第42話 賑やかで楽しくて幸せな朝
「ヒデくん、起きて」
俺を呼ぶ声と、身体が優しく揺さぶられる感覚を感じる。
日和が起こしに来てくれたのか……? って事は、もう朝なのか……まだ眠いんだよな……ていうか、休みなんだからもう少し寝かせてくれ……。
「今日から学校だよ。起きて」
「……あー」
そうか、昨日でゴールデンウィークが終わったんだった……もっと休んでいたい……そうすれば日和と長い時間一緒にいられるのに……。
「むぅ。起きないと、いたずらしちゃう」
「おー……」
いたずらってなんなんだろう……ダメだ頭が働かない……目も開かない……。
「えいっ」
「ぐえっ」
急に胸の上に重さと柔らかさを感じた俺は、思わず変な声を出してしまった。
そんなに重くはないけど……一体何が乗っかったんだ? 柔らかいしいい匂いだし、なんか安心する……出来ればずっと乗っかってて欲しい……。
「んー……」
「きゃっ」
俺は胸に乗っかってきた物を放したくなくて、思わずギュッと抱きしめた。
んー……ふにゅふにゅしてて、抱き心地最高だなぁ……って、ホントにこれはなんだ? さっき日和の声が超至近距離で聞こえた気がするけど……まさか?
「……!?」
「も、もう。ヒデくん……朝から大胆」
「ひ、日和!?」
恐る恐る目を開けると、そこには顔を赤らめながら、ちょっと困ったように笑う日和の顔があった。
か、完全に寝ぼけてて日和だってわからなかった……!
「な、なんで俺の上に乗ってるんだ?」
「いたずら。大成功」
「お、おう……そうなのか」
なるほどいたずらか……随分と可愛らしいいたずらもあったものだな。
「ごめんな、完全に寝ぼけてた……起きるから……退いてもらっていいか?」
「うん。でもその前に……ちゅっ」
目の前にあった日和の顔が更に近づいたと思った矢先、俺の唇が日和に奪われた。
今回も触れるだけのキスは、俺の頭を完全に覚醒させるのには十分だった。
「び、びっくりした……」
「えへへ、おはようのちゅー。それじゃ朝ご飯、一緒に作ろう」
「わかった」
まったく、朝からびっくりしたけど……凄く幸せな朝だ。そう思うと、自然と俺は笑顔を浮かべるのだった。
****
「鍵かけたし、忘れ物も無し。火も大丈夫っと……行こうか」
「うん」
一勝に朝食を作って食べ終わった後、俺は日和と一緒に、手を繋いで家を出て学校へ向かう。
なんかこうして手を繋いで学校に行くと、高校の初日を思い出すな……あの時は、ただ毎日を平穏に過ごせればいいと思っていた。
そしてその後に、楽しい学校生活と幸せな日常を目指そうと決めたわけだけど、まさか一か月でそれが達成できるとは思ってなかった。
「ヒデくん、ちょっとだけ手を緩めて」
「ん? こうか?」
日和に言われた通り、繋いでいた右手の力を緩めると、日和は自分の指を俺の指に絡めながら、俺の腕にぴったりとくっついてきた。
これは……俗にいう恋人繋ぎってやつでは?
「ヒデくんとこれ、やってみたかった」
「そうだったんだな。これからは手を繋ぐときはこうしようか」
「嬉しい。これからも、もっとして欲しい事を言っても良い?」
「ああ。いままで我慢してた分、たくさん甘えるんだろ?」
「うん。えへへ……」
幸せそうに笑う日和を見ていると、なんだか俺まで嬉しくなってくるから不思議だ。
もっと笑ってる所を見たいし、幸せになってもらいたい。そのためならなんだって出来る。こう思えるって事は、やっぱり俺が日和の事を、一人の女の子として大好きだからなんだろうな。
「……ん?」
「ヒデくん? どうしたの?」
日和の事を考えながら閑静な住宅街を歩いていると、どこからか視線を感じた俺は、その場で足を止めて後ろを振り返る。しかし、そこには誰もいなかった。
おかしいな……絶対誰かが見ていた気がするんだけど……。
ずっといじめられてた生活の中で鍛えられたのか、見られてる時の気配を感じるのは数少ない俺の特技なんだけどな……なんの自慢にもならないって? 全くもってその通りだ。
「なんでもない。早く行こうか」
「うん」
「あっ、二人共おはよう!」
「おはよう、山吹さん」
日和と話しながらゆっくりと歩いていると、住宅街の交差点で山吹さんと出くわした。それはいいんだけど、何故か俺達を見ながら固まっている。
一体どうしたんだろうか……目を点にしてプルプルと震えてるし……顔も真っ赤だし……。
「こ、恋人繋ぎで登校……!? まさか少女漫画みたいなシチュエーションを生で見れるなんてぇ……! も、もしかして二人はお付き合いを!? ふんすふんす!」
「えっと、山吹さん……?」
「ほほう、これはこれは……」
「うおっ!?」
山吹さんになんて説明すればいいかと悩んでいると、背後から女の子の声が聞こえてきた。振り返ると、そこには出雲さんと猿石君がにやけながら立っていた。
後ろから来たって事は、さっき感じた視線は二人のものだったんだろうか? ていうか、日和もそうだけど、なんで俺の周りの人は朝から驚かせてくるんだ!
「おっはよー! 二人共朝からお熱いねぇ」
「お付き合いとか聞こえたけど、二人共付き合い始めたんか?」
変わらずにやける猿石君は、俺の脇腹を肘でぐりぐりやりながら聞いてくる。
うん、いつかは言う事だし……丁度いい。俺と日和の事を三人に伝えておこう。
「そうだ。俺は日和と付き合い始めた」
「キャー! やっぱりー! おめでとう! 教室とかで一緒にいるのをよく見てたから、もしかしたらって思ってたんだよね!」
堂々と胸を張って言い切ると、キャーキャーと騒ぐ山吹さんとは対照的に、猿石君と出雲さんは真面目な顔で互いの顔を見合っていた。
「なんていうか……ねえ?」
「今更感が凄いっちゅーか……よぉ一か月も付き合わずにいた事に驚きを隠せんわ。一応婚約者やろ?」
「お。おう……まあその通りだけど……」
あれ……もっと驚かれると思ってたんだけど、想像以上に淡白な反応だな……。
二人に関しては、日和が婚約者だって知ってたからだろう。山吹さんは騒ぎ過ぎな気もするけど……恋愛沙汰が好きなのだろうか?
「なんにせよ、おめでとう! よかったね日和ちゃん!」
「うんっ……ありがとう咲ちゃん」
「おめでとさん! って言いたい所やけど……ずるいねん! ワイも可愛い彼女ほしー!」
「ガチ泣き!? そんな事を言われても困るから!」
「ねえねえ! 婚約者ってなに!? ウチにも聞かせてよー!」
あ、そうか……山吹さんは俺と日和の昔の事を言ってなかった。まあ知り合ったのが林間学校の時だしな……。
「わかった、説明するから! だからそんな鼻息を荒くしながら迫ってくるな! ていうか足のケガはどうした!」
「恋バナの前では、足のケガなんて無力同然!」
「恋バナにガチになりすぎだろ!」
日和に抱きつく出雲さんに、俺に泣きつく猿石君に、鼻息を荒くしながら目を輝かせる山吹さん……ゴールデンウィーク明けだっていうのに、みんな朝から騒がしいものだ。でも……凄く楽しいし、幸せだ。
「えへへ。毎日賑やかで……楽しいな。こんな学校生活初めて」
「日和ちゃん、前の学校じゃ違ったの?」
「うん。お友達が一人もいなかったから、いつも一人でいた。それに、お淑やかな女の子ばっかりの女子校だったから、こんなに賑やかじゃないし……身体が弱かったから、あんまり学校も行けなくて……」
「日和……」
俺は出雲さんの腕の中で寂しそうに笑う日和の元へ行き、そっと頭に手を乗せると、わしゃわしゃと撫でた。
「今が楽しいなら、それでいいじゃないか。少なくとも俺は、少し前までは死にたくなるくらい最悪だったけど……今が楽しくて幸せだから、それでいいって思ってるよ」
「そうだよ! 日和ちゃんが昔の辛い事なんて思い出せなくなるくらい、みんなで一緒にたくさん楽しい今を過ごそっ!」
「折角何かの縁で仲良くなったんやし、楽しまないと損っちゅーもんや」
「神宮寺さん、ウチも神宮寺さんと一緒に楽しい事したいから、これから仲良くしてくれると嬉しいな~」
それぞれが別の言葉ではあったけど、どれもが日和と一緒に居たいという旨なのがしっかり伝わったのか、日和は嬉しそうに頷く。
みんな林間学校というイベントを通じて偶然知り合った人だけど、今ではずっと友達だったみたいに思えるから不思議だな。
「それでそれで、婚約者ってなんなの!?」
「忘れてなかったのかよ!」
「あったりまえじゃん! いいから聞かせてよ! ふんすふんすっ!」
「ふんすふんす言うな!」
「なあなあ桐生君、付き合い始めたっちゅー事は、当然エロい事もしたんやろ? キスはもうしたん? あっ、もうおっぱいくらいは揉んだんか? ってワイの頭がゴリラ女の強烈な握力で揉まれてるうううう!?」
再び目を輝かせながら迫ってくる山吹さんと、最低な事を言ったせいで出雲さんにお仕置きされる猿石君のせいで、なんだか収拾がつかなくなってきた。さっさと学校に行かないと遅刻すると思うんだが。
「……ヒデくんになら……でもやっぱりまだ恥ずかしい……」
「…………日和、なんか言ったか?」
「ううん、なんでもない。早く行かないと遅刻しちゃうよ」
「あ、逃げるな~! 教えてよ~!」
山吹さんから逃げるように、日和に手を引っ張られた俺は、そそくさと学校に向かって歩き出す。
俺にならって……そういう事だよな……ああもう、せっかく抑えていた煩悩がまた顔を出してきやがった! 頑張れ俺! なんとかこの浮ついた気持ちを抑えるんだ!!
「ずるい……なんで英雄君はそんなに楽しそうなの……? 英雄君の友達はわたしだけだったのに……! それも全部あの女のせいだ……! 許せない……許せない許せない許せない……!!」
ここまで読んでいただきありがとうございました。次のお話は明日のお昼頃に投稿予定です。
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