第57話 女優になれるかも?
「ねっむ……」
翌日の昼休み、俺は勝手に閉じようとする目をごしごしと擦りながら、沢山の生徒達で賑わう廊下を一人で歩いていた。
今日はほとんど寝れなかったのに加えて、腕がまだ痛いせいで弁当が作れなかった。だから、俺と日和の分の昼飯を購買に買いに行くところなんだけど……あまりにも眠すぎて歩きながら寝てしまいそうだな……。
ちなみに日和も一緒に行きたがってたんだが、元々人混みが得意じゃない日和を、生徒で溢れかえっていると思われる購買に行かせるわけにはいかないから、猿石君達と共に、食べる場所の確保に行ってもらっている。
「ふぁ〜……あぁ……授業中に寝たのにまだ眠い……」
今日が週末だったらまだ頑張れるんだけど……今日は水曜日なんだよな……あ~眠すぎて怠さすら感じる……帰ってぐっすり寝たい……。
「随分と眠そうだね、ヒーロー」
「……姫宮」
背後からの聞き覚えのある声に反応して振り返ると、そこには「やっほー♪」と言って小さく手を振る姫宮の姿があった。
はぁ……毎回思ってるけど、何で姫宮は俺に絡んでくるんだ? 正直眠すぎて突っぱねる元気もないんだけど……。
「お昼に一人なんて珍しいねぇ。一緒にお昼食べようよ!」
「悪いけど、今日も日和達と食べる約束をしてる」
「そっかぁ。って、神宮寺さんは大丈夫? あんな嫌がらせされてたけど」
「ああ。犯人は見つかったから」
「え!? 犯人見つかったのぉ!?」
姫宮は大袈裟に驚きながら、ずいっと身を乗り出すように近づいてきた。
今日は随分としつこく絡んでくるな……早く購買に行かないと、人気のあるものが売り切れてしまう。
俺は別に何でもいいんだけど、日和のクロワッサンだけは意地でも確保しないといけない。
まあ、人気のありそうな焼きそばパンやカツサンドみたいに、すぐに売り切れる事は無いと思うんだけど……いかんせん一回も利用した事が無いから、全く情報がない。
「それで、誰だったの!?」
「聞いてどうすんだよ」
「あんな事をする奴だよ? 気になるじゃん!」
「ったく……同じ学年の花園って女子だよ。もういいか? 俺は急いでるんだ」
「え~!? もうちょっとだけお話しようよぉ」
「いってぇ!?」
俺が腕を痛めている事を知らない姫宮は、甘えるような声を出しながら、俺の腕に抱きついてくる。そのせいで、腕に痛みが走った。
「え、アタシそんな強くやってないよ!?」
「腕、ケガしてんだよ……」
「そ、そうだったんだ……ごめんねぇ」
頭をコツンと叩きながら、舌をチロっと出す姫宮。こいつは謝る気があるのだろうか?
「あの女またやってる、ホントきもすぎるよねー」
「ああやって男に媚び売って……ただのビッチだよね」
「仕方ないって、自分を姫と勘違いしてるバカだから!」
どこからか、姫宮の悪口を言う声が聞こえてきた。声のした方を見ると、少し離れた所で、うちのクラスの女子達がこっちを見ながら笑っていた。
……ああいう奴らを見てると昔を思い出してしまう。はっきり言って胸糞悪いから、さっさとこの場を去ろう。
「じゃあ俺急いでるから」
「あ、ヒーロー!」
引き止められる前に早足でその場を離れて購買に向かう。
無駄に時間を取られてしまったせいか、俺が購買に到着した時には、たくさんの人で溢れかえっていた。
マジか……俺の想像の数倍は人がいるな。すぐ近くには学食があるのに、随分と需要があるんだな。
「俺も人混み苦手なんだけど……愚痴ってても仕方ないか」
俺はなんとか戦争状態になってる購買で、俺のおにぎり三個と、日和のクロワッサン二個と、念のために焼きそばパンを購入した。
腕いてぇ……どいつもこいつもグイグイ押しやがって……まあいい。みんなはどこで待ってるかな。
「メッセージは……来てるな。中庭に席をとった、か」
今日は珍しく晴れてるから、中庭の座れる場所なんて人が集まりそうなポジションだろうに、よく取れたものだ。
っと、考えてないで早く行ってやらないと、日和がお腹ぺこぺこで倒れてしまう。
そう思うと、めちゃくちゃ眠くて怠かった俺の足は、ビックリするくらい軽快になった。
****
「ほら、姫宮さんも歌いなよ!」
「あ、うん!」
ヒーローと昼休みに話した日の放課後、アタシはおもちゃの男達の一員である男子三人と一緒に、駅前のカラオケへとやって来ていた。
こんな事をしている場合じゃないのに……アタシは何とかヒーローをアタシの方に向けさせる策を考えないといけないのに。
ていうか、嫌がらせに便乗してヒーローを慰めて近づく算段だったのに、まさかキレられると思ってなかったし、嫌がらせをしていた……花園さん? が、こんな短時間でヒーロー達に見つかるなんて想定外だった。
どうしてヒーローに関しての事は何でもかんでも上手くいかないの? ホントにイライラする!
「姫宮さん、なんか元気ないけど……どうしたん?」
おもちゃの一人である金髪のチャラ男が、馴れ馴れしくアタシの肩に手を乗せながら聞いてくる。
……こうなったらなりふり構っていられない。こいつらを利用してやろうじゃない。
「えっと、みんなにお願いがあるのぉ」
曲が終わったタイミングでそう切り出すと、三人のおもちゃの視線がアタシに集まる。
「神宮寺さんに嫌がらせをして欲しいの」
「え……急にどうしたというんだい?」
眼鏡をかけた知的な雰囲気の男が、眼鏡をくいっと上げながら聞いてくる。急にそんな事を言ったら、普通は何故か聞いてくるわよね。
「入学してすぐの頃、アタシが神宮寺さんに怒られたのは知ってる?」
「うむ。確か桐生が困ってるから近寄るなってやつだな」
「そう。その時から目の敵にされてるのか……たまに悪口を言われるようになったの……」
「え、そんな事を言ってたの……?」
最後の一人である、根暗な感じの男が控えめな声量で問いかけてくる。
よし、良い感じに食いついてきたわ。ここでいつもの様にアタシの可愛さを前面に押し出していくわよ!
「みんなに気付かれないように、すれ違った時に悪口を言ったり、酷い事が書かれた手紙を机に入れられたり……でも、みんなに心配かけたくないから黙ってたんだけど……ちょっと限界で……だから、仕返しをしてほしいの」
アタシは大粒の涙を流し、声を震わせながら嘘の告白をする。我ながら演技が上手すぎて惚れ惚れするわ。顔も完璧だし、女優でも目指してみようかしら?
「マジかよ、あの神宮寺さんが……許せねえぜ!」
「うむ。我らの姫宮さんをいじめるなんて、言語道断!」
「あ、ありがと……!」
あはは、ホントこいつらってバカね! いや……違うわね。アタシが可愛すぎるのと、演技力が凄すぎるだけね! う~んここまで来ると自分が末恐ろしくなるわ!
「——れない」
「ん? 何か言ったかなぁ」
「僕は信じられない。あの大人しくて優しそうな神宮寺さんが、そんな嫌がらせをするわけないよ」
根暗な男が、珍しく真っ直ぐな瞳でアタシにたてついてきた。
……急に何こいつ? いつも暗くて自分の意見をはっきり言わないくせに……偉そうに言ってんじゃないわよ。
「ほ、ホントだから! アタシの言う事が信じられないの!?」
「姫宮さんを信じてないってわけじゃないよ。でも……僕は神宮寺さんが友達と一緒に話してる所を見た事がある。凄く大人しくて、謙虚な感じで……そんな陰湿な嫌がらせをするようなタイプには見えなかった」
「で、でもよ! そういう奴に限って裏では……ってのはお決まりだろ!?」
「そうだけど、僕は彼女の事をそう思わないよ」
頑なに意見を変えない根暗男に流されたのか、チャラ男と眼鏡男は、しかめっ面で互いの顔を見合っていた。
「とにかく僕は断る。ていうか……もし嫌がらせをされてたとして、それの仕返しで嫌がらせをする? それを僕達がやれって? おかしいじゃないか」
「言われてみれば……そうだな」
「う、うむ……」
「え、え……? みんなどうしたのぉ……? アタシの為に頑張ってよ……」
根暗男の裏切りのせいで、乗り気だったチャラ男と眼鏡男もやる気を完全になくしてしまった。
なんでよ……なんでこうも上手くいかないの! ああもうイライラする!!
「姫宮さん、もしホントに嫌がらせをされてるのなら、やり返すんじゃなくて先生に言うなり、神宮寺さんにそんな事を言うのはやめてって言うべきだよ」
「うるさいうるさい! あんた達はアタシのおもちゃなんだから! アタシの言う事を聞いてればいいのよ!! いいからやりなさい!!」
「え……姫宮さん?」
「おもちゃって……どういう事かね?」
「あっ……!!」
完全にやってしまったと思ったアタシは、逃げるようにカラオケボックスを出て走りだした。
ああもう……なにやってるのよアタシ! イライラし過ぎて口を滑らせるなんて……!
せっかくあの女にばらされないようにしてたのに、なんで自分から言っちゃってるの!? 完全に自爆じゃない! しかも逃げ出しちゃったら、肯定してるようなものでしょ!
これも全部ヒーローがアタシのおもちゃにならないせいだ! そして……それを邪魔してる神宮寺日和のせいだ!
もういいわ、あんな役に立ちそうもない連中なんか使わなくたって、他にもアタシのおもちゃはたくさんいるし!
……いや、バカなおもちゃは信用できない。アタシ一人で神宮寺日和を潰して、ヒーローをアタシに従順なおもちゃにしてやる!
ここまで読んでいただきありがとうございました。次のお話は日曜日のお昼頃に投稿予定です。
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