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第10話・君、女だったんだな

 魔学エレベーターで、関係者専用フロアである七階に転移した。赤と金の装飾がごてごてしい玉座の置かれた、謁見の間。見慣れているが、こうも役者が揃ったのは久しぶりじゃねえか?

 将軍のエディ・コーンウェルは、まだ二十五の若者だ。細マッチョの茶色い髪に騎士装束の麗しい将軍だが、まあ……父親から仕事のバトンを受け取ったばっかりな上に頭が空っぽだ、色々至らないことも……。


「ユーリ、テメェどこ行ってたんだよ。勝手にいなくなるから、オレ焦って部下に連絡しまくって……。何かあったら、責任を負うのは王族付きの騎士であるオレなんだぞ! オレ始末書の書き方なんて、難しくてわからねぇ! はははは!」

「はいはい。エディみたいな猿が責任の取り方とかいう高級なものを会得できるなら、それもいいね。俺を誰だと思ってるの。リヒト・フリューゲルの高名な研究者兼魔術師。護るならば非力な兄上を護ればどうだい」

「あはは、ユーリ、久しぶり。生憎私も、君がいない間に少しは剣術を磨いた。いつまでもお姫様に甘んじるつもりはないよ。相変わらずだね、君は。幼い頃からオパールバレーに留学を繰り返していたからかな、城の空気に染まっていないというか……。家族として幾度も会話を交わしてきたのに、君とは相容れる予感はないよ……はは」

「同感だよ、兄上。ただ……平和ボケに磨きがかかっているかと思いきや、見たところ少し引き締まった表情に変わったじゃないか。嬉しいね、凡才兄上の涙ぐましい成長は。恋でもしたのかな?」


 エディが溜息をついて言った。


「相容れはしないのかもしれねぇがな、ほっつき歩き癖を見てると本当、テメェらは兄弟だよ、アイク、ユーリ」


 確かに、俺が初めてアイクに会ったのは城の庭。護衛もつけず、ごく普通の白スーツを身に纏って、転びかけた俺を助けメイドと焼いたクッキーをくれた。……そうか、兄弟ってのはこういうものか……。俺は一人娘だからわからねぇが……。


「おいお前ら、御託はいい。緊張感のねぇ奴らだな、全く。これは俺ら全員のお仕事なんだぜ?」

「ルイの申す通りである。このようなカジュアルな遣り取りが縦横無尽に飛ぶ謁見の間、我は空気と化すところである……」

「すみません、父上。このアイク含めこの場の誰も、父上を虐めるつもりも、疎外するつもりもありません。クセのあるメンバーが集まってしまった結果、このような事態になっただけで……」

「俺が進行役なんて七面倒臭ぇ役割を担当すんのも気に食わねえが、端っこで縮こまってるヴィクトリアの話でも聞いてやったらどうだ? 完全にお城同窓会に呑まれてるぜ?」

「ルイはそういうとこ真面目でスキ。あたしは可愛い息子たちがきゃいきゃいやってるの見るだけで満足だけどねぇ」

「はわわ……、この流れに混じっていいんですか、私」

「大丈夫だ、ミルカ。こいつらに流されてたら精神がもたねぇぜ」


 俺が言うと、ラルフが頭に疑問符を浮かべた。


「ミルカ、とは? 彼女はヴィクトリア嬢では」

「ああ、まあ……仇名みたいなものだ」

「へえ、ミルカ。可愛らしい仇名じゃないか。ヴィクトリアより似合っているよ」


 アイクが手を合わせて顔を輝かせた。全く、所作の端々まで姫らしい。


「その素朴かつ清楚な外見を如実に表現した、素晴らしき仇名やよし! して、ミルカ嬢」

「お、王様に採用されましたぁ……」

「本来ならば城の事務局のほうに手続きを行って貰う手筈だったのだが、我も一言礼をしたいと思ってな。思惑はどうあれ、財政に大痛手を食らったアイドクレース城への多額の支援は、我らにとって至極有難いことである」

「お言葉至極恐縮にございます、王様」

「ほう、そのような言葉遣いもできるのであるな、ミルカ嬢。事務局はわかるか? エントランスから東側の魔力エレベーターでここに来たであろうが、事務局はその反対、西側のエレベーターで三階に上がれば良い。……面倒をかけてすまぬな、ウェルシュの魔力紋を示して、数枚の書類にサインすれば、すぐに終わる筈だ。宜しく頼んだ」

「了解致しました。で……そうなると私は、今すぐ去ったほうが? 込み入った話がありそうな気配ですし」

「いいよいいよ、ミルカちゃん。男ばっかでむさ苦しい中さぁ、あたしとミルカちゃんで花を添えてやろうよ! 特にウェルシュに隠したい事実は存在しねぇし?」

「あわわ、王妃様、至極恐悦に存じます……!」


 ミルカの金の件以外に、このメンバーで何の用事があるんだろうな? まあ、大方先ごろの連続襲撃事件のことだろうが。俺かエディかが現場へ派遣されるのか? しかしそれだけなら、ユーリをわざわざオパールバレーから呼び戻した理由は何だ?


「次にルイよ」

「はあ、何か用か?」

「こちらも礼を言いそびれていたところである。ダンスホールの件は誠に大儀であった。あの場に飛び道具を欠いていたことは、城の落ち度であった。おぬしが居なければ、あの等級の魔物であろうと惨事は避けられなかった。犠牲者も出たであろう。感謝している」

「ああ、そのことかよ。もう忘れたぜ、あの後にも二件民間からの討伐依頼こなしたから、もう太古の昔に感じる。あんなの呼吸をするようなもんだ」

「ほう、相変わらず不遜な振る舞いだね、ルイ。君のそういうところにはシンパシーを感じるよ、俺」

「ユーリよ、おぬしが喋ると面倒くさくなるゆえ、口を噤め」

「で、その俺にまた、討伐か調査かの依頼かよ?」

「否、今日は礼を言うため、そして現状を共有するためだけに呼んだ。ゆえ急ぎではないとの但し書きを添えたのだ。大陸の情勢が不安定な中、大きな戦力をみすみす王都から移動させることは避けたい。ルイはエディおよびアイクと共に、城を護る真の城壁として、王都に待機してもらう。有事の際は、宜しく頼む」

「そうか。わかった。まあ俺のことは、安心して頼りにしろ。俺はラルフの期待を裏切らねぇ。それを信じてくれることは、素直に誇りに思うぜ」

「ルイとは付き合いも長い。信頼している」


 俺は待機か。身体がなまらねぇよう、適度に仕事をしたいんだが、このぶんだと王都近辺の仕事しか受けられなさそうだな。大好きな野営もできそうにない。荒野の自然を感じてぇんだがな……? プレーリードッグとっ捕まえて、さばいて、丸焼きにするんだ。美味いんだよなあ……。


「そして最後にユーリ」

「やっとお呼びかい、父上」

「おぬしには大切な仕事がある。スピネル村、カイヤシティに出没した魔物の、解剖および解析の主導だ」

「マジで!? 解剖していいの!? 魔物を!? 父上愛してる! 常々名君と崇めていたよ!」

「落ち着け。ここからは場の全員に共有したいところであるが、いずれに現れた魔物も、『六十億の呪い』の干渉を受けていない。実に不可解なことである。狂暴化せぬはずの魔物が、なぜか狙いすましたように街や村を襲い、徒党を組んで人命を奪った。それが此度の事件の顛末なのだ」


 妙だな。あの日のワイバーンと一緒か。本来の生態から、逸脱した行動を取っているということだな。それが新手の自然現象なのか、はたまた……もしかして、何者かの干渉によるものなのか。この事実だけでは、確かにたいした情報は得られねぇ。解剖して何か新しい情報が得られる保証もねぇが、まあユーリは魔生物の情報に、この国で五本の指には入るほど通じている。なおかつ王子だ、みすみす護衛の薄い場所に放置しているのも危険という判断だろう。


「とはいえ、ユーリも恐らく知っての通り、今日はたまたま城の学者は出払っている。それゆえ、今日直ちにその仕事に取り掛かることはできぬ」

「えー、ケチ。暇だな。ナンプレのタイムアタックでもして暇潰すか?」

「話は最後まで聞け。なおかつ、近所の名門初等学校の子供たちが、城へ社会科見学に来ている。学び舎に棲む若者にとって、第二王子ユーリの名はまさしく英雄。どうか、この大陸の成り立ち、歴史、そして『六十億の呪い』についてのあらましを、講義してやってはくれぬか?」


 ラルフはユーリをうまいこと乗せる言葉を心得ているな。さすが父親。


「ふふん、嬉しいこと言ってくれるじゃあないか。知の英雄ユーリに任せてくれ、父上」

「アイクも、麗しく剣に秀でた第一王子に憧れる女児たちに、握手してやってくれ。民との交流も、立派な王族の責務である」

「了解致しました、父上。私にできることであれば何なりと」

「何だ、せっかくのロリは兄上が担当するのかよ」

「ユーリは本当に気持ち悪いオタクだな、ガキをそんな目で見るんじゃねぇよ」


 俺の幼少時の経験が経験だけに、ロリコンには虫唾が走る。


「冗談だって。ルイには言ったことなかったが、俺はおっぱい大きいほうが好きだから」

「はしたない子だね、ユーリは。だからなかなかミルクを卒業しなかったのかい? まったく食えない息子だよ」

「な、何言ってるんだよ母上!? 母上みたいな年増の猪をそんな目で見る訳ないだろ!」

「あんた産んだときはまだ二十三だもんねー。ぴちぴちのおっぱいだもんね」

「恥ずかしい秘密をばらすな、こんな場で。調子狂うな」


 ざまあみやがれ、ロリコンオタク。


「では、この場は解散としよう。集まってくれて感謝する。また新たな情報が入れば、随時共有することとする」


 場の全員が頷いた。


「アイク、ユーリ。子供たちは今頃、一階エントランス付近、来客用視聴覚室に待機している。そこで相手をしてやれ」

「了解しました」

「はーい」


 場は解散した。エディは練兵場へ部下を連れ、ラルフとエリザは公務に戻り、ミルカは事務局へと向かった。ユーリが邪魔だが、これはアイクと言葉を一週間ぶりに言葉を交わせる機会か?


「あ、アイク、ちょっとだけ久しぶりだな」

「ルイ、君がいてくれることは、国にとってとても心強いことだ。感謝している」


 そうして俺の手を取るんだな。その所作、悔しくもさっきのユーリにそっくりだぜ……。


「父上はお優しいから、あの場で私の名も挙げて下さったが……正直、まだオマケだ。ルイとエディに比べれば、まだまだ一般兵のようなもの。……しかし、必ず強くなるから」


 アイクの真剣な青い瞳が眩しい。お前はお前を足りねぇと思うかもしれねえが、こんなにも俺の心を満たしてくれる。お前がいるから、俺は道を間違えない。だから、そんなに無用な責任を感じないでほしい……。


「護りたい背を護るため。未来の王として、想う相手に恥じぬよう。私は頑張る」

「……そうか。……その志が、その恋が、叶うといいな」

「ありがとう。……ルイ、もしも暇があれば、君も子供たちに会ってやってはくれないか? きっと皆、偉大なる英傑を前にして喜ぶに違いない。私は先に行っているよ。ユーリ、君も早く来るんだ」


 意外にも、ユーリは俺たちの応酬に、何の横槍も入れなかった。いや、まあ俺にとっちゃ有難かったんだが。去ったアイクを追いかけようとすると、ユーリがおもむろに、俺の背に声をかけた。


「ときにルイ」

「何だよ。お前が俺に話しかけてくるなんて」


 続いたユーリの言葉に、俺は度肝を抜かれた。



「君、女だったんだな?」



 どういうことだ? いや、その通りなんだが、どこでどのようにその結論に至るんだよ? 俺はユーリにその事実を教えたことはねえし、当然ながら身体を見せたこともねぇ。それがこんな唐突に、なぜ? いつから知ってたんだよ、性格の悪い奴だな?


「……何を言っている?」

「前回ルイと会ったときには、俺はまだ十五だった。半端者だったから気付かなかったよ。だが今は違う」

「なんだよ、トイレでも覗き見たんじゃねえだろうな!? お前なら盗撮しかねねぇ、変態」

「あ、認めたか。そうか、やはり……」


 認めちまったよ、俺としたことが。まあアイク相手でもない以上、特に隠す必要はないのも事実だがな。そもそも隠して生きていこうと決心していた訳じゃなく、周囲が勝手に勘違いしただけだし……。


「君も知っての通り、ヒスイ谷の猫魔導士族は、かつて東の島国ワー王国からこの大陸へ逃れ棲んだ民族だ。なぜ逃れたかというと、猫系の魔物と血を交えてしまったために、迫害を受けたんだ。そういうことでルイ、君には猫系の魔物、つまりケット・シーの血が入っているね」

「……いかにも、だ。そもそもこの大陸には、『六十億』の件の干渉を受けていない、魔物との混血が多数棲んでいる。俺に限ったことじゃねえと思うが、ただそのことと女であることと、何か関係が?」

「魔生物研究の最前線で最近言われていることだが、人間と違って、魔物の身体から漏れ出る魔力波には僅かな性差がある。それこそヒヨコの鑑定みたいなもので、よほど専門的な知識と魔術を身に着けていなければ、目視による判別はできないけれど。まあそこは天才ユーリ様。……だからこそ、エントランスで君の姿を見たときは、柄にもなく少し驚いたよ」


 確かに、『そうか、ルイは……?』とかよくわかんねぇ反応して、軽く二度見していた。そういうことだったのか。学者ってのは怖ぇ生き物だな、俺が女だったとして、何かあるのかよ? セクハラされたりしねえよな? そしたら殺すから心配いらねぇが……。


「別に、とって食おうとかいうことは思っていない。そんなに身構えるなよ。ただ、腑に落ちたといったところかな。ルイがどうしてあんなに兄上に執着するのか……その答えが見えたようで。兄上も兄上で、自ら気付かない範疇で、ルイの性別を嗅ぎつけているらしい。納得がいったよ」

「全てバレてるからにはしょうがねぇが、これからも横槍は入れてくれるな。そもそも、アイクが俺に特別な感情を抱いてるとは、俺は思ってねえ。つまり、これは俺の個人的な、かつデリケートな問題なんだ。それと、女だから護ってくれよ王子様、とか腑抜けたことは一生言うつもりはねぇから、俺のことは遠慮なく扱ってくれ」

「傍観のほうが面白いから、今のところ口は挟まずにいるよ。まあ、でも……よくそこまで上り詰めたね。魔導士は確かに性差のきわめて少ない職種だが、現場での戦闘では、身体能力を多少問われる場面もある。体力も、なによりそれに付随する精神力もね。……なかなか尊敬に値する雌猫ちゃんじゃないか」

「魔導士は夢のある職種だ。俺も剣士ならこうはいかなかった。お前みてぇな曲者が、素直に賛辞をくれるとはな。……ガキとアイクが待ってる。お前なんかと一緒ってのも微妙な気持ちだが、俺たちも向かおう」

「そうだね。ユーリ博士の講義を待ちわびる子供たちがたくさん……識者冥利に尽きるよ」


 気まずいな。何か喋れよユーリ。どうでもいい時にはあんなに御託を並べるくせにな。エレベーターに城の職員が乗ってきたからまだ間が保てたが、まさかこんな奴に知られるなんざ、本当複雑な気持ちだ。いっそアイクにばれたとなれば一か八かだったが、まあそんな勇気いきなり湧いてこねぇし、まだユーリでよかったかな……。

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