『人間たちの夜』2.狂い咲きは秋に(2)
「入るぞ…また、鍵、かけてないのか」
あいかわらず不用心な戸口から上がり込み、寝室へ向かう。
「…あら……なあに」
ベッドから半身起こしたお由宇が邪気なくにっこり笑う。
病床に居る女というのは,なんだないつもより数割増し美人に見えるのか、それとも宮田からあれこれ聞かされたせいで、お由宇の美人ぶりに改めて気づくことになったのか、とぐるぐる考えながら、布団の上に紙袋を落とす。
「何、これ?」
きょとんとした顔でお由宇は紙袋を拾い上げる。そこにコーヒーあるわよ、と促されて、近くのテーブルにあったペットボトルを有難く受け取る。
ひょっとして、宮田が来るのに準備していたのか、と勘ぐった。風邪を移さないために、ペットボトル。有り得るよな。
「何って、宮田に頼んだんだろ、風邪薬」
「ふうん? 宮田さんが、ねえ」
お由宇は紙袋を取り上げ、小首を傾げた後、くすりと笑った。
「頼んでなかったけれど…ま、いいわ、頂いておこう」
「頼んでない? じゃ、あいつ何を勘違いして…」
今度は俺がきょとんとした。妙に自信ありげに薬を寄越したが、あれは一体なんだったんだ? 同時に宮田の思わせぶりなことばも思い出した。一人暮らし云々の奴だ。
「あ…あのさ、お由宇」
「え?」
風邪薬を掌に出して覗き込んでいたお由宇はこちらへ視線を上げた。淡く逆光になってセミロングの髪が揺れる。口先まで溢れかけていたことばを慌て気味に、理由もわからず呑み込む。
(宮田のこと、どう思ってるんだ?)
「…あなたって、ほんっとに隠し事が出来ないのね」
「へっ」
唐突にお由宇が微笑してぎょっとする。
「別に宮田さんとどうこう言う関係じゃないわよ」
「あ、あは…そ、そうか、うん、そうか」
ずばり的確に返答されて思わず椅子の上でもじもじしてしまった。見透かされてそのまま居るのも気恥ずかしく、腰を上げる。
「じゃ、じゃあ、俺、帰るから……あ、そうだ。なんか、宮田は効能書きをよく読んでくれって言ってたぞ」
「そう、どうもありがと」
頷くお由宇に単純に気分が良くなる。何だ、宮田の奴、勘違いしたらしいぞ。ふいと山根を思い出し、ああそうか、あいつに引っ掛けられたのかと思いつく。ばかめ。
「じゃあな…大事にしろよ」
「ご苦労様」
お由宇は嬉しそうにベッドから見送ってくれた。