第33話 おかえり!
「じゃあ荷物置いたら、ヒデくんのお部屋に行くね」
「わかった」
バスに揺られる事数時間——家に帰ってきた俺は、玄関の前で一旦日和と別れた。
なんだかんだでもう昼だし、荷物を置いたら日和と一緒に買い物に行って食材を買おう。今日は何を作ろうかな……日和も一緒にやりたいって言う可能性が高いし、後で日和に食べたいものや、作ってみたい料理を聞いてみるか。
「日和の事だから、またクロワッサンとか言いそうだな……流石にさっきツッコミをしたし、それはないか……あれ?」
独り言を呟きながら、玄関のカギを開けたつもりだったのだが、何故か玄関は開かない。
おかしいな……もう一回やってみよう……あ、今度は開いた。でも確かに戸締りはしっかりしていったし、今もちゃんと鍵は開けたはずだ。
「……もしかして……ただいま~」
「おっかえり~!」
誰もいないと思っていた部屋の奥から、元気な声と共に、黒髪のセミロングを下ろした、黒縁メガネの女の人が出てきた。
「母さん、今日休みなのか?」
「ええ。朝に帰ってきたのよ~いやぁ疲れたわ~!」
あははと笑いながら、肩を回してゴキゴキと骨を鳴らすこの人は、桐生薫子——俺の母さんだ。
母さんは近くの大きい病院で看護師をしているのだが、忙しくて中々家に帰ってこない。帰ってこれたとしても、夜遅くに帰ってきて、朝早くに出ていってしまう。
それにしても、いつもは休みの時は連絡が来るのに、今日は来ていなかったからちょっとビックリしたぞ。
「帰ってくるなら連絡くれよ」
「送ったわよ?」
「え……? あ、ホントだ」
スマホを確認してみると、丁度バスに乗ってる時間に、母さんから連絡が来ていた。
全然気づかなかったな……バスの中で日和と一緒に寝ちゃったし、帰り道でも日和と話しながら帰ってきたから、全くスマホを確認してなかった。
「ごめん、全く気付かなかった」
「気づかなかったなら仕方ないわね!」
ちょっと申し訳なく思った俺は、視線を少し逸らしながら謝罪すると、笑いながらバシバシと俺の肩を叩いてきた。
結構痛いからやめて欲しい……母さんって仕事中だと普通だけど、プライベートになるとやたらとハイテンションになるんだよな……まあ、疲れて元気がないより全然いいか。
「ヒデくん、荷物置いてきた……あれ、誰かいるの?」
「あら……もしかして日和ちゃん?」
「は、はい。あっ……ヒデくんのお母様!?」
「あら~! 数回しか会った事がないし、あんなに小さい頃だったのに覚えててくれたのね!」
母さんは部屋に入ってきた日和の頭をワシャワシャと撫でながら喜ぶ、すると、最初は驚いていた日和だったが、ちょっとくすぐったそうに笑みを浮かべていた。
「こんなに美人になっちゃって! 流華にそっくりね!」
「流華……?」
「英雄、知らないの? 日和ちゃんのお母さんで、母さんのお友達よ!」
そういえば日和の母親の名前、全然知らなかったな。ていうか、日和の親と母さんは知り合いって前に言ってたけど、まさか友達だったのか。
「母さん、友達だったのか」
「ええ。神宮寺家の別荘に挨拶に行った時に、意気投合しちゃって~! 日和ちゃんのお父さんとも友達なのよ! あ、ちなみにその時に日和ちゃんとも会ったのよ」
え、挨拶に言ってたなんて知らなかったんだけど……どんだけ周りの事が見えていなかったんだ昔の俺……。
「お久しぶりです、お母様」
「もう、そんなかしこまらなくていいわよ~! 近いうちに、日和ちゃんは私の娘になるんだから!」
「か、母さん!?」
「だって婚約者なんでしょう? 私、娘も欲しかったのよね~!」
「婚約者……えへへ……」
母さんの公認を貰ったからなのか、日和は嬉しそうに微笑みながらモジモジしていた。その姿に、俺の心臓はまたしても高鳴っていた。
「そうだ、二人共お昼は食べた?」
「まだ。これから日和と買い物に行ってこようかと思ってさ」
「それなら丁度良かったわ。母さんがご飯作ってあげるから、二人共座って待ってなさい」
そう言うと、母さんは俺達を居間の小さな丸テーブルの前に座らせてから、キッチンへと姿を消した。
「ヒデくんのお母様のごはん、初めて食べる。楽しみ」
「母さんの料理は絶品だぞ。俺の料理の半分はガキの頃に教わったものだしな」
「そうなの?」
まだこっちに引っ越してくる前は、母さんが今ほど仕事が忙しくなかった。だから、夕方には家に帰ってきて、俺にご飯を作ってくれた。
その時に、これからの男は料理も出来ないとダメだから見ておけって言われて、色々教わったんだ。
それ以外にも、遊んでケガばかりしてるから、自分で手当てをできるようになっておけ! という事で、ケガの手当ても教わった。それのおかげで、山吹さんの足の手当ても迅速に出来たわけだ。
家事も母さんから教えてもらったり、見て覚えたおかげで、ほぼ一人暮らし状態になってやらなきゃいけない状況になっても、問題なく過ごせていたんだ。やってみて楽しかったしな。
「凄くいい匂いがしてきた……あっ」
日和がうっとりした表情を浮かべるとほぼ同時に、ぐ~……という音がどこからか聞こえてきた。
今の……腹が鳴った音か? でも俺の腹じゃないし……って事は。
「あ、あうう……」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている日和。やっぱり今の音は日和の腹の音だったんだな。
「き、聞こえた……よね」
「なにがだ? 考え事をしてて聞いてなかった。あ、もしかして俺に話しかけてたか?」
「う、ううん。ふぅ……聞こえてなくてよかった」
俺が聞こえてないと思ってほっとしたようで、日和は小さく溜息を漏らしていた。
ごめん日和。ばっちり聞こえてた……でも、わざわざそれを言って、恥ずかしがらせる必要は無いしな。
……恥ずかしがる日和……ちょっと見てみたい気もするな……って俺は何を考えてるんだ! 猛省しろ俺!
「は~いおまたせ~!」
母さんは大きめの平皿を二枚持って戻って来ると、俺達の前に皿を置いてくれた。皿の上には、チャーシューやネギ、ちいさなエビも入っているチャーハンが盛られていた。
「おお、やっぱりチャーハンだったか」
「チャー、ハン? 名前は知ってるけど……初めて食べる」
「あら、そうなの? 自信作だから食べてみて!」
「は、はい。いただきますっ」
母さんに促された日和は、ゆっくりとチャーハンを乗せたスプーンを口に運ぶ。すると、目を輝かせながらすぐに二口目を口にした。
うん、どうやらお気に召してくれたみたいだな。よかったよかった。
俺も母さんのチャーハンは大好物だ。昔からこれを再現しようと練習しているんだけど、何故か同じ様にできないんだよな……いつかマスターして、日和に振舞ってあげたいな。
「どう? 美味しい?」
「もぐもぐ……あむっ……もぐもぐ……」
日和は食べるのに夢中なのか、母さんの問い掛けに無言で何度も頷くだけだった。
「ふふっ、気に入ってもらえてよかったわ!」
「もぐもぐ……ごくん。本当においしい……私もいつかは、こんなおいしいご飯を作れるようになりたい」
「そういえば、日和ちゃんはご飯はどうしてるの?」
「えっと、ヒデくんが作ってくれてるんです。でも……ヒデくん、これから凄く忙しくなるから、私も作れるようにならなきゃって思ってるんです」
半分ほどチャーハンを食べた後に、日和はゆっくりと答える。すると、俺が忙しくなる理由を知らない母さんは、不思議そうに小首を傾げた。
「英雄、なんでそんなに忙しくなるのよ?」
「あー……まあいろいろあってさ。日和の為に強くなりたいって思って、友達の家が経営するジムに通いたいんだ。でもそれにはお金がかかるから、バイトをしてジム代を稼ごうって」
チャーハンに舌鼓を打ちながら質問に答えると、何故か母さんに心底呆れる様に溜息を吐かれてしまった。
なんで呆れられたんだろう……そう思っていると、全く想定していなかった言葉が飛んできた。
「バイトなんてしなくても、ジムのお金くらい出せるわよ」
「え? い、いや別に大丈夫だって。俺が勝手に決めた事なんだから、母さんに迷惑は――」
「英雄」
迷惑はかけられないと言おうとしたら、母さんの声に遮られてしまった。
「母さんね、ずっといじめられてて元気がなかった英雄が、前向きな理由で動こうとしているのが嬉しいの。それに、息子が頑張ろうとしてるのを応援するのは、母親として当然よ!」
「母さん、やっぱり知ってたのか……」
「母さんなんだから、それくらいわかるわよ。まあ……偉そうな事を言っておいてなんだけど、母さんには何もできなかったわ」
悔しそうに顔をしかめさせる母さんは、更に言葉を続けていく。
「いじめの事を学校に言ったけど、何かしてくれる訳でもない。いじめをしている奴らが誰かを聞いても教えてくれない。英雄に聞いても母さんに心配かけないようにしてるのか、全く言わない。仕事もどんどん忙しくなって、英雄との時間も取れない。八方塞がりになった母さんの最後の希望は、日和ちゃんだったの」
「私……ですか?」
「ええ。日和ちゃんなら、きっと英雄を救うことが出来るって信じてたの。ごめんね、日和ちゃんが知らない所で、勝手に重荷を背負わせて……」
深々と頭を下げる母さんに、俺と日和は急いで寄り添いながら頭を上げさせた。
母さんが気に病む事なんて無い。むしろ、そんなに俺を心配してくれていたのに、俺は勝手に死のうとしたんだ……こんな親不孝な息子なんて、この世にいないだろう。
「母さん、頭を上げてくれ。母さんは俺の為に仕事が忙しい中、そんなに色々とやってくれたじゃないか。それに、女手一つで育ててくれた母さんが情けないはずないよ」
「そうです。それに私の事も気にかけてくれて……嬉しかったです」
「二人共……ありがとう……」
母さんは目から零れた涙を指で拭いながら、日和の事を真剣な目で、まっすぐと見つめた。
「日和ちゃん、これからも英雄の事……お願いしてもいいかしら?」
「はい。こちらこそ……末永くよろしくお願いします」
日和も母さんに釣られて真剣な表情になると、深々と三つ指をついた。
俺の事をずっと心配してくれていた母さんや、ずっと俺を想ってくれて、今もこうやってずっと一緒に居てくれると言ってくれる日和……他にも友人にも恵まれて。
少し前は自ら死のうとしたのが信じられないくらい――俺は幸せだ。
ここまで読んでいただきありがとうございました。次のお話は金曜日の朝に投稿予定です。
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