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第71話 日和のご褒美

「競争……? ご褒美……?」


 あまりにも唐突な山吹さんの提案に、俺は驚きよりも疑問の方が脳内を支配していた。


 競争って一体何をさせるつもりなんだ? それにご褒美って一体なんだ? あと、山吹さんは唐突になんでそんな事を提案したんだ?


「ご褒美やって……!? そ、それってえっちなご褒美だったりするんか!?」

「それは勝者だけがわかるお楽しみってやつだよ! ね~日和ちゃん?」

「う、うん」


 一体山吹さんは日和に何を吹き込んだんだろうか? こんなのどう考えても日和に得がないどころか、下手したら恥ずかしい目にあってしまうかもしれない。


 いくら友達の猿石君とはいえ、日和にえっちなご褒美をさせるわけにはいかない。まあえっちなものとは明言してないけど……可能性が一パーセントでもあるなら阻止しないと!


「悪いけど、俺はおり――」

「あ、ちなみに勝負を降りたら強制敗北だから、猿石君がご褒美を受ける権利を得るよ!」


 くそっ! 勝負を断って日和を逃がす道が断たれた! こうなったら勝負を受けて、俺が勝ってご褒美をもらう方法しか、日和を猿石君から救う手立てはなさそうだ。


「それで、何で勝負するんだ?」

「ルールはシンプル! 向こうのプールサイドまで泳いで、こっちに最初に戻ってきた方が勝ち! 待ったなしの一発勝負だよ!」


 なるほど、泳ぎの勝負って事か……一応泳ぐの自体は得意だけど、今まで誰かと真剣勝負ってした事が無いし、猿石君が本気で泳ぐところも見た事がない。


 実力が未知数の相手と勝負をするのって、想像以上に怖いんだな……今日初めて知った。


「よっしゃ! 桐生君、さっきワイを騙したお返しはここでさせてもらうで!」

「別に騙したつもりはないぞ。あのままずっと気絶して飯の時間になるのは可哀想だって思ったから、一発で起きそうな事を言っただけだ」

「ウソを言った事には変わりあらへんやないか! 起こしてくれた事には感謝しとるけどな! おおきに!」


 怒ったり感謝したり、猿石君は忙しい男だな。まあいい、今は勝負に集中だ。


「それじゃいくよ~……位置について~……よーい、ドン!」

「へぶっ!?」


 山吹さんのスタートの合図と共に、俺はクロールで泳ぎだす――のと同時に、右隣にいた猿石君の更に隣から、凄い勢いで泳いでいく出雲さんが通過していった。


 おかげでスタートするタイミングで水が跳ねてきて、あやうく思い切り飲んでしまう所だった……水の中も泡だらけで前が見えにくいけど、どちらも泳ぐのに支障はなさそうだ。


 久しぶりに全力で泳ぐと、思ったより早く進めない。でも、今の所は猿石君に追い抜かれた感じはしないし、このままいけば勝てそう――


「ぶふっ!?」


 勝てそうと思った矢先、凄まじい速度で猿石君に抜かされた。


 ウソだろ、猿石君ってあんなに泳ぐのが得意だったのか!? 中学まで野球をやっていたから体力はあると思っていたけど、ここまで速いのは想定外だった。


 けど……負けてたまるか! 日和がご褒美のせいで、恥ずかしい思いをさせないためというのももちろんあるが、日和の前で負けたくない!


 なんとか泳ぎ進めていき、猿石君から数秒程遅れてプールサイドに到着した。ここで折り返しだけど……中々差は縮まらない。


 でも絶対に負けない。その気持ちが俺の手と足を更に動かす力をくれる。


 もっとだ! もっと早く動かせ! 少しでも体を伸ばして、猿石君に追いつくんだ!


「おおー! かなりいい勝負になってきたぞー!」

「二人共、頑張って……!」


 なんか微かに二人の声が聞こえる気がするけど、今はそんな事はどうでもいい――とにかく少しでも多く前に進む。


 ゴールまであと十五メートルは切った頃、勝機がやって来た。猿石君が体力の限界が来たのか、急にスピードが落ち始めたんだ。


 これはチャンスだ。そう思った俺は、一気にスパートをかけて猿石君を追い抜かし、そのままゴールした。


「ぶはっ! はぁ……はぁ……」


 無事にゴールしたのはいいけど……し、しんどい……最近ジムで鍛えているとはいえ、毎日全力で泳いでるわけじゃないからか……こんなに息が上がるとは思っても無かった。


「桐生君の勝ち~!」

「くぁ~! ワイの負けか~!」


 山吹さんのジャッジが下されたのとほぼ同時に、猿石君もゴールしたのか、息を切らせながら俺達の元にやって来た。


「いや~前半飛ばし過ぎたわ。後半とかもうバテバテでどうしようもなかったで……」

「俺も似たような感じだったよ。最初に少しでも差をつけられたのが勝因だった」

「そや! 咲の奴、スタートのタイミングで丁度アホみたいな勢いでワイの横を泳いでいったんや! そのせいで水を被ってスタートが遅れたんや!」


 あー……やっぱり猿石君の方が被害が酷かったんだな……俺の方にも水が来てたくらいだし。とはいえ、待ったなしの一発勝負だから、運が悪かったって事で諦めてもらうしかない。


「ではでは、勝者の桐生君には日和ちゃんからのご褒美があります!」

「うん。ヒデくん、見ててね」


 見てて……? 一体何をするつもりなんだ? まさかとは思うけど、いきなり水着を脱ぎだすみたいな、ホントにえっちなご褒美とかじゃないよな!?


「えいっ!」

「……?」


 日和のご褒美への期待や不安を抱きながらじっと見ていると、日和はいきなり両目をギュッと瞑る。


 えっと……? なんだ、まさかこんな所でキスをせがんでるんじゃないよな? 流石に日和のお願いといえど、二人が見てる前でするのは恥ずかしさで爆発する自信がある。


「あ、あれ……? えいっ! えいっ!」

「…………」

「おかしいな……なんで片目だけ閉じられないんだろう……」


 何度も両目を瞑ってから開けて、また瞑ってを一生懸命繰り返す日和。


 これってもしかして……。


「山吹さん、勝者のご褒美って……日和のウィンク?」

「そうだよ! 日和ちゃんがウィンクが出来ないのはちょっぴり想定外だったけど、めっちゃ可愛いからいいよね!」


 なんだよ、ウィンクくらいだったら別に猿石君にされてもなんとも思わなかったぞ……心配して損した。


 とはいえ、日和が頑張ってウィンクしようとして上手くいかず、両目をギュッと瞑ってしまうのはとても可愛い。見てて凄く和む。


「いや~……日和ちゃんの為に頑張る桐生君の姿、まるで少女漫画の男の子が主人公の為に頑張ってるみたいでキュンキュンしちゃった! それに肩透かしをする桐生君を見れたし! 仕返しの仕返しが出来て大満足!」

「……なあ山吹さん、ワイをダシに使ったんか?」

「あー……えっと……てへっ♪」

「可愛く言うても許さんでー!」

「きゃー!」


 猿石君は両腕を上げながら山吹さんに襲い掛かると、楽しそうにキャーキャー言いながら山吹さんは逃げていった。


 ホントに襲うつもりだったら全力で止めないといけないんだが、どう見ても猿石君は捕まえる気はなさそうだし、山吹さんは楽しそうだし……放っておいても大丈夫そうだ。


「ううっ、ごめんなさい……上手く出来ない……」

「気にすんな。それよりも、楽しいか?」

「うん、楽しい」

「そっか。ならよかった」


 さっきまですごい落ち込んでいたから、これが気晴らしになればいいなと思っていたんだけど、楽しんでくれてるならよかった。


「あっ、そうだヒデくん、ちょっと耳貸して」

「耳? はい」


 俺は浮き輪に捕まってる日和に顔を近づけると、日和は少しだけはにかみながら、ゆっくりと俺に顔を近づけて――


「ちゅっ」


 ——プルプルな唇を俺の頬にチョンとつけた。


「ヒデくん、カッコよかったから特別賞。みんながいてちょっと恥ずかしいから、これで我慢して」

「あ、ああ……」


 プールに浸かっているはずなのに、風呂に入ってるんじゃ無いかって思うくらい、身体中が熱くなるのを感じながら、俺は少し恥ずかしそうに上目遣いをする日和に頷いて見せた。


 ダメだ、可愛すぎるだろ……心臓がバクバクしっぱなしだし、今にも抱きしめたい衝動に駆られている。でも我慢だ……耐えろ俺……!


「……ねえヒデくん、あれなんだろう……」

「え、なにがだ?」


 俺が必死に自分の煩悩と戦っていると、日和は別の方向を指さしながら言う。


 その先にあったのは、不自然にバシャバシャと水しぶきを立っている光景だった。


 あれ……出雲さんだよな……俺達の近くでは、山吹さんと猿石君が追いかけっこしていたし……間違いない。


 でも明らかに普通に泳いでいるようには思えない……まさか。


「……溺れているのか!?」

ここまで読んでいただきありがとうございました。次のお話は金曜日の朝に投稿予定です。


少しでも面白い!と思っていただけましたら、モチベーションに繋がりますので、ぜひ評価、ブクマ、レビューよろしくお願いします。


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