思うよ。いつか破れて故郷へ帰ることがあったら、そのときは酌み交わして、慰めてくれよ。

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