第21話 林間学校、出発!
「ヒデくん、林間学校楽しみだね」
ついに林間学校の当日となった今日、校門の近くに学校指定のジャージを着ている俺は、隣で少し興奮している日和に、笑顔で「そうだな」と頷いていた。
周りの連中も楽しみにしているのか、浮足立っている奴も結構見受けられる。
正直、俺はそこまで楽しみにしていた訳じゃないが、日和を見ているとこっちも楽しい気分になるから不思議だ。それに、目標の一つでもある、楽しい学校生活の一ページ目になるかもしれない。
ちなみに林間学校の予定だが、学校からバスで二時間ほど離れた山に向かい、頂上にある宿を目指して山登りをする。
その後は昼飯を食べて、体育館で交流目的のオリエンテーションをして、少し自由時間と晩飯を挟んでからキャンプファイヤーをする……事前準備としてホームルームの時に作った旅のしおりに、そんな内容が書いてあったはずだ。
「日和は何が楽しみなんだ?」
「全部楽しみ。すごくワクワクしてる。なによりも、ヒデくんと一緒に楽しめるのが、凄く嬉しいの」
目を輝かせながら、胸の前で握り拳を作る日和の言葉に、俺の心臓は大きく跳ねた。
マジでどんだけいい子なんだ日和は……嬉しすぎて口元が緩むのを抑えられない。心臓もドキドキしっぱなしだし……ソワソワするっていうか、なんか落ち着かない。
前も似たような気持ちを感じたことがあるけど……いまだにこの気持ちの正体がわからない。
「やっほ~二人共!」
「おはようさん!」
「猿石君に出雲さん。おはよう」
「あっ……おはよう」
日和と話をしていると、班員である猿石君と出雲さんが笑顔で声をかけてきた。
日和と同じく林間学校が楽しみなのか、随分と元気だな。まあこの二人はデフォルトでテンション高い気もするけどな。
そうそう、あの昼ご飯を一緒に食べた日から、猿石君と出雲さんと少しずつ交流するようになった。
具体的には、朝の挨拶を交わしてから喋ったり、教室移動の時に一緒に行動したり、一緒に帰ったりといった具合だ。
交流していて思ったんだけど、二人はやっぱり悪い奴って感じはしない。けれど、まだ二人の高いテンションについていけない。
一緒にいて楽しくないわけじゃない。日和も好印象を持っているのか、家で一緒に晩飯を食べている時に、『咲ちゃんはお姉ちゃんみたいで安心するし、猿石くんは面白い』と、微笑みながら言っていた。
二人きりの時間が減るのは嫌だけど、これも楽しい学校生活を送るためだ。それに、日和には俺以外の友達を作って欲しいって気持ちもある。
……ここだけの話だが、『でも、ヒデくんとの時間が減るの寂しいから、お家でたくさんお話ししようね』と日和に言われた時、俺は心臓が爆発してしまうのではないかと錯覚するくらいドキドキした。
さっきもだけど、なんで日和と一緒にいる時に、苦しいくらいドキドキする事があるんだ? 何かの病気か……? もしそうなら嫌だな……。
ははっ、自分で死のうとした事があるくせに、病気を嫌がるのも変な話か。
「みんないるわね〜。そろそろ出発だから、荷物を持って集合してね〜」
担任の教師のおっとりした掛け声に従うように、クラスメイト達はバスの周りに集まると、来た順番に荷物をバスのトランクに入れてから乗っていく。
「日和ちゃん、座席一緒に座ろ!」
「あっ……うん」
出雲さんに手を引っ張られた日和は、チラッとだけ俺の事を見てから、バスの中へと入っていった。
座席は班ごとに纏まって座るように事前に指示されている。だから日和の隣に座るつもりだったんだけど……出遅れてしまった。
残念だけど仕方ないな。行きの時間は猿石君との交流に当てるとしよう。
****
「桐生君、飴ちゃん食うか?」
「ありがとう。あ、お礼に俺のチョコあげるよ」
「お、ブラックタイフーンやないか! これごっつうまいんよな〜! おおきに!」
目的地に向かって出発して少し経った頃、俺はクラスメイト達の楽しそうな話し声でバスの中が賑わう中、猿石君と持ってきたお菓子の交換をしていた。
「ちょっと気になってたんだけどさ、猿石君って関西出身なのか?」
「せやで! 五歳の頃にこっちに越してくるまでは、大阪に住んでたんや!」
「そうなのか。じゃあ出雲さんと知り合ったのもこっちでって事なんだな」
「そういう事やな。こっちで一番最初に知り合ったんやけど……それがワイの人生最大の失敗やな。まさかこないにゴリラだとは思うてのうて……」
「間猿~? 何か言ったかな~?」
「ひい!?」
溜息をついて苦笑いをしていた猿石君だったが、後ろに座っている出雲さんのドスの効いた声に反応するように、一瞬で顔を青ざめさせていた。
そんな事を言ったらまた怒られるのに、なんでわざわざ言うのだろうか? ひょっとして……出雲さんに怒られるのに嬉しさを感じる、ちょっと特殊な性癖なのだろうか?
まあ……人の好きな事にとやかく言うのもアレだし、ここはスルーするのが一番だろうな、うん。
「まったく……日和ちゃん、おいしい?」
「うん、おいしい」
「そっかそっか! このグミも美味しいんだよ! はい、あ~ん」
「あ~ん」
すぐ後ろの席から、日和と出雲さんの声が聞こえる。
一体何をしてるんだろう? そう思った俺は座席の隙間から後ろを覗くと、そこでは日和が出雲さんにいろんなお菓子をあ~んしてもらっていた。
それはいいんだけど……幸せそうに微笑みながら、リスみたいに頬を膨らませて、一生懸命お菓子を食べている日和とは対照的に、出雲さんは少しだらしない顔で、日和にお菓子を食べさせている。
なんかエヘエヘと笑ってるし、よだれも少したらしてるし……ちょっと怖いんだが。
「あー……咲は可愛いぬいぐるみとか人形を集めてるくらい、可愛いものが好きやねん。それに表情に出やすいから……見ての通りになんねんで」
俺の疑問を察知したかのように、猿石君がこっそりと耳打ちして教えてくれた。
色んな意味で活発な出雲さんが、可愛いものが好き……これがギャップという奴なのだろうか?
「ヒデくん? どうかしたの?」
「あ、いや。声が聞こえたからさ」
俺がじっと見ているのに気づいたようで、日和が優しく微笑みながら声をかけてくれた。
「このグミ、凄くおいしい。ヒデくんも食べてみて。あっ、咲ちゃん。ヒデくんにあげてもいい?」
「もちろん! はいどうぞ! みんなで食べるために持ってきたからどんどん食べていいからね! あっ、間猿のはないから」
「はん! 咲の施しなんかいらへんわ!」
「ははっ……ありがとう。いただくよ」
わざわざ後ろの席に顔を覗かせて出雲さんを睨む猿石君に苦笑しつつ、出雲さんからグミを受け取った。
……あれ? 個数が思ったより多いな……四個も貰ってしまったぞ。あっ……もしかして、俺の分だけじゃなくて猿石君の分もくれたって事か?
口では悪態を付いていたけど、なんだかんだで仲良しだなこの二人。なんていうか、悪友って表現がしっくりくる関係だ。
「はい、猿石君の分」
「ん? そのグミは桐生君が貰った分や。受け取れへん」
「さすがに一回に四個は食べれないって」
「……そ、そういう事なら貰っておくわ」
俺はグミを二つ食べながら、猿石君にグミを差し出すと、バツが悪そうにそっぽ向きながら、グミを口の中に放り入れていた。
出雲さんも素直じゃないけど、猿石君も同じくらい素直じゃないな。ホントによく似た二人だ。
「ねえヒデくん、今度お買い物に行った時に、これ買っていい?」
「もちろん。名前忘れないようにしとくんだぞ」
「大丈夫。スマホで写真撮ったから」
撮っておくじゃなくて、もう撮ってあるのか。日和は準備が良いな。
そんなにこのグミが気に入ったのだろうか? まあ実際に美味いから、また買いたくなる気持ちはよくわかるけどな。
「なあ桐生君」
「ん?」
組のことを考えていると、猿石君が何やら真剣な表情で俺に耳打ちをしてきた。
急にどうしたというのだろうか? こう言っては何だけど、ふざけているのがデフォルトの猿石君に、真面目な顔はあまり似合わない。
「ワイはな、不思議に思ってる事があるんや」
「な、なにをだ?」
「周りの連中を見てみい。みんな体操着かジャージやろ?」
猿石君の言う通り、今日はみんな制服ではなく、学校指定の体操着やジャージを着ている。
これから登山をするんだから、それは当たり前だと思うんだが……何が不思議なんだ?
「女子の体操着とかジャージって、めっちゃエロく見えるんやけど、桐生君はどう思う?」
「…………」
あ、うん……猿石君らしい話題でした。そんな事を真面目な顔で言われても、どう返せばいいかわからないんですが。
「体操着はすべすべの腕や足、ごく稀にヘソちらやブラが透けて見える、最高の服や。残念な事に、ワイ達の世代ではブルマがないのがアレやけど、それでも体操服はええものや。けどジャージは肌面積なんてほぼないのに、何故かエロく見える。不思議でしゃあない!」
「はあ……」
どうしよう、力説してるところ悪いんだけど、全然話についていけない。正直、体操着やジャージをそんな目で見た事ないし。
「だからワイは仮説を立てたんや。ジャージは身体のラインがある程度出るからエロく見えるんやと! でもこれは所詮ワイ一人の考えや。だから桐生君の意見も聞きたいって頭にごつい手がめり込んどるぅぅぅ!?」
「このエロザル! 変な事を桐生君に吹き込むんじゃないわよ!」
「へ、変な事やない! ワイのあくなき探究心がそうさせたっで! イダイイダイ! 頭が割れてまうぅぅぅ!!」
やれやれ、これなら賑やかで退屈しない林間学校になりそうだな。
そう思った俺は、苦笑しながら窓の外に目をやるのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。次のお話は金曜日の朝に投稿予定です。
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