第43話 初めてのジム
「出雲さん、ちょっといいか?」
「ん? どうしたの~?」
同日の放課後、俺は自分の机で荷物をまとめている出雲さんに、前に話をしたジムの件を話すために声をかけた。
「今日、出雲さんの家のジムで、高校生が参加できる日だよな」
「そうだよ~。あ、入会する!?」
「それを前提に、まずは体験をしてみたいんだ。体験できるってホームページで見たからさ」
「なるほどね。全然大丈夫だよ~! 実は今日来るんじゃないかな~って思って、パパに話は通してあるんだ!」
「そうだったのか。あ、日和を家まで送りたいから後で合流でもいいか?」
ホントは直接行った方が早いんだろうけど、俺がいない間にまた黒鉄が日和に近づいてくる可能性があるからな……ちゃんと家まで一緒にいてやらないといけない。
その事をちゃんと出雲さんに説明して了承を貰ってから、カバンを回収するために一度自分の席に戻る。すると、丁度日和が俺の元へとやって来た。
「日和、今日はジムに行くから家で大人しく待ってるんだぞ」
「あ、うん……わかった。一緒には帰れる?」
「ああ。一緒に帰ろう」
「……お留守番、寂しい」
留守番をしてるのが嫌なのか、凄く悲しそうな顔で俯かれてしまった。
うっ……そんな顔をしないでくれ……これも日和を守れるように強くなるためなんだ……。
「あー! 桐生君! 日和ちゃんを悲しませちゃダメなんだよ!」
「い、出雲さん……でもほら、ジムに行くのに日和を連れていくわけにはいかないだろ?」
「なんで? うちのジムは見学オッケーだから大丈夫だよ! 流石に毎回来ると噂にはなっちゃうかもだけどね〜」
「じゃあ、今日は一緒に行っても良いの?」
行けるとわかった瞬間、一気に表情を明るくさせる日和。
うん……俺の彼女、めっちゃ可愛いし健気すぎるだろ……ここが外じゃなかったら抱きしめてお礼を言ってる所だった。あぶないあぶない。
「お、なんやなんや。おもろそうな相談か?」
「猿は関係ないから引っ込んでて」
「ワイまだ何もしてないのに辛辣すぎへんか!?」
「なにしてるの~?」
いつもの二人のコントを見ていたら、それに釣られるように山吹さんもやって来た。
なんか山吹さんも普通に友達の輪に加わってる気がするな。俺としては全然構わないけどな。友達が増えるのはとても喜ばしい事だ。
「これから桐生君と日和ちゃんと一緒に、うちが経営するジムに行こ~って話をしてたんだ!
「そうなんだ。一緒に帰ろうって思ったけど仕方ないなぁ……今日はウチ一人で帰ろっと」
「山吹さん……ここに一緒に帰れるナイスガ~イがおるで? ついでにあんな事やこんな事の話を――ぎゃふん!!」
猿石君は山吹さんの手を取りながら、やたらとイケボで一緒に帰ろうと誘うが、それを阻止するかのように、間に割って入ってきた出雲さんの拳が猿石君の腹部を襲う。
今日も出雲さんの制裁のキレは凄まじいな。俺も鍛えたらあれくらいの事は出来るんだろうか。
「え、えっと……猿石君は大丈夫なのこれ? うずくまったまま動かないけど……泡も吹いてるし……」
「いつもの事だから気にするな。猿石君が動く前にさっさと帰った方が良いぞ」
「わ、わかったよ。じゃあみんな、また明日ね~」
猿石君が粛清されるのを見慣れてない山吹さんは、少し顔を引きつらせながら、そそくさと教室を後にする。
まあ……ああいう反応が普通だよな。俺が変に慣れちゃってるだけか……?
自分の適応力の高さに苦笑しながら、俺は日和と一緒に出雲さんの家が経営するジムへと向かうのだった――
****
「ここだよ~」
出雲さんに連れられて歩く事約一五分後、俺達は【出雲キックボクシングジム】という建物の前に立っていた。
中に入ると、いろんな人が筋トレをしていたり、サンドバッグを叩いていたり、リングでミット打ちをしている人もいる。凄まじい熱気だ。
「パパただいま~。お客さん連れてきたよ!」
「……おう」
出雲さんは、仁王立ちでリングを見ていた男の人に声をかける。スキンヘッドでガタイが良いせいか、普通に怖いんだけど……ホントにこの人が出雲さんの父さんなのか? 全く似てないし……。
「この前話した、あたしの友達!」
「……そうか。俺は出雲豪だ」
「桐生英雄です。お世話になります!」
「あ、えっと……神宮寺日和です。見学に来ました……」
日和と一緒に深々と頭を下げるが、豪さんは特に何のリアクションも返してくれなかった。なんていうか……凄く気難しそうな人だ。
「話は聞いている。強くなりたいんだな?」
「はい!」
「……運動着はあるか?」
「今日の体育で使ったのがあります」
「じゃあそこの更衣室で着替えてこい。見学は適当にベンチに座ってろ」
「わ、わかりました」
俺は豪さんの指差す先にある更衣室に入ると、手早く体操着に着替えた。
一体どんなトレーニングをするんだろうな……楽しみと不安が入り混じってるのか、なんとも不思議な気持ちだ。
「もうすぐ始まるから、その辺で大人しくしていろ」
「はい」
トレーニングをする広間に戻ってきた俺は、一度日和が座っているベンチに向かった。
「ヒデくん、頑張って。ここで応援してる」
「ありがとう。日和の為に頑張ってくるよ」
「あぅ……そんな正面からカッコいい事を言われると……照れちゃう」
「ご、ごめん」
嬉しさ半分照れ半分って感じのにやけ顔で、日和は俯いてしまった。
あーもう……いくら本心とはいえ、なんでこんな恥ずかしい事を言っちゃうのかな俺……恥ずかしすぎて顔がめっちゃ熱い。
その後、練習が始まるまで、俺は日和とまともに話せずにただその場で座って過ごすのだった――
****
「つ、疲れた……」
初めての練習を乗り切った俺は、壁に寄り掛かって座り込んでしまっていた。
柔軟体操から始まり、縄跳びやらもも上げ、サンドバッグを叩いて……ミット打ちまでやらせてもらった。とても充実していたけど……身体中が悲鳴を上げているのがよくわかる。明日は筋肉痛確定だな。
「初日にしてはよく頑張ったな」
「あ、ありがとう……ございます……」
豪さんがわざわざ労いに来てくれたけど、俺はなんとか答えるのが精一杯だ……。
「結構動きが良かったが、なにか格闘技をしていたのか?」
「いえ……ただ……運動はそれなりに、得意です……」
こう見えて、幼い頃から自然豊かな山や川を遊び場にして培った運動神経には自信がある。こっちに引っ越してきてからも、少しの間はその運動神経をいかんなく発揮していたくらいだ。
だが、いじめられてから変に悪目立ちするのを嫌った俺は、あまりスポーツで目立たないようにしていた。それは高校の体育も同様だ。
まあ……偉そうな事を言っても、所詮はこのザマだけどさ。
「おつかれさま~!」
「ヒデくん、おつかれさま」
豪さんと話しているところに、一緒にトレーニングをしていた出雲さんと、見学していた日和が近づいてきた。日和の手には、タオルとスポーツドリンクが握られている。
「はい、これ飲んで」
「ありがとう。ごくっごくっ……」
スポーツドリンクを一気に飲んでいると、日和がタオルで俺の汗を拭き始めてくれた。
めっちゃ気持ちいいし嬉しいけど、出雲さんも豪さんもいる前なんだぞ……流石に恥ずかしいって。
「どうパパ? 日和ちゃん、めっちゃ可愛くて健気でしょ?」
「……そうだな」
いつものニヤニヤを浮かべる出雲さんに続くように、豪さんも不敵な笑みを浮かべていた。なんか……急に親子らしさが垣間見えた気がする。
「どうだ、入会するか?」
「はい。是非お願いします」
「じゃあこっちに来て、入会の手続きの用紙の記入をしろ。終わったらそこにあるシャワー室で汗を流してこい」
俺は豪さんの後に続いて、部屋の隅に置いてある机の元に行って書類を書いてから、そのままシャワー室へ入って汗を流した。
一人だったらそのまま帰っても良いんだけど、日和と一緒じゃそういう訳にもいかないからな……豪さんには感謝だ。
その後、荷物をまとめた俺は、日和と一緒にジムを後にした。
「あー……疲れた……」
「ヒデくん、大丈夫?」
「大丈夫だよ」
思わず弱音を吐いてしまったせいで、日和が不安そうに俺を見つめてくる。そんな日和を安心させるために、俺は繋いでる手に力を入れながら笑ってみせた。
疲れたのは事実だけどさ……帰って飯の準備するの億劫だな……。
「そうだ、ヒデくんに提案がある」
「ん?」
「ヒデくん疲れてるから、今日は私がご飯を作る」
ふんすっと胸の前で握りこぶしを作りながら、日和はキリッとした顔で豪語する。
うーん、作ってくれるのは疲れ関係なしに嬉しいし、やる気に満ち溢れているのを止めるのは申し訳ないけど、まだ料理を始めて日が経っていないのに大丈夫だろうか?
「ところで何を作るつもりだ?」
「肉じゃが。旦那さんに作る料理の鉄板」
「……まだ旦那さんじゃないぞ」
「いいの。ほとんど秒読みだから」
「流石に気が早すぎる!」
肉じゃがは確かに女の子が男に作る料理としては鉄板のメニューだけど……日和に作れるのだろうか……?
やっぱり一人で作らせるのは不安が残る。うまく言いくるめて、一緒に作る方向にもっていかないと。
「疲れてるけどさ、俺は日和と一緒に料理を作りたいんだよ」
「そうなの……? 私もホントは一緒に作りたい」
「じゃあ決まりだな。肉じゃがの材料を買いに行こうか」
「うん。えへへ……ありがとう」
よし、なんとか一緒に作るように持っていけたな。ホントは日和の意思を尊重したい所だけど、ケガでもしたらいけないからな。
さて、肉じゃがは作った事がないし、材料と作り方をネットで調べておかないとな……それと付け合わせのおかずも作らないと……。
さっきまで晩飯を作るのが億劫になっていたのに、急にやる気が出るんだから不思議なもんだ。
俺は自分の気持ちの変化に苦笑しつつ、日和と一緒に行きつけのスーパーへと向かって歩き出した。
ここまで読んでいただきありがとうございました。次のお話は明日のお昼頃に投稿予定です。
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