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第11話・あなたに嫌われるのだけは、怖い

 視聴覚室に着くと、紺の制服に身を包んだ十歳ほどのガキどもが、俺たちを見て歓声を上げた。


「すげぇ! ルイ様だ!」

「ルイ様!」

「ユーリ王子もだ!」

「わああ! すごい」


 アイクに集まっていたガキどもが、いっせいに俺たちのほうへ駆けてくる。可愛いもんだな。この歳の頃っていやあ、俺ももう少し可愛げがあった。倉庫を過失で吹っ飛ばした末里に暗殺を検討された、複雑な時期だったが……。


「みんな。今日の主役は俺だ。知ってるかと思うが、第二王子のユーリだ。よろしく」


 ユーリが教卓の、黒板の前についた。俺とアイクは参観日の両親よろしく、視聴覚室のはじで見守っている。


「今日はこのアイドクレース王国と、世界の歴史、魔物の生態について……基礎的な知識を講義しようと思う。退屈でも、最後まで聞いてくれよ?」


 はーい、とガキどもが笑った。


「いまこの世界に、そしてアイドクレース王国に、およそ何人の人間および亜人がいるかは知っているかい?」


 女児が手を上げた。


「世界に六百万人! そのうちアイドクレース王国には四百二十万人」

「上出来だ。まあ一大国というところだね、アイドクレース王国は。ただ、四千年前の世界の人口は、そんなもんじゃなかった。なんと多い時には六十億以上もの人間が、この世界に住んでいたと言われている」


 子供たちが驚いている。俺やアイクの年齢なら、一般常識として知ってるレベルだが……ってなに俺の隣でふむふむ頷いてやがる、頭空っぽアイク王子(19)!


「今のこの世界とは比べ物にならない科学力で、古代人は世界を席巻した。そのころの記録はほぼ残っていないから、彼らが有していた技術や論理について、具体的な事実はわからないけどね。なぜ記録が残っていないか。なぜ彼らが絶滅の危機に瀕したのか。それは……彼らが戦争をしたからだ」


 そうだ、古代人は戦争を繰り返し、自らの喉元を締め、裂きにかかった。


「枯れていく化石燃料。止まらぬ温暖化。彼らの本能が、争いと自滅へと彼らを追い込んでいく。大戦争止まぬ中、叡智の結晶として古代人時代末期に生み出された再生可能エネルギー、それが『魔力』だ」


 俺たちが享受しているその力を、現代の俺たちは完全には解析できていない。が、古代人はそれを理解し、狙って作ることができたという訳だ。


「しかし魔力、魔術の発展と、当時の科学力が組み合わさった結果……世界の戦争はいっそう激しくなり、ついに大国どうしが、この世界の全てを破壊し、大陸の形、気候条件、そういうあらゆる秩序を変えてしまうほどの兵器を発動させあった。そして……古代人の文明は西暦二〇〇二年に滅びた。辛うじて残った出土品や歴史的資料から、このような経緯だったと言われている」


 愚かだなぁ……。いつ聞いても……。俺たちより遥かに優れた宇宙人みてぇな連中が、そんな道を辿って滅びるとは……。


「ところで、現在のこの世界には、魔力と野生生物が融合した結果自然発生した『魔物』がいる。しかし、魔物自体が有害な生物という訳じゃないのは、皆は知ってるかな?」

「しってる! よくはしらないけど、なんか『六十億の呪い』ってやつですよね?」

「そうそう。魔物と野生生物の境界線は実に曖昧だ。そして一口に魔物といっても、有する知能、魔力、身体的特徴は種族によっても千差万別。人と意思疎通のできる魔物も数多い。……そんな彼らのなかの大部分が、なぜとち狂ったように人を襲い殺し、その結果討伐されるか。その答えが『六十億の呪い』と呼ばれる」


 アイクの『そうなんだ……』に、失望がとまらねぇ。お前は何を考えて十九年間生きてきたんだよ……?


「死んだ古代人の、六十億の怨嗟。まあ、恨みとか、悲しみとか、苦しみとか、憎しみみたいなもの。それがこの大陸に、今なお色濃く残っている。魔術の一種である呪術と、性質としては似通っているね。このあたりは今の魔学でもあまり詳しくはわかっていないし、説明しようとすると少し君たちには難しいから、嚙み砕いてそう言うことにするよ。そういう呪いの影響を受けて、魔物は人を襲う。ひとたび『六十億の呪い』を受信してしまえば最後……その魔物は一生、理性を失い人を殺し続ける化け物と化す。そう……人を襲う魔物は、無念のうちに死んでいった多くの古代人たちの、亡霊だと言ってもいい」


 子供たちが息を呑んでいる。


「ではなぜ、魔物の血を受け継いだ亜人たちは『六十億の呪い』の影響を受けないか。これについても詳しくは解明されていないが、人間の血には呪いに対する強い免疫がある。ヒューマンが聖なる種族と呼ばれる所以だ。その血が混じっているだけで、彼らは理性ある亜人として、人間と共に歩むことができる。君たちのクラスにも、亜人の子はいくらかいるだろう? ……うんうん、手を上げてくれた子がいるね。君たちは神の祝福を受けている。今の段階では、そう思っておけばいいよ。種族が違うことによっての、いじめや喧嘩もだめだよ。古代人はそういうことをしたがために、絶滅へと追い込まれたのだから」


 ユーリがいつになく真剣な口調で、ガキどもに語り掛ける。


「手を取り合うことで、俺たちは古代人の轍を回避することができる。『六十億の呪い』に蝕まれた者のみ全力で排除し、それ以外は肌の色、耳の形、体格、尻尾や羽根の有無に関係なく手を取り合う。それが、古代人を超え、教訓として活かす俺たち現代人の生きる道だ。君たちに今できることは、クラス皆で仲良くすること。困ってる子がいたら、手を差し伸べること。そして、呪いにかかった魔物を見たら、無理して戦わずに、大人を呼ぶこと。未来を担う君たちが、健全な国を作ってくれることを願っている。……なんて偉そうに講義してる俺も、まだ十七なんだけどさ。一緒に頑張ろう」


 はい! と、クラス全員が勢いよく合唱した。糞食らえ、感心な王子を装いやがって。ロリコン発言に無責任な放浪癖に自国への冒涜を含む冗談、ガキどもに語って聞かせてやりたいぜ……。だが、その数々の問題行動は確かに下らねぇが、今のこいつの言葉は、少しだけの本心や、王子の自覚が混じっているようにも感じられる。そう考えりゃ、殊勝なのか?


「じゃあここらへんで。少し短かったかな? まあみんな昼食が食べたい時間だろうし、これくらいにしておくか。恐らく城のシェフの食事か何か出るんだろう? 子供を思いやる優しい第二王子、ユーリをよろしく」

「ありがと! ユーリ様!」

「大好き! ユーリ様!」

「おなかすいた! ユーリ様!」


 本当、お前の猫被りは殺したいレベルだぜ……?


 授業は終わった。確かに昼時だ、どこで食うかな。宿屋に戻って婆ちゃんに作ってもらうのもいいか……道に迷ってなけりゃ、ミルカも宿に戻れている時間だろうし。


「素晴らしい授業だったよ、ユーリ」


 アイクが小さく拍手をしながら、がらんどうになった視聴覚室を出つつユーリに声をかけた。


「私の知らないことを、たくさん知っているのだね。どんな文献を読んでも右から左の私でも、なんとなく理解できたよ」

「兄上の脳みそは貧弱すぎるんだよ。未来の王として、もう少しお勉強というのをした方がいい。さておき俺も腹減ったなぁ……。メイドが用意してるだろうけど、すっぽかして素人の女の子のいるコスプレ喫茶店にでも……」

「王子が何を画策しているんだ、ユーリ。いくら私でも、そこまで不埒な放浪はしたことがないよ。今日の料理は、私が主役を担当させてもらった。メイドに野菜を刻んだりの手伝いは頼んだが。作り置きしているゆえ、一緒に食べにいこう。もちろんルイ、君の分もあるよ」

「本当か!? アイク、お前は本当感心な奴だぜ。お城いちのお姫様男子が腕によりをかけた料理、少しばかり楽しみだな」

「ルイ、君が猫のくせに兄上に尻尾を振るという噂、本当だったんだな……」


 王室専用スペースの、普段晩餐に使われるディナールームに呼ばれた。アーチを描く天井は高くて、赤カーペットで統一されていて、木の風合いを残した味のある大テーブルに、レースのあしらいが美しい白のテーブルクロス、めり込みそうなふかふかの椅子がある。ラルフと、エリザと、エディと、それに城での事務の休憩時間中である大臣たち、それにアイク、ユーリ、俺。人数は少な目だ。俺が普段余り大臣とかと絡まねぇのにアイクが配慮したのか、俺を端に寄せて、アイクとユーリ、それにエディの席で囲んでいる。ラルフ、エリザは大臣たちと政治の話をしてる。俺は戦闘員だから、その話の全容はよくわからねぇ。


 アミューズは豚肉のリエット、パンと合っていて肉のうまみがきいている。オードブルはアジのレモンマリネ。なるほど、すっきりとして臭みがない。俺は猫族だからか、魚は好きだ。


「臭みをとるのに苦労したんだ。すっと馴染む味だろう?」

「おう、すげーなアイク! オレ青魚苦手なんだが、これはどんどん食えるぞ! はっはっは!」

「声が大きい、エディ。兄上の料理は、確かに美味いよ。これは俺にはない力だ、素直に尊敬してもいい。コスプレ喫茶より遥かにいいものが食える。面子は男ばっかだけど」

「そうだ、アイクは天才だ。褒めてやってもいいぜ。各地の美食に通じる旅人ルイを、満足させる料理人だ」


 シンプルなコーンのポタージュも、旨味が深い。さっきのリエットに付いていたパンを浸しても、けっこう美味い。金目鯛のスープドポワソンも、くせのない白身魚の舌への馴染みに、スープの多少のクセが乗っていい味だ。


「……アイク」


 口直しのグラニテの後、メインの牛フィレステーキが出てきた際に、俺はアイクに話しかけた。


「何だ、ルイ」

「アイクは……将来結婚しても、相手に料理を振る舞ってやるのか? メイドや妻には任せねぇのか?」

「あはは……まだ結婚したときのことは考えられないが、まあそうなるだろうね。メイドの手を借りつつも、趣味は続けていきたいよ。料理や手芸、園芸は、私の劣等感だらけの青春を救ってくれた財産だから。手料理を、おいしく、たくさん食べてくれる人と結婚したいものだ」

「……そうか。俺ももっと振る舞われてみたいものだな。ふん、相手は幸せ者だ、羨ましいぜ。お前の未来の妻のかわりに、おいしく、たくさん食ってやってもいい」

「ひぃ、あまずっぱ」

「横槍を入れるなっつってんだろ、ユーリ!」

「何だユーリ、グラニテの苺シャーベットの香りが良かったか。嬉しいな」


 アイクは天才的な鈍感だ……。憎いくらいだぜ……。


「ま、でもアイクが劣等生ってのも、今となっちゃ若干過去だよなぁ? 本当、十五くらいまではオレの指一本で仕留められる屑だったが、今や将軍のオレと軽く手合わせしても、剣を持つ手にビリビリくるぞ。ま、王族相手に手加減はしてるがなぁ」

「まあ、エディを判断基準にすると、私でなくとも見劣りはするがね」

「兄上兄上。ここに魔術で存分に戦える王子もいるんですけど」

「ただ、その暗黒期を救ってくれた決定的な存在がある。それがなければ、今も私はエディの足の指一本で倒れ、挙句不甲斐なさから王位継承権をユーリに取られていたかもしれないね」


 フロマージュ、デセールが、まとめて一皿に、小ぶりに盛り付けられている。チーズはクリーミーでえぐみもあるが、フルーツの盛り合わせがそのえぐみを流し去ってくれて、心地よい。フルーツには柔らかいゼリーも絡めてあって、それがいっそう清涼感を掻き立てる。

 最後は紅茶に、色とりどりの一口チョコがプティ・フールとして出された。昼からこのフルコースなら、夕食は軽くてよさそうだ。ともあれ大満足なのにはかわりない。頭がお花畑でも、こんな才能があるんだ、アイクはもっと誇っていい。


「うん、料理は美味かったよ。ただメイド服は別腹だから、お茶飲みにコスプレ喫茶は行くんだけどな」

「ユーリ、お守りのオレの前で聞き捨てならねぇことを! 城にメイドなんか一杯いるだろ! まあ本物のメイドにはないロマンがあることは、認めてやってもいいがな!」

「何を納得してんだよ、エディ。王都の治安は良いとはいえ、ユーリはお散歩じゃなく解剖調査の準備でもすべきなんじゃねぇか。全く、これだから不埒な男は困る」

「ひゅー、堅物だねぇルイは! ストイックの権化!」


 テーブルの向こうのほうから、地獄耳のエリザが横槍をブッ刺してくる。ユーリの性格は母親の血もあるな……。母方の祖父は頭脳明晰で超有名だった役人、そっちの系譜を引いているんだろう。


「まさしくルイの申す通りであるぞ、ユーリ。夕方には識者もちらほら戻るゆえ、そちらとの打ち合わせにあたれ。おぬしは王子という立場への自覚を、もう少し持ったほうがよい。断続的とはいえ長く留学を繰り返していたせいか、妙に俗っぽいの何とかならぬのか?」

「いやぁ、魔学だけじゃなく実は兵法の講義もマスターしていて、明晰な頭脳に強力な魔術を持て余す名君の卵ではあるんだけど、残念ながら第二王子なので、身分に拘らず気ままに学問を極めつつ、ミニスカートを見にコスプレ喫茶を渡り歩くんだ」

「またライトノベルの主人公みたいなムカつく冗談を……。呆れた息子だ、誰に似たのだ、誰に」

「ちょっと、あたしの方じろじろ見ないでよ、ラルフぅ」


 場はちらほら解散した。アイクとゆっくり話す機会があるかと少し期待したが、皿の片付けを手伝うらしい。洗い物は趣味だと、胸を張って豪語した。


「そのあと剣の授業もあるのだ。エディ直々にね。優秀な魔剣士であるエディの教えを仰げば、私も魔術と剣術の融合について、良い気付きを得られるのではないかと」

「……お前は、想いを寄せる誰かの背を護るために、頑張っているんだよな?」

「そうだ。浮いた話のないルイには、理解して貰えないかもしれないが」

「……そんなことはねぇ。……俺も、アイクに背中を預けてみたいものだな。……アイクと背中合わせで、戦ってみたいものだ」

「……ありがとう。私はそれを素直に嬉しいと……いや、何でもない。では、皿を洗うよ。料理を食べてくれて有難う。写真は剣術の授業が終わりしだい私のアカウントに上げるので、ぜひ今一度その映えを目に焼きつけてくれ」

「本当女子活に余念がねぇな……。それじゃ、ご馳走様」


 王室専用フロアを出て、転移エレベーターでエントランスに降り立った。後ろから降りてきた奴がいた。いや、エディのお守りを見事に躱しにくるよな。本当に俗っぽい喫茶店を梯子するつもりなのかよ、しょうがねえ奴だ……まあ俺は城の者じゃねえから、止めやしないがな?


「……どうして、思ってることを素直に言わないんだ?」

「ユーリ、横槍は入れるなと言っただろう」

「……とはいえ、あれだけ焦らされれば、傍から見ていてもな。戦闘の現場で生きているルイは俺以上に理解してるだろうが、命ってのは悲しいくらいに儚い。今があっても明日はないかもしれない。オパールバレーには呪いを受けた魔物が多くてね。研究者仲間が命を落としたりもした。そんな俺だから、どうにもこの焦れを放ってはおけなくて」

「お前は女心がわからねぇんだな。確かにお前の言う通りだ。だが……。……まあ、女に困らない生活を送っていたであろうお前には、奥手な喪女の感覚は理解できねえんだろう。戦場も魔物の爪も暴徒のチェーンソーも盗賊の銃も怖くねぇが……、アイクに嫌われるのだけは、怖いんだ」

「……猫ちゃんは女なんだね。否定はしないが、後悔のないように生きてほしい。久方ぶりに会った英雄が、臆病ゆえに惑う様子……。何となく、心に引っかかってしまって。じゃあ、俺は素直に解剖調査の準備に入る。また」


 ん? 喫茶店に行くんじゃねぇのか。俺に話しかけるために、追っかけてきたのかよ? ユーリはこの問題に、一階に足を運ばせるくらいの興味を抱いていたのか。……変な奴。まあいい、とりあえずミルカの宿屋に帰ろう。腹いっぱいだし、窓辺のベッドで丸くなって昼寝するか。

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