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届かぬ祈り

よろしくお願いいたします。

 追っ手に見つかった!



 早朝、霧が立ち込める森の中にイヤな気配を感じた。


 気配と言うと大袈裟なのかもしれないが、張り詰めた緊張感がそう

させたのだろう。


 何か違和感を感じたのだ。


 まだ眠っているお嬢様が起きぬよう、そっと寝床を立ち、納戸から

出る。


 玄関脇の分厚いカーテンをそっとめくり、間から外を覗き見た。


 視線を走らせると、僅かに揺れる背の低い木があったので目を凝らす。


 うっすらとだが、人の頭のような影が見えた。


 見える範囲で視線を横に走らせる。




 相手の数は? 規模は? 囲まれているのか、そうでないのか?




 しかしながら、私のような素人にとっては皆目見当がつかない状況だ。


 だが、危険であることには間違いない。


 私は静かに納戸へ戻り、お嬢様を起こした。




「お嬢様、お嬢様……起きて下さい」


「ん、んん……、エリー?」




 身体を揺すると、寝ぼけ眼まなこなお嬢様の顔が現れた。




「お嬢様……、申し訳ありません。追っ手に気付かれたようです」




 そう伝えると、お嬢様は眠そうな目を見開き、バッと身体を起こされた。


そして怯えた表情で恐る恐る私に尋ねられた。




「……気付かれた……?」


「はい、恐らくは……。どれ程の人数かは分かりかねますが、こちらを伺っている人影を確認しました」


「そう、ですか……、逃げられそうですか?」


「規模が分かりませんので、何とも……」




 私の言葉を聞いてお嬢様はうな垂れた。


 しまったと私は奥歯を噛んだ。


 確かに絶望的状況ではある。


 しかし、昨日話し合ったばかりなのだ。


 国境まで逃げ切ると。


 さらに言えば、お嬢様は神に祈りを捧げられていた。


 私は無神論者を自負しているが、お嬢様は違う。


 れっきとした信仰者なのだ。


 僅かな希望を神に託していたに違いない。


 それを私は心無い言葉で絶望へと導いてしまった。


 召使いとしてあり得ないことだ!


 私は恐れ多くも、お嬢様の肩に手を置いた。




「お嬢様、お気を確かに。まだ逃げられないと決まった訳では

ありません」


「で、ですが……。敵がいるのですよね?」




 お嬢様は追っ手を敵と口にした。


 確かにそうかもしれない。


 フェルディナント様のことだ。


 すでに私たちは逃亡者として手配されているだろう。


 そうなれば私たちを捕らえなくとも、殺すという選択肢を追っ手は

持つことができる。


 フェルディナント様にとって重要なのは家督を継ぐことだ。


 そこにお嬢様の生死は関係ない。




 となれば生きて捕らえてあれこれ画策するよりも、殺してしまった

方が物事を進めるには手っ取り早いはず。


 残念ながら、そういった事には頭が切れるお方だ。


 私たちの姿を見れば、間違いなく奴らは剣を抜くだろう。


 そうなる前に手を打たなければ。




「お嬢様。このままでは私たちは終わりです」


「ですがエリー。もし囲まれていれば逃げようがありません」


「ええ、ですから何としても逃げる必要があります」


「え?」


「馬を放ちます」




 ――




「本当にあそこにいるのか?」




 剣士団の一人、マイアックは小屋を視界に入れながら、隣にいる同

僚にそうごちた。




「あぁ、間違いないだろう。女二人がこんな森の中で一晩明かせる訳

がない」


「まぁ、そうだが……」


「それにしてもフェルディナント様もお人が悪い。実の妹を手に掛け

ようとは。まぁ、実際手を下すのは俺たちだがな」


「仕方ないだろう。家督欲しさに父であるカムリ卿を殺したのだから」




 そう同僚は言うが、本当にそうなのだろうか。


 アリシアはとても心優しい人柄だとマイアックは聞いている。


 その優しいお嬢様が、家の揉め事で父親を殺すなどという暴挙に出

るのだろうか?


 いまいち実情が掴めない。


 それこそ、まるで雲を掴むような話だ。


 全く内容が分からない。


 マイアックは、同僚の肩に手をやった。




「なぁ、本当にアリシア様は父君を殺したのだろうか?」


「マイアック。フェルディナント様は我らの上官だ。

その上官が涙を流してそう言われたのだ。信じられないのか?」




 確かに。


 確かにフェルディナント様は涙を流しておられた。


 それが父を失った悲しみか、妹を裁かなければならない歯痒さから

かは分かりかねるが。


 その姿を見て、マイアックは疑問と憤りを感じていた。




「なぁ、やっぱり……」




 そう同僚に話そうとした時、他の同僚が叫んだ。




「馬だ!! 馬が走ったぞーーー!」




 ――




 馬を一頭放つ。


 私の提案は、一頭の馬にお嬢様が乗っているかのように偽装し、

放つ事だった。


 一瞬だけかもしれないが、敵の目は欺けるはず。


 その隙に、私の乗って来た馬に二人が跨り逃げる。


 そういう算段だ。


 お嬢様の乗って来た馬は駿馬だ。


 駆ければ駆ける程スピードが乗る。


 だが、それは平地でのこと。


 この森の悪路を走るには、恐らく脚がもたない。


 だが、敵の目を奪うことは出来るだろう。


 対して、わたしの乗って来た馬は駄馬だ。


 平地では驚く程遅い。


 だが、その分悪路には強い。


 脚の鍛え方が違うからだ。


 それに、この駄馬は旦那様が私の訓練に使った馬でもある。


 何度も何度もこの森の悪路を走り抜けた。


 そのお陰かして悪路には滅法強い。


 走り抜けるだけの強靭な筋肉が脚に付いている。


 スタミナも十分だと、旦那様は仰っていた。




「この馬がいればエリーは敵なしだな。特にこの森のような悪路では」




 私は、旦那様のその言葉を信じることにした。




「エリー、上手くいくでしょうか?」


「分かりません。ですが、奇跡を信じて、ただここに閉じこもってい

るよりは、奇跡は必ず起きると信じて行動する方が良いような気が致

します」


「女の……勘、ですか?」


「時には勘に頼るのも良いかと。特にこういった現状であれば」




 そう言うと、お嬢様がはにかんだ。


 その笑顔、正直癖になります。




「エリーがそう言うと、奇跡が起きそうな気がします」




 私はお嬢様の馬が背負う鞍から、矢を取り、自分の馬に移した。


 そしてベッドに敷かれていたクッションを鞍に重ね、人型になるよ

うにして縄で縛り付けた。


 その上から白いシーツを被せ、偽装は完了。


 まだ日が昇りきっていない今。


 森の中はまだ薄暗い。


 それに乗じて馬を放てば、ヤケを起こして逃げ出したと勘違いさせ

られるかもしれない。


 一途の望みを託して、私は馬の尻を叩いた。


 馬は嗎き、薄暗がりの森の中を、上手く街の方へと駆け出した。


 暫く小屋の影から様子を伺っていると、敵と思われる影が数人立ち

上がり、馬を追い始めた。


 もしかしたらまだ潜んでいるかもしれない。


 だが、人影が動いたということは、数人が集まってその場を立ち去

ったということになる。


 私は今がチャンスと馬に跨った。




「さぁ、行きましょう!」




 そう言い、白いドレスから薄汚れた麻の服へと着替えたお嬢様を後

ろへ跨らせ、私はそうっと馬を出した。


 恐る恐る前を歩かせていく。


 馬は足音を極力立てず、上手い具合に進み始めた。


 夜明け前、まだ森の中は薄暗いとはいえ闇が蔓延る世界だ。


 その闇に乗じて、私とお嬢様を乗せた馬は出発した。




 小屋が見えなくなるところまで来ると、私は少しずつ馬の歩みを早

めることにした。


 いつ敵が気付いて追いかけて来るか知れない。


 今は少しでも距離を稼ぐことが重要だ。


 小屋が離れ、完全に見えなくなると私は進路を森の中の道へと馬を

進ませた。


 やがて、人が通ったであろう、しかし粗末な道に出た。


 そこで私はおもいっきり手綱を引いた。


 馬はそれに応え、速度を速める。


 上手くいった!


 追っ手を撒くことができた!




 そう思っていたが……




 ヒュンと何かが顔を掠めた。


 それが地面に突き刺さる。


 目を凝らしてみると、それは矢だった。


 後ろを振り返ると、私たちの後方に、弓を構えた歩兵が詰め寄って

いた。


 私の背中に悪寒が走った。


 フェルディナント様は甘くなかった。




 追っ手は……敵は剣士団だけではなかったということだ……!


 当然と言えば当然なのだが……




「お嬢様、馬を飛ばします。しっかり捕まっていてください!」




 私の背中にしがみつくお嬢様はその手に力を込めた。


 幸いここは森の中。


 木に沿って走れば、矢はそうそう当たらないだろう。


 身をよじって反撃する程、今の私たちに余裕はない。


 この駄馬を信じ、悪路を走り抜けるだけだ。


 私は手綱で馬の首を叩き、さらにスピードを上げた。


 木と木の間を縫うようにして馬は駆け抜ける。


 後ろからは容赦なく矢が飛んでくる。


 だが、立ち並ぶ木がそれを防いでくれる。


 私は兎に角森の中を駆け抜けた。




 馬が時折崩れそうになるが、何とか堪えてくれる。


 その姿に、涙が滲みそうになった。


 駆け抜けながら、森の先に光が差し込める。


 どうやらこの森を抜けるようだ。


 光が私たちを導き、森の外へ出ると、青空が広がっていた。


 鬱蒼とした森を抜け、さわやかな空気を感じた時。


 目線の先に平原が広がり、その中に建物が見えた。




 道はそこまで続いている。




 私は迷う事なく、馬をそこまで走らせようとするが、何とそこで馬

が止まってしまった。




「ど、どうした!? 止まるな、進め!


 進んでくれ!」


「エリー! これを見て!」




 馬に話しかけるや、お嬢様が私に話しかけたのでそちらへ視線を向

ける。


 その先には矢があった。馬の尻から後ろ脚の太腿にかけて、数本の

矢が刺さっていた。


 何ということだ。


 馬の脚に矢が刺さっていたことに気が付かなかったとは。


 程なくして馬は力なく、地面に膝を付いた。




「あ、あぁ……」




 鞍から降り、私は馬の首を抱きしめた。


 ブルルと鼻を鳴らし、馬は私を退けようとする。




「かわいそうに、とても痛かったろうに……」




 鞍を降りたお嬢様も、馬の首にその手を添わした。




「お前……、こんなになるまで……」




 馬は恐らく立ち上がることはできない。


 そうなればここに置いていくしかない。


 私は後ろ髪を引かれる思いで一杯だった。




「すまない……、無理をさせたな……」




 そう言うと、馬は応えるようにブルルと震えて見せた。


 自分は大丈夫と言いたいのか。


 早く行けと言っているようにも見えた。




「お嬢様、ここからは走ります。あの建物が目的地です。

よろしいですね?」




 私の問いに、お嬢様は強い眼差しでうなずかれた。


 追っ手はもうそこまで迫っているかもしれない。


 私はお嬢様の手を取り、平原の先の建物目指して駆け出した。


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