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第37話 夢が叶っちゃった

 小一時間ほどラリーをした俺達は、審判が座る所のすぐそばに設置されていた、屋根付きのベンチに座って一休みをしていた。


 最初は上手く打てなかったけど、やっていくうちにコツを掴めたようで、最後の十分くらいはある程度ラリーが繋がるようになっていた。


「ヒデくん、やっぱり運動が得意なんだね」

「これでもガキの頃は、山の中を走り回ってたからな」

「そうだね。いっぱい走ってたし、木登りとかも見せてくれたね」

「懐かしいな。川で泳いだり、あとは木から木に飛び移ったりもしたな。今もやったら出来るか……?」

「ダメ。前に木に飛び移ったとき、落っこちた」


 思い出話に花を咲かせていると、日和は少しムッとした表情で俺を見つめてきた。


 そういえばそんな事もあったな……俺は特にケガは無かったんだけど、ビックリした日和が凄い泣いちゃって……真琴さんが必死にあやしていたのを覚えている。


 当時の俺は、なんでそんなに泣いているのかわからなかった。でも思い返すと、目の前で知り合いが木から落ちたら、そりゃビックリするよな。


「あの時は凄くビックリした。もうあんな危ないのは見たくない。だからダメ」

「わかったよ。俺も日和が大泣きするのは見たくないし」

「あ、あの時はまだ子供だったし、急でビックリしちゃったから……今ならもう泣かないもん」

「冗談だ。それにしても、日和もテニス上手いじゃないか」

「全然だよ。お母さんはもっと上手」


 謙遜しているけど、自分で運動が得意じゃないという割には動けていたと思うんだけどな……俺が日和に甘すぎるだけだろうか?


 まあ、仮に俺が甘すぎるだけだとしても、この考えは変えるつもりはないけどさ。


「ふー……運動の後だと、ちょっと暑い」

「…………」


 日和は、先程執事の人が持ってきてくれた水筒を口にしながら、シャツの首元をパタパタとさせる。


 運動後のせいで汗ばんだ肌に加えて、顔も少し赤くなっている状態でその動作は……その、なんていうか……凄く色っぽい……胸の谷間見える……って! 何考えてんだ俺は! これじゃただの変態だろ!


「ヒデくん、ジッと見てどうしたの?」

「い、いや……その」

「もしかしてヒデくんも飲みたい? はい、どうぞ」

「あ、ありがとな!」


 変な事を考えていた事を誤魔化すように、俺は日和から水筒を受け取って喉を潤す。


 ……あれ、普通に受け取って飲んじゃったけど……間接キスじゃないか!?


「ヒデくん? 顔真っ赤だよ……もしかして熱中症!?」

「だ、大丈夫だ!」

「でも、顔がリンゴみたいに真っ赤だよ!」

「ホントに大丈夫だから! 少し休めば治るから!」

「それならいいけど……あんまり無茶はしないで」


 日和を安心させるために笑顔で頷きながら、水筒を日和に返す。


 普通に返しちゃったけど、これ日和にも間接キスになるよな……あっ、普通に飲んでる。俺が気にし過ぎなんだろうか……?


「もうちょっと休憩したら再開しようか」

「…………」

「日和?」

「あ、うん! ごめん、ボーっとしてた……」

「いや、別に良いけど。日和こそ熱中症になってるんじゃないよな?」

「大丈夫!」


 元気なのをアピールするように、日和は握り拳を胸の前で作ってみせた。


 大丈夫ならそれでいいんだけど……なんでボーっとしてたんだろうか。もしかして、俺と同じ様に間接キスを意識してたとか? そんな訳ないか。


「それで、何を言ったの?」

「もう少し休んだら再開するか? って話だ」

「そうだね。じゃあ今度は試合してみない?」

「お、いいな」


 試合をすることを決めてから数分ほど休憩した後、俺は日和と再びテニスを始める。


 相手が日和とはいえ、試合なんだから手加減をしたら失礼になる……勝ちに行くぞ!



 ****



「えへへ、楽しかったね」

「そうだな」


 空が夕焼け色に染まった頃、元の服に着替えた俺達は、屋敷へ戻るためにゆっくりと歩いていた。


 テニスの試合に関してだが、最初は俺がボコボコにされていたが、後半は良い勝負が出来ていた……と思う。初心者が経験者に勝とうとするのはおこがましいかもしれないけど……ちょっと悔しい。


「ヒデくんとこうやって一緒にたくさん遊べて、凄く嬉しい。夢の一個が叶っちゃった」

「日和は大げさだな。昔だってたくさん遊んだだろ?」

「全然大げさじゃないよ。だって小さい頃は、身体が弱くてヒデくんと一緒に走り回ったり出来なかったから……」


 嬉しい理由を話しながら、日和は俺の手を握る。


 さっきの休憩中に話した通り、幼い頃は俺達は一緒にいろんな遊びをしたり、いろんな所に行ったけど、日和は身体が弱いせいで、俺が遊んでいるのを見ている事が多かった。


 だから、こうやって思いっきり俺と遊べるのが嬉しいんだな。それくらい考えればわかるだろ俺……どんだけバカなんだよ。


「ごめん、俺が無神経だった……」

「ヒデくんは悪くない。だから謝らないで」


 俺に気を使っているのか、日和は笑顔で言う。とても可愛い笑顔は、夕日に照らされているおかげで、神々しさすら感じる。


「ただいまー」

「おかえりなさいませ。お嬢様、英雄様」


 話しているうちに屋敷に着いた俺達を、真琴さんが出迎えてくれた。


 こう改めて彼女をじっくり見ると、一挙一動がとても美しい。洗礼されているって表現が一番しっくりくる。


 そんな事を思っていると、流華さんも俺達を出迎えてくれた。


「おかえりなさい。楽しかったかしら?」

「はい、とても楽しかったです」

「それは良かったわ~。晩ご飯まで時間があるから、汗を流してきたらどうかしら」

「うん。ヒデくん、一緒にお風呂行こう」

「それはいいんだけど……」


 日和のお誘いに、俺は歯切れの悪い返事を返してしまった。


 普通、家にある風呂は一つしかない。でも、日和の言う感じだと一緒にお風呂に行こうってニュアンスに聞こえる。


 それが合っているなら、一緒に入ろうって事になるよな……!? 流石にそれは不味いって!


「英雄様、屋敷にあるお風呂は男女に分かれているので、ご心配は不要ですよ」

「…………」


 俺の懸念点などお見通しと言わんばかりに、真琴さんはニッコリと笑いながら教えてくれた。


 考えている事を読まれたのは恥ずかしいけど……それならよかった。


「え~? 一緒に入ればいいじゃない~。そんな手を繋いで帰ってくるほど仲良しなんだから~」

「そんなのダメですよ!」

「……あぅ……裸はまだ……恥ずかしい。でも、ヒデくんが見たいなら……頑張る」

「ほら、日和も頑張るって言ってるんだし! チャンスよ英雄君!」


 いやいや、普通こういう時って大人が止めるんじゃないのか!? なんで流華さんは目を子供の様に輝かせながら鼻息を荒くしてるんだ!?


「流華様、英雄様が困っていらっしゃいます」

「……仕方ないわね。今日は我慢しておきましょう」


 今日はって……また機会があったら勧める気なんだろうか……心臓が持たないから勘弁してくれ……。


「そうだ、着替えが荷物の中に入ってるので、取りに行きたいんですが……」

「荷物はお嬢様の部屋に置いてありますので、こちらで脱衣所に荷物をお持ちします。後ほどまた運んでおきますので、脱衣所に置いたままにしていただいて結構です」

「わかりました。流華さん、失礼します」

「また後でね~」

「ではご案内します」


 俺は流華さんに頭を下げてから、日和と一緒に真琴さんに連れられて、綺麗な廊下を歩いていくと、とても綺麗な脱衣所に連れてこられた。


 ロッカールームも綺麗だったけど、ここもめっちゃ綺麗だな……ていうか、銭湯の脱衣所みたいだ。


「家族三人だけにしては広すぎるよな?」


 もしかして、沢山いる執事やメイドの人はここに住み込みで働いているのだろうか? もしそうなら納得できる広さだ。


「さて、中はっと……すごっ」


 肝心の浴場に入ると、綺麗で高級そうな大浴場が俺を出迎えてくれた。シャワーも複数あるし、浴槽も三つもある。これが家に備えられている風呂だっていうんだから驚きだ。


「俺以外は誰もいないのか……まあいいか。とりあえず頭と身体を洗ってっと……」


 俺は適当なシャワーの前で腰を下ろすと、シャワーを出すのに蛇口を捻るのではなく、押すと出るタイプだというのに気が付いた。


 少し前に、日和が風呂の使い方がわからないって言ってた時、家の風呂はボタンを押すとお湯が出るって言ってたけど、これの事なんだな。


「よし、これでオッケー」


 ささっと頭と身体を洗った俺は、手始めに一番近くの浴槽にゆっくりと入る。


 あ~……めっちゃ気持ちいい……足を伸ばせる風呂なんて久しぶりだな……林間学校とテニスの疲れが一気に取れていく気がする。


「こんな広い風呂を貸し切り状態とか最高かよ……ん?」


 貸し切り状態と言った矢先、浴場の入口が開く音が聞こえてきた。どうやら誰か入ってきたみたいだな。


 ここの人達とは、流華さんと真琴さん以外は、今日初めて会った人しかいない。そんな人と同じ風呂に入るのはちょっと気まずいけど、まあ適当にやり過ごせば何とかなるだろう。


「どうかね、うちの自慢の大浴場は」

「いやー最高ですよ……ん??」


 目を閉じて湯を堪能していると、おそらく先程入ってきたであろう人物に話しかけられた。声の聞こえ方からして、すぐ隣にいるみたいだ。


 適当に返しちゃったけど、なんか聞き覚えのある声だな……? それに、なんでこんな広い風呂で近くに来たんだ……?


「やあ英雄君。昼食ぶりだね」

「ひょあぁぁぁぁぁぁ!?」


 目を開けて隣の人を確認すると、そこにいたのはなんと――誠司さんだった。

ここまで読んでいただきありがとうございました。次のお話は日曜日のお昼に投稿予定です。


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