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第12話・招かれざる来訪者

 ダイヤモンドヒルズの大通りは活気に満ちているが、中心街を離れて一本路地に入れば、案外閑静な区画もある。宿屋の前に、少しばかり穴場のクレープ屋にでも寄ろうかと思ったんだ。俺自身はそこそこ腹いっぱいだが食えねえことはないし、何よりミルカに買って帰ってやろうかと思ったんだ。あいつはあそこのクレープが好きだからな。

 この路地はクレープ屋への近道だ。このあたりの地理に明るくねぇ人はまず通らねぇ道だが、涼しい風の泳ぐ路地裏は、野良猫の居場所としては悪くねえ。……が、何となく嫌な感じがするな。足を止めて、空を見上げた。どこかから、何かが来る気がする。転移魔法の気配だ。空間が軽く歪むのを感じる。積まれた煉瓦が、その衝撃でぱらりと音を立てたのが聞こえた。



「ルイ様」



 唐突なその言葉と同時に、空気を裂くような魔力と殺気に、心臓を刺された。

 何だ、誰だ? 男の声。聞き覚えのねぇ、ねっとりと締め上げるようないやな喋り方だ。これは純然たる魔物の気配だ……、だが、『六十億の呪い』の影響は感じられねぇ。直ちに、本能的に、暴走して人を襲う心配はねえ筈なんだが……、なんだ、この魔力の圧は? 危険な依頼や巨大なドラゴンの討伐の仕事でも、ここまでの圧倒的な魔力を持った敵はそうそう……。俺に敵意はあるのか? 後方に気配がある。


 振り返ると、黒と白を継ぎ接ぎにしたような妙な燕尾服を着て、狼をかたどった民族調の仮面を着けた、長身の男が立っていた。背には蝙蝠のような翼があって、シルクハットのわきには角もある。恐らくヴァンパイア。俺に何の用だ、お前のような、強さを匂わせる魔物が?


「お手並み拝見。黒の覇導九の式・『ケイオスブラッド・ナンバーナイン』」


 ヴァンパイアの手にする小さな杖から、真っ黒な九つの魔力の塊が勢いよく散らばって向かってくる。びりびりくる、凄ぇ魔力だ。これは駄目だ、本気で防がねえと……殺られる。スタッフを構えた。詠唱する暇はねえ、杖があれば詠唱無しでもどうにかなる――……筈だ、防がなきゃ、市街地がやられる。こいつは危険だ!


「ヒスイ流雷術盾の理・『つわものどもが夢の跡』」


 バリア魔法だ。俺の身長ほどの杖の先から雷光が溢れ出て、それが周囲の建造物と、それから俺自身をヴァンパイアの魔法から護る。……なんて圧だよ、押し切られそうだ。こんな魔術波は覚えがねえ、悪いことしてる奴なら、国の賞金首の筆頭になってもおかしくねぇくらいの……。耐えきれるか? 魔力をバリアに継ぎ込めるか? 畜生、何だかわからねぇが俺は負けねえ。爆風に耐えろ。街のために魂込めろ……、


「……素晴らしい」


 ふとヴァンパイアが攻撃をやめた。何だ? 戦うつもりじゃなかったのか? いや、何で襲われたかも俺は全く理解してねぇし、話し合って解決できるならそれに越したことはねえが……。いつ攻撃が再開されるか、神経を尖らせながら俺はそいつの言葉を待った。


「ルイ様のお手並みを確かめたかった。いやはや、噂に違わぬ実力者。詠唱を抜いたバリア魔術でこの威力。それでこそ、お話に来た甲斐があったというものです」

「……はあ。確かめるまでもなく俺は強い。お前は誰だ? どうして俺の力を、民間を巻き込みかねねぇ方法で確かめやがった? 返答によっては――」

「申し遅れました、私はシルヴェスター。強大なヴァンパイア族であり、思想家でもある」


 思想家って言われると、何となくやばいの想像しちまうのは俺だけか?


「ルイ様に、私どもの仲間になって頂きたくて、参りました」

「ええ……。新興宗教か? 生憎俺は無信仰だ。勧誘なら他をあたれ」

「緊張感のない方だ、そのような無垢なところもまた興味深い。……ルイ様、貴女は猫族の女性。つまり魔物でもあると言って差支えない」


 女ってわかるのか。ユーリの言い方だと、相当の実力と知識がねえと、一目ではわからねぇ筈だ。


「『六十億の呪い』による魔物の討伐。その大義は『人間を襲う存在の排除』。ルイ様、それが本当に正しいこととお思いでしょうか」

「平穏に生きてる他の生命体の権利を侵害してる奴を退治する、それの何が間違っている。そんな存在になってしまうことは、呪いにかかった魔物自身の、生前の意思にも反している。その悲劇を断ってやるのも優しさだろう」

「人間は言います。ヒューマンは聖なる民族だと。それは呪いの干渉を受けないから。しかし、魔物がそのために大量虐殺される、この世界は……少しばかり不平等ではないでしょうか」

「……何が言いたいんだ? よく理解できねぇ」

「人間を殺す者は悪。魔物を殺す者は正義。呪いへの抵抗手段を持つ私のような魔物どうしは、真っ当な理由なくしては滅多に殺し合わないのに、ですよ。私は『魔物の解放』を訴えたい。ただでさえ人間は、亜人や魔物の血を忌み嫌うふしがある。それは貴女もご存じの筈だ」


 まあ、亜人は人間よりは多少地位が低い。俺も駆け出しのころは、仕事を請け負う酒場で『なんだ、獣人かよ』『猫なんかに冒険者が務まるのか?』などと揶揄されることもしょっちゅうではあった。ダイヤモンドヒルズのガキどもが、ときおり翼や尻尾の生えたガキに石を投げているところも見かける。俺がなだめるとやめるが、差別の奥深さと根深さを感じる一瞬ではあるな……。だからこそ、ユーリだって城の授業で、差別の牽制をはかる言葉を交えたんだろうしな。


「六十億の呪いがあろうとなかろうと、魔物の生態を否定する権利は誰にもないはずだ。魔物はありのままの姿で存在する権利がある。たとえ人間を一匹残らず食いつくそうとも、それが正義と外れた負の理だと、誰が断言できる?」

「……お前、危険なことを言ってるぜ。言いたいことは一パーセントくらいわかったが、それは命どうしに無用な争いを増やすだろう、結果的に。もっと包括的に捉えろよ、生き物は皆平等だ」

「私もまた、生き物は皆平等だと言っているのですよ。数々の名うての魔物たちが、『魔物解放』を掲げて私のもとに……そして『あの人』のもとにつきました。願わくばルイ様も、『魔物の自由』を、我々とともに目指して頂ければ、とても有難い話なのですが……」


 こいつ……仮面を着けているのに、中で余裕ぶってにやにや笑ってるのが透けて見えるな。余り好きな人種とはいえねえ。……何より、その思想はアイクや、俺の大事な人たちを危険に晒す。そんな怪しい思想に共感しようとは思えねぇ。


「……シルヴェスター、俺はそれには参加しねぇ。頭ごなしに否定しようとすれば、ここでお前を葬るという選択肢もあるが……、巻き添えに街一つ吹き飛ばして、犠牲者を出しちゃ俺の主義に反するからな」

「随分と過激なことを仰る。……残念です。まあ、しかし諦めてはいませんよ。貴女には必ず――……このシルヴェスターにこうべを垂れる瞬間が訪れると、確信してやみません。では、また、いずれ」


 追う間もなく、高レベルな瞬間移動魔術でシルヴェスターは姿を消した。畜生、どこに行った? 気配がねぇ。余程遠くへ、一瞬で、詠唱もなく、杖の魔力増幅のみで。……あれは、ただの新興宗教にしちゃ実力が過ぎる。少しばかり危険だな。だが追うことはできねえ。

 ……何となく胸糞悪い。嫌な予感がする。まあ、あくまで予感だし、今のところこのことに関して、俺ができることは少ないだろう。俺みたいな素人が情報収集して素直に正体を明かしてくれるような、簡単な存在にはとても見えねぇ。事実シルヴェスターの目論みのことを、城の奴らだって知っているようには見えねえしな。この事件は、あとで城に共有しておくべきか。宿に帰ったら、スマホで簡易的な親書を、王室に寄越そう。変な奴らがいるっぽいぜと。


 ……取り敢えず、クレープを購入して俺は素直に宿へ帰った。ミルカは既にドレスからエプロン姿に着替えていて、フロントで宿泊者の応対にあたっていた。


「あっ、ルイ様! おかえりなさい!」

「送ってやれなくて悪い。迷わずに帰れたか?」

「いやぁ……、迷いましたねぇ。そのへんの荷馬車のおじさんに道聞いて、やっとこさ帰れましたよ。ルイ様お昼は? 私が準備しましょうか?」

「城で食った。ミルカに土産がある」

「わー、苺チョコバナナクレープ! ルイ様太っ腹ぁ」


 宿泊客の手続きが終わったあと、頬にクリームを付けて、ミルカは嬉しそうにクレープを頬張った。俺の頼んだのはミニクレープで、チョコとナッツ、ホイップクリームに珈琲の香りの入った、大人向けの味だ。カフェオレにクリームを乗せたときの味に似ている。美味いな。


「空室の掃除は終わりました。いまから裏庭に、シーツを干します。……ふふ、いいことがあると、民宿のメイドの仕事もはかどるってものです」

「……さっきからやけにスマートホーンを弄っているが、何か新しいアプリでも気に入ったか?」

「いやいや、それより遥かにいいことです。事務局での手続きを終えて帰りにかかったとき、なんと将軍のエディ様が、私に声をかけて下さって」


 エディがか? 確かに最近女の気配はしなかった。あいつは清楚なお嬢様が好きだ、少年漫画の正ヒロインみてぇな。謁見の間でのミルカは、ぱっと見そんなふうに見えたんだろうな。まあ、あの空っぽ頭だ、何度もお嬢様に振られ続けた過去も持っているが……。


「何でも、謁見の間で見かけた私が好みのタイプだったそうで。連絡先を聞かれました。エディ様は短髪ではありませんが、端正な顔立ちにムキムキの細マッチョ。目もやや細め、私の好みの人に近いのです。それに加えて、あの強さと地位。人のいい方のようですし、これは私も玉の輿なのでは……!?」

「なるほど。エディはけして、女を軽んじて声をかけるような奴じゃない筈だ。半端な気持ちでミルカに働きかけたわけじゃないだろう。よかったな、仲が進展することを祈る」

「ありがとうございます。彼の心を、捕まえうる女であれれば良いのですがねぇ」


 むしろ、エディの化けの皮がはがれねぇか心配だ。あれが小学生並みの頭脳しか持ち合わせないアホだと……アイクとも張り合えるほどのお花畑だとわかって、秀才のミルカが失望しねえといいんだが。いくら将軍とはいえ、ユーリ並みに品格に欠けるしな……。そう、余談だが、あの二人はアホと天才のくせに仲がいい。男の友情ってのは不思議なものだ。


「……ルイ様、また浮かない顔ですよ? 何かあったんですか? 恋の話ですか? 私でよかったら、またお話聞きますけど」

「……いや、今回はそんな浮足立った話じゃねえ。……厄介そうな問題が眼前を横切ったから、城に連絡を入れようと思ってな。ただ、ミルカが心配する必要はねぇよ。王都を護るのは、俺たちの仕事だ」

「はあ……、まあ、ただでさえ襲撃事件が起こったり、物騒な世の中ですもんね。お力になれないのは残念ですが、そんなルイ様を励ますために、今宵もつまみのウインナーを焼きましょうかね」

「感謝する。今夜は麦酒をくれ。辛口の生で頼む」

「了解しました。夕飯後にご用意しますね」


 いつもの宿屋の部屋に戻って、ベッドに横たわった。王室専用のセキュリティネットには、パスワードはない。スマートホーンは、素材である一角獣の角を媒体とした、板型の魔学通信機器だ。特定の人物の魔力波形状を記録したり、それを利用してのユーザーの認証も、可能となっている。指紋認証より、もっと確実なセキュリティだ。王室に繋がるプライベートネットワークには、この国でも限られた人間しかアクセスすることはできない。その権限を持つ奴の一人が俺だ。


 窓からの陽はあたたかい。ローブを脱いで、アイクのカーディガンの肌触りを感じながら、スマホの無機質な画面をぼんやり操作した。ラルフ、エリザ、エディ、アイク、ユーリの各者に、この情報は共有されるだろう。


『宿への帰路で、妙な奴に出会った。出会った途端、俺の力を確かめるためとの名目で戦闘を仕掛けてきた。偽名の可能性もあるが、シルヴェスターと名乗った。ヴァンパイアの男で、俺とまともにやり合えるくらいには強い。『六十億の呪い』による魔物・亜人の迫害から、彼らを解放することが望みという思想家だ。やり方も言う事も戦闘力も少々過激だったから、一応報告しておく。何事もないといいんだが。じゃ、また』


 窓の外を、なんとはなしに眺めた。商店街の店先には小さな針葉樹が飾られていて、素朴できらきらした飾りがぶら下がっている。そうか、少し気が早いものの、もうすぐクリスマス。色々物騒な事件が続くところではあるが、今年も城の、華々しいクリスマス会をやるんだろうか?

 城のクリスマス会は、意外にフランクだ。一般市民も迎えてのお祭り騒ぎ。風の噂に聞いたが、ルビーマウンテンのアリスも、近々王都へ帰ってクリスマス会の主賓の一人になるらしい。そう、舞踏会のときにも会った、アイクを盗るあの嫌味な毒薬女だ。まあ、立場的には第一王子の花嫁候補。物騒な世の中でもある、警備の手厚いダイヤモンドヒルズへ帰ってくるのは、客観的に見れば賢明な判断ではある。

 ……アリスがこちらへ、本格的に帰ってくるとなれば……。いや、考えるのはやめよう。俺はお姫様になり損ねた女。俺には関係のないことなんだ。今朝見た夢を、ぼんやりと思い出す。アイク、振袖を着たあのとき、飴細工をもらったあのとき、もう俺は報われたのかもしれねぇ。俺の分相応に、お前との時間を過ごせたのかもしれねぇ。ユーリには横槍入れられたりもしたが……、やっぱり、俺には勇気も、覚悟も、決心もねえ。……幸せになれよ。


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